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フィオに少し認められる
ラスティルさんと話した三日後の夕方、私がアイラ様の家で今までアイラ様を世話していた夫婦と一緒に夕食を準備していると、外から声が聞こえてきた。
「アイラ殿! 居られないっスかアイラ殿ぉ! 小職が文官の統率を命じられたので、アイラ殿と話し合いたいっスー!」
あ、この声、ヤバイ。と思った時にはこっちまで来てしまった。
なんで厨房直行だよ。
ここに居る確率が一番高いってのか?
確かに匂いに釣られて来る頻度は多いけど。
流石フィオ、良く分かってるじゃねーか。
「あ、お前! 何故居るっスか! 今日はお前が料理を作る日では無いはずっス!」
あー、貴方も一応日をずらしてくれてたのね。
社交性あったんだなー。有難う。
……どうすっぺ。
「ダンさんは一週間程前からこちらに泊まってますのよ? アイラ様もご承知ですがご存じなかったのですかウダイ様」
ぬごっ! 奥さん、まだ私考え中……。
良い対応が思いつきそうな気配は無いけど。
それに、よく考えたらこいつには話があった。
丁度いいかもしれない。
だが、今はアイラ様早く来てお願い。屋敷に居たはず。同居と聞いていきり立ってるこの子を一人で何とかする自信が無いの。
「なん!? お前いい加減身分を弁えるっス! アイラ殿は獣人とは言え貴族っス。お前が簡単に付き合って良い相手では無い位分かるはず。今までは目こぼししてきたっスけど、必要となれば貴族としての力を使うっスよ!」
あ、目こぼししてくれてたのね。
有難う。
まあ、アイラ様自身が許可してくれてる以上、大丈夫だとは思う。
しかし若さの暴走は本人に吐き気をもよおすような記憶を、周囲には被害を振りまくものだからな。
……不味い。思い出したくない記憶を思い出しそう。
善意、とか正しい、とかいう判断基準には気を付けるんだぞ若い人たち。
って現実逃避してどうする私。……しかし、どうしたらいいんだ私。
だが其処に、厨房の入り口から夕日を背負って立つ方が現れた。
「フィオ。それは僕が許さない。フィオ、そういう人だったの?」
……。
か、かっこいい……ハッ!?
今、何か、天空から舞い降りた最強の天使的な存在を幻視した。
この後アイラ様が全方位にビームを乱れ撃っても全く違和感が持てない。
あのシーンは凄まじくイラッとしたのに、やる人間が違えばここまで嬉しくなるのか。
「ち、ちが、違うっス! でも、明らかにこいつは調子に乗ってるっス! 男と一緒に住んだりしたら、アイラ殿の名前に傷がつくんスよ!?」
「どうでもいい。僕はダンと約束したんだ。だから一緒に住む。それに色々助かってる」
やっべーカッケー。
漢と書いて「おんな」と読むとまで思える。
あ、いかん。この読み方は不吉だ。
EMP食らって死んじゃう。
それに、ボケっとしてる場合じゃない。
フィオが動揺している今こそ追撃……おっと。話す時だ。
「ウダイ様、貴方様には文句とお願いが御座います。是非お聞き頂きたい」
「……何? お願いはともかくとして文句? お前、そんな事を言って下らない話なら流石に許さないっスよ?」
いいや、お前は許すね。
だって、お前はアイラ様が本当に好きなんだろ?
「私は下らないとは思いません。アイラ様が金銭でお困りだったのはご存じですね? 理由は調べられましたか?」
「何を馬鹿な。他の家の金銭事情に首を突っ込むなんて非礼、貴族である小職がする訳無いっス」
うん、まぁ、正論なんだけど、それも相手に寄るじゃん?
私は一緒に住む前から、どう考えても彼女は変な所でコケてると思ってたよ?
