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リディアが辺境に来た理由
「リディア、様? あ、いや、バルカ様、どうしてここに?」
リディアとの縁は近頃細くなっていた。
ここ二年程、コルノの乱とかで忙しくリディアと手紙のやり取りをしていない。
コルノの乱が終わった後、一応見舞いとこちらの無事を書いた手紙を出したが返事は来なかった。
行商人からバルカ家に大きな被害が無かったのを聞き、じゃあ良いかと思っていたのだ。
それだけに凄く不意を突かれたように感じる。
うーむ……巌のように不変な雰囲気が更に強固になったし、しばらく見ない間に成長しておられる。
……どこがとは言わない。
目も向けない。
絶対に読まれる。
身長も、伸びたな……女性にしては高い。
髪型や服装の好みは変わってないようだ。
今十七歳か? 益々出来る女性の雰囲気を持つようになった。
簡単に言うと、更にお近づきになり難い怖さを持つようになった……。
そして昔と変わらず読めない表情でこちらを真っすぐ見て来る。
子供だった頃も上目遣いを見た記憶がないんだよね……。
本当に何故ここに居るのだろうか。
「まずは謝罪を。許可なく家に入ってしまった。余り何度も訪れて目立ちたく無かったのと、外で貴族が待って目立つよりはお好みに合うかと思ったとはいえ失礼をした。許して頂きたい」
あ、なるほど。
……もしも、彼女が外で何時間も待っていたら……。
今腹の中にある物を全部吐き散らしながら卒倒しかねん。
今夜は眠れず後悔に苛まれるのは確実ですわ。助かった……。
「謝罪はこちらがしたい程です。せめて家の中でお待ち下さり、そのように書物で暇を潰して下さっていて心から安心しました。しかし……このような辺境までどうしておこしになったのですか?」
「逃げて参りました」
「は?」
……えーと……。
「な、何からでしょうか?」
「イルヘルミ・ローエン殿から」
……駄目だ。さっぱり分からん。
というか、わざとだろこの娘っ子。
「宜しければ、何故ここに居るのか詳しくお願いします。あ、でも貴族の女性が男の部屋で二人っきりというのは不味いのでは? 明日、適当な飯屋とかに場所を変えた方がよろしくありませんか?」
変な噂を立てた責任で首と胴が泣き別れとかなったら冗談じゃねーぞ。
「おお……久しぶりに聞く臆病な配慮。懐かしい。ご安心を。この程度でダン殿に責が及んだりはしませんぞ」
……臆病ですみませんね。
私、貴方に比べれば下の方なんですよ。多方面で。
「一応バルカ様の評判に問題があったら不味いのでは、と思っているのですが……」
本当だよ?
二割程度だけど。
「そちらもご心配なく。意中の人が出来れば何とでも致します。しかし、バルカ様とは。益々臆びょ……慎重さに磨きが掛かったようで重畳至極」
ちみ、絶対言い間違いするような人間じゃないよね?
それ、わざとだよね?
態々からかいに来られたんですか貴方は。
等と言う考えは表情には出しませんとも。
怖いから。
「有難うございます……バルカ様も益々大人物になられたようで……」
皮肉じゃなくそう思ってる。
益々何考えてるか分からなくなった。
胸が大な人物という事実を含んだ言葉だと、受け取られたりしませんように。
「適当に仰ってそうですが、言われた通り成長しているでしょう。それなりに苦労しましたので。では、順を追って説明致します。まず、コルノの乱でイルヘルミ殿は大層出世なされた。ご存じですか?」
「はい。聞いた話では、伯爵だとか。男爵から伯爵とは凄まじいですね」
我が主君トーク様は子爵から伯爵。
いきなり追い付かれた訳だ。
それでも領地スゲー増えてグレースが過労死寸前らしいが。
僕は、倉庫番なので、仕事量大差ありません。
彼女には日々こう思ってます『glhf』と。
で、そのイルヘルミがどったの?
