「もっと作品を批判しよう」と言う人が守るべき、最低限の作法

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投稿者: 渡良権太  [2016年 10月 10日 11時 35分] ---- ----
一言
なんかおまえって、基本的にものすごく失礼な奴なんだな。

オレとは全く似てねーよ!

じゃ! ブロックしとく!
いかぽん    [2016年 10月 10日 12時 37分]
ここからならまだアクセスできるかな?
他人がやられているとき気付かなかったけど、あのエッセイ規約違反ですぜ。

基本の注意事項やルールについて
http://syosetu.com/man/attention/

禁止事項
1.特定の団体、個人に対する誹謗中傷
いかぽん    [2016年 10月 10日 11時 47分]
基本的にそれは正解かも。<基本的に失礼
大事にしているものが根本的に違うというか。

じゃ! こっちもブロックしとく! アディオス!
投稿者: 渡良権太  [2016年 10月 10日 04時 31分] ---- ----
一言
>ここに、僕には矛盾が見えるんですよね。

その通りだよん。
矛盾してることに自覚はあります。

さっきまで好きだったけど、今は嫌い。
でもまた明日は好きになる。
人間とは、常に矛盾を抱えて生きてるもの。
そう考えています。

>僕は「作品の方向性を理解しないで貶す」内容のものは有益ではないと思っていて(略)

その通りです。
同時に、態度が悪い胸糞悪いだけ理不尽なだけの貶す反応(感想?)も、有益だと思ってるんです。無神経な否定なんてない方がいいに決まってると考えながら、怒りがモチベーションになったりするし。矛盾ですね。

今回で終わりにしたいと思います。
もし続くようなら、面倒なのでブロックするかもしれませんが、あなたを嫌ってるわけじゃなく、むしろ似てる気がするし「いいな」って思ってます。
いかぽん    [2016年 10月 10日 11時 33分]
ではこれで~。
投稿者: 渡良権太  [2016年 10月 09日 23時 32分] ---- ----
一言
では再度書きますね。

どうぞ、私が最近書いた『小説を書く人が成長するとき』をお読みください。それが私の返信です。
今日は感想が多数あったので、その返信を多数書いて、もう疲れました。

私の本音は、世の中には善人は一人もいないです。善人は全くいないが、(都合が)良い行為は存在するし、都合が良いかどうかは受け手によるし、その発信源は「悪人か極悪人か」は関係がなく、極悪人の場合も多いです。
悪人がいるから世の中が上手く動くと考えています(詳しいことは書きませんが)。
いかぽん    [2016年 10月 10日 00時 19分]
読みましたよん。

というか、実は以前読んでました。
この人とは考え方が決定的にかみ合わないと思って、そのときはスルーしましたが。
同じ人とは気付きませんでした。

渡良さんは『ネットの向こうにいる人たち』や『私はこいつが嫌いだ! よってブロックしたのだ。』で、自分の作品にケチをつける、貶してばかりの人たちを否定している。
一方で、今回は「悪意だけの批判」を肯定して、『小説を書く人が成長するとき』の中では「否定的な感想」を肯定している。

ここに、僕には矛盾が見えるんですよね。

僕は「作品の方向性を理解しないで貶す」内容のものは有益ではないと思っていて、渡良さんもそういうものを指して、貶してばかりの人たちを否定しているものかと思っていました。
投稿者: 渡良権太  [2016年 10月 09日 11時 33分] ---- ----
良い点
前向きで、論理的で、読んで楽しいし「良い内容」ですね。たぶんほとんどの人は楽しくはない気がしますが、私はこういった内容の文章が大好きです。
一言
批判といえば悪い印象にとられがちですが、批判されることで気づき、改善されることは多い気がします。悪意だけの非難であっても、相手が改善する場合があるだろうと考えます。悪意が強ければ強いほど、効果的な場合もあるかもしれません。

作家が批評で分析されることで、自覚的に、批評した人に感謝する場合は多いだろうと思います。でも有名な作家でも、ダメな作家は立腹するだけで、ためになってるのに気付かない場合があるような気がします。
いかぽん    [2016年 10月 09日 23時 08分]
自分の作品に対する批判で考えてもらえば分かると思うんですが、悪意だけの批判と、作品の良さや方向性を理解した上での批判とで、

1.自分が作者の立場だったら、どちらの批判に対してより聞く耳を持とうと思えるか
2.どちらのほうが、作品の改善という目的に対してより的確な批判になるか

この二点において、後者の方が圧倒的に優れているんですよね。

悪意が強ければ強いほど効果的な場合というのは……ちょっと尋常な状況では、考えづらい気がします。
少なくとも僕がその批判の受け取り手である場合は、そういう悪意だけの批判から得られるものが、作品の方向性を理解した上での批判より大きいということはまずありえないと思いますし、そんな批判は正直言ってほしくもないです。

渡良さんはどうでしょう。
自分の作品の方向性も理解していない無理解な読者による悪意だけの批判、ほしいですか?

