75/146
カルマがランドに赴いた影響2
推測を求められても、私に言えるのは同僚の下級官吏が口に出した話題のみである。
そうでないとおかしいからな。
「そう仰いましても……何も情報が無いのでは推測のしようがありません。最終的には明るい話題だとしても、早馬が出たのは日数的にトーク様がランドに到着してすぐでしょう? 帝王に拝謁して覚え目出度く、何かを頂戴したとかでしょうか?」
会津藩の松平容保が天皇から緋の御衣を賜ったような文化があるかは知らないけど。
「……信用頂けませんか。仕方ない。お話ししよう。一度目、ランドで十官が皇帝の側室ハリに争いの仲裁をしてくれと偽って頼み、ハリの要望に応えて王宮に来たザンザを十官が暗殺しました」
リディアはじっと私を見ている。
私は彼女の視線を避けて顔を伏せ、震えそうな拳を必死に抑えていた。
本当に、そうなったか。
愚かな、そして哀れな奴だザンザ。
大した奴なのは間違いない。
肉屋から大将軍となってある程度成功を収めたのは偉業。
しかし、身の程知らずだったな。
もしかしたら、成り上がり者であるお前を疎んだ部下の貴族たちが、きちんと止めてくれなかったのでは? とまで私は疑っている。
例えば、世が乱れれば乱れる程に力を強めそうなイルヘルミが。
「……二度目、ザンザを殺され怒り心頭に達したビビアナ・ウェリアが王宮に攻め入り官僚を皆殺しにしようとしました。実際に数千人が殺されたと報告が来ております。
そして、この混乱の際にハリとその息子にして現帝王であるシテイが死亡。誰が殺したかは分からず、王都では責任の押し付け合いが発生しているそうで」
残る帝王候補はただ一人。
そしてそれ程の混乱ならば、大事な帝王候補を外に逃がそうとして当然だろう。
何だったら盾にしても良いのだ。有用性は比類ない。
と、そこへやっとランドに到着した女が来る。
何と言っても、十官はそいつが来ると聞いて、敵が増える前に決めようとしたのだ。
タイミング的には十分あり得る話だろう。
大混乱してる王都に居らず、冷静に外から見られるそいつは他の奴等より三手早く皇帝候補を探せる。
見つけられる可能性は高い。
そして、恐らくは見つけたのだ。
多くの者はこの時どう思う? 天の時を得たと取るだろう。
金とダイヤで装飾されたレジェンドなババを引いたというのにな。
「三度目、混乱の中、先々帝ホフの息子ケントを連れて逃げていた十官二位アルタ様をカルマ様が保護されました。カルマ様は新帝王ケントの御信任を得たそうです」
……終わった。
笑える位に見事な天国から地獄へのドラマが始まる。
哀れだなカルマ。今人生最高の喜びを感じてるであろう女。
そして、私はこれを考えて動いてきた。
特に真田が居ると聞いてからは。
後は、カルマからどれだけ絞るか。そして、カルマが私の手を取るかの問題だろう。
カルマが本当の意味で成功するのは在り得まい。
世の中そんなに上手く行く訳が無い。
ま、例えカルマが私の手を取らなくても諦めきれる。
何故なら、これで確実にケイ帝国は終わるからだ。
地獄のような戦乱が始まる。そして……私の計画が本格的に開始される。
こうなるのを、待っていた。
だが今は目の前のリディアに集中しなければ。
私は庶人、何も知らなかった庶人だ……。
あ、違う。
以前リディアに予想してもらったのを忘れるな。
「……それは、凄まじい事件です。つまり、ほぼ一晩の内にでしょうか? 権力者が二転三転し、最終的にカルマ様が勝たれたと……?」
「はい」
何時もより更にこっちを観察してるように感じる。
……こいつには勝たなくていい。勝てる訳も無い。ただ、分からないようにすれば良いのだ。
落ち着いていけ。
無駄な口を開かなければ何も分からない。
「体が震えます……。つまりは以前リディア様が教えてくださった通りになった訳で。敬服の至りです。しかし、そうなるとこのトーク領も不味いかもしれませんね。逃げ出す用意をするべきでしょうか」
「……私が教えた通りとは言い難い。あれは机上の論であり、三つの難がありました。
