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祐教って?

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年10月10日(月)01時36分40秒
  祐教って誰でしょう?
昔誰かのメールで手に入れた文章なんですが知らない方も
多いだろうと思って紹介させていただいたのですが。
 

祐教君の時代に。

 投稿者:大石小石  投稿日:2016年10月10日(月)00時53分10秒
  雄教さま。こんばんは。

寝たきりオジサンさまが紹介された、学園12期生の名文、本当に感動いたしました。しかし、感動冷めやらぬまに、実は巷ではあの有名な「祐教君」だったなんてw
知らなかった方は是非アーカイブスを参照してください。現在の彼の師匠は新青年部長と数年前に目出度くもご親戚になられた葬儀屋の社長さまです。反論は明日の迷コラムかヒンシュク板でお待ち申し上げます^_^

それは、さておき。
「祐教君」が学園在籍中当時の出来事。社長も新青年部長の親父さんもまだ、自称「山友師団」の有能な団員でした。

原田(青年部長)、野崎(男子部長)、竹岡さん達が先生、学会批判を行なっていた坊主らに「詫び状」を書かせていたのが52年の丁度今頃の季節。

まあ、この一連の報告書や資料もすぐに宗門に渡ってしまいます。
一体誰が流出させ、結果、先生の会長辞任まで追い込むことになったのでしょうか?

「暁闇」で有名な北條文書を始め、他にも原島、竹岡、原田報告書となるのですが…

続きはまた。



 

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2016年10月 9日(日)23時53分25秒
  今晩は、皆様
ありがとうございた
寒くなりました、風邪などひかれなされない様に
おやすみなさい
 

全集未収録スピーチ

 投稿者:無冠  投稿日:2016年10月 9日(日)23時43分50秒
  全集未収録のスピーチ144編の各抜粋(聖教新聞 2006.5~2010.4)を掲示します。

2010-1-9 【新時代第36回本部幹部会・全国婦人部グループ長大会】

■ 一、新年、おめでとう!
 戸田先生は、よく言われた。
 「断じて、戦い勝つ自分たれ!
 戦い勝つ創価学会たれ!
 大勝利のために、前進、前進の創価学会たれ!」
 人生は戦いである。
 戦い勝つ人は幸福だ。晴れ晴れとして、朗らかだ。
 ゆえに、この一年も、断じて戦い勝つ、一人一人であってください!〈会場から「ハイ!」と返事が〉
 日蓮大聖人は「仏法と申すは勝負をさきとし」(御書1165㌻)と結論された。
 立派な経典があっても、負けて不幸であれば何にもならない。真実の仏法の実践者は、三世を貫く絶対の力を発揮していくのだ。
 戦って勝つ人間。そこから仏法は始まる。最後も、そこに帰着する。
 この創立八十周年。
 君も幸福勝利を!
 我も前進勝利を!
 君も我も、ともどもに断固と勝ち続け、笑顔の毎日であれ!──と申し上げたい。
 そして、広宣流布の達成のため、「一千万の鉄の団結の創価学会」でいこう!
 頼むね、青年部!〈「ハイ!」と、元気みなぎる返事が〉
 いいね。青年部がいるから、安心だ。
 今、広布の戦いを、若い皆さんが担い、頑張ってくれている。皆さんの奮闘は全部、知っています。
 いかなる団体も、リーダーが気取りを捨てて、真剣に戦ってこそ、皆も奮い立つ。要領や口先だけで、厳しい現実を勝ち抜けるはずがない。
 死にものぐるいで、皆のために働く。皆に喜んでもらう。そのための指導者だ。
 私自身、そうやって戸田先生のもとで戦い、常勝の歴史を築いてきたのである。

●求道の友を心から讃えよ
 一、偉大な海外の皆さん、寒い中、本当にようこそ!(大拍手)
 仕事を持ちながら、はるばる海を越えて、会合に、広布のために来てくださる。偉いではないか。
 求道の魂を燃やし。喜び勇んで、遠い道のりも駆けつける。
 この心があるから、学会は強いのだ。断じて当たり前と思ってはいけない。温かくねぎらい、最大にほめ讃えていくのが、真の仏法である。
 「ありがとう、ありがとう」と、真心こめて握手をする。「力の限り、何でも応援します」──そういう心で迎えていくのだ。
 皆で海外の友に拍手を贈ろう!(大拍手)

●常に寄り合って励ましの対話を
 一、きょうは、全国婦人部グループ長大会、本当にご苦労さま!(大拍手)
 全国各地で、グループごとの婦人部大会が、明るく朗らかに行われている。
 地域に根を張った、少人数での心通う語らい──これほど尊く、強い、平和の原点はない。
 ドイツの文豪ヘッセは、何事も「その土地になくてはならず、根づいており、だからこそ美しい」ものと知れと述べている(高橋修訳「旅について」、『ヘルマン・ヘッセ エッセイ 全集第4巻』所収、臨川書店)。
 地域に根づいた、なくてはならない人こそ神々しい。まさに婦人部の皆様である。
 尊き女性の門下たちに対して、日蓮大聖人は、仏法の真髄を明快に示していかれた。
 ある時は、千日尼と国府尼に対して、「同心」の二人であるから、一緒に──との言葉を添えて、大激励の手紙を贈られた(御書1324㌻)。
 またある時は、同志と“常に寄り合って”この手紙をご覧なさい、と綴られている(同1114㌻)。
 大聖人は、身近な友と仏法を語り合い、常に励まし合っていく大切さを教えられた。
 この御心に完璧にかなっているのが、婦人部大会である。
 ここに「歓喜」があり、「功徳」がある。
 ここに「幸福」があり、「正義」がある。
 ここに「友情」があり、「希望」がある。
 皆で、婦人部大会の大成功を祈って、大拍手を贈りたい(大拍手)。

●「同志を護る!」その一念に栄光
 一、声は力だ。
 勇気の声、希望の声が勝ち戦を開く。
 声も響かない。光る決意もない。それでは勝利の風を巻き起こすことなどできない。
 若き指導者として戦うならば、本気になって題目をあげ、“一人立って学会を護る”という覚悟をもつのだ。
 わが信念を叫んで叫んで叫び抜く。
 皆が目を見張る、見事な実証を示す。
 「さすが!」と言われる人間になるのだ。
 題目をあげているのだから、堂々と!
 題目をあげている人は、最高の力を持っているのだ。頑張れ!
 大切なのは「心」だ。心がどうかは、行動に出る。あらゆる結果に峻厳に現れる。「一念三干」である。
 広布のために、同志のために尽くし抜く。その一念で戦うのだ。
 いよいよ、青年部が立ち上がってきた。本当にうれしい。
 中国の文豪・巴金先生は言われていた。
 「青年も、すでに力をつけ育ってきた。現在も未来も、すべて青年のものだ。活躍する
のは、青年でなければならない」
 全員が「青年の心」で進もう! 新しき常勝の陣列を、今こそ築いてまいりたい。

●戸田大学の誉れ
 一、わが恩師・戸田先生は、何であれ、負けるような人間に対しては厳しかった。
 「折伏ができない幹部は、幹部をやめよ」とまで言われた。あの厳愛の指導ありて信心の土台が築かれ、いかなる難をも勝ち越えることができたのだ。
 断じて勝ちゆけ!
 そう若き皆さんに申し上げたい。
 私は戸田先生を守りに護った。先生の理想を全世界に広げた。私ほど、師匠を大事にした弟子はいない。そう自負している。永遠に誇り高い。
 それほど師匠を護り抜き、学会を築いていった。
 夜学を断念して先生を支えた。その私に先生は、学問の真髄を打ち込んでくださった。
まさに「戸田大学」であった。
 私は、先生を追い落とそうとした野心家を打ち破り、先生に会長になっていただいた。
 広布の戦いが進まなければ、「私がやります!」と打って出た。
 あの豪毅な戸田先生が「ありがとう、ありがとう」と言ってくださった。
 先生は亡くなられる時も、「大作、よくやってくれたな。大作、大作……」と言われて霊山に旅立たれた。最後まで「ありがとう、ありがとう」と。
 これが師弟である。これが創価の人生だ。
 若き皆さんも、頑張れ!
 かつて対談したイギリスの歴史家トインビー博士は、若い私の前途に期待し、「あなたの師匠は、あなたがいたから、幸せだったと思う」と深い理解を寄せてくださった。
 わが青春は権力悪に踏みにじられた。戦争で兄を奪われ、苦しみ抜いた私が、創価学会の第3代会長として立ち上がって五十年。
 我らの人間主義の連帯を、世界が支持している。絶讃している。
 師弟に生き抜けば、どれほど偉大な栄光に包まれるか。若き皆さんは、心に深く刻みつけていただきたい。
 妙法は、永遠の、ただ一つの、平和と幸福の法である。
 それを広めている学会を護っていただきたい。そのために力をつけてもらいたいのだ。
 頼むよ!〈会場から「ハイ!」と力強い返事が〉

●新成人の君よ親孝行を!
 一、今年二十歳の新成人の皆さん、本当におめでとう!(大拍手)
 皆、しっかり学び、努力して、立派になっていただきたい。
 お父さんやお母さんに喜んでもらえる人生を歩んでほしい。
 青年部の皆さんは、必ず親孝行をしてください!〈「ハイ!」と元気な返事が〉
 ドイツの文豪ゲーテは小説に綴っている。
 「運命は ぼくに きびしい試練を課したのだ。しかし勇気を出すことだ!」
 「忍耐だ。忍耐だ! そうすればよくなっていくだろう」(手塚富雄訳「若いウェルテルの悩み」、『世界文学全集第3巻』所収、河出書房新社)
 順風満帆に見える人よりも、厳しき試練に勇敢に挑み、粘り強く悪戦苦闘した青年のほうが、後になって光る。強くなる。はるかに偉大な歴史を残していけるのだ。
 思えば、日蓮大聖人の時代、「熱原の法難」に敢然と立ち向かった若き弟子に、20歳の南条時光がいた。
 大聖人は時光に有名な御聖訓を贈られた。
 「願くは我が弟子等・大願ををこせ」(御書1561㌻)
 人間として、最も崇高な大願とは「広宣流布」である。絶対に悔いのない、最高に充実した、価値ある青春が、ここにある。
 新成人、万歳!
 青年部、勝ちまくれ!(大拍手)

●師子王の心で!
 一、牧口先生は叫ばれた。
「悪口罵詈、猶多怨嫉の難は法華経の実践者の誉れなのである」
 戸田先生は断言された。
「大難に立ち向われれる、大聖人の師子王の大精神ー
この志を継承する者こそ、われわれ創価学会である!」
これが、創価の師弟の誇りである。
 有名な「諸法実相抄」には、こう明確に記されている。
「(三類の強敵による大難に)耐えて、妙法を弘める人を、釈迦仏は必ずや衣で覆い守ってくださるであろう。諸天は必ず、その人に供養するであろう。また肩にかけ、背中に負って守るであろう」(同1359ページ、通解)
 今、世界各国から、我らの平和・文化・教育運動に最大級の賞賛が寄せられている。
これらの栄誉は、創価の師弟が御聖訓の通りの大難と戦い、すべてを勝ち越えた証しなのである(大拍手)。
〈池田名誉会長に贈られた、五大州からの4000を超える顕彰は、文字通り、「世界第一」である〉

 一、ともあれ、御聖訓には「難来るを以て安楽」(同750ページ)
との大信念で生き抜けと教えられている。
戸田先生も、こう力強く叫ばれた。
「難が来たら喜べ!その時が信心のしどころであり、宿命転換のチャンスなのだ。
その嵐を乗り越えれば、永遠にわたる大福運をつかんでいけるのだ」
経済の不況も深刻である。しかし、今こそ人間革命できるのだと大確信し、すべを変毒為薬していっていた
だきたい。頑張ろう!(大拍手)

●絶対勝利の題目
 一、大聖人は仰せである。
「日月天の四天下をめぐり給うは仏法の力なり」(同1146ページ)と。
地球が動いているのは、何の力によるのかーその力を、究極の次元から説き明かしたのが仏法である。
太陽や月が巡るのも、自然の力によるとか、いろいろな言い方があるだろうが、根本は、仏法の法則に則っている。大宇宙の天体が運行しゆく根源の力が、南無妙法蓮華経である。
 どれほど、すごい力であるか。我らは、この偉命なる妙法を持っている。最も正しく、最も力強い妙法の音律を唱えている。
これほど強いものはないのだ。絶対勝利の唱題である。負けるわけがない。
 大聖人の仰せの通りに実践すれば、わが生命に満々たるエネルギーが湧いてくる。勇気が湧き上がってくる。
 我らは、一日また一日、一年また一年、妙法のリズムに則り、宇宙も全部、味方にしながら、一切を勝ち開いていこう!(大拍手)

●自分が先頭に!
 一、戸田先生は遣言のように言われた。
「青年部は、へこたれるな! うんと戦って、歴史を残せ!戦う精神なくして信心はない」青年ならば、自分の歴史を残すのだ。
 広宣流布のために、これほどまでに語ったことはないというくらい、人と会い、人と語り、心と心を通い合わせていくのだ。明るく伸び伸びと対話を重ねていくのだ。
 私も青年時代から、語りに語った。
青年らしく、弟子らしく、広宣流布を語り、戸田先生を語り、多くの人に学会の理解を広げていった。
 誰よりも、自分が先頭に立って、語って、語って、語り抜いていく。そうすれば、もっともっと輝いて、魅力あふれるリーダーになっていくものだ。
「率先の行動」なくして、勝利はない。
「戦う精神」なくして、信心はない。
何があっても、臆するな! 勇気をもつて、前へ進むのだ。叫ぶのだ。思い切り戦って、勝利、勝利の歴史を残すのだ。

