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リディアを紹介
次の日約束の鐘が鳴る少し前に城門前で待っていると、リディアは鐘の音と共に現れた。
はぁ……マジで私が紹介すんの?
方針が確立してない状態で、目立ちたくないのですが……。
いや、まぁ、ラスティルさんの紹介という前例もあるが、立派な貴族であるリディアが昨日みたいに私を尊重する振る舞いを見せたら……。
せめて、お願いはしておこう。意味があるかは分からないけど。
「バルカ様、どうか私に対して丁寧な態度はお止めください。下級官吏に相応しい対応をお願いします」
「おお、なんという信頼の薄さ。涙がでてまいります」
全く不本意な話で。
とリディアが言う。
勿論目には潤みさえない。
あるとしても、目に埃が入っただけに相違ない。
「……帰ってもよろしいでしょうか?」
「それは賢いとは言えませぬ。せめて私がグレースに何を話すか確認をした方がよろしい」
きす・まい・あ……いや、こんな言葉は頭に浮かべるだけで恐ろしい目に会いそうだ。
やめよう。
黙って案内し、後は祈っていよう……。
私は……無力なのだ。
グレースへの取次をお願いし、グレースにリディア・バルカという方を紹介したいと伝えて貰う。
待合室に入って直ぐ、遠くから椅子の倒れる音に続いてこちらへ誰かが早足で近づいてくる音がした。
待合室まで来たのは、グレースだった。
こっちを見ると、驚きの表情を見せた後にリディアへ向かって一礼した。
顔見るだけで凄く疲れているのと、興奮してるのが分かる。
……ちょっと怖いね。
「初めてお目にかかります。私はグレース・トークと申します。失礼ですが、貴方様はバルカ家のリディア殿でよろしいでしょうか?」
リディアも礼をしていた。
「はい。仰る通りのリディア・バルカでございます。トーク領は筆頭軍師グレース・トーク様に拝謁致します。お会いでき恐悦至極」
……すんげー棒読みだ。
いや、単なる挨拶なんだからこんなもんかもしれないけど、声を震わせる程感動してるように見えるグレースとの対比がシュールレアリズム。
今から働こうって所の上司相手にもおべんちゃらは言わないんですね。流石っす。
「ああ……年少にして世に能吏と名高いリディア殿にお会いしたいと常々思って何年が過ぎた事でしょうか。今日このようにお会いでき、天に感謝せざるを得ません」
「それは過大な評価。私はただ王宮で仕事を幾らかしただけの若輩者に過ぎません」
「いえいえ、そのようなお言葉信じません。……それで、今日はどのようなご用件で?」
グレース……私でも分かる程に期待が表へ出ているぞ……。
文官が足りてないとは聞いていたが、それ程だったのか。
同情の涙が浮かんでくるっすわこれ。
「恥を忍んで申し上げますと、職を探しております。客として文官の末席に加えて頂けないでしょうか?」
あの、表情、恥も、忍びも、
「おお! 何という嬉しい申し出! ……もし、望んで頂けるのでしたら、正式にトーク様へ仕えて頂いても結構ですが? 勿論その際には出来る限りの厚遇をさせて頂きます」
リディアの様子関係無くめっちゃ嬉しそうですねグレースさん。
あと、日頃と口調も声の調子も違いますが、もしかしなくても凄く気を使ってます?
「いえ、私の能力が此処で足る物か分かりません。まずは客としてお願い致したい」
普通客っていうと、雇い主側が試す試用期間みたいな物なのさ。
でも、ナチュラルにリディアが試す側な雰囲気が出てる。
これが、中央のエリートと地方の格差か。
すげーよこえーよどーなってんだよ。
「分かりました。期待しておりますリディア殿」
どう考えても必要無かったですよね私。
しかし、ここまで感動するとは。
グレースに変な深読みをされない内に帰りたい。切実に。
だが、出来るのは二人の視界から外れるように部屋の隅へ移動する事だけ。
無力……っ! 圧倒的無力っっ……!!