「そのご自身の常識に沿って、苦しんでるアイラ様をずっと放っておかれた、と。良いですか? 先日、私が同居すると同時に許しを頂き調べて分かったのですが、アイラ様が飼っておられる馬の餌代金は長年に渡り暴利を取られていたのです。世の適正価格をご存じで無かったアイラ様にはそれが分からなかった。
ウダイ様、貴方様はアイラ様がそう言った意味で世慣れてないのを知っていた筈。それなのに行動なさらないとは……結局の所私程度でもお役に立てた問題でしたのに。如何ですか。これでも貴方は私よりアイラ様の役に立っていると言えますか?」
「!!! ……そん、な。いや、勿論フィオは……でも、他の家に……ぐ、ぐ、ぐぅうううううう……アイラ、殿。この男は、今の話は、本当ですか? 生活は楽に、なりましたか?」
「……うん。凄く。……御免ねフィオ、相談したらよかった」
「は、はぅっ! はうううぅぅ……。うぐっ、うぐうううっ」
うむ。今のフィオを彫像にすれば題は『敗北感』で決まりだな。
歯を食いしばって耐えている所が非常によい。
まぁな。分からんでもないよ?
細かい所は家の家令が取り仕切るお貴族様、それも十八かそこらのお嬢さんがそんな細かい所まで気が回らないのは当然だ。
だが、そうである以上うぬはこの私には勝てないのだ。
私には十年に渡り安い食べ物を買おうと半額シールを追い求めた経験がある。
そして、当然他の生活費の切り詰め方もな。
一人で生活をした経験も無い小娘など相手にもならぬわ。
「ウダイ様、話には続きがあります。お願いが、です。聞いて頂けますか?」
「……何っスか。何でも言うが良いっス。少なくとも罰したりはしないっス」
「二つ助けて欲しいのです。今話した馬の餌を取っていた奴等は、取引を止めただけでアイラ様が余計に取られたお金を取り返せていません。それをウダイ様のお力で取り返して頂けないでしょうか。
それと、取引相手を変えましたが正直信用が持てない相手でして。やはり獣人のアイラ様相手という事で侮りを感じています。貴族であるウダイ様なら馬を持っておられて、その餌を取引する相手も居るのではありませんか? その相手を紹介し、適正価格で馬の為に良い餌が手に入るように便宜を図って頂ければ、大変助かります。アイラ様、貴方様からもお願いしてください」
「ダンの言った通りなんだ。フィオ、助けて欲しい。馬は大事だから。良い餌をあげたいの」
これで断るようならリディアか、グレースに頼もう。
しかしどう考えてもフィオが一番いい結果になるはずだ。
今二人とも超忙しそうなのだよ。
このフィオも忙しいだろうが……こいつは留守番と聞いている。
落ち着いてからしてくれてもいい訳だし。
「……うぐぅう……此処まで、負けて……その上……。ち、違うっスそういう時じゃないっス……。分かりましたアイラ殿。このフィオにお任せを。必ず良いようにするっス」
めっちゃ悔しそう。
にしても、その呟きはせめて頭の中に止めた方が良いと思う。
アイラ様の前だから油断しているというのは在りそうだが。
「良かった。有難うねフィオ」
「いいえ。アイラ殿のお役に立てるのは小職の喜びっス。……お前、ちょっとこっちに来るっス。アイラ殿、少しの間こいつを借ります」
ぬ、あんまり近づきたくないんだがな。
まぁ、一言言いたいのだろう。その気持ちは分からんでもない。
しかし、其処まで気落ちしないでも良いだろうに。
私に見せてる背中がすすけてるぜよ。
「今回は……フィオの負けっス。情けにも感謝するっス」
「少なくとも情けは勘違いですウダイ様。貴方にして頂くのが一番良いのは間違いありません。今お忙しいのは存じておりますし、数週間程度なら後でも大丈夫でしょう。良いようにして下さい」
「……そうっスね。……これで負けたからと言う訳じゃなく、お前がアイラ殿の役に立つかもしれないとも思ったので、ここに住む邪魔をするのは止めるっス。でも、もしもアイラ殿に危害を加えた時には必ず後悔するっスよ」
「……いや、真面目に私がアイラ様に危害を加えるのは無理ですよ」