■ 一、学会は、広宣流布の団体である。ゆえに、広布に戦う人が一番尊いのである。
組織であるから、役職とか立場の違いはあるけれども、大事なことは、どれだけ広布のために尽くしたがである。
 祈った分だけ、動いた分だけ、語った分だけ、御本尊から功徳がいただける。
 皆さんは、思う存分に広布に働いて、無量無辺の功徳を受け切っていってほしい。必ず受けられる。私が証人である。戦ってきたゆえに、私は、確信をもって言い切ることができる。
 ともあれ、今こそ、本当の戦う弟子が踊り出てきてもらいたい。
それを青年部に期待したいのだ。

●一念で決まる
 一、最後に、もう一度、勝利の要諦を確認しておきたい。
アメリカの公民権運動の指導者キング博士は語った。
 「今まで以上に、立ち上がって、前進する気持ちになろうではないか。私たちの志を継続し、あらためてもっと大きな決意で立ち上がろうではないか」(クレイポーン・カーソン、クリス・シェパード編・梶原寿監訳『私には夢がある M・L・キング鋭教・講演集」新教出版社)
 大事なのは「今から」の決意だ。「これから」の行動だ。その連続闘箏が、大きな歴史を築く原動力となる。
 私たちの信心は本因妙である。「今から」「これから」が勝負である。
「何とかなるだろう」という油断や慢心は、結局、大きな敗北をもたらしてしまう。
中心者が本当の真剣さを失い、「うまくやっていこう」「楽をしよう」などという気持ちを持つようになったら大変だ。
 五十年以上、広宣流布のために戦い抜いてきた私である。
 戸田先生が、「先を見る目、行動力、鋭敏さは第一級だ」と讃えてくださった直弟子である。
 現実は決して生やさしいものではない。人まかせで、漫然と進めば、どうなるか。手に取るようにわかる。
 未来のため、若い人たちのため、多くの健気な同志のために、私は語っているのである。 広宣流布のために真剣に戦えば、すべてが自身の福運となる。子孫末代まで、偉大な福徳に包まれていく。
すべて自分の一念で決まる。

●永遠に成長し 発展する学会を
 一、戸田先生は訴えられた。
「時の到来とともに、戦いの雄叫びを上げて進むのだ!
 私とともに、あらゆる難に打ち勝って、一人ももれる事なく、出世の本懐を遂げていこうではないか!」
 誰一人、犠牲にはしない。また、絶対に、させてはならない。皆が、わが人生の大目的に向かって、敢然と前進していきたい。
 全リーダーが、心新たに出発することだ。
 戦おう! 民衆のために! 邪悪や傲慢をはねのけて!
 未来永遠にわたって、さらに成長し、さらに発展し、大勝利していける学会を、私は今、つくっている。どうか心を合わせて進んでもらいたい。
 言葉ではなく、大事なのは行動だ。生まれ変わった決意で戦うことだ。
順調な時はいい。
 吹雪の時、逆境の時こそ耐え抜いて、友に勇気と希望を贈っていくのだ。
そのための根本の力は信心しかない。
 師匠のために、わが身をなげうって悔いない覚悟で、私は一切を勝ち開いた。
 師弟不ニの信心でしか、三類の強敵を打ち破ることはできない。
この一点を忘れないでいただきたいのだ。

●健康で幸福で
 一、遠くから来られた同志の皆さん、本当にありがとう!
お会いできてうれしいです。いつまでも、お元気で!(大拍手)
 私も妻も、一生懸命、皆さんにお題目を送っています。
 皆さんが健康で、幸福で、素晴らしい家庭を桑かれゆくことを、そして皆さんの国や地域が平和であることを祈っています。1年365日、50年間、祈り続けています。
 海外の皆さんに、もう一度、拍手を送ろう!(大拍手)
きょうは、ありがとう! サンキュー!よい一年を!(大拍手)(2010.1.9)

※編集部として、名誉会長の了承のもと、省略された原稿を加えて掲載しました。

 

ありがとうございます

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年10月 9日(日)23時41分35秒
  今日も同盟題目に参加させていただきました。

レスをくださった皆様、大変嬉しく励みになりました
ありがとうございます!

少しでも皆様のお役に立てたら嬉しいです。
 

同盟題目23時開始!

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年10月 9日(日)22時55分29秒
  任意参加です。よろしくお願い致します。  

あっちは、裕教だからね!(笑)

 投稿者:雄教  投稿日:2016年10月 9日(日)22時50分2秒
  雄教、おまえじゃないのかという問い合わせが相次いでいますので一言。

私は雄教、あっちは裕教ですからね。お間違えなく・・・w

でも、裕教君には、ぜひとも、この一文を書いた初心に戻って、
先生のあだ討ちを果たし、先生の敵の首を取ってもらいたいものだね。

>中学3年のとき、反池田の教員が担任で、英語研究室に
>遊びにいくと、いつも山積みの週刊誌を読まされ、
>「君たちは世界の指導者になると言っているけれど、
>それなら盲信はいけない。右も左もよく知って、自分で
>判断しないといけない」もっともだと思った私は週刊誌を読んだ。
>がらがらと何かが崩壊し、心のなかにべっとりとした嫌な疑心が宿った。

12期生が中3といえば、昭和53年度。この頃の週刊誌記事の情報源は、
山友ではなく、秋谷・矢野ラインと判明している。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/56762
先生も、2008年6月の本幹で
「北条、秋谷は私の事を週刊誌に売った。裏で全部流していた」
と皆の前でおっしゃっている。

裕教君だけでなく多くの学園生、学会員らの人生を狂わせた元凶が、矢野、秋谷だ。

2005年に先生がT川やY谷らに矢野打倒を指示した
時、「最後の最大の敵である矢野をやる。私が倒すのは簡単だ。
しかし、それではダメなんだ。君たち青年部の力で倒しなさい」と
おっしゃったと聞く。

その最大の敵である矢野と、先生が倒れたのをいいことに和解してしまった
一味の側にいるならいるでいいけど、敵にうまく近づいて、
ちゃんと最後の寝首はかいてね。

これをできなかったら、君のあの時の決意はウソだったということになるからね。

絶対に、使命を忘れないように!!!
 

正義と真実の人、便1(-_-)トホホ

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年10月 9日(日)21時08分14秒
  便3並みの言い方です。これが創価村貴族社会の常識!会長は偉いんです~封建社会ですね。

さて、池田先生の感性に入り込むために、レ・ミゼラブルの世界へ旅立ちましょう。テーマは、ご承知の通り『19年』です。
テキストは、先生が若き日に読んでいた岩波文庫、豊島与志雄訳に基づきます。
昨年暮までに、ファンテーヌ、ただしき人ミリエル司教の項目が終わっていますので、ジャン・バルジャンの生き様から、マリウスとの葛藤について始めます。古本屋(創価村ゴールデン街本陣古書店でも)巡りをしてテキストを購入下さい。
 

大川小学校の悲劇!

 投稿者:螺髪  投稿日:2016年10月 9日(日)20時52分51秒
編集済
   2011年( 平成23年)3月11日午後、あの東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)が発生しました。そして、そのあと襲った津波。あらゆる被害が報道されましたが、宮城県石巻市の大川小学校の子供たちの被害は壮絶でした。全校児童108人の7割に当たる74人が死亡、行方不明となりました。報道では、児童は11日午後2時46分の地震直後、教諭らの誘導で校舎から校庭へ移動。そして津波。校舎に残った時計は、いずれも3時37分を指し止まっていたといいます。地震から津波到達まで、 ざっと50分、逆に言うとそれだけの時間、そこにとどまっていたことになります。何故か――。
http://digital.asahi.com/articles/ASJ9X4137J9XUPQJ002.html?_requesturl=articles%2FASJ9X4137J9XUPQJ002.html&rm=412

 朝日デジタルが、中学の国語教師だった佐藤敏郎さんへのインタビューを掲載しています。強烈なのは、ざっと50分も何もしないでそこに居とどまっていたということもさることながら、「石巻市教育委員会は生き残った子どもたちから聞き取りをしたにもかかわらず、記録を廃棄していました。その後、第三者の検証委員会が1年1カ月と5700万円かけて調査したものの、真因に迫ろうとしたようには見えません」としていることです。

 わかっていても何もしない。ただ待つだけ。またその結果を、わかっていてもひた隠しにしようとするというのは、何か、共通するものをどこかに見ているような気がします。池田先生の弟子と名のる方面幹部、総県幹部のみなさん、しっかりご覧になって下さい。


 

寝たきりおじさん様

 投稿者:宝冠  投稿日:2016年10月 9日(日)20時36分7秒
  感動的な話ありがとうございます

先生の素晴らしさ、有り難さが正しく会員に伝わるように
努力します

ジョーカー様の言葉
「組織のことで悩むこと自体が使命であり、それは三世永遠にわたる大福運を積む資格ざあるともいえます
大きいに悩み、祈り抜き、一歩一歩変革していってください
仏法の眼から見たら、とてつもない福運がある人です
三世永遠に消えない大功徳を頂戴する、ビッグチャンス到来の今世なのです
そのことに感謝できれば、組織はガラッと変わります」
諦めず、挑戦していきます

このままでは、先生が大悪人のように誤解されてしまう怖れがあります

先生の真実を知っている弟子が立ち上がり、真実を伝えていかなければ

師匠の心が分からない、職員、幹部に任せておくわけにはいかない
 

池田先生

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年10月 9日(日)20時28分13秒
編集済
  寝たきりおじさんさま

驚きました、この二日間の長文投稿・・凄い内容ばかり。

寝たきりおじさん解消ですね・・最後のとか思わないで・・続けてくださいね

先生は一体いくつの顔を持ってらっしゃるのだろう・・

師匠、宗教家、親、学者、実業家、教育者、政治家、詩人、小説家、指導者、ある時は独裁者?親分?

学者、写真家・英雄、厳しすぎる師、やかましい人・優しい人・・その他・・・・・・

仏の顔を表すのに11~33面というのがあるようですが・・でも、師はどこまでも人間臭いお師匠さん・・

その顔はきっと対する・縁する人によって違った顔が出て? 対する人に映るのではないだろうか・・

しかし、その先生の生命の底は一つだけ・・それは、あくまでも民衆の味方であり続ける・・

民衆を護る、幸福にする、会った人の悪い宿命の断ち切ってやる、というその深い思い。

陰に日向に、これほど弟子たちの事を見た指導者はいない。これだけは間違いない。

だから、師匠を慕う人が多い・・先生がおられなかったら、今の自分はないと言い切れる人は数え切れないはず。

他に誰がいるか・・

教条主義や権威主義、また正義・正義と口だけ唱えて、いざ敵と対して何もできないのであれば広布はできない。

今の執行部は先生の構想を実現しようとして、右往左往・・ ?

一応構想実現に向けて努力をするが・・ もう、できない、成れない、無理、なれば・創価を変えてしまって、

自分達にできる範囲にしてしまえと・・。

師匠の本当の心・想いがわからず形だけ追って、今の体たらくを招いたのではないだろうか?

ここに、師弟の道か師弟不二の道かの分かれ道がある。確かに誰でもできる会長職ではないであろう・・

原田会長、題目を死ぬ気で真剣にあげましょう。10時間~20時間と・・

釈迦像ではなく、正しい御本尊様に・・


最後に人間革命から・・


昭和三十一年の戦いに直面したとき、彼の弟子たちは戸田の指導を仰いだが、 彼らの意図する世俗的な闘争方針

を心に持しながら、戸田の根本方針を原理と して聞き、結局、彼らの方針の参考としてしか理解しなかった。

戸田の指針と 彼らの方針とは、厳密にいって不同一であったのである。師弟の道を歩むのはや さしく、師弟不二の道を

貫くことの困難さがここにある。 ただかろうじて、山本伸一だけが違っていた。彼は関西方面の最高責任者と なったとき、

戸田の膝下にあっての久しく厳しい薫陶から、

戸田に言われるま でもなく、ひとり多くの辛労を堪えながら、彼は作戦を立てた。

その彼の作戦の根本は、戸田の指針とまったく同一であった。不二であった。 彼には戸田の指導を理解しようなどと

いう努力は、すでに不必要であった。

以来、戸田の時々刻々の指導の片言隻句は、彼の闘争方針の実践にますます 確信を与え、いよいよ渾身の力量を発揮する縁と

なったのである。

彼は一念において、すでに戸田の一念と合一したところから出発していた。

ともあれ大聖人の仏法が師弟不二の仏法であるならば、一切法がこれ仏法で あるがゆえに、広布実践という現実的な昇華

のなかにも、師弟不二の道が貫か れていくことは当然の理といわなければならない。

・・引用終わり・・

生涯広布 ペンギン

http://

 

はじめまして

 投稿者:ドミサイル信濃町の入居者  投稿日:2016年10月 9日(日)19時50分28秒
  ドミサイル信濃町の入居者と申します。今後ともよろしくお願いします。  

寝たきりオジサン様

 投稿者:カンピース  投稿日:2016年10月 9日(日)19時47分9秒
  すばらしい手記の紹介ありがとうございます。小生も本当に感動しました。素晴らしいです\(^o^)/ 小生は学園生ではありませんが

一般的には学園生と聞けば、「ああ、信心があるんだな」とか「先生のもとで教育を受けられるなんて素晴らしい」と考えがちですが、

学園生といってもピンキリで勤行していない方も多々いらっしゃるし、なぜ創価高校・大学に進学したのかと問えば、

「親に行かされた」と答えるか方も結構多くいらっしゃるかもしれません。

しかし、先生はそんなことは気にもなさらず、全員が若獅子との思いで接してくださっている。

本当に涙がこぼれます。

学園生の皆さん、卒業生の皆さん、そんな先生の思いを無視するがごとくの今の学会を見て、どう思いますか?

皆さんが思う、先生への思いと今の執行部との現状の格差をどうおもいますか?