「誠に。当然彼女の王宮における力も大いに増し、その上で私に強く執心なさいました。そして直接間接問わずあらゆる圧力と手を尽くして仕官させようと。……ふむ。こう言うと男に言い寄られた年頃の娘そのもの。よい」
『よい』? とは一体……。
あと、年頃の娘は男に言い寄られた程度でも貴方よりよっぽど取り乱しますから。
いや、えーと、何の話だった? ああ、イルヘルミの話だった。
三、四年程度では忘れてなかったというこっちゃね。
当然か、意思の強そうな人だったし。
イルヘルミさんマジ曹操。
人材集めに凄まじい執念を持ってる。
確かに強くなりたいのなら人材大事なのは間違いない。
あの方も仰った。人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり……と。
この言葉カッコイイやろ。どないやぁ……。って違うな。これは家臣達との輪を大事にしたお言葉だった。
テヘッ。
……これはオッサンがやって良い振る舞いじゃ無いわ。
いや、アイドルがやってもバンナッコーしたくなる。
…………。
状況のジェットコースターで我ながら錯乱してるな。
「一方私はイルヘルミ殿への仕官は嫌だったので、急な病に侵され、動く事もままならずお仕えできかねます。地方で養生致しますのでお許しください。と返答を」
仮病か。基本だな。
この国は医者の書状幾らでも捏造出来る。
科学的検査なんて無いも同然だしね。
それに全ては権力でどうとでもなる。
人類の歴史は基本、権力こそがオールなのだ。
「しかし敵はさるもの引っ掻くもの。地方に行かせてなるものかと、即日見舞いの者を遣わしてくるのが予想されました。故に私は事前に睡眠時間を削り、身なりを整えるの控えめにした上で食事を削って仮病に信憑性を加えたのです。いや、兵法書では常に兵糧の大切さを説いていた理由を身に刻んで理解できましたな。経験とは素晴らしい」
……貴族のお嬢さんなのに、自分自身に其処まで出来るんかい。
本当この国のお嬢さんって、貴族のイメージにある深窓の令嬢じゃない。
コルノの乱でも凄かった……私より強い女性が珍しくないなんて。
魔力だか何だかのお陰かは知らんが、この世界は見た目だけでは強さを計れないと分からされた。
「実際、伝えて直ぐに見舞いという名目でダン殿もあの時見たジョリス姉弟、つまりは騎士が送られて来まして。
当然最初は病が篤いため会えないと拒否を。しかし斬り殺してでも通ると猛るありさま。仕方なく通すと私の所へジョコの方が先頭になって入ってきてこう言ったのです『りでぃあー。病と聞いたぁ。真であろうなぁ。真でなければ貴様、イルヘルミ様にかわ……って……』と。
ああ、最後は私の様子を見た為に、言葉の途中で止まった所の再現です」
……あのヤクザ以上の暴走男にそんな感じで迫られたら、私なら動揺してヤラかしそう。
しかし、ここに居るのなら騙し切ったのだこいつは。
十七歳の小娘が、疑心いっぱいの騎士二人を騙しとおす。
マジ仲達じゃねーのこいつ。
破凰のフェイスって言ってもそんな特別かなぁ? と思っていたけど、岩のように変化の無い顔って意味だったんですね。知りませんでした。
……それは冗談として、貴方、あのヤバイ男は絶対そんな棒読みじゃありませんでしたよね?
PTSD必至の経験をよくもまぁそこまで平坦な口調で言えるものだ。
「それは……大変だ。あ、失礼しました。……心より同情申し上げます」
そう言いいながら胸に手を当てて頭を下げる。
実際同情する。あんな怖いのにこの若さで目を付けられるなんて哀れとしか言えない。
「ジョコの方は驚くほど簡単に騙せましたが、姉のラビは疑い深かった。やつれた様子だけでは騙されてくれず、最後には事前に用意しておいた血を口に含み、口から血を吐いて見せて何とか。
知識は身の守りとの言葉、至言ですな。殺されはしなかったでしょうが、仮病を使っていたと知られれば厄介極まりない事態になるのは必定。故にランドを早急に離れ、今ここに居ります」
偽の血なんて発想まであったんかい。
貴族恐ろしい。……こいつの独創……ではないよな?
