挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
戦乱の帝国と、我が謀略~史上最強の国が出来るまで~ 作者:温泉文庫
49/146

イルヘルミとコルノの乱

 