ただ「批判」でなくて「感想」となると、これは話が別なんですよね。
「感想」は「その読者が思ったこと」なので、作者側としては、「この読者はこの作品を読んでこういう風に思ったんだ」という、純粋な情報として役に立ちます。
一方「批判」というのはその純粋な情報である「感想」に余計なバイアスが混ざったモノなので、情報として純度が低く、特に作品の方向性を理解せずに行なうそれは的外れであることが多く、元の「感想」が持つ情報の有益性を毀損してしまうように思います。
投稿者: ウィリアム輝夫  [2016年 10月 02日 07時 46分] ---- ----
良い点
大前研一がいっていましたが、「答えはいくらでもある。やりぬいたら答えでありそれが正解だ」というものであり、答えを出す前にうじうじ、これが正しいあれが正しいと、議論してても始まんないんですよねえ。面白さもそうで、いろいろな面白さがあるんですよ。

悪い点
他の人の感想にもありましたが、せめて、自分が思う面白さにはどんな種類があるのかとかリストアップしてくださるともっと参考になりましたね。
一言
活動報告とか読んで長文のやりとりをして感心しますが、それと同時にそんなに文章書く暇があるんなら、もう一作作ればいいじゃん。と思いました。

でも、貴君のマイページをみて思った。
「あ、作ってる、この人、かなりの数、作っている…」

これからも頑張ってください。
いかぽん    [2016年 10月 09日 23時 14分]
>活動報告とか読んで長文のやりとりをして感心しますが、それと同時にそんなに文章書く暇があるんなら、もう一作作ればいいじゃん。と思いました。

本当はもっと、物語作品を書きたいのです。
面白い物語を書きたいのです。

でも、出てこないの。
書きたいモノ、書けるモノ、面白いだろうと思えるモノ――それらすべての合致したモノが。
こういうエッセイ的な言いたいことは、ぽんぽん出てくるのに。

ムッキャー!ですよ。
ムッキャー!
投稿者: 風鳴  [2016年 09月 28日 19時 08分] ---- ----
一言
誰に見せても頭悪そうに見えない程度の品性は必要かと思います。
よく見せなくてもいいけど、普通は目指したいですよね。
投稿者: popesyu  [2016年 09月 28日 02時 23分] ---- ----
良い点
文章の短さと内容の薄さが比例しているところ。
悪い点
特にこのエッセイに対してということではないけれど。この手の作者寄りのマナー厨の人が感想欄に求めるものを書く内容っていつも同じ傾向にありますよねぇ。一言で言うとクローズド方向にリアルの延長線上を求めるという感じで。
でもねぇ。匿名性の高いところに、広くオープンに公開することのメリットは享受したいがデメリットは受けたくないというのは我が儘すぎ。
メリットもデメリットも表裏一体。長所でもあり短所でもあるただの特徴として受け取ればよいだけです。
一言
あと単純に売れてるものはいいものというのはただの思考停止です。
例えば罵詈雑言ばかりの批判しかない感想欄があったなら、そしてそれが大多数を占めるのであれば、その批判にも「何らかの良さ」があるということになってしまうのでしょうか。
いかぽん    [2016年 09月 28日 04時 18分]
まあ「ブレイクとはバカに見つかること」という有吉さんの名言もありますし、言ってることはその通りだと思いますけどね。

ただそれが正当な批判ぶって言ってるなら、「キミのそれ批判と呼ぶに値しないただのゴミだからね?」ということを言いたかっただけなので。


それから、

>あと単純に売れてるものはいいものというのはただの思考停止です。

「多くの読者に対して訴求する「何らかの良さ」がある」ことと、「いいもの」であることは、厳密な話をするなら必ずしもイコールではないので、そこを勝手に言い換えられて細かい話をされても、そりゃあ違いますよとしかなりませんね。

ちなみにその後の一文は、何を指しているのかいまいち分からんです。
炎上しているブログ記事に何らかの良さがあるのか、という話であるなら、ブックマーク数と感想数とを一緒のものとして語るのが間違っているし。
ブックマーク数が多くて感想欄に批判的な感想が並んでいる作品のことを指しているなら、その作品には「何らかの良さ」があると答えます。その場合の感想欄に関しては、ノイジーマイノリティとか、割れ窓理論とか、同調圧力とかが原因でしょうね。
投稿者: アカラス  [2016年 09月 28日 00時 02分] ---- ----
一言
不正ではないとしたら……不正ではないとしたら……不正ではないとしたら……(エコー)

ランキング上位で中身がペラペラ(私の判断)、感想もほぼ無い(確認した事実)、初投稿した瞬間に跳ね上がるPV(確認した事実)、投稿せずとも維持される順位(確認した事実)。
こんな疑えと言わんばかりの要素がてんこ盛りなのに、作者を信じるなんて私には無理ですね(笑)

