「ノーベル賞は少年時代からの夢だった」。今年のノーベル医学生理学賞に3日、大隅良典・東工大栄誉教授(71)が選ばれた。日本人の受賞は3年連続で25人目。「人のやらないことをやる」が信条の研究の虫は、細胞が自分のタンパク質を分解してリサイクルするオートファジー(自食作用)と呼ばれる現象の仕組みを解明。がん、パーキンソン病、2型糖尿病などさまざまな病気の治療につながると期待されている。

 スウェーデンからの朗報は、午後6時半の発表の2時間前に届けられた。「(受賞が)決まった。コングラチュレーション」。大隅さんも予想していなかった単独受賞だった。

 午後8時すぎから東京・大岡山の東工大で記者会見した大隅さんは「ノーベル賞には格別な重さを感じている。少年時代からの夢だった」と述べ、「良い家庭人だったとは言えないが、妻がずっと支えてくれたことに感謝している」と照れ笑いした。受賞を祝う電話が殺到する中、大学院の研究室の後輩だった萬里子夫人(69)と「えー本当、おめでとう」「ありがとう」という短いやりとりを交わした。

 「人のやらないことをやる」。へそ曲がりを自認する研究の虫だ。1988年、顕微鏡で酵母を観察し、オートファジーの解明につながる動きを見つけた。当時、自分の研究室を持ったばかり。研究機器も少なく、顕微鏡を毎日のぞいた末の大発見だった。会見では「誰もやっていないことを自分で見つける喜びが研究者を支える」と明かした。

 研究がどう役に立つのかは気にしない。会見で「科学が『役に立つ』という言葉が社会を駄目にしている。本当に役立つのは100年後かもしれない。将来を見据え、科学を1つの文化として認めてくれる社会を願っている」と語った。若手の研究者には「自分のやっていることを面白いと思うことが重要だ。小さいことでも世界で初めてという『わくわく』が科学の醍醐味(だいごみ)だ」と繰り返し説いている。

 オートファジーの異常がアルツハイマー病やがんにも関係していることが分かってきた。「研究を始めたときはオートファジーが医学にまで展開し、人間の寿命の問題につながるとは想像していなかった。実はサイエンスとはそういうもの。思ってもみないことの方が楽しく、広がりも生まれる」。70年代に米国留学したとき「若造に見られたくない」と生やし始めた、トレードマークのヒゲ面をほころばせた。

 授賞式は12月10日にストックホルムで開かれ、賞金800万クローナ(約9500万円)が贈られる。

<オートファジーとは>

 私たちの体は約60兆個の細胞からできていて、絶えず新しい細胞に生まれ変わる。その過程で、不要になったタンパク質などの“ごみ”をリサイクルする仕組みが「オートファジー」。1960年代に概念が提唱されたが、大隅氏の解明まで、詳細は謎だった。

 ギリシャ語でオートは「自分」、ファジーは「食べる」の意味。栄養状態が悪くなり細胞が飢餓状態に陥ると、その状態を乗り切るため細胞の一部を分解し、栄養として再利用する。植物や微生物など幅広い生命に共通した基本現象で、大隅氏の業績をきっかけに世界中で盛んな研究が起きた。

 大隅氏は酵母を使い、異常なタンパク質などが膜に包まれ、分解される過程を初めて観察。その後、オートファジーに必要な遺伝子を次々に特定し、ヒトを含む哺乳類でも重要な役割を果たすことを明らかにした。何らかの理由でこの自食作用に異常が起きると、がんや糖尿病など、さまざまな病気の原因となることが分かってきている。

<大隅良典(おおすみ・よしのり)さんアラカルト>

 ◆福岡県初 1945年(昭20)2月9日、福岡市生まれ。福岡県によると、同県出身者のノーベル賞受賞は初めて。福岡高校時代は化学部に所属。

 ◆自然科学 父親は九大工学部教授。4人きょうだいの末っ子で、12歳上の長兄は東京から帰省の度に自然科学の本を買ってきた。ファラデー「ロウソクの科学」、三宅泰雄「空気の発見」などに夢中になった。

 ◆学生結婚 萬里子夫人も研究者で、東大大学院で同じ研究室。末っ子同士で学生結婚。2人の息子がいる。現在は神奈川県大磯町で夫婦2人暮らし。

 ◆お酒好き 酒は何でもたしなみ、みんなで飲むのが好き。たるで買ったウイスキーを振る舞い、コレクションしている「おちょこ」を海外の研究者にプレゼントすることも。

 ◆趣味 陶器収集、庭いじり。大学キャンパス内を散歩中、4つ葉のクローバーを見つけるのも得意で、教え子や職員にたびたびプレゼントする。