毎度の話ですがね。
「所で、我が領に来て下さったのはこのダンから何かあったのでしょうか? 以前に念の入った紹介状を頂きましたし、お二人にはどういったご関係が?」
おい、やめろ。
グレース、お前今いっきに私の機嫌を損ねたぞ。
なんでお前の方から話を振ったんだ。
私の知る限り、リディアもティトウス様もトーク家を気にしていた気配はない。
だからここにリディアが来たのは多分私のお陰なんだぞ。
何という忘恩の輩だ。
その髪の毛脱色させっぞ。ちょっと色が薄くなっただけで大ショックなんだろどうせ。
ああ……、リディア頼むから空気を読んでくれ。
「……」
いや、呼びかけては無いぞリディア。
こっちを見ないでくれ。エスパーかお前。しかも首だけ180度回してとかホラーで怖い。
グレースも少しビビってんぞ。
あの、リディア様。
先ほどお願いしましたよね?
『先生です』とか止めてくださいよ? 『道化です』が正しいですからね?
それに昨日、私すごおおおおおおおおおく身を削って質問にお答えしたんですけど。
って言ってやりてぇけど言えないこの辛さよ。
てんめぇ何時もの如くお遊びな感じで変な説明したら、限界まで渋く淹れたお茶飲ませんぞ。
リディアはこちらの何を把握したのか首を回したまま眉毛を少し上げた後、グレースの方に向き直った。
「彼は以前我が家で勤めていました。有能とは言い難かったですが、誠実に働いていたのであの紹介状を与えたのです。その後、一度我が家に来た際トーク姉妹が仁義ある方だとこの者からお聞きし、頼らせて貰おうと思い参りました」
おお……おおおおおおお……何という無難なお答え。
有難うリディア様。
貴方は真に人を思いやれる方だ。
昨日の答えはド失礼と言えなくも無かったのに、このように気遣って頂けるとは。
出来るだけ美味しいお茶を淹れさせて頂きます。
このご恩、暫くは忘れません。
貴方が貴族じゃなければデートを申し込んだと思います。
縁がありませんでした……お互いにとって幸いな事かもしれませんね。
「なるほど。お答えに感謝を。住む所は既に決めておられますか? 宜しければ用意致しますが」
「それは有り難い。今は宿に泊まっておりました。家を世話する人間は家の者を用意出来るので、屋敷だけをお願い致したい」
「ではそのように。用意している間、城と街の案内でもと思いますが……ダンより上位の者をお付けしましょうか? 倉庫係では城内を満足に案内できないかもしれません」
うんうん。
それがいい「いえ、其処まで面倒を掛けて頂こうとは思いません」と、思う、よ……。
あの、実際私では入れない部屋も多くあるのですが。
「そうですか。では、ほんの少し表でお待ちください。少しこの者と話す必要がありますので」
その言葉に従ってリディアが出て行くと、グレースが近寄って来た。
頬を上気させて。
ど、どったの?
「貴方、いえダン。良くやったわ。素晴らしい功績よ」
ガッシと手を掴みながら仰るグレースさん。
その手から、確かな感謝が熱い体温と一緒に伝わってくる。
そんなにですかグレースさん……。
「もし知っていればなのだけど、リディア殿の能力はどう?」
「私が知ってるのは、ソンの書と言った皆様が学ぶ書に堪能なのと、本人曰く机上の勉強で良いのなら内政全般を学ばれてるそうです」
「それは聞いた覚えがある……よしっ! 希望が大きくなってきた。ダン貴方の仕事は重要。絶対に失礼の無いように。
ああ、まずは良い所でお茶でも飲んでくると良いわ。このお金全部使っていいから。城内は何処でも案内出来るように通達しておくからね。
それで、終業の鐘が鳴ったら又ここに来なさい。他には……いや、これ以上待たせたらまずい。直ぐに行くのよ。走ってね! 機嫌を損ねたら承知しないわよ! 待望の文官、いえ軍師候補なのだからね!」
本当に手で尻を叩かれてしまった。
年下の美女にというのは四十年近く生きて来て初めての経験である。ちょっと嬉しかった。
なるほど? こうやって人はSMクラブの門をたたく訳だ。
というか、あれって実在してるの? 私信じられないのだけど。
……下らない考えを巡らさずに走ろう。
あのグレースを不快にさせたら怖いし、待ってる人はもっと怖いのだ。
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