皆さんが先生への思いを語れば語るほど、今の学会(執行部)の間違いが浮き彫りになるのではないでしょうか。
 

ある学園12期生の手記です。

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年10月 9日(日)19時03分46秒
  あまりにも感動したので、ご紹介させていただきます。
学園生の方、特に12期生の方がいらっしゃたら、ぜひお読みください。

2月8日、担当している裁判の準備で早朝から家を出、聖教新聞を
読むことができなかった。日も暮れて急に気温が下がり、東京に
今年初めての雪が、嵐のようにふぶいた。

この日の夜の会合は、都内某区の広宣部大学校の出発式。
都内でも初の試みで、聞けば創価班大学校の卒業生がほぼ全員、
こちらで仏敵破折の研修をするという。

それにしてもこんなに吹雪いているのに本当に会合やるのかな、
と思いつつ、9時ぎりぎりに会場にかけこんだ。
勤行をし、2人の区幹部の方が話をされた。
若者たちの反応をみていると、どうもつまらなそうだ。
私は自分の原体験となった学園の話をした。
中学3年のとき、反池田の教員が担任で、英語研究室に
遊びにいくと、いつも山積みの週刊誌を読まされ、
「君たちは世界の指導者になると言っているけれど、
それなら盲信はいけない。右も左もよく知って、自分で
判断しないといけない」もっともだと思った私は週刊誌を読んだ。
がらがらと何かが崩壊し、心のなかにべっとりとした嫌な疑心が宿った。

「念仏を唱えたことなんてないのに、どうして南無妙法蓮華経が
一番だといえるのか」
「どうして先生が師匠なんですか。比較対称の結果、選んだわけじゃないのに」
当時の自分にとっては至極あたりまえの、論理的な疑問に多くの先生方が
いやな顔をした。
「おまえは将来山友になる」といわれたこともあった。
「そうか、僕は裏切り者になって、みんなに笑われていくんだ」と
思って悲しかった。

寮の廃止という、生徒にとって残酷な現実も進行していた。
後輩が入ってこない。
第2寮が壊され、第1寮も壊された。それまで毎日寮にきていた
学校の先生たちも「教員が宗教教育をしてはいけない」という大義の
もとに誰も訪れず、藤野先生と言うおじいちゃんが、ひとりで
面倒みてくれるようになった。

池田先生が嫌いになっていた。すべてのことが「先生の判断」として
語られていたから。
昭和54年4月24日。先生勇退のニュースを昼頃知った。
夕方、寮の食堂のテレビで先生の会見をみた。 テレビの前には
人が群がっていた。僕は食事委員で、食堂の床を雑巾でこすっていた。
遠目にみたテレビの先生の声。なにか大きな柱が倒れたような感触と、
創価学会が敗北したくやしさ。 言葉にならない思いがあふれて、

普段は先生の悪口を言っているくせに、涙がでてきた。
頭をリーゼントにした高3の先輩が、目頭を抑えて
食堂から走り出ていった。

先生が栄光第一寮を回られたのは、創価小学校で芋掘り大会が
行われた日だ。僕も勤行をさぼって部屋で寝ていた。
そもうち「先生が寮を回ってる」という嘘みたいな
話が廊下に響いた。先生が「勤行の時間だよ」と寝ている先輩を起こし
「誰やねん」「先生だよ」「何先生やねん」「池田先生だよ」
というパロディのような話を演じた11期生の先輩も、
今は第2総東京の教学部長として、また創価大学の教員として
弟子の道を歩んでいる。

寮を回った先生が4階の僕の部屋についた頃には、掃除もおわり、
僕の机を見られて「よく勉強している机だね」とおっしゃった。
誰もがここで終わりと思ったのに、先生は寮の屋上にまでいかれた。
高校3年生がタバコを散乱させていた場所だ。
「すった子を呼びなさい」と先生が言われ、だれもが
「やばい、しかられる」と思った。ところが先生は
「一緒に掃除をしよう」といって、箒を手に取った。

そのあと緊急の会食会になった。寮の食堂でみんないいかげんな、
追いコンのような出し物をやった。潤吉が馬鹿騒ぎをし、
高岡さんが上半身はだかで、エッサッサをやった。
このエッサッサは高岡・石橋という陸上部によって開発され、
12期では石木が受け継いだが、そのあとやった者はいたのかな。

牧野校長が頭から汗を噴出していた。池田先生は腹を抱えて笑っていた。
「ああ、先生ってこういうノリが分かるんだ」と思って妙にうれしかった。
昭和55年3月16日。10期生の先輩の卒業式。僕はえらく荒れていた。
むかついてむかついて仕方がなかった。というのも学校に父兄があふれ、
先生が卒業式から謝恩会の会場である体育館へ移動する渡り廊下のところに、
黄色い声がざわめき、人がたかっていたからだ。

そのとき反対の正門のところには小鯛君がぽつんと門番の役員をしていた。
ざわめきと静寂の対比に僕は切れていた。「なんや学会のくそババア。
普段は『陰の人を大切に』なんて言ってるくせに、みてりゃさっきから誰も
小鯛に声かけてないじゃないか。所詮そんなもんだよ。偽善だよ。

池田先生もいい気になってんだよ。いいんだ、俺が小鯛のそばにいてやるんだ」
そういって僕はひねくれ、小鯛のところで先生の悪口を言っていた。
するとトントンと肩をたたかれた。驚いてふりむくと、そこに池田先生がいた。
先生は体育館の方を指差し「ぼく、謝恩会さぼるから。いっしょにお好み焼でも
食べにいこう。どこかお店はあるかな」 先生と二人きりで学園の前の狭い道を
歩き出したのである。完全に気持ちが宙に浮いていた。先生の取り巻きも誰も
いないのだ。このころの先生は一人で歩かれることがしばしばあった。

結局お好み焼やは休みで、僕と先生は誰も人のいない「栄光クラブ」に入って、
食堂のいすに座った。先生はタバコをだして、「君は吸うのか」と聞かれた。
あとはまるで未来部の担当者が話すような、たわいのない話だったと思う。
でも、学校の先生でさえしてくれないことを、池田先生がしてくれている
ということだけはわかった。

このあとみんなに先生が発見され、記念写真をとっていただいた。
僕はこのときの写真を仏壇に飾っている。
その後の僕は大学を外部に逃げ、学会活動も逃げていった。遊びほうけて
どんどんダメになっていくのも感じ、12期の仲間には心配もされ、
迷惑もかけた。25歳になったころ男子部のいい先輩に起こされ、
腹をきめて活動をはじめた。28歳のとき、はじめて妙観講と対論をやり、
座談会の研究発表で学んだ御書だけで勝ったが、

そのとき相手の若造が教義で負けたのに「池田はよう、名誉ほしさに金をばらまいて
いるんだぜ」と言った。
この言葉に僕は切れた。「おまえ、池田先生を知ってんのか。
知って物を言ってんのか」 言いながら、僕のなかで何かがあふれていた。
生命の奥底に刻まれていた「池田先生」が、
あふれていた。男子部をやるようになってからでさえ、「自分は先生の
弟子じゃないみたい」と感じていたのに、僕も先生の弟子だったんっだと
このとき初めて感じた。こんな生命があるなんて、と言葉もなかった。

魔物は言葉によって生命を巣くっていく。僕は不思議のえにしで、
今悪と闘争している。それは石ころを対岸から悪に向かって投げるだけの
ものとは違う。悪との闘争とは、相手の刃物と刺し違えるつもりか、
相手を抱きこんで共に海底に沈む覚悟で初めてなせる。

こんな話をしながら、研修を終え、家に帰ってくると、先ほどの会合の中心者から
電話があった。今日の聖教を読んだか。読んでいないのなら、読んでみてください。

ある日 ある時ふと 私は妻に漏らした「嫉妬うず巻く日本を去ろう
世界が待っているから」その時 妻は微笑んで言った「あなたには 学園生がいます
学園生は どうするのですか? きっと 寂しがりますよ」

そうだ!そうだ 学園がある!未来の生命たる学園生がいる!君たちのためなら私は
いかなる迫害もいかなる中傷もいかなる試練もまったく眼中にない

一九七九年(昭和五十四年)せめてもの思いで訪れた東京校の栄光寮生徒たちに
声を掛けながら各部屋を歩いた「健康に気をつけてね」「お父さん お母さんに
心配かけないように」ちらかし放題の部屋もあっただがみな わが子だみな
元気だったみな若獅子であった何よりも師弟の道を熟知している彼らであった
本当に会えることが嬉しかった

先生はあのときの僕たちのことさえも「みな若獅子であった 何よりも
師弟の道を熟知している 彼らであった」と綴ってくださっていた。
「おまえは反逆者になる」「将来は山友だ」とかつて言われていた僕は、先生の言葉
を読みながら胸が震えた。今世では、もはや欲するものはない。得たいのは、
あだ討ちの首である。 学園12期のみなさんは覚えていらっしゃることだろう。

「獅子の子は 獅子と育てや 栄光祭」

池田先生の弟子と生まれ、あの時代を学園で過ごせたことを、今最大の誇りと使命に
感じる。いよいよ21世紀の舞台に立つ。


以上12期のメンバーにあてたメールです。
 

パワハラはパワハラする側が100%悪い

 投稿者:感性  投稿日:2016年10月 9日(日)18時36分10秒
編集済
  あんのじょう電通の事例では悪質なパワハラがあったようです。
以下引用
電通新入社員
「体も心もズタズタ」…クリスマスに命絶つ

「君の残業時間の20時間は会社にとって無駄」などと上司からパワハラ発言を繰り返されていた様子も書かれていたという。
http://mainichi.jp/articles/20161008/k00/00m/040/117000c

社労士サイトからも引用しておきましょう。

冒頭触れましたように、現在日本では、パワハラに関する法律も行政通達もありません。2012年に国の提言があったにすぎません。
http://www.roudou110.jp/article/14892705.html

パワハラする側は多分、電通に限らず「君の事を思ってのスパルタ発言、スパルタ行動」とカバーアップしているのでしょう。またそれ許す風潮としてパワハラに悩み退社、休職、退学、不登校、入院、引きこもり等をする側に対して「意気地なし!」「生命力が弱い!」との侮蔑や偏見もありましょう。
学会内でも苦悩する後輩に対しての先輩の何気ない一言がいっそう苦しめたりすることも直接見てきています。悪気のあるなしの問題ではありません。
ただし、パワハラも含めいじめ全般については名誉会長の見解「いじめはいじめる側が100%
悪い!」は普遍的です。

>池田大作 名言100選 「いじめ」を考える
http://hokuto-sgi.seesaa.net/article/145478966.html

激励と称する弱者への無知・無定見な暴言に対しても同じことがいえましょう。

雇用関係においてもいじめへの言い訳を許さない厳格な立法措置が要されます。
その他、例えば今、大阪市役所が行っているというヘイトスピーチ認定への外部識者も含めた第三者機関の設置のようにパワハラ認定にも同様の措置などが全国展開でなされればたとえそこまで持ち上がらなくても抑制効果が生じ職場でのパワハラ減少ひいては波及効果にてイジメ全般も少なくなるのではないでしょうか。

お二方へレス   投稿者:感性   投稿日:2016年10月 9日(日)00時46分57秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/index/detail/comm_id/57830
死者への暴言 ②   投稿者:感性   投稿日:2016年10月 5日(水)01時45分49秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/57592
 

創価栄光の集いのメッセージ

 投稿者:宝剣  投稿日:2016年10月 9日(日)17時26分45秒
編集済
  「他人の嘲りを心にとめず、敗北にも挫けず、勇気を持ってまた立ち上がれ
一切の正義には、やがて勝利が訪れるのだ」

先生のこの言葉
今、迫害されている側の弟子に下さった言葉である

断じて、迫害している側の人間に下さった言葉ではない

我らもお題目を送らせて頂く
正義故に迫害されているあらゆる同志に

 

議員名は?

 投稿者:感性  投稿日:2016年10月 9日(日)17時12分5秒
  >時事通信社が長縄三郎さんを排除 あるブログから関係部分を抜粋   投稿者:ツイート人   投稿日:2016年10月 9日(日)13時58分34秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/57848

そのブログは検索で特定できましたが、

>やがて公明党国会議員に出世する

弁護士とは誰なのでしょうかね。時系列からいって既に元議員だろうけど党史の観点から興味がわきます。北海道の方等でどなたか心当たりのあるかた教えてください。

 

会長はえらいんです?

 投稿者:フラフラ  投稿日:2016年10月 9日(日)15時22分59秒
  神奈川県あたりにいる副会長。S山副会長のことですね。
S班全国委員長までして、その程度の師弟感しかないとは、、、
情けない。あなたの師匠は誰ですか?
 

精査

 投稿者:  投稿日:2016年10月 9日(日)14時49分1秒
編集済
  先生の御指導を再読している
当たり前のように思い、見過ごしてきた御指導があまりに沢山あったことに驚く

原田会長に対する違和感、不信感が改めて先生の素晴らしさを教えてくれる
まさに「反面教師」である

この宿板の論客がキチンと精査してくれるので、先生の素晴らしさが分かる

そうでなければ、原田執行部への違和感、不信感から、先生への不信感を持つ人が増大するところだったと思う

宿板は、会員の先生への不信感を防ぎ、会員に先生の素晴らしさを伝える貴重な場であると思う

皆さんの尽力に感謝します


今日、勉強させて頂いた先生の御指導
「要となる人間が愚かであれば虚偽や無責任がはびこり人材も伸びない

自分が動きもしないで他人にやらせようとするのは畜生の心
そんな狡いリーダーになってはいけない

組織の上の人間が威張るのではなく、皆に尽くす
(この方針を)永遠に貫ぬかねばならない

指導者は皆を守る為にいる
広宣流布のリーダーである
偉くなったと錯覚してはいけない
人を使うのではなく尊き仏子に仕えるのだ」

そういえば「原田会長は偉い人なんです」と発言した職員がいましたね

一番偉いのは、会員ですから
それが、池田先生が作ってくださった創価学会の素晴らしさ!