独創だなんてい言われれば、私は小鹿のように震えてしまうだろう。
「つまり、イルヘルミに危害を加えられかねなかったと? しかし、それにしても何故このような僻地に……」
「ダン殿、一番肝心な話がまだ残っている。何故私がここまで用意周到に出来たとお思いか? 以前貴方が『イルヘルミは配下に出来なければ命を狙う』と教えてくれたからだ。そうでなければ油断し逃げ道が無くなってしまい、嫌々ながらも配下になっていた可能性もある。感謝しております」
「いえ、散々お世話になりましたし。それにまさか其処までとは思いませんでした。将来的に私の命を気遣ってくだされば十分です……面倒をお掛けしない様に努力はしますよ勿論」
「それは無論。約束も忘れてはおりません。さて、此処に来たのは意見を伺いたかったからなのです。つまり、今後私がどうするべきだと思われるのかを」
えっ……リディア様に態々こんな辺境まで来て貰って、人生相談なんて恐れ怖いんだけど……。
とはいえ、辺境まで来て貰ってダンマリ決め込むのは貴族様に対して不敬なので無理……こまーたぞこれは。
「私如きに相談する内容とは思えませんが……お求めとあらば。イルヘルミの所でなければ、ビビアナ・ウェリアでしょう。現在最も力を持っているのは間違いありません。そこにリディア様の知恵が入れば天下無双。恐れる物は何もなくなるでしょうから」
実際ビビアナは話を聞く限り圧倒的だ。
知恵が入れば天下無双、どんな時代が来ようとも他の貴族を蹂躙できるだろう。
知恵が入れば、だけど。
人類史の殆どでそうだが、この国でもトップが強行したら誰も逆らえないんだもん。
どれだけ良い知恵でもトップが却下しちゃったら全てパー。
とはいえ、専制君主体制なのは当然。
この国で民主主義なんてしてたらあっという間に攻め滅ぼされる。
意思決定遅すぎて。
第一民衆が二十一世紀なんて目じゃない位頭が悪い……。
勉強する余裕なんて無いから当然なんだけどさ。
僕ちんでさえご近所では地味に頭が良いと評判だったりする。
無駄な知恵を働かせてコケるとも言われてるが。
「おや、ご自分のトーク家はお勧めにならない?」
「……はい」
「ほほう。思ったよりも私を気遣って下さる。それは、コルノの乱でザンザと知り合ったから?」
分かってるなら聞かないで欲しい。
余計な事口走りそうだから。
「やはりご存知でしたか。ここはバルカ様が予想された通りになっており、トーク様の配下は現在博打です。とてもお勧めできません」
「ふむ、良くない所を勧めて私を不快にさせたら、と不安をお持ちか?」
「……はい」
十七歳の女性にビビってるのを笑う人が居たら、一度圧倒的に上位の人間と会話する羽目になってからにしてもらいたい。
少なくともこの国に住む理性ある人ならば、私がリディアに取っている態度を笑わないという自信がある。
「確かに現状ビビアナ・ウェリアの所より良い所は無い。しかし、私が聞きに来たのは当然の話を聞くためではありません」
そー言われましても……って、おい……。
「今一度約束致します。私はダン殿が敵になろうとも、頼って来られたのならば命と生活を守ると。ですから、どうか生徒に最良の選択をお話し頂きたい。伏してお願い申し上げる」
そう言いながら、リデイアは膝を付き、私に対して深く頭を下げた。
私が知る限りこれ以上は臣下の礼だけだ。
人によってはこの姿勢を大変な屈辱だと考える。
ああ……ついさっき便所に行って本当に良かった。
下手をすれば恐怖によって漏らしていた。
この国の人は総じて、プライドを傷つけられるのを凄まじく嫌うのだ。
それだけじゃない、私は知ってる。
この娘が、十歳の頃から高い自尊心を持っていたのを。
イルヘルミ相手に表情を変えずに対応した時には、在り得ない意思の強さを感じた。
司馬仲達と同じ事が出来そうだから、と言うのと関係無く私はこの娘が怖い。
そりゃこいつは好悪の感情だけで動いたりはしないだろうさ。
しかし、こちらをどう思ってるか察知できない無表情の裏で憎まれでもしたら……。
気づけない内にどれだけの害を被るか想像もできない。
『物のついで』で現世から排除されそうに思えて仕方がないんだよ。
しかもリディアとの間には、無礼討ちをしても許される身分差があるのだ。
そのリディアが私に膝を付いて頭を下げる?
これらの考えが一瞬で脳裏を巡り、つい先ほどまでの浮かれた気分との落差でお腹から重い物が込み上げて来た。
「バルカ様、お願いですからそんな真似は……ウグッ」
ここまで言うのが限界だった。
私は家の外までなんとか走り、そこで吐いた。
腹いっぱいに食べた後でこれはキツかった……ああ、勿体ねぇ。
+注意+
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