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リディアとお茶を飲む
グレースの声援を背中に受け、外に出るとリディアが立っているのが見えた。
リディアである以上待たされても苛立ってる様子が無いのは当然。されどまずは謝ろう。
「お待たせしましたバルカ様」
「いえ、それ程では。ご存じの通りです」
「そ、そう言って頂けると有り難いです。それでは、お茶を飲める所に参りましょうか。グレース様から歓待せよとお金を頂きました」
「ほほぅ。この店選びでダン殿の品性が分かる訳ですな」
……お分かりいただけるだろうか。
上位の立場で、容姿に恵まれた年下の女性にこう言われたときのプレッシャー。
一言でいうと『ドグゥッ!?』と表現される。
おっと、衝撃の余り長嶋さんになってしまった。
……意外に余裕があるな私。
「このような大金で行く店を知りませんし、失礼をしないように強く言われていますので、バルカ様に選んで頂こうと思っていましたが……」
臆病と言いたければ言いたまえ。
こういう場合、相手に選ばせるが日本時代からの私のベターチョイスなのだよ。
ただし、相手が選んだ所がどんな店でも文句を言ってはいけない。
予算は事前に言うのが賢者の行い。
「流石はダン殿。それでこそです。ただ、その返答ですと女性からの評価が低下するらしいと聞いておりますが、その点は如何お思いで?」
……後十年若ければ動揺していただろう。
しかし、今となっては……青いな。
「その時は縁が無かったと思い諦めます」
と、語ってみる。
声、震えてませんから。
いやいや、気にしてられませんってマジで。
全てに言えるけど、相性の良い人とだけ付き合えば良いのよ。
悪い人とお店に行く方が悪い。
どうしようもない時は……無難に頑張る。
「おお、流石。撤退が早い」
そうですリディアさん。戦争と一緒です。
勝てない場所では戦力(お金)の温存こそが勝利の道。
でも、貴方のお言葉は褒めてる訳じゃないように思えるんです。
はい、存じております。
そんな事言ってっと、何時か来る勝たないといけない戦いで粘れず負けますよね。
ただ、まぁ、そうなる前に勝つのが戦争(人生)なわけで……。
わ、わだすも一応三十年以上生きてますし。
「……と、とにかく立ち話をするのも何ですし、何処か宜しい所に連れて行っていただけませんか?」
「そうですな。気が向いた店がありましたので、其処に向かいましょう」
簡単に流してくれた事に安堵しつつリディアに付いていくと、着いたのは上流の雰囲気が漂う店だった。
正直入りたくない店である。
いや、それは私の感覚。接待相手であるリディアにとっては普通の店なのだ。
頑張れ私。
「どうなされた。落ち着きませんがこの店に何か?」
うっ。正直に場違い感がするから嫌だなんて言うと、連れて来てくれたリディアに文句を言う事に……。
ど、どういうべ。
「こういった高級店に入るのが初めてで物珍しくて。失礼しました」
「払われるのは領主の金です。好きなように使うと良いでしょう。ご安心を。ここで使った分程度は私が働きます」
……う、うおおお……リディアはカッケーけど私は情けねー。
しかも本音がバリバリにバレバレでねーかこれー。
出来るだけ安い物を頼むくらいしか出来ないのが又……。
「有難うございます……。あの、よい機会なのでお願いさせてください。私如きに敬語を使わないで欲しいのです。成人した貴族の方から敬語を使って頂いては奇妙極まりないと思いませんか?」
更に言うと万分の一の確率ではあるが、貴族から敬語で話されるのを当然だと感じ始めたらどうしてくれる。
「お望みとあらば努力しても宜しいですが、ダン殿は私から平易な言葉を使われて不快には思わないので?」
は?