この素晴らしさを永遠に守っていきます







 

時事通信社が長縄三郎さんを排除 あるブログから関係部分を抜粋

 投稿者:ツイート人  投稿日:2016年10月 9日(日)13時58分34秒
  ●そんな状況下で経営権力と組合支配を狙う創価学会と共産党の色も明らかな連中が手を握り合って野合して、長谷川体制打倒闘争の先頭に立ち、組合の中心的存在として頑張っていた新組合経済班と、新たに職場改革の闘争を開始した同労組北日本支部札幌班を手段を選ばずに壊滅させようと卑劣な弾圧攻撃を開始した、そんな時代でもありました。

●社権力は大宗教組織と大政党を背景とし、経営権力の実体を形成していたのに対して、彼らに抵抗した「札幌班」も「経済班」も、誰1人として、いかなる宗教組織にも、政治組織にも加入せず、「ただ1人の誇り高きジャーナリスト」たちが連帯し、団結しての少数派の運動でしかなかったものですから、勝敗は自ずから明らかだった、と言えましょう。

●しかし普通のメッセージでは、長縄君にはふさわしくない、いま考えていることを含めて、そして時事通信社札幌支社における37年前の創価学会と共産党の野合経営権力によって、かっての長谷川独裁専制体制時代が再現された「時事地獄」について、今こそ書いておくべきだ、そのことをおそらく長縄君の過去の悲劇について知らないであろう、多数の北海道の人たちに、いや全国の大多数の人々に、この機会に知ってもらうべきだ、と考えて、滅法長文のメッセージを何日もかけて書くこととした。


●つい1年半ほど前までは、組合長老、組合委員長、組合書記長といった人間が、組合の顧問弁護士から会社側顧問弁護士に寝返らせた創価学会系の弁護士を連れて、札幌通いに興じていました。顧問弁護士たちは札幌支社組合員弾圧を指導したり、北海道地方労働委員会や裁判所で会社代理人を担当して弾圧の走狗に成り果てるに至りました。

●実はやがて公明党国会議員に出世する、転向弁護士の1人で札幌にも通った弁護士は、なんと本社で、会社の職制を前に、不当労働攻撃をいかに巧みに行うか講演させて、その講演内容を、やがて社長になる当時の労務担当重役が会社の秘密公文書「大畑親展文書」にして、全国の職制に伝えて、徹底させるという酷さでした。


●こうして札幌支社の闘争は見事に圧殺されたのです。そして長縄君はこの時、つまり入社してからわずか3年間の1976年に、全く不当にも首切られたのです。首切った権力亡者どもの誰よりも若くして優秀なジャーナリストを、創価学会と共産党が野合して、首切ったのです。そんな報道機関が発展するはずがないじゃありませんか。

●会社を代表して裁判所に来ていたのは、その創価学会系弁護士に媒酌人をしてもらった元時事通信労組書記長で当時は会社の取締役労務担当をしていた、山口君のかっての同志でした。その人物はまた長縄君を懲戒解雇した当時、社長室にいて、札幌に足繁く通って弾圧を直接指導していた男でもありました。


●かって長縄氏が懲戒解雇処分攻撃を受けた札幌支社の闘争は、まさに時事通信社創業の精神に則っていた活動でした。それを社内支配の欲望に取り憑(つ)かれた宗教組織や政治党派の権力亡者どもが、札幌の諸君を非道な形で徹底弾圧した。弾圧してジャーナリズムに反するエゴイスティックな支配欲望を満たした。到底許せるものではありません。

●実に長縄氏は、若い頃からジャーナリストとしての類いない資質と卓越した才能を持ち、その天賦の才能を駆使して文章化する実力は実に驚嘆すべきものがあったのです。文章から漂う学識と教養の深い香りに、彼との付き合い当初から私は驚かせられたものでした。その長縄氏が突然、「ボタンの掛け違い」とかで会社を首切られた。
 首を切った人間はといえば、それまでは新組合の長老だの委員長だの書記長だのの幹部どもで、本来は社内弱者の味方だったはずの人間どもです。しかもそれまでの組合の顧問弁護士が札幌まで同伴して、それも幾度も札幌がよいして、首切りに血眼になっているのですから、どう言ってよいのやら。

●長縄君を首切った男どもはといえば、国会の予算委員会で経済部記者の私が取材した防衛関係の記事を参議院記者クラブで原稿を書き、さて経済部デスクに電話草稿しようと思ったその時、私の原稿を覗(のぞ)き込んで、自分の所属する政治部デスクに電話をかけて、他人の原稿つまり私の原稿を読み上げて、自分の原稿として送稿するなどという常識では考えられない「盗作」を行った人間。

●それは実に、時事通信社が長縄三郎記者を「ボタン」として扱って、「掛け違い」として非条理に首切った、卑怯卑劣なやり口と真逆のものであることを、私は強く指摘しておきたいと思います。
 そんな長縄氏だからこそ、辛かったであろう、長い経済的困窮とジャーナリズムの仕事遂行の困難に打ち克って、多くの心温かい支援者や支持者から護られて、遂に今日の輝ける地歩に立てたのであって、そのことを私は非常に喜んでいます。


●皮肉な見方、言い方をすれば、時事通信社が「札幌班」を非道極まる弾圧攻撃を行って潰し、あるいは時事通信労働者委員会全メンバーに対して、人権侵害の不当労働行為攻撃をし続け、解雇攻撃したり、窓際族化配転を強行して社内で原稿を書かせず、記事掲載を許さなかったために、このペリスコープ班特集が成功したのであり、長縄君の拓銀ぶっ潰れ特ダネ記事が「月刊宝石」の場で、日の目を見ることができた、と言えましょう。
 

聖教29日のお詫び記事について

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2016年10月 9日(日)13時19分42秒
  >いろいろ調べてみました。

時事通信の労働争議に関係があるようです。

会社側の組合潰しの為に、
創価学会の幹部と後の公明党国会議員になる弁護士、共産党が関与したようです。
この本と事件を知る方がいれば情報提供を!<

ツイート人様、ご調査頂きまして誠にありがとうございます。
以下、時系列で投稿を拾い上げました。

ツイート人様がピックアップして頂いた聖教誤掲載の内容でしたが、何か根が深い問題のようですね。
現地の方の情報が欲しいです。


>ネット上で拾いました。中身が違っていた?
紙版(画像上)
デジタル版(画像下)
の比較を見ればわかる。記事が相違している。<
http://6027.teacup.com/situation/bbs/57470

>29日おわび
『長縄さんの体験を編集部の不手際により誤った内容で掲載』
なので、素直に読めば、白ゆり長の体験が誤った内容だったことへの謝罪になるかと思います。<
http://6027.teacup.com/situation/bbs/57555

>ひょっとして何かこの学会批判本と関係があるのでは・・・!?
http://bookmeter.com/cmt/35509109
「崩壊すすむ 北海道の創価学会・公明党」(1979年10月1日発行)長縄三郎<
http://6027.teacup.com/situation/bbs/57709

>時事通信の労働争議に関係があるようです。
会社側の組合潰しの為に、
創価学会の幹部と後の公明党国会議員になる弁護士、共産党が関与したようです。<
http://6027.teacup.com/situation/bbs/57844

 

お見舞い申し上げます。

 投稿者:獅子の子  投稿日:2016年10月 9日(日)12時21分15秒
  うーこさん
肺炎で入院中とのこと…(/_;),
大丈夫ですかぁ?(>_<)
疲れが溜まっていたのでは…?
うーこさんは頑張り屋さんだから… 心配です。。。(泣)

宿板で学ぶことも多々あるとは思いますが 程々に覗く程度って日(休日)も作らないと疲れちゃいますよ…。
生命力使いますからね…(._. )

家でじっくり先生の書籍等読むのも気づき学びになります!

無理せず自分のペースで
学び 気づき を求められると
良いかなと思います。
もっと楽に肩の力を抜いて
楽しまれるといいですよ♪

大切な使命あるお身体です。
どうぞ ゆっくりご静養下さい。
うーこさんの1日も早い
ご回復を心より祈っております。


 

寝たきりおじさん様

 投稿者:南米訪問団  投稿日:2016年10月 9日(日)11時41分57秒
編集済
  先生の御指導ありがとうございます
そう、そうです
先生はへんな隠しごとを一切されず、率直でした

ハワイに行かれる話
事前になんの為に行くのか?
誰と行くのか?
キチンと話してくださっています
まさに「公表」されています

ある日突然、聖教新聞に「南米訪問団」と書かれ、原田会長と笠貫女史が写っている
事前に何をしに行ったのか?
事前にも、事後にもどういうメンバーで行ったのか?
なんの報告もない
会員の「財務」で行ったんですよ!
忘れてませんか?

先生は何度も海外に行かれました
いつだって、会員に事前に、事後にも報告してくださいました
先生が行かれ、報告してくださることで、自分達も一緒に参加した思いがしました

こんないつのまにか、訪問団を作って、南米訪問団という言葉ばかりが聖教に躍り、誰がメンバーなのか?
全く分からない「南米訪問団」

こんな話で自分達も一緒に南米に行ったと思えますか?
会員の浄財で行っているんです
だから、費用を公表するべきと言っています
こんな事を許したら、キリがない
ドンドン堕落します

天台宗が何故、真言密教化したのか?
流行していたので、信者を獲得しやすかった
そして、情報公開しないことで、上が勝手がしやすかった
のではないだろうか?

創価学会は教義問題でも、御観念文の変更でも安保問題でも、全て、密室
事前に会員になんの説明もなく、聖教の発表したことが全て
質問しても誰も答えることができない
全然、民主的でない

小池知事は広く皆の意見を聞き、情報公開している
学会もそうあるべきではないか?
池田先生は常にそうされていました
先生がされた通りにお願いします

それが直弟子のすがたですよね?
口で池田先生の名前を連呼、行動は違うというのでは、看板に偽りあり
自称直弟子の看板が泣きます








 

虹と創価家族様

 投稿者:ツイート人  投稿日:2016年10月 9日(日)11時25分11秒
編集済
  聖教1面のお詫び記事について

「編集部の不手際」とは何か?
この学会批判本と関係があるのでは!?
bookmeter.com/cmt/35509109
「崩壊すすむ 北海道の創価学会・公明党」
(1979年10月発行)著者・長縄三郎

いろいろ調べてみました。

時事通信の労働争議に関係があるようです。

会社側の組合潰しの為に、
創価学会の幹部と後の公明党国会議員になる弁護士、共産党が関与したようです。
この本と事件を知る方がいれば情報提供を!

 

法華経の智慧(寿量品)より(3)

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年10月 9日(日)10時01分56秒
編集済
  寿量品の「良医病子の譬え」


須田: (略)「良医病子の譬え」のあらすじはこうです。 良医である父(仏)が、誤って毒薬を飲んで

正気を失った子どもたち(衆生)を救うために、姿を隠し、遠国で自分が死んだと伝えさせる。

子どもたちは、父が亡くなった悲しみのなかで正気を取り戻し、父が通していった良薬(法)を服して病気が治る。

そこへ父(仏)が帰ってきて、健康になった子どもたちと再会する - と。

遠藤: 「仏は常住不滅であるが、衆生に法を求めさせるための方便として入滅する。衆生が法を信受する時、

仏は再び衆生の前に現れるであろう」 - これが、この譬えの意味ですね。

名誉会長: その通りです。「永遠の妙法」を行ずることによって、だれもが、常住此説法の「永遠の仏」

を己心に見ることができる。これが釈尊の遺訓の本義と言えるのではないだろうか。

その心を、忠実に表現したのが寿量品の「良医病子の譬え」と言ってよい。

須田: 既に語っていただいたように、寿量品は釈尊滅後、なかんずく末法の民衆へのメッセージでした。

釈尊がいない滅後には、釈尊自身の「師」を「師」としていけ、私と同じ道を行け - という遺言がそこに

込められているのですね。

遠藤: そうすれば、釈尊がいなくても何も問題はない、と。

須田: 釈尊在世の人々は、釈尊との人格的な交流を通して「永遠の法」を感じ、悟りの道を歩むことが

できたわけですが、滅後の衆生にとっては、そうはいかない。ここに寿量品が「滅後のため」と言われる

重大な理由があると思います。

(3)終わり


(4)へ続く・・(明日)・・
 

法華経の智慧(寿量品)より(2)

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年10月 9日(日)09時56分52秒
編集済
  師とは「久遠元初の仏」  ~「法」と「人(仏)」は本来 不可分~


名誉会長: 法と人(仏)は本来、不可分なのです。「如来」というのも「如(真如・真実の世界)

からやって来たもの」ということです。すなわち「如来」とは、真実の「法」が現実の上に表れたのです。

宇宙生命に“人”の側面と“法”の側面があり、それが一体なのです。 少し難しいかもしれないが、

大事なところなので、もう少し言っておこう。 釈尊の説法に「法を見る者は我を見る、我を見る者は法を見る」

という言葉がある。法を体得すれば釈尊に会うことができ、釈尊に会えば法を悟れるという意味です。

「我を見る」の「我」とは、根本的には「永遠の法」と一体となった「永遠の仏」です。 寿量品では、

永遠なる「常住此説法(常に此に住して法を説く)」(法華経 p506)の仏身を説く。文上の法華経では、

五百塵点劫以来の「久遠実成の釈尊」のことだが、その指向しているのは無始無終の「久遠元初の仏」です。

釈尊が悟った「永遠の法」即「永遠の仏」は、あらゆる仏が悟った「永遠の大生命」であった。

過去・現在・未来のあらゆる仏は、ことごとく釈尊と同じく「久遠元初の仏」を師として悟ったのです。

それが久遠元初の自受用身であり、南無妙法蓮華経如来です。戸田先生は言われた。

「日蓮大聖人の生命というもの、われわれの生命というものは、無始無終ということなのです。

これを久遠元初といいます。始めもなければ、終わりもないのです。大宇宙それ自体が、大生命体なのです」と。

無始無終で慈悲の活動を続ける、その大生命体を「師」として、「人間・釈尊」は人間のまま仏となったのです。

そして、悟ったとたん、三世十方の諸仏は皆、この人法一箇の「永遠の仏」を師として仏になったのだとわかった

のです。

須田: 法華経方便品にも、総諸仏・過去仏・未来仏・現在仏・釈迦仏の五仏が説いたのは、等しく一仏乗で

あった、とする「五仏同道」の思想が見られますね。

名誉会長: ですから、真剣に法を求め、法を行ずることによって、「常住此説法の仏」に必ず会えるのだ、

と教えているのです。

(2)終わり

生涯広布 ペンギン


(3)へ続く
 

法華経の智慧(寿量品)より(1)