「ついさっきまでお前と同じ庶人の所為で、アイラ殿が苦しんでる話をしたじゃないスか。何にしても今後は今まで以上にこのフィオの眼が光ってるのを忘れるな。それだけっス」
監視宣言と来たか。
態々宣言するとは可愛いね。
私なら黙って見張るが。
安心したまえお嬢さん。元からアイラ様に不利益を与える気は無いさ。
大切な後ろ盾候補なのだから。
「分かりました。一応言っておきますと私は元からアイラ様の味方ですよ。それで、今日は大切な話し合いに来られたのですよね? お茶をお出ししますからどうぞ話し始めていて下さい。聞かれたくない話なら部屋を選んで頂かないと困りますが」
「……アイラ殿の私室で話すっス。お茶を持ってくる際には声を掛けるように」
「承知いたしました」
この後、ちゃんと美味しいお茶を入れて持って行った。
暫くすると笑い声も聞こえて来たから元気は取り戻したようだ。
しかし、こいつはどうしたものかね。
何も起こらず、私が倉庫番のままなら仲良くした方が良い。
とは言え監視されるのはやはり困るな。
……少なくともこいつが居る間は、アイラ様に何かをお願いするのは難しいか。
困ったもんだ。
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フィオが帰った後である。
フィオが承知してくれたので、やっと出来る話をしようと思う。
「アイラ様、お話があります」
「ん? 何かな?」
「まずはこちらの木の板をご覧ください」
「これは……えーと………………食事に掛かった……費用? ………………。あれ……これ、僕が思ってたより大分多い……」
「はい。以前話したとは思いますが、例のお好みの料理などはかなり費用が掛かっております。今までは足が出た分私が払っていたのですが、今後はお支払い頂きたければ、と」
「ご、ごめんっ。僕、分かって無くて。その、近頃豪華で美味しくなっていっぱい食べられて嬉しいなとは思ってたけど……あれ? それにしては安くないかな? 今までで同じのを食べてたらとてもこんな額じゃ……」
あ、その違和感はあったのに、スルーしてたのね。
……この子、ホンマ……深く考えないというか……。
いや、安全保障費と思えば妥当ではあったんですが。
「出来る限り安い費用で満足頂けるように努力致しました。それに、外で食べる場合は調理する人の給金分も掛かりますので、当然違います」
「う、うん。そうだね。えっと、違うんだよダン。こんなにいっぱい払わせようと……思ってたんじゃなくて……その、ごめん。……これからちゃんと払うから。以前の分も、一度には無理だけど……だから許して欲しい」
「あー、いえ、同居して守って頂いてる身ですし、ある程度は大丈夫なのですけど、今後は厳しくなりそうなので……。はい。お願いしますね」
「うう……ごめん。下級官吏のダンに此処まで払わせたなんて……分かって無かった……。第一、守ると言ったってまだ何もしてないし……」
はい。実はオウランさんからの仕送りが無かったら吹っ飛んでました。
アイラさんの胃袋を支えるのは、下級官吏の身だと相当厳しかったんす。
「いえいえ、アイラ様と一緒に住まわせて貰ってるからこそですよ。ま、家と庭を綺麗にしたいので、ウダイ様から月に一回人員をお願いしようと思ってます。その為のお金としても使いますので……その分出費を覚悟して頂ければ、と」
「うん……。そうしてください。ごめんなさいダン」
落ち込んでる貴方様も可愛いから、特に問題無いっす。
今後アイラ様に世話して貰う事を考えれば、全部負担するのが当然という気もするんだけど……そろそろ貯金の半分が削れそうだったからね……。
この会話の次の月より、アイラ様から食費を十分に貰えるようになった。
そのお陰で私の貯金は素晴らしい速度で回復していく。
フィオさまさまっすわ。
物見櫓様から頂いたフィオをイメージした支援絵

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