一つ、カルマとザンザが知己を得られるか。
一つ、カルマが衆目を集める為にはザンザが除かれなければならなかった。
一つ、ザンザが居なくなった時、カルマが位を得られるかは分からなかった。
考えて尚それでしたのに貴方は、四年前カルマの出世について私へお尋ねになった」
「私は自分の人生経験に基づいて、カルマ様に起こり得る事態を妄想しただけです。その妄想を現実に起こる話として教えて下さったのはバルカ様でしょう」
そういう事で納得して貰いたい。
実際八割はこの解釈で合ってるだろう。
条件的に董卓とそっくりだったからこそ気付けたのは間違いないが、それも二割程度だ。
とは言えその二割が異常性を出してしまうのは否めんな。
「押し付け合いをしても仕方がありませんな。とにかくカルマは位人臣を極める確率が高い。そして無残な最期を遂げるでしょう。彼女には極めた権力を維持し活用する多くの物に欠けている」
「恐ろしい話です。やはり逃げた方が良さそうですね……それで、バルカ様が呼んで下さったのは、この話を教えて下さる為でしょうか? でしたら失礼しようかと思います。今この大事件で相当に忙しいでしょう。お時間を取って下さり誠に有難うございました」
そう、リディアは今半端じゃ無く忙しい筈だ。
情報の確定と、この後どう動くべきか。私的にも公的にも時間が足らないだろう。
なのに、全然帰そうという雰囲気じゃない。
まだ何かあるのか。
全く想像がつかんぞ。
「お待ち頂こう。まだ本題が残っている。しかし、その前に幾つかお答えを。それと、手をお貸しいただく」
そう言いながらリディアは私の手首を触って来た。
美女に手を握られてるというのに、欠片も嬉しくない。
冷や汗が出てないかが心配だ。
言い訳は……美女に触られて緊張した、だな。
とりあえずこっそりと指で動脈に触られないようにずらす。
流石に脈拍で相手の心理を探る。何ていう発想は無いはずだけど……。
「私とダン、どちらの方が有能だと感じていますか?」
……は?
えーと、これは……私が驚天動地の自己過大評価野郎であると思われてるのか?
「質問の意図が把握できません……当然バルカ様です。バルカ様よりも私が勝っている物なんてありませんよ?」
頭脳、容姿、産まれ、運動能力、精神力。全てにおいて劣っている。
彼女に限って自慢したい訳でも無いだろうし……。
「そう感じておられるのなら、私に対して嫉妬した記憶がおありで?」
あーん?
普通は……そうかもしれない?
ただ、どう考えても此処までの有能さは浮いている。
決していい方向にばかりは向くまい。しかもこんな世の中だ。
それこそ主君や同僚から嫉妬されたりして大変だろう。
二十一世紀なら嫉妬されない場所を探して転職して行けば良いだけ。
しかしこの国での嫉妬は命を失う危険が常に付きまとう。
そこまでの有能さを羨む程に世間知らずじゃない。むしろ同情している。
「いえ。全く」
「……本当だとすると珍しいお人だ。次に、私に対して悪い感情をお持ちならば教えて頂きたい」
上位者にこれを聞かれて『はい』って答える奴居る?
わけわかんねーな。
元から持ってないし、素直に答えておけば良いから楽なんだけどさ。
「いいえ、一度たりともございません。むしろお世話になりましたし恩を感じております」
マジ世話になった。
リディアの家でゆっくりさせて貰えなければ、かなり計画が遅れていたはずだ。
だからこそ、余計な親切というか欲が出た……。
「……分かりました。それでは、ダン。私からのお願いを聞いてもらいたい」
「はぁ、私に出来る範囲であればよろしいのですが」
無理そうだったらあっさり断る。
無茶はしないのが私のポリシー。
「私を配下にして頂きたい。先日貴方もそれが最善だと言ったはず。あの言葉を守って頂きたい」
………………。
WOW?
僕、リディアさんの頭が良すぎて何を言ってるか分からない。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。