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年10月 9日(日)09時47分55秒
  ある方が、「法華経の智慧」寿量品(第4巻)元に人法一箇(一大秘法)に
関する記述をまとめて送ってくださいましたので、ご紹介します。

<釈尊(釈迦)の遺言>

~「法と自己を依りどころとせよ」~

名誉会長: 順を追って考えてみよう。まず、釈尊の教えは、自分が悟った「永遠の法(ダルマ)」

を万人に悟らせることに目的があったのだね。釈尊の死後も、その「法」を師とせよと教えた。

須田: はい。師である釈尊に常随給仕していた阿難(アーナンダ)は「仏が亡くなられた後、

私たちは何を頼りにして修行していけばいいのでしょうか」と、釈尊に尋ねています。

釈尊は、こう答えています。“アーナンダよ、自らを島とし、自らをたよりとせよ。

他人をたよりとせず、法を島とし、法を依りどころとせよ”と。

遠藤: いわゆる「自帰依・法帰依」とか「自灯明・法灯明」と言われる言葉ですね。

名誉会長: そう。ここで大事なのは、法と仏の関係です。「法」には「教え」という意味も含めて、

さまざまな意味があるが、結論を言うと、釈尊が「法」と呼んでいるものは、実は「永遠の仏」の生命

と別のものではない。 「永遠の仏」の法身(法を体とする仏身)のことと考えられる。

少し飛躍した言い方になるが、釈尊が「永遠の法」を悟ったというのは、イコール「永遠の仏」を自身の内

に見た、ということと考えられる。 法華経から見るならば、「法を依りどころとせよ」という教えは、

根本的には、「永遠の仏」を師とせよ、との遺言であったのです。何より釈尊自身が、その「永遠の仏」を

師として悟りを開いたのです。(中略) 「心の師」となれということです。私どもで言えば、信心に生き抜け

ということです。その自分は「依りどころ」になる。

斉藤: 確かに「法」と「人」との関係には、さまざまな局面がありますが、大聖人は「一生成仏抄」で

「己心の外に法ありと思はば全く妙法にあらず」(御書 p383)と仰せです。法といっても自分の心を離れては

ありえないわけです。

(1)終わり


拠り所とすべき法と自己とは・・

釈尊(釈迦)が「永遠の仏」を師として、悟りをひらいたところの永遠の師とは・・


生涯広布 ペンギン


・・(2)に続く・・









 

わが友に贈る 2016年10月9日

 投稿者:どうみょうてん  投稿日:2016年10月 9日(日)07時53分8秒
  信心の力は無限だ。
いかなる試練の波浪も
「さあ来い!」と
積極果敢に受けて立て!
唱題の音声とともに!
 

カンピース様、寝たきりオジサン様、

 投稿者:くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲メール  投稿日:2016年10月 9日(日)07時45分51秒
編集済
  カンピース様、お早うございます。m(._.)m

おっしゃる通りヽ(^○^)ノ対話拒否して、こちらの話は一切聞くことなく一方的に自分達の意見のみを押し付けてくる行為自体が、人としての振る舞いが、釈迦の教えにも、日蓮の教えにも、池田先生のご指導にも叛いている行為だと確信します。

だから彼らは魔につけ入られた仏敵だ(# ゜Д゜)


寝たきりオジサン様、m(._.)mお早うございます。m(._.)m

忘れ得ぬ同志の投稿ありがとうございますm(._.)m

当時の聖教新聞に載ったとき、当時働いていた会社に新聞を毎日持っていき、熟読してました。

忘れ得ぬ同志は鼻水を垂らしながら涙無くして読むことが出来ないコーナーでした。その中でも嵐桜は感動の女性、一度でもお会いしてみたかったと思ったものです。

現在は何故このようになってしまったのでしょうか?

池田先生のお近くにいながら先生のお心のわからなかった極悪四人組は昭和54年の時にはすでに師匠を裏切っていたわけですから、気がつかなかった私たちも悪かったところは有りますが、実行犯であった四人組は現在も学会にのうのうと居続けているわけですから、本当に命が汚い(ToT)

蠢くウジ虫の様ですね(^w^)




 

くぼたてつ栃木の仏敵退治様

 投稿者:カンピース  投稿日:2016年10月 9日(日)06時43分54秒
  おはようございます。昨日の番組、小生も見ました。人権活動される方に「国家にはむかう事をしてすみません」という

なんか言わされている感が見え見えの映像は、昨今の査問における「宿坊板に投稿し、異体同心の学会の団結を乱す事をしてすみません」

と言わせようとする輩の意図とかぶり、大変ショックでありました。

「釈迦のこの世に出現した目的は、人の振る舞いの中にこそその本質がある」(趣意)
「信心の血脈がなければ、法華経(成仏の法)を持っていても用をなすものではない」(趣意)

御書にあるとおりと思います。

小生は勝手ながら「信心の血脈」「人の振る舞い」に通じるものは「対話」ではないかと思っています。

「対話」無き昨日の映像は、「対話」無き今の学会を象徴するものではなかったかと危惧するものです。

各論客様も同じと思うのですが、各人がおかしいと思う事におかしいと声を挙げているだけなのに、

御書も引かず、先生の指導も引かず、ただ一方的な情報(それも正確なものでない)を基に一方的にやれ反逆者だ裏切り者だと断定するのは

「対話」無き世界の愚かさを垣間見る思いです。
 

貧しき民を救わんと大獅子吼せる我が師匠!

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年10月 9日(日)02時37分52秒
編集済
  レ・ミゼラブルの中で、ジャン・バルジャンが何故、毎日のようにポケット一杯に硬貨を携えて街を歩き子供や貧民に渡し、部屋に忍び込んでまでお金を置いて行ったのか?それは、共和制から王政復古、再び共和制と国内政治が混乱して益々貧富の差が広がり、置き去りにされた庶民をどうするのか!とのユゴーの思いが描き表したものだと読んでいました。
そして、主人公のジャン・バルジャンは、トゥーロンの徒刑場に送られる前は、庭師として働き、夫を亡くした極貧で子だくさんの姉家族(映画では妹家族)と生活をしていました。冬になり得るべき収入も無くなり、飢える姉の子供たちのためにパン屋のガラス窓を壊してパンを盗もうとして警察に捕まります。徒刑場送り5年の刑。僅かな硬貨一枚でもあれば、罪を犯すことは無かったでしょう。姉家族が心配で何度も脱獄を図って捕まり、刑が加算されて19年間。文盲で法律知識も何もない。青春時代を全て牢獄で費やす事になります。何故、こんな量刑になっていたか?それは、未だ蒸気機関の発明も行き渡らないフランスにあって海軍の帆船引き上げや補修には人力が必要だったからです。映画の冒頭シーンがそれです。人力が必要だったから罪人が必要(-_-)

なんか、創価村が組織を固めるために、会員を愚かにして、全てを内向きにさせて盛んに査問・除名やっている姿と私はダブりました。

コゼットにジャン・バルジャンが文字を教えているところで、彼は回想します。牢獄の教会師に文字を教わり、法律を勉強した事を。その時のジャン・バルジャンは、牢獄を出られたら社会に復讐するために必死に勉強した。しかし、今の彼は、その能力をコゼットに注いでいる。彼は思わず微笑んでしまう訳です。社会に対する恨み・復讐ではなく未来有る我が子のようなコゼットの役に立っている。

ユゴーは、自ら青年時代をマリウスに重ね合わせ、壮年になってからの苦闘をジャン・バルジャンに投影しています。そして、池田先生もと私は観ています。19年の意味、使命とは?選択する生き方とは?

レ・ミゼラブルは、様々な視点を与えてくれます。読んでDVD観ながらぶ厚い文庫本を開いていきましょう\(^o^)/
 

昨夜のニュースで(ToT)

 投稿者:くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲メール  投稿日:2016年10月 9日(日)02時37分3秒
編集済
  栃木の久保田です。m(._.)m

昨夜のニュースで中国の人権活動家の弁護士が逮捕され拷問されて家族が面会も許されない状況になっている事や裁判で「国家に逆らうようなことをした自分の行動を悔いている」  と言うような発言を強制されていた映像がながされてました。

中国も北朝鮮と変りないじゃないかと思いつつ、日本も右に傾いてきてるし、中国の人権活動家の人や家族が台湾等に亡命しても警察や軍に捕まり、中国に強制送還されてしまっているようです。

ひどい話です。全て仏法の狂いが世界中の国々でも悪影響を起こしている。

わかりやすく言えば信濃町の執行部の極悪の四人組が池田先生が作られた正義の学会の中で反人権的な査問、冷酷な処分をしているのが根本原因だ(*`Д´)ノ!!!

極悪四人組全てお前らが原因だ(*`Д´)ノ!!!

秋谷、原田、谷川、八尋、おまけの浩・お前達が自分達の私利私欲、小銭(仏法の功徳から見れば)のために

世界中の人々を苦しめてんだよ

(無間地獄が確定してるからって開き直ってんじゃねーぞ)

大体お前達は何のために勉強して東大や有名大学に入ったんだよ┐(´д`)┌若い頃から努力して勉強して東京大学出身の無限地獄行きじゃ(^w^)結局バカなんじゃねーか?

少し冷静に考えてさ(^w^)学歴の低い俺以下の判断しか出来ない馬鹿な自分達を見つめ直した方がいいよ!

「人類から悲惨の二字を無くしたい」と言われて広宣流布の戦を世界中に拡げて来られた三代の精神、池田先生の精神を継承して平和な世界を築いていこうよ
ヽ(^○^)ノ

まぁ~五老僧の末流になに言ってもダメかな(ToT)

もう一度言うよ(^○^)妙法の功徳から見ればいくら金稼いで贅沢な暮らしをしたところでちっちゃな事なんだから折角いい大学出てるお前達なんだから もう天魔の仕事で活躍すんのをやめて引き下がろうよ!

どうよ?(^w^)

どうなの?(^w^)



  
 

宝冠様

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年10月 9日(日)02時13分1秒
  レスありがとうございます。
完全スルーされるとヘコむとこでした(笑)

少しでも皆様のお役にたてたら幸いです。
 

SOKAオンラインストア

 投稿者:tesuto  投稿日:2016年10月 9日(日)01時27分25秒
  六巻抄を検索したところ 「現在、商品はございません。」との表示 学会教学の要法寺化・身延化が進行中かな? ここ数年間の書籍の販売状況を見ると 教学軽視が はなはだしい感じです  

お二方へレス

 投稿者:感性  投稿日:2016年10月 9日(日)00時46分57秒
編集済
  >感性様   投稿者:石嵜メール   投稿日:2016年10月 9日(日)00時27分18秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/57827

レスありがとうございます。大いに賛同申しあげます。

>感性様   投稿者:信濃町の人びと   投稿日:2016年10月 9日(日)00時31分15秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/57828

趣意賛同及びフォローありがとうございました。

一企業への働き掛けなどではなく、おっしゃるよう政党がすべきトータルな意味で書いたつもりですが、どうも舌足らずなところがあったようでお詫び申しあげます。
また後段でお書きになられた党や政府への具体的な御提起も名実ともに実現できたら雇用にまつわる
悲劇も減ると私も考え大いに賛同するところでございます。

ああいう書き方をしたのは公明と電通のかつての(おそらくは今も?)しがらみを考えれば、対象が経済界へのものとしても電通あるいは他のしがらみ企業群等との利害関係に遠慮してほとんど公益的なシバリがかけられない、あるいは効果が希薄な建前的なものに終始してはならないとの思いがあったことを御理解いただければ幸いでございます。

電通と公明は?②   投稿者:感性   投稿日:2016年10月 9日(日)00時09分40秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/57825

 

ダメよ~ダメダメ様

 投稿者:宝冠  投稿日:2016年10月 9日(日)00時41分0秒
  早速、ありがとうございます
そうですね
今はまさにその時です

信濃町の人々様がおっしゃる通り
「先生がおっしゃっていないことを先生の発言とする師匠利用の行為を許してはいけない」

まさに、その通りです!
そんなことを許したら、なんでもありの創価学会になります

寝たきりおじさん様
感動的な先生の御指導ありがとうございます

「北国の華」
先生は
「当時は私も疲れ、貧しく何もしてあげられなかったことがかわいそうでならない」

先生は本当に率直で誠実でそして、本当に優しい方なんだと感動します

 

感性様

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年10月 9日(日)00時31分15秒
編集済
  趣旨賛同しますが、アプローチの方向性をフォローします。
二度と同様な事件が起きないよう真剣に取り組んで欲しいからです。

一政党、一政治家が、一私企業に介入することは好ましくありません。今回の問題は、法令違反、つまり労基法などの違反をしていた企業に対して、どのように監視や行政指導がなされていたのか。また、酷い違反企業に対して、監督官庁、今回は厚生労働省令や労働基準監督所が指導をしていたのかが問われるのではないでしょうか。
逆に言えば、現行制度は機能していないから発生したとも言えます。人の命を大切にする政党の真価を問われる事案です。

