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人生相談への答え
先ほどラスティルさんと食べた物をかなり吐いた頃、リディアがやってきた。
手には地面を掘る物がある。
気が利くな……。
「ダン殿、どうなされた」
「いえ、お恥ずかしながら夕食を食べ過ぎたようでして……道具を持ってきてくださり有難うございます。顔を洗ったら直ぐに戻りますから、部屋でお待ちください」
「分かりました。ごゆっくり」
落ち着きを払った声を聞きながら私は焦る。
自分の粗相で貴族待たせてゆっくり出来る訳ねーよ。
しかしマジ食い過ぎだった。流石に何時もならあの程度で吐いたりしないと思う。
……頭を下げられて真っ青になったのも間違いないがね。
彼女が頭を下げる程の評価……どれ程の物だ? どうにかして取り消して貰わなければ困る。
出来るだけ急いで吐いたものを埋め、服の汚れた所と顔を簡単に洗って部屋に戻る。
上半身裸になってしまったが仕方ない。
「ほお、幾らか鍛えましたか。上腕、背中、胸、それぞれが厚くなっている」
若い女性の前で裸を見せるなんてどーのこーの言わず、冷静に観察してる当たり本当に変わらんな。
というか、貴方私の体確認済みだったのですね。
何時の間に見たのだろう……本当に油断のならないお人だ。
いや、こいつなら服の上からでも……しかし十三歳……いや、在り得るな。
「はい。戦場に出た時逃げやすいようにと。見苦しい物を見せてしまい申し訳ありません。先ほどは、バルカ様にあのようにされて驚いてしまい……失礼しました」
着替え、言い終わると同時に私は膝を付いて頭を下げ、リディアに許しを願った。
「バルカ様、どうかお願いです。先ほど貴方は私に頭を下げられましたが、それによって私へ恨みを持たないでください。今まで私は一度として貴方様を軽く見ておりません。今、私がどれ程怯えているか、お察しください」
私はオウランさんによって保険を得た。
しかし、それは逃げ切れなければ何の意味も無い。
それに今日、ケイに留まり続ける必要が産まれた。
この状態でリディアの恨みを買っては堪らん。
大体こいつが膝を折るなんて……どんな高評価をしてるんだよ。
私は取るに足りない弱者、数多いる民衆。
可能な限り、全ての人間にそう思って貰いたいのだ。
まぁ、カルマを助けると決めた以上、今後いく人かの人間に対してはそうも言ってられなくなるだろうが……。
外部の人間であるリディアの評価は少しでも下げておきたい。
「……ご安心を。元からダン殿が恐れる程私は膝を付いた事に拘っていません。むしろ少々戸惑っている。何故それ程恐れるのです」
「自分よりも遥かに上位である人物の誇りを傷つけたかもしれないのに恐れない者が居たら、その者の人生は非常に短い物となるはずです」
「本当に上位とお思いか? ダン殿が自分より本当の意味で上位だと考える人間がこの世に居るのですかな?」
何故だ……どうしてそう考える。
いや、動揺するな。
私がリディアを恐れているというのは事実。
彼女は何か勘違いをしているのだ。
「とんでもない……私は自分を知っております。バルカ様を始め皆さまには感服する事しきりでございます」
「……そうですか。では膝を付いて請うのはやめますが、教えて頂きたい。私がどうするべきか、先生が考える最良の選択を」
……どう答えるべきだ?
騙す?
自分でも平常ではないと感じる精神状態で私がリディアを?
しかも即興で?
間違いなく理論展開が破綻する。そして恨みを買いかねない。
だが、本当に一番の選択は……。
ちっくしょうが。
過去の助言の所為でこうなってるんだよな?
あれは下手を打っていたか?
あの時点では、リディアの下よりも良い逃げ場は無かった。
今でも損とは言えない。
しかし……一つしか、つまり本当に近い事しか思い浮かばない。
何分も黙ったままなのに、リディアはこちらを見たままずっと黙っている……。
……駄目だ、これ以上待たせられない。
「はぁ……私の答えを聞いて不快に思われるかもしれませんが、決して侮りの心や悪意はありません」
「存じています。幾らかでも安心出来るのなら、以前のように手を掴みますか」
「……よろしいのですか?」
「どうぞ」
気休めにしかならないが、それが欲しい心情になっている。
もしかしたら、リディアがどの部分を不快に思ったか知れるかもしれないと思い、手首で脈を取る。
「これは、私の価値観にとって最も良い手です。参考にされた後で、要望と違うと言われても困ります」
「はい」
「つまり、私はバルカ様に相応しい方法だとは思っておりません。誤解の無いようにお願いします」
「はい」
「今後私という人物について、何が起ころうが誰にも、家族にも将来の主君にもお話しされないようにして頂けますか?」
「それでは、私がダン殿を引き立てようとしても難しくなりますが」
「もしもお世話をして欲しくなりましたら、私からお願いします。お気遣いは有り難いのですが……知らない所で私の話題を出してほしくないのです」
「大した隠者嗜好ですな……。お望みであればその通りに」
変化なし。
言うぞ……言うのか?
