[PR]

 前回は、ワクチンが効果的であっても、麻疹患者中のワクチン接種者の割合が多くなることがある、という話をしました。ワクチンの効果を評価するには、ワクチン接種者中の麻疹患者の割合と、ワクチン非接種者中の麻疹患者の割合を比較する必要があります。

 

 比較は重要です。臨床医は日常診療でも常に比較を考えていなければなりません。たとえば、高血圧の患者さんに降圧剤を処方するなら、「この患者さんに、降圧剤を処方すると、処方しない場合と比較して、どのようなメリット(あるいはデメリット)があるのか」ということを考えます。「血圧が高いからとりあえず降圧剤を使おう」なんていうのは、ヤブ医者の思考です。

 医療以外でも、比較することでより深い理解ができる例があります。最近、車のライトをより遠くまで照らせる「ハイビーム」を使いましょう、という趣旨のニュースがありました。

 記事には「歩行者が夜間に道路を横断中、車にはねられた昨年1年間の全国の死亡事故625件のうち、96%の車のライトがロービームだった」とありました。

ハイビームの使用を呼びかけるのはいいのですが、「死亡事故625件のうち、96%の車のライトがロービームだった」というのは、特にロービームが危ないことを示すデータではありません。それは比較しなければわかりません。

 もしかしたら、夜間に走っている車の96%がロービームであることを反映しているだけかもしれません。将来、ハイビーム使用が一般的になって、どの車もハイビームを使用するようになれば、死亡事故中のハイビーム使用割合も多くなるでしょう。ちょうど、みんながワクチンを接種するようになると、麻疹患者中のワクチン接種者の割合が多くなったのと同じように。

 夜間に走る車において、ハイビーム使用が、ロービーム使用と比較して、死亡事故を減らすかどうか、を厳密に証明するのはけっこう難しいです。ただ、厳密でなくてもいいので、死亡事故中のロービームの割合だけでなく、何か比較の対照(たとえば事故を起こしていない車におけるロービーム使用の割合)となるデータも合わせて報道してもらえれば、参考になったと思います。

 話は変わりますが、横浜市の病院で点滴内に消毒液が混入され、入院患者2人が中毒死した事件が話題になっています。その病院で、「事件が起きた4階では7月から48人が死亡していた」という報道がありました。

中毒死の病院4階、7月以降48人死亡 「やや多い」

http://www.asahi.com/articles/ASJ9W5QGLJ9WUTIL02W.html

 この病院の4階の病床数は35床です。7月1日から9月20日までで48人が死亡という数字は、特に多いのでしょうか?もちろん、これは比較をしないとわかりません。もしかしたら、高齢の重症者が多く入院するため、それぐらいの死亡があってもおかしくないのかもしれません。

 比較をするための対照となるのは、たとえば、同じ病院の別の病棟の同時期の死亡者数(病床数が違うなら「病床数と死亡者数の比」を比較します)や、4階病棟の昨年の同時期の死亡者数です。時期を合わせるのは、「冬はインフルエンザによる肺炎が多いため死亡も多い」といった別の要因が影響する可能性があるからです。報道は院長の「やや多い」というコメントを伝えていますが、今のところ比較の参考となる数字は報じられていません。

 

 今回、ワクチン、車のライト、院内の死者数、三つの例をみてきました。効果が「ある」「ない」、人数が「多い」「少ない」といった評価をするためには、適切な対照と比較しない限りそのような結論を出すことはできないのです。そうした視点で身の回りの出来事や日々のニュースをとらえると、数字のもつ意味が違って見えてくるのではないでしょうか。

 

<アピタル:内科医・酒井健司の医心電信・その他>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/sakai/(アピタル・酒井健司)

アピタル・酒井健司

アピタル・酒井健司(さかい・けんじ) 内科医

1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。