政治家の役割、政権与党としての役割は、監督官庁などをしっかり動かして、監視する制度をつくる、あるいは現行制度の欠陥を修正し、ブラック企業は厳しいペナルティーを課すようにしていく仕組みを作りなさい。という方向だと思います。

不幸な事件が起きないような社会をつくる為に、学会員は公明党を支援してきたからです。

企業努力では限界があるならば、例えば、ブラック企業110番のような公益通報の仕組みを整えて、労基署が強制的な調査権、是正勧告、ペナルティーを行使できるような制度をつくることが必要ではないでしょうか。

働き方改革を政権の政策目標に掲げているのですから、違反企業にはもっと厳しいペナルティーを課す仕組みが必要ではないかと思案するものです。
(調べてないので、もしかしたら、一部取り組んでいるかもしれないですが、事件が起きているからには、対策不十分なのでしょう)
 

感性様

 投稿者:石嵜メール  投稿日:2016年10月 9日(日)00時27分18秒
  心が痛みます。

社員という他人の上に築いた自分(経営者や会社側の人間)の幸福。池田先生の思想と正反対です。公明党国会議員はどう考えているのか。公明新聞紙上で何を主張するのか。しっかり監視します。公明党が今回の電通事件に対して、どう遺族の側に立ったのか。きっちり見ますよ。

庶民の政党と言うならば、我々の前でその行動を明らかにせねばなりません。これまで庶民が支援しているのですからね。

この事件の対応如何では今後の支援のあり方について考えなければなりません。
 

全集未収録スピーチ

 投稿者:無冠  投稿日:2016年10月 9日(日)00時22分4秒
  全集未収録のスピーチ144編の各抜粋(聖教新聞 2006.5~2010.4)を掲示します。

2009-12-12 【新時代第35回本部幹部会 創立80周年記念第2回全国青年部幹部会】
      【ドイツ・「ワイマール・ゲーテ協会」特別顕彰授与式】

■ 一、遠くドイツからお越しくださった文化の使節を、私たちは最高の礼をもってお迎えしたい(大拍手)。
 〈ワイマール・ゲーテ協会の特別顕彰授与式が12日行われ、貴重な「ゲーテ・メダル」が池田SGI(創価学会インタナショナル)会長に贈られた〉
 ドイツが世界に誇る大文豪ゲーテ。
 彼は、1749年の8月28日、フランクフルトで生まれた。本年は生誕260周年の佳節にあたります。
 かつて私は、ゲーテの生家を、妻とともに訪れました。1981年(昭和56年)5月のことです。
 案内を受け、ゆっくりと見学した。往時を偲んで、ある時は感動し、ある時は心で涙しながら、長い時間、見て回った。
 黄金の思い出であります。
 今も世界で愛読されている『若きウェルテルの悩み』。世界文学の最高峰の一つである
 『ファウスト』。ゲーテの作品は数多い。
 さらにワイマールに招かれ、大臣となり、政治、教育、文化、芸術などの発展にも貢献しています。
 ゲーテは自然科学の分野でも、動物学、植物学、地質学、光学など、さまざまな研究を進め、業績を残しました。幾多の指導者が敬愛してやまない“精神の巨人”なのです。
 ドイツの大詩人・シラーと親友であったことも有名です。
 よき人は、よき人とつきあっている。偉大な人は、偉大な人を離さないものです。
 ゲーテとシラーは、ともに、名門モスクワ大学から名誉称号を贈られています。
 〈池田SGI会長はモスクワ大学から「名誉博士号」(1975年)と「名誉教授」称号(2002年)を受章している〉

■ 一、どんな分野であれ、「一流」に触れさせる意味は大きい。
 きょうのこの会場にも、お子さんをもつ親の方々がおられるでしょう。
 子どもにゲーテのことを語れば、「お父さん、すごいな!」(笑い)と尊敬される。
 頭ごなしに「こうしなさい」「ああしなさい」というだけでは、子どもも嫌になる。それよりも、よき刺激を与えることだ。偉大なものに触れてこそ、目が開かれるのです。
 本来、仏法は普遍の英知を説いている。ゲーテに学ぶことが、最も価値ある人間の道に通じていくのです。

●気高くあれ!
 一、それは1777年、ドイツの寒い冬のことでありました。
北風に向かって、勇んで二十八歳の若き指導者が馬に乗り、旅を続けておりました。
 冷たい雹が降っても、青年は、ひるまない。ワイマールの都から遠く離れた、悩める無名の友のもとへ、青年は森を抜け、山を越えていきました。
 一人を励ますために走った、この若き指導者こそ、私たちの敬愛するゲーテなのであります(大拍手)。
 大変な中を、ただ友のためにと行動する。学会の活動、仏法の修行も同じです。
 こういう人が偉くなるのです。このことを忘れないでいただきたい。
 自分は苦労を避けて、楽ばかりしている人が、偉大になるわけがない。
 一番貧しい中で、一番大変な中で、一番陰で戦った人こそが、本当に偉大な人間になるのです。
 ゲーテは叫んだ。
 「人間よ気高くあれ」(星野慎一訳『ゲーテ詩集』潮文庫)
 ちょっとしたことで落ちこんだり、すぐにくたびれて、だらけたり、意気地なしになったりしてはいけない。
 “気高くあれ! グッと胸を張れ!”──これがゲーテの心でありました。
 彼は、こうも言う。
 「進んで人を助け善であれ!」(山口四郎訳「くさぐさの歌」、『ゲーテ全集1』所収、潮出版社)
 学会活動、仏法の精神にも通じる言葉です。
 そして、「正しいことを つねに倦むことを知らずおこなえ」(高安国世訳「神性」、『ゲーテ全集第1巻』所収、人文書院)と。
 ゲーテの訴えは、仏法者の行動とも、深く響き合っている。
 私は若き日に、戸田先生から、「ゲーテを読んだか」「どこまで読んだか、内容を言ってみなさい」と厳しく鍛えられた。
 「ゲーテのように生きなさい! 戦いなさい!」と、何度も何度も言われました。
 戸田先生も私も、ゲーテが好きでした。世界に輝く大文豪です。一生懸命、読み、研究しました。
 青年時代に住んでいたアパートの本棚には、ゲーテの著書がたくさん並んでいた。
 また、妻もゲーテが好きで、一緒に、ゲーテについて語り合つたことを思い出します。
 ともあれ、ゲーテの文学を読む人は多い。しかし、その精神を受け継いで行動を起こす人は、どれだけいるだろうか。
 ここにお迎えしたオステン博士をはじめ、貴協会の方々こそ、高貴なる「ゲーテ精神」の体現者であります(大拍手)。
 きょうの出会いを、私は心から楽しみにしておりました。
 尊きご夫妻に、万雷の拍手をもう一度、送りましょう!(大拍手)。

●仇を討つ!
 一、お母さんを大事にするのです。それを忘れてはいけない。
 特に若い皆さんに、そう申し上げておきたい。
 終戦のとき(1945年〈昭和二十年〉八月十五日)、私は十七歳。
 わが家もまた、例に漏れず、あの戦争に苦しめられた一家でした。
 戦時中、私の4人の兄は次々と戦地に召集された。
 一家の柱の父も病気がちで、母の苦労は並大抵ではなかった。
 その母を助けたいと思い、私は小学校6年生の時から3年間、新聞配達もしました。
 昭和二十年に入ると、わが家は強制疎開で取り壊され、新しい家も空襲で直撃を受け、灰燼に帰した。どん底の中のどん底でした。本当に苦しみました。
 だから私は、戦争反対です。戦争が憎い。
 初代会長の牧口先生は、誤った思想を奉じて戦争を遂行した軍部政府に、真っ向から反対して投獄され、獄死されました。
 第2代会長の戸田先生も、牧口先生にお供して、2年間の獄中生活を強いられました。
 この獄中で、牧口先生の死を知らされた戸田先生は、独房の中で、ただ一人、涙にかきくれました。
 そして、「必ずや牧口先生の仇を討つ!」と心に誓い、出獄後、平和への大闘争に立ち上がっていかれたのです。
 ここに創価学会の師弟の原点があります。
 戸田先生のもとで、「平和の世紀」を開くために戦った私もまた、正義の民衆の団体を弾圧せんとする権力の横暴によって、無実の罪を着せられ、牢獄に入りました。

●いかなる行動をしているか
 一、こうした生死を越えた経験を通して、恩師の戸田先生が、弟子の私に何度も教えてくださったことがあります。それは、次のようなことでした。
 「どんなに立派な肩書を持った人であろうとも、人間は人間である。相手の立場や地位を見て、ペコペコと頭を下げたりしてはならない」
 「人間にとって大切なのは、いかなる思想を持ち、いかなる行動をしているかだ。
 ゆえに人類最高の思想を学び、人々の幸福のために行動している創価の青年は、どんな人に対しても、胸を張って、堂々と、わが信念を語っていくのだ」
 「一番大事なのは民衆である。創価学会は民衆の団体だ。青年が主体である。
 ゆえに、どんな時も強くいけ! 勇気! 勇気だ!」と。
 民衆こそ王者です。若き皆さんには、恐れるものなど何もない。
 勇気をもって、希望をもって、朗らかに、また堂々と、わが胸中の正義を叫び抜いていただきたい。
 それがゲーテの生き方でした。よろしく頼みます!(大拍手)

●人を活気づけるものは「対話」
 一、戸田先生と私は、ゲーテをめぐって何回も何回も語り合いました。偉大な師匠だった。あらゆることを教わりました。
 社会変革への燃える心を、まだ若い20代の私に対して、深く深く打ち込まれた。
 そして私もまた戸田先生に、民衆のための闘争を誓ったのである。
 きょうは懐かしき語らいを思い起こしつつ、ゲーテから学ぶ指針を3点、お話ししておきたい。

◆ 第1は、「対話」であり、「友情」であります。私たちでいえば、友の幸せを願い、正義と真実を語り抜く「折伏」に通じるでしょう。
 ゲーテは、こんなやりとりを記している。──金よりも素晴らしいものは何か?
 それは光である。 光よりも活気づけるものは何か?
 それは会話である、と(国松孝二訳「ドイツ亡命者の談話」から。『ゲーテ全集第8巻』所収、人文書院)。
 学会は「対話」で勝ちました。「折伏精神」で勝ちました。これからも大いにやろう!〈会場から「ハイ!」と勢いよく返事が〉
 勇敢なる「対話」の人こそ、創価のリーダーである。
 そして、リーダーならば、同志が本当に喜び、心から安心できる、そういう展望を示していくことです。

●「抜苦与楽」の心
 一、ゲーテは、この世から苦しみを少しでも減らしたい、皆に喜びを贈りたいと願って一生を過ごした。
 仏法の「抜苦与楽」の実践にも通ずる。
 そのゲーテの武器こそ、「対話」だったのであります。
 私も「対話」で世界に「友情」を結んできました。今や192力国・地域に、たくさんの学会の同志がおられる。
 日本だけではない。世界中の民衆と「対話」を広げてきたのです。

●人間革命の前進
◆ 一、ゲーテに学ぶ第2は、「人間革命の前進」であります。
 ゲーテは、人間形成の物語の中で、「世の中のいちばん役立たずに見えた」女性が、人々とともに、地道に、そして立派に活躍しゆく挿話を描く。「人間とはどんなに変りうるものか」とも記しています(登張正實訳「ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代」、『ゲーテ全集8』所収、潮出版社)。
 人間は限りなく向上できる──これこそ、仏法とゲーテが目指しゆく「人間革命」の軌道にほかならない。
 大事な一点です。
 わが胸中の太陽を輝かせながら、どこまでも強く、明るく、晴れやかに、喜びの光を広げていくのです。
 この希望と充実の花の道を、“華陽の乙女”女子部の皆さんは、朗らかに進んでください!
愉快な前進をお願いします!
 〈「ハイ!」と女子部の友の快活な返事が〉
 一人ももれなく、幸福になるのです。
 大切なことは、悩みにぶつかった時に、相談できる人、信頼できる人をもつことです。
 愚かであってはならない。つまらないことで、苦しんではいけない。何でも、ご両親や先輩、友人に相談しながら、賢明なる青春を送ってほしい。
 私と妻は、心から、そう祈っています。

●永遠に勝利の大生命を開け
◆ 一、ゲーテに学ぶ第3は、「永遠に勝利の大生命を開きゆくこと」であります。
 人間らしく、自分らしく、大いに羽はたいていける土台をつくらなければならない。
 ゲーテは大病に苦しんだ。最愛の家族にも先立たれた。最も高貴な行動を貫いて、最も卑劣な誹謗を浴びた。
 しかし、断じて負けずに、わが生命を威風も堂々と燃え上がらせて戦いました。
 「日のある限り、活動せよ!」(末村謹治訳『ゲーテ全集第32巻』改造社)と。
 そしてゲーテは、死をも悠然と見つめながら、“生命は永遠に活動を続けるものだ”と確信していた。
 〈ゲーテは、「われわれの精神は、絶対に滅びることのない存在であり、永遠から永遠にむかってたえず活動していくものだ」と語っている(エッカーマン著、山下肇訳『ゲーテとの対話』岩波文庫)〉
 生命は永遠である。
 ゲーテの洞察は、仏法に近かった。
 ともあれ、わが壮年部の皆さん!
 ゲーテのごとく、師子となって戦ってもらいたい!
 若々しく、はつらつと!
 90歳になっても「まだ20歳ですか?」(笑い)と言われるくらいの気概でいこう!
 青年たちのために、心を尽くすのだ。婦人部・女子部に最大に感謝していくのです。
 威張る人は、誰からも尊敬されないものだ。
 感激もなく、挑戦もなく、うまく立ち回る、要領だけの人間になってはいけない。
 皆のために働けば、気持ちがいい。健康にもいい(笑い)。
 私はまだ、81歳で青年の心意気です。あらゆる勝利への手を打ち、前進しています。
 どうか皆さんも、最前線の友の意見によく耳を傾けながら、一段と頼りにされ、信頼される名指導者になっていただきたい。