いかぽん    [2016年 09月 28日 03時 53分]
(確認した事実)の三つは、全部原理を説明できますけどね。
まあ、根本の話をすれば、ランキングの上位に「質の良い作品」が上がってくると思っていること自体が間違いですんよ。

ぺらぺらしてない作品は、だいたい総合評価数百ポイントらあたりに眠っているから、その辺見た方が良いですよ。
投稿者: デリリウム・トレメンス  [2016年 09月 27日 22時 50分] ---- ----
一言
前提が違うような気がします。
人って、高いコスト(たとえば、お金)を払って得たものには、高い評価を付けるそうです。だって、それをつまらないとしてしまったら、自分が見る目がないというのを認めることになるのですから。高級車の購入者に満足度が、高い理由だそうです(詳しくは、「認知的不協和」でお調べください)。
書き手としては、無料のモノに文句つけんなと思いますが、不満を言う人は、タダだから文句を言うのです。

世の中には、いくらでも変な人はいます。たとえば、ラーメン屋で「なぜ、スシがないんだ」とクレーム付ける人とか。多くの人が入るお店であれば、変な人が現れる確率も高くなるでしょう。

しかし、考えて欲しいのです。本当に、ラーメン屋だとわかるような作りになっていますか? 「スシがない」のがわかるようになっていますか?
多くの人はマズイと思っても、わざわざそれを指摘してくれません。来なくなるだけです。

ほかの99人が「面白い」と感じていても、誰も他の人に「面白い」と感じるように強制することはできません。
問題は、面白くないかどうかではなく、感想の伝え方とその結果なのです。

いかぽん様のおっしゃることはよくわかるのです。確かに、感想の作法は必要です。また、感想を送るときは、相手の筆を折らせるかもしれないことも考えて送って欲しいとも思います。
それでもなお、「良さ」を見い出す責任を読み手に求めるのには、賛成できません。
いかぽん    [2016年 09月 28日 03時 09分]
なかなか面白い視点からの感想でした。

認知的不協和あたりの話は、まあ存じております。
が、うーん、どうなのかな……どっちかっていうと、廉価なモノ、無料のモノには品性の悪い客が集まりやすい、というほうが妥当な気はします。

ただまあ、確かにネットゲームとかでも、クソみたいな言い掛かりクレームを送るのはだいたい課金しない層で、課金層はクレームするにしても言い方は丁寧だし内容も正当なものが多いとか聞いたことがありますね。


>それでもなお、「良さ」を見い出す責任を読み手に求めるのには、賛成できません。

そうですね、すべての読者にそれを求めるのは、僕もさすがにどうかと思います。
ただ「批判」をしているつもりなら、そのぐらいはちゃんとやれよ、と思うわけなのです。
投稿者: 黒羆屋  [2016年 09月 27日 22時 35分] ---- ----
一言
まず批判とは、物事に「検討」を加えて、判定・評価することであり、また、人の言動・仕事などの誤りや欠点を指摘し、正すべきであるとして「論じる」ことである訳ですよね。
少なくともレビューを書く場合はある程度その作品の検討し、ただ読むだけでなく、作品の分析し、論理的にその作品の問題点を論じている必要があるでしょう。
また、感想に関しても「小説家になろう」サイトの感想欄には「良い点」「悪い点」「一言」という項目がある訳です。
これがどういう事か、というと「好き、嫌い」を書く項目がない、という事です。
個人の好き嫌いを汎用的な良い悪いと取り違えているのがいかぽんさんが「汚物」と称する批判文を書く方々の問題点なのではないかな、と考えます。
という訳で、いかぽんさんのエッセイには「半分だけ」同意致します。
後の半分はその作品の「どこが悪いか」を理解、検討する事だと思っています。
それを理解していないと「悪い点」に書き込むことが出来ないのですから。
このエッセイは間違いなく一石を投じるものであると思います。
楽しませていただきました。
いかぽん    [2016年 09月 28日 02時 57分]
>これがどういう事か、というと「好き、嫌い」を書く項目がない、という事です。
>個人の好き嫌いを汎用的な良い悪いと取り違えているのがいかぽんさんが「汚物」と称する批判文を書く方々の問題点なのではないかな、と考えます。

はい。
そういう側面もあるのですが、

>後の半分はその作品の「どこが悪いか」を理解、検討する事だと思っています。

ここの話になってくるんですが、「その作品がどういった面白さを提供しようとしているのか」という特性を理解しないと、悪い点の指摘をしても、的外れになってしまうんですよね。
例えば『不思議の国のアリス』に対して、リアリティのなさを悪い点としてあげても、これは的が外れる。

だから「悪い点」っていうのは、「どういう面白さを提供しようとしているのか」っていう作品の性質を理解していないと、本来言えるものじゃなくて、そういう意味で、その作品の良さを理解できない人には、その作品に的確な批判をするための「素養がない」、という話でございます。
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