何言ってんだこいつ。
年下だろうが、何だろうが貴族から目下扱いされて怒るような人間は死んで当然だろ。
天は人の上になんてヘソ茶な綺麗事は存在しねーから。
それ以前の話として能力的に完敗してるので、貴方からどれだけ軽く扱われても当然だと思います。
「思いません。むしろバルカ様に敬語で話して頂くのは分不相応と感じております」
「そう仰るのなら、努めましょう。して、今後は何とお呼びしましょうか?」
「ダンと呼び捨てて貰えれば」
「分かりましたダン。所で、私が願えばダンも敬語を止めますか?」
「まさか」
私の答えを聞いたリディアは少し考え、それから口を開いた。
「一つ質問があります。個人的かつ失礼な物が。聞いてもよろしいか?」
うっ。
こいつから念を押されると、すっごく嫌な感じが。
すー。はぁー……。
心の準備は……出来た。
「どうぞ」
「貴方に友人は居るのですか?」
……
…………。
グフゥッ。
「勿体ない程多くの方と知己を得られています」
こっちにサッカーが無いのが悪い。
ネット対戦ゲーが無いのが悪い。
職場の人と、囲碁をしたりはするもん……。
大体、大人の付き合いってこんなもんだから。
……え、なんで黙ってるのリディアさん?
「所で私はカルマとザンザが接触した事実しか知らない。詳しく教えて貰えれば有り難く」
……聞かなかった事にする気ですかリディアさん……。
別にいいですけど。
えっと……グレースは何て言ってたっけ。
私は必死に頭を切り替えて、覚えてる内容を話した。
ほぼ毎日考えている内容だし、グレースから聞いた通り話せたはずだ。
「なるほど。つまりダンがお考えになった最悪通りになる可能性がいよいよ出て来たと」
「いえ、バルカ様が教えて下さった通りに、です」
「……献策をする予定は?」
む、無視しないでくんろ。
あくまで私は思いついただけだからー。貴方が全部教えてくれたんだからー。
「しました。教えて頂いた時に、王都の政治闘争を知らないでしょう? と。そうしたらグレース様が不快感を表明されまして」
「何と遠まわしな。人の悪さが出ている」
「私は下級官吏ですよ? 直言なんて出来ません」
「普通でしたらそうですな。所で、私が不思議なのはどうやってグレースに先程の話をさせたのか、です。その手管、ご教授頂きたい。そして、以前私にした質問の根拠と言える情報の出所についても」
あああああ……やっぱり聞かれた。
グレースの方は、とりあえず良い。
しかし、あの質問については……。
「実は、カルマ様に紹介状を渡した時、以前バルカ様とイルヘルミ様が話していた今後起こるであろう乱の話を私の意見のように告げたのです。その所為かコルノの乱が起こった時に意見を聞かれまして、その際に中央と繋がるような出来事があれば教えて欲しいとお願いをしていました」
「あの予想、見識のある人間にとっては其処まで貴重な考えでは無いと思われますが……まぁよしとしましょう。
しかし三年前に貴方が私より先に話した予想は、世の動き、王宮の情勢、数多の人々の人となり等数多くを知っていなければ不可能のはず。少なくとも庶人の立場でどう集めた物か、私には想像もできない。どうやって情報を集めたのですか?」
そりゃな。玉石混合の情報から推測を成り立たせようと思えばそうだろうさ。
私は結果から考えて、それを確定させる情報だけを得て行ったから何とかなったが。
それ以前に庶人で世の動きを其処まで調べようと考える人間は、ほぼ居ないのが問題か。
だが私が将来の参考となる知識を持っているのは、絶対に気付かれてはいけない。
今となっては真田の存在を知って、あっちに知れるのじゃないかという新しい心配も増えた。
あちらは派手に動くだろう。
もしもあいつと私が似てると思われたら……想像するだけで寒気がするほど不味い。
このリディアの疑惑、どう誤魔化した物か……。
「以前も申し上げましたが、トーク様に何が起こるかを想像した結果なのです。情報は主に街の噂から何とか。それがまさかここまで当たるとは……私としても予想外としか」
下を向きそうだ。だが駄目だ我慢しろ。
目も動かさずにリディアの鼻を見るんだ。
どう言っても怪しい奴だと思われるだろうが、事実がバレなければいい。
そしてバレる要素は無い。自信を持て。
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