■ 太陽が輝いて全世界を照らすように、永遠の大歓喜に生命が包まれる。その原動力が仏法です。
 その反対に、悩んで、悩みに負けて、いつも不満ばかり。自暴自棄になって、人の幸福を妬む。人を蹴落としても、自分さえよければいい──そうした醜い心に支配されてしまえば、結局は不幸である。愚かです。
 大歓喜の人生を生きよう!
 戦おう、大いなる希望のために!
 そこに人生の醍醐味がある。
 自分らしく、自分の夢のために生ききって、素晴らしい毎日を送るための信仰です。
 これを実行しよう!〈「ハイ!」と元気な返事が〉

●生き生きと!
 一、ゲーテが生涯をかけて挑戦し続けた、教育の発展も、文化芸術の興隆も、福祉の政治も、そして人類の平和と幸福も、その根幹には、正しき生命観・生死観の確立がなければならない。
 これが21世紀の焦点であります。私がお会いした世界の識者も、この点に深く共鳴しておりました。
 私たちは、「常楽我浄」の生命哲学の旗を高く掲げたい。
 生き生きと、若々しく進もうではないか!──そう呼びかけるゲーテの声が、私の胸に響いてならない。
 ゲーテが願い求めた「人間の尊厳」のために、我らは、学会創立80周年の明年も前進しよう! 断固として、自分自身が勝ちまくっていこう! いいね!〈「ハイ!」と力強い返事が〉
 わが使命の戦野に躍り出たならば、勝たなければ損である。
 何のために生きているのか。何のために仏法があるか。
 それを胸に刻んで、「断じて負けるな!」と申し上げたい。

 一、私の青春時代、師匠である戸田先生にゲーテの詩をお聞かせ申し上げた光景は、今も心に鮮やかです。
 先生の日々の薫陶は、正義が勝ち栄える社会を築きゆくためでありました。
 結びに、懐かしいゲーテの詩の一節を朗読して、御礼のあいさつといたします。
 「わたしはいつも人間のよろこびを謳う ただしい道をそれぬかぎり/人間は実にうつくしく/永遠に人間は偉大である」(大山定一訳「しろがねの真昼は…『ゲーテ全集第1巻』所収、人文書院」
 悲しみの道ではなく、喜びの道を、そして正しい道を、まっすぐに進むのだ。
 そしてまた ── 「臆することなく起って進め、/世の人々はためらい惑うとも。/気高い者が明知と勇気をもって事にあたれば、/すべてのことは成就するのだ」(手塚富雄訳『ファウスト』中公文庫)
 ダンケ! ダンケ!(ドイツ語で「ありがとうございました!」)
 誠にありがとうございました(大拍手)。
 きょうの式典のことは、ゲーテの詩歌とともに、皆、一生涯、忘れないでしょう。
 海外の友も、未来部の皆さんも、本当によく来られた。ありがとう!(大拍手)

 

電通と公明は?②

 投稿者:感性  投稿日:2016年10月 9日(日)00時09分40秒
編集済
  電通でまた痛々しい事例が発生しました。

>「死んでしまいたい」過労自殺した電通の新入社員 悲痛な叫び
>朝日新聞デジタル   |  執筆者: 朝日新聞社提供
http://www.huffingtonpost.jp/2016/10/07/dentsu-karoshi-_n_12396582.html

ブラックやブラック的要素は電通に限ったことではありません。公明党は若者の健全な雇用
形態を希求するのであればとりあえずは電通に顔が利くとも思われる北側さん以下、党を
あげて改善に向けて動かなければならないと思います。

電通と公明は?   投稿者:感性   投稿日:2016年 5月21日(土)08時40分37秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/47180

以下は後編集です

お二方へレス   投稿者:感性   投稿日:2016年10月 9日(日)00時46分57秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/index/detail/comm_id/57830
 

Re【須田論文と遠藤文書】 虹と創価家族 様へ

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年10月 8日(土)23時55分2秒
編集済
  http://6027.teacup.com/situation/bbs/57612

事実、原田会長は明らかに嘘をついている。
なぜ、そこまで嘘をつくのだろうか。

原田会長が池田先生に敵対していることを示すのが遠藤文書です。

原田会長はご自身の正邪を明らかにすべきです。
事実を知らない真面目な学会員の与同罪を恐れます。

>>「須田論文」と合わせて忘れてはいけないのが「遠藤文書」です。<<

>>池田先生から直接薫陶を受けられた、最後の教学部長である遠藤氏。
池田先生が未来の創価教学を、遠藤氏と須田氏に託されたのは言うまでもありません。
その遠藤氏が、正義の声を上げられた事実がここにあるのです。<<

>>時は2014年7月10日午後。
原田会長が11月に会則改定を強行した4か月前です。遠藤氏は、原田会長と長谷川副理事長(現理事長)に査問を受けた。<<

>>遠藤文書のポイントは「証拠」があること。<<

>>各地で査問が行われているが、遠藤文書をデマ扱い・怪文書扱いにしている幹部もいる。
いずれ証拠が公開された時の慌てふためく顔が見ものだ。<<

>>とにかく、池田先生がおっしゃっていない事を池田先生の発言とする、師匠利用の行為を絶対に許してはいけない。
以下、遠藤文書に表記されている、最高幹部の師敵対行為をしっかりと読んで頂きたいと思う。<<

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

遠藤文書の概略は以下の内容です。

http://sgi-shiteifuni.com/?p=2096

「これは、遠藤元総合教学部長から長谷川本部長に提出された文書です。『御教示願い』と題されてます。大きく六項目に分けて説明・指導を仰いでいます。
①誤解への懸念

教義変更問題に関連して7月の直接面談の折に感じた事への懸念がある。それは自分たちが原田会長の失脚を狙った謀略に加担しているかの如き誤解を受けているのではという懸念だ。
これについては御本尊に誓って断じてそのような発想も行動も無い。ただただ「性急にして無理な教義変更によって、池田先生と会員に、取り返しのつかない損失を与える」ことを「断じて阻止しなければならない」という一念だけであった。(教学部に謀略への加担であるとのレッテルを貼って自らの悪事を正当化しようとしているのはY主事とT総長だ)

②学会は池田先生が基準ではないのか

この面談の折、件の大御本尊問題に言及すると、「内容はともかく」とか、「答える必要はない」などとして問題の実質について対話を拒否するのは何故か?
また、「執行部による性急な学会教義改変」のほうが池田先生の御指導に沿っていないのであれば、むしろ変更を無理に推し進めようとした行為のほうが、「池田先生を師とする創価学会」から逸脱する行為ではないのか
創価学会は、いついかなるときも「池田先生が基準」ではないのか?
先生が拙速な教義変更についてストップをかけられた明確な事実があり、本部長も当時、「先生はそんなこと(御本尊についての教義改変)をしろなどとは言っていない」と断言していた。明確な記録がとってある。これについて、先生に従った教学部が批難されるのはなぜか?

③「会長は無謬」なのか

去る六月、本部長は自分達に言われた、「原田会長のもとで、もう右って言えば右、左って言えば左の論文を書く。創価学会教学っていうのは、そういうもんだ」と。自分はそうではないと考えるがそれは間違いか?
「会長の指示が、御書と三代会長の指導に照らして、間違いなく正しいものである」との前提の上に成り立つ論理であり、そうでなければ単なる会長無謬論ではないのか?
実際昨年、自分たちが阻止のために行動しなければ、性急な意図が「実現」し、結果的に池田先生のお考えに反する結果になったのではないか?

④二転三転する主張の真意はどこにあるのか

昨年9月20日、長谷川本部長は、教義改変の画策に関して「池田先生は大御本尊と決別するなどとは言っていない」「会長は嘘をついている」「御本尊では宗門と決別できない」「急いでやる必要など全くない」と、会長を厳しい口調で批判された。しかし、この6月の対面では何故か全く反対の対応をし、「そんなこと私は絶対に言わない」といい、M作成の文書(教学部レポート)についても、全くの虚偽だとの態度を表明されたのは何故か?
しかも、当方が当時の記録を示すと今度は一転して前言を翻して「会長は嘘をついた」と認める。このように先生のご指導について180度異なる主張をする真意は?

⑤「これは先生の明確な御指示」という言は真実なのか

谷川総長は、一方で「「池田先生は、大御本尊との決別を大前提とされていた」といいながら、一方では「弘安2年の大御本尊に対する秋谷議長の執着が招いた混乱だ」と率直に吐露している。大山室長は昨年9月19日「先生は全くそんなことを言われていない」「会長もそんな指導受けていない」「会長も先生の前で『いろいろな意見がありますので、慎重の上に慎重に進めます』そう言っていた。確かに『慎重に進めます』と言ってた。あわてて事を進めるなんて、そんなこと言ってないよ。一切。言うわけない」「こんなやり方をしてたら、学会の信心も崩れてしまう。教学も崩れてしまう」と証言している。正直自分たちは会長は先生の指導を誤解しているのではないかと懸念心配しているくらいだ。

⑥「内容」だけでなく「形式」面でも逸脱していないか

そもそも今回の教義改変の画策は、当会の意思決定のルールから逸脱したものではないのか。

1.学会の未来を決する重要事にもかかわらず池田先生に、最終盤に至るまで、決裁を仰ぐ「報告書」すら提出していない
2.執行部の合議を経ずに、独断専行的に決めようとした
3.小委員会を推進派で固め、密室で協議をすすめた
4.従来の教学とまったく整合性のとれない教義改変を強要した5.その際、「恫喝」まがいの荒々しい言動が繰り返された
6.全てが池田先生の御意思であるかのように印象づけ、日本とSGI各国の首脳たちの意見を出しにくくさせた。
7.責任役員会の際、事前に根回しした一部の人間に示威的な言動をさせるなどの不明朗な策略を巡らした

最後に
もとより私は自分が処分されることなど恐れてはいない。御本仏日蓮大聖人のお怒りを、また不惜身命で学会を護ってこられた三代会長ならびに真面目な会員の悲しみを恐れるのみ。

Mについても、「分派活動」なるものにはまったく関与していない。教学室でこれまで以上に活躍してくれることを自分は信じ、期待している。また先生の指導選集の連載も、毎回毎回、世界各国と連携を取りながら細心の配慮をもって進めており、万が一にも彼が外されるようなことがあれば、連載が立ち行かなくなるか、致命的な失敗が起こることは必至。こうした結果を招きよせてよいという資格は誰にもないと信ずる。
そもそも、彼は「御書と池田先生を基準」に正義感をもって行動しただけであり、あの文書も、その一環として作成したものだ。