冷静になるまで待って欲しいが、そんなのは明日になってしまう。
……リディア様、不快に思っても謝って済む程度でお願いします。
「バルカ様にお勧めする最良の選択は……私の協力者となり、私を生き残らせる事です」
言ってしまった……が、やはり変化が無い。
リディアは俯いて何かを考えている。
「えっと、あのですね。私としては、この乱れた世の中では生き残れれば勝ちだと思うんです。それで、私は生き残りには自信があって……」
あああ、余計な言い訳を。
それにしてもこの娘は何を考える事があるんだ。
せめて馬鹿にしてくれ。
イルヘルミに対してだって、配下なんて在り得ないと言ってただろ?
私の協力者だなんて身の程知らずという意味ではそれ以上だぞ。
! ?
今、脈が跳ねた。
なんでだ。
感情が変化するような理由は無いはずなのに。
リディアが顔を上げる。
何時もの通りの表情……いや、何か違う?
「ダン殿、先ほどの意味は……いや、何でもありません……」
リディアが突然手を握り返してくる。
うわっ。汗をかいている?
なんでだ。
私に協力してくれと聞いて、何故汗をかくんだ!
何か動揺してるとでも? このリディアが?
「失礼、動揺しました。せめてそれを知って頂こうかと。……いや、これも無意味な行動。どうやらまだ動揺しているようだ」
ど、動揺してる割りに冷静ですね貴方。
少なくとも声音と表情は既に何時も通りですよ。
さっき一瞬珍しい表情を見た気がしたのは、気の所為だったのだろうかと思い始めてます。
「そこまで失礼を働いたのなら、是非謝罪させて頂きたいのですが。特にどの部分がお気に触りましたか?」
「謝罪は結構。しかし、協力者との話でしたが、それはダン殿の意思に協力する。詰まる所配下になれという意味では?」
「えっ。あ、そう、なるのでしょうか。……そうなるかもしれません。これは、重ね重ね失礼を。お許しください」
其処までは考えてなかったが、言われてみれば私の納得する協力の形態は配下と言うべきものだったわ。
これは不味い。
「失礼ではありません。私が希望した通り、ダン殿が考える最善の選択を教えてくれたのであれば」
「それは、そうです」
「でしたら安心される事です。しかし、今配下になるのは不可能という物。下級官吏の配下など聞いた覚えが無い」
「はい……どうも頓珍漢な話をしてしまったようで……すみません」
「そうでもない。参考になったと言えます。さて、決めました。カルマに客として仕事を貰えないか尋ねてみるとします。中央で仕事をある程度していますし、拒否はしないでしょう」
え、マジで?
ビビアナの所へ行かないの?
どうしてそんな決断をしたのかさっぱり分からん。
「ご存じの通りトーク様の所は万が一があります。よろしいのですか?」
「故に配下ではなく客としてです。幾らか調べたい物事がある。……そのような目で見られるのは心外至極。ダン殿に害とはなりませぬよ」
疑心が目から溢れ出てしまったようだ。
いや、だってさ……誰がどう考えてもビビアナの所安定なのに。
史実の袁紹並みにド安定だぞ。
あれ、ちょっと曹操に幸運が足らなかったら袁紹が勝ってただろ。
それが分からないリディアじゃあるまいに。
「不快でしたらすみません。ただ、どうしてそのようにされるのか分からなくて」
「手伝いが欲しければ気軽にどうぞ。ああ、明日は私をカルマに紹介して頂きたい」
あの、質問に答えてほしいのですが……。
答える気は無さそうですね。
「下級官吏の紹介に意味はありませんし、出来ればそのような僭越な真似は……」
「紹介を。お願いできませんか?」
異境で一人の弟子に助力したとなれば善行、名もあがります。じゃねーーーーーーよ!
ついさっき、私の話しないでつったよね! 名を上げたら話て回ってるのと一緒っしょ!
ええ、知ってます。分かってて言ってますよね。
こいつ、一歩も動かずにプレッシャーを掛けて来やがる。
なんか嫌な予感がするけど、断る理由がみつからない……。
「では……では、待ち合わせはお昼の鐘が鳴った時に城門の前で良いでしょうか。直ぐに行きますので」
「分かりました。身を清めてから参ります。では本日は失礼を」
「はい……」
そういう事になった。
体力的にも精神的にも非常に疲れた一日だった……。
せっかく気持ちよく寝られると思ったのに。
真田についてはおいおい考えよう。
もう、寝るっす。
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