憂えるのは、ただ学会の将来であり、「池田先生第一」で生きている真面目な後輩たちの活躍の道を閉ざしたくないという一心でこれを記した。

~~~~~~~~~~~~

【須田晴夫のホームページ】
「宮田論文への疑問――日蓮本仏論についての一考察」(論文のダウンロード可能)
http://www4.hp-ez.com/hp/haruosuda/page2

【「創価学会会則 教義条項」の改正について 全国県長会議から 原田稔会長】
(2014年11月8日 聖教新聞掲載)
http://sgi-shiteifuni.com/?p=1099

【「会則の教義条項改正に関する解説」(上)(下)創価学会教学部】
(2015年1月29・30日 聖教新聞掲載)
http://sgi-shiteifuni.com/?p=1101

宮田氏の日本宗教学会での「釈迦本仏主義」への傾斜論理はこちらで確認できます。
https://www.youtube.com/watch?v=nInVBJ18F_0
 

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2016年10月 8日(土)23時40分20秒
  今晩は、皆様
ありがとうございました
おやすみなさい
 

同盟題目23時開始です。よろしくお願いします。

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年10月 8日(土)22時58分27秒
  熊本の皆さん、ご無事でしょうか。
西日本の各地に降灰とのニュースが流れていました。
また、雨の被害も心配です。
 

追記

 投稿者:小作人@地上の発心  投稿日:2016年10月 8日(土)22時49分31秒
  長期の論考連載、多少は勢い込んで始めてみたものの初っ端から
行き当たりばったりな展開になりそうな予感ならぬ悪寒。。
もう漫談調にでも切り替えたろうかとも、ほんとに要点だけを
箇条書きにでもした方が楽かと思ったが、ますますドツボに嵌まりそう。
自分で言うのもおかしな話ですが、生来の遅筆に加え、論点が
あちこち飛びまくる奇態な悪文癖がなかなか治らないため正直
今になって後悔。だが叱咤する声、身近に響いております故、
ひとまず年内に着地点を求めて、不定期・不規則に(週1か週2
のペース、、、便1ではない)投稿進めてまいります。

早朝のアルベア氏の投稿を皮切りに損失補填、系列団体への特別扱い、
きょう一日議題に上った信濃町ノーメンクラツーラのモラルハザード、
コンプライアンスについても関係する論旨になっていく予定ですので
生暖かく見届けてもらえたらサイナン、、、いやサイワイです。

イケディアンの住人さま、ヒンシュク板がまた阿呆なこと書いてますが、
次回以降は論を進めるに当たり溝口敦などの本からも引用していきます。

ついでながら、うーこ様。そして皆様。季節の変わり目で体調を崩しやすい折り、
くれぐれも無理をせずに御自愛くださいませ。ご快癒お祈り致します。
 

聖教新聞 1967 昭和42年5月1日(月曜日)付 1面(2版)

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年10月 8日(土)21時39分14秒
  [新時代建設めざし盤石の体制]
[楽しく誠実に折伏]
[満を持し記念総会へ]
[第87回四月度本部幹部会]

会長就任満七年の記念総会を、三日後にひかえた三十日午後、
第八十七回本部幹部会が、東京・九段の日本武道館で行われた。
このさい、池田会長からは

「皆さん方の力によって、この七年間、
りっぱに広宣流布の前進への指揮をとることができました。
つぎの七年へも、元気に指揮をとってまいります。」

など、十六分間にわたって指導があった。
このほか、総務三人、同待遇二人、青年部長の交代をはじめとする
大幅な本部人事が発表され、輝かしい七年の冒頭である五月度は、
班一世帯の折伏をもって前進することも打ち出されるなど、
新時代開幕への盤石な体制が整い、それを迎える心構えが徹底された。




聖教新聞 1967 昭和42年5月1日(月曜日)付 3面(2版)

[池田会長の指導 四月度本部幹部会から]
[勇躍、広布へ進もう]
[学会は皆の力で発展]

 一、この七年間、ほんとうにありがとうございました。
おかげさまで、七年間りっぱに広宣流布の、
大きい勝利の足跡を残すことができ、感謝にたえません。(拍手)

 本部総会のまえの本部幹部会では、
会長就任の賛否を聞くことにしております。
つぎの七年間の会長も私が務めるようにという人は手を上げて下さい。
(全員が手を上げる。拍手)

 よくわかりました。皆さん方はうれしいかもしれませんが、
私にとってはたいへんなことです。それだけは知ってください。(笑いと拍手)

 しかし、創価学会の指揮をとらねばならない宿命を自覚し、
また、皆さん方からの強い要望であれば、私もやらねばならない。
元気で指揮をとってまいりますから、よろしくお願いします。(大拍手)

 この七年間、皆さん方はひじょうにがんばってくださった。
私がずいぶんがんばったように賛嘆してくれますが、
私にはそんな力はありません。私も真剣に戦いました。
しかし、あくまで皆さん方幹部の功績であり、心からお礼を申し上げたい。(拍手)

 私は名もないノリ屋のむすこです。
地位も名誉もなにひとつない裸一貫の人間です。
御本尊によって、これだけ多数の方々に尊敬され、世界一の幸福者です。
うぬぼれているわけではありません。
もしろ、申しわけない思いであり、
皆さん方の期待にこたえなくてはいけないという気持ちでおります。

 私どもは、ともに大聖人の弟子であり、家来であり、子供です。
そうであるから、末法万年の救世主である日蓮大聖人のご聖訓を
虚妄(こもう)にしないために、つぎの七年間も、
私といっしょに進んでいただきたいと思います。(拍手)

 じつをいうと、私はあまりからだがじょうぶではありません。
皆さん方は、ご存じなかったと思いますが、
とくにこの半年間は、いちばんつらかった。
 それが最近になって、どうやら一歩脱皮して、
つぎの七年間、皆さん方とともに、さらに生命力を発揮して
指揮をとっていける自信がついたのであります。(拍手)

 しかし、私が元気だからといって、
私一人に任せる行き方は誤りです。
したがって、私は一歩下がるようにしながら、
最大多数の幹部が成長して、責任をもって、
広宣流布のために勇躍、進んでいっていただきたい。
その姿を見るのが、いちばん私の喜びであることを知ってください。(拍手)


 一、こんどの選挙はよく戦いました。
九六パーセントにおよぶ当選率を示したことは、
ほんとうにたいしたものです。

とくにうれしいことは、地方の選挙において大勝利を得たことであります。
 いままでは学会の伝統として、在京が中心となって、
全国を指導し、リードしてきた。ところが今回は、
とくに地方が大きく成長して、各地で全員当選を示した。
むしろ東京の方が結果がおもわしくなかった。

 こんどは東京の首脳部は、あまり大きな顔ができない(笑い)。
これで在京も地方も平等になった・・・・・(笑いと拍手)。
私はぜんぶ公平でありますから、
東京に反感をもつわけではありませんが(笑い)。
地方の人はいろいろな面でこれまでかわいそうだった。
それが、大きく伸びたことは、新時代の到来を告げるものであると思うのです。(拍手)

 ここでいえることは結局、学会は、
全体の幹部の力で発展しているということです。
一部分の幹部の力や企画ではない。私の力でもない。
また、そうあってはならないと思う。私は、いままでも、
このような大構想でまいりましたし、これからもさらにその意義を徹底して、
指揮をとってまいりますから安心してください。(拍手)


 一、皆さん方を代表して五月中旬から、
ハワイの寺院の入仏式、ならびにエチワンダの新寺院の入仏式に
猊下をご案内して行ってまいります。
また、パリの会館の入仏式にも行ってまいります。(拍手)

 いま正本堂建立をめざして、いろいろと構想を練っており、
また企画を立てております。しかし、結局は、これまでの選挙や、
その他の様相からみましても、
発展していく活動の根本は折伏しかありません。



[折伏は楽しく礼儀正しく誠実もって]


 すでに学会は、日本の人口の一割の基盤があります。
悲壮感で折伏する必要はありません。
楽しく、礼儀正しく、誠実に、親切に、一歩一歩、
折伏のコマを進めていきたいと思います。

折伏は、いま進めておいたほうが、
将来のためにかならずよい結果をもたらすことは間違いありません。
 五月は折伏を実践しておきたいと思います。

折伏を行えば、歓喜もわき楽しい。目標としては、
班一世帯とさせていただきたいと思いますが、どうでしょうか(拍手)

 六月には教学の試験がありますから、指導の月といたします。
 つぎに、七月と八月には、同じく班一世帯ぐらいの折伏を行い、
九月は若干の人事の変更を行って新体制を整えるので指導の月。
つづいて十月、十一月はゆっくりするために指導の月とする。
こういう一年間の構想が、昨日の本部長会ならびに理事会で
決定をみております。(拍手)

 ともあれ、べつに窮屈に考えることなく団結して臨み、
たしかに創価学会があらゆる面で、一歩前進したといえる証拠だけは、
つくってまいろうではありませんか。(拍手)



[“前三後一”の原理で]
[力をたくわえ次の七年へ]


 一、会長就任満七周年を迎えまして、
皆さん方が功徳をうけたか、うけなかったのかが心配でありますので
お聞きしますが、功徳をうけましたか(拍手)。
それで安心しました。

 なお、地区部長さん、班長さん、班員の方々に
「ほんとうにありがとうございました。」と、
会合等があったさいに、かならずご伝言くださるよう、お願いいたします。

 いまゴールデン・ウイークが始まっておりますが、
どうか、じゅうぶんに休養をとってください。
幹部は多少、つぎの前進のための準備があるかもしれませんが、
五日ぐらいまではお祭りとして、ゆっくり休養をとってください。

 そして満を持して“前三後一”の原理にしたがって前進してまいりましょう。
すなわち、獅子は三歩進んで一歩下がり、構えるといわれている。
学会も、一年間の戦いのリズムを前三後一で進めていきます。

いま七年間の終わりにさいしても、一歩下がって力をたくわえ、
満を持してつぎの七年に獅子王の姿で進んでいくのが正しいのではないかと思うしだいです。

 この数日間、どうか思うぞんぶん、
ご家庭でだんらんしていただきたいことをお願い申し上げて、
私の話とさせていただきます。ご苦労さまでした。(拍手)
 

師弟不二アーカイブより 【言論の闘志・アタイデ氏】  池田先生指導②

 投稿者:プロジェクトX  投稿日:2016年10月 8日(土)21時20分35秒
  またアタイデ氏は、「破門」について、次のように語っておられる。

「宗教のドグマに反対したために追放されたとしても、なんら恐れることはない。
私は『破門』という言葉ほど嫌いなものはない。
破門と聞くと、怒りが込み上げてくる。
破門は一つの価値も生むことはない。

もし、神の名を利用して《地獄に堕ちる》と言うなら、その宗教は、もはや正しい宗教ではない。
神に人を救う力があるなら、神は人を助けるはずだ。

決して地獄に堕としたりはしない。
仏に慈悲があるなら、人を救うはずではないのか。
仏の名を借り、私物化するものがいるとすれば、それはもはや正しい宗教ではなくなってしまった証拠ではないか」――と。

・・・・・(詳細は)
http://sgi-shiteifuni.com/?p=2986
 

師弟不二アーカイブより 【言論の闘志・アタイデ氏】  池田先生指導①

 投稿者:プロジェクトX  投稿日:2016年10月 8日(土)21時18分2秒
  【投稿者:河内平野】
投稿日:2014年10月23日(木)09時35分59秒

アタイデ氏は、独裁者の性格について、鋭く分析しておられる。
「すべての権力者は、必ず堕落する。
手に入れる権力が大きければ大きいほど、その堕落も大きい。
独裁者は、その権力の目的を正当化するために、《仲間づくり》をするものだ」

悪の《仲間づくり》は、独裁者みずからが、最大の《臆病者》であることの裏返しであろう。


~(中略)


さらにアタイデ氏は、《宗教の権威》を、人間の敵として、厳しく弾劾しておられる。
「聖職者という宗教的権力者は、宗教のドグマ性(たとえ事実に反しても教義を押し通すこと)によって、人間を精神的に逮捕したい、また奴隷にしたいと考えている。そしてドグマの道から離れようとすると、《異端》だと決めつける」


今でいえば、誤りを指摘する人に対し、《謗法だ》とか、《地獄に堕ちるぞ》《破門だぞ》などと脅迫することであろうか。


「ドグマに従うことは人生の視野を狭くするだけである。
独善や権威は、無限であるはずの、人間の知性に、有限の黒い壁をつくってしまう。
要するに、人間の創造的知性を全部、打ち砕いてしまうのである。

それはなぜか。
『宗教的権威への盲従』は、人間の堕落であり、惰性であり、怠け根性である。
狂信的に従うことは、自分の意見を失い、ついには人間でなくなってしまうことだからだ」


・・・・・(詳細は)
http://sgi-shiteifuni.com/?p=2982
 

師弟不二アーカイブより 【法華経の智慧374】

 投稿者:プロジェクトX  投稿日:2016年10月 8日(土)21時10分27秒
  投稿者:まなこ
投稿日:2015年11月 1日(日)10時23分16秒   通報

■ 「マイナス情報」を聞く

名誉会長: 「マイナス情報」を喜んで聞けるかどうかが、指導者か独裁者かの分かれ目ではないだろうか。
独裁者というのは、威張っているが、じつは気が小さい場合が多い。だから人の意見が聞けない。

遠藤: 「マイナス情報」に耳を貸さずに失敗した例は歴史上、数え切れません。

~(中略)

名誉会長: マイナス情報は、黙っていたのでは、リーダーの所まで上がってこない。だから、リーダーのほうから、それをさがすくらいの姿勢が必要です。

・・・・・(詳細は)

http://sgi-shiteifuni.com/?p=8808
 

小作人@地上の発心さま、goodです!

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年10月 8日(土)20時50分46秒
編集済
  本を沢山読み込んで、自論を展開出来る若者が現れてくれば、嬉しい限りですね。創価村の思考は真逆で『余計なものを読むな!知るな!見るな!』と言ったオカルトな世界です。全て直弟子の中の直弟子が正しい(-_-)
南米訪問に文句言うな!会則前文にある通り、日本の会長が世界の会長センセだと。

これを引き継ぐ者が、便1だったら嫌だなぁと私は深く憂慮しています。

昭和55年、先生が会長を引きずり降ろされた翌年に阿蘇山噴火、本日の午前1時頃に再び噴火して避難シェルターが埋まるほどの噴石落下です(-_-)依正不二も信心も分からない唯物主義の創価村貴族社会の皆さま方は何のことやらと傍観視しているでしょうが、自然災害を扱う私は大変に危惧しています。
 

「日興遺誡置文を拝して」より

 投稿者:ダメよ~ ダメダメ  投稿日:2016年10月 8日(土)20時50分43秒
編集済
  宝冠さんのご投稿より。

>五老僧の時代ならば
>大聖人の御書に従い、正しい人を探し出して、つけばいい
>しかし、天台宗のように座主が違背している時、どうすればいいのか?

>池田先生は宗門に対して、最後まで、切り捨てることなく、御書を根本に広布の為、会員の
>為、言うべきことは言って下さいました

>結果、目の上のたんこぶとばかりに破門してきました

>宿板の皆さんの行動は正しいと思います
>その上で座主が狂った時、どうするべきか?
>先生の御指導がありましたら、教えて頂けませんか?
>よろしくお願いします




以下は、平成四年十月。関西最高会議での池田先生のスピーチよりの抜粋です。



「第十七条「時の貫主為りと雖も仏法に相違して己義を構えば之を用う可からざる事」

「たとえ、時の貫主(法主)であっても、仏法の正義に背いて、勝手な自説を立てた場合には、

これを用いてはならない」

日興上人は、仏法を破壊する、破法の法主には、絶対に従ってはならないと誡められている。

この条目が二十六箇条の中に入れられていること自体、日興上人は「法主は無謬(誤りがな

い)」などと思っておられなかったという明らかな証拠である。

それどころか日興上人は、従ってはならない法主が出現することを危惧されていたと拝される。

ゆえに私どもが「己義」の日顕に従わず、厳しく、その謗法を呵責していることこそ、日興上人

の御遺誡を厳守している実践なのである。」

「第十八条「衆議為りと雖(いえど)も仏法に相違有らば貫首之を摧く可き事」

「たとえ宗内の多数で議決したことであっても、(大聖人の)仏法と相違があるならば、貫主はこれを打ち砕くべきであること」

「これは第十七条と対(つい)になっている。いずれも〝仏法に相違

すれば〟とある。すなわち、正邪の判定は権威(貫首)によるのでもなく、多数

(衆議)に従うのでもない。どこまでも仏法の『正義』にかなうか、否かによる

のであると――。そのための『基準』は大聖人の『御金言』であることは言う

までもない。御書根本の正しい多数意見をも『貫首』の権威で砕こうとしてい

る日顕は、この御遺誡に完全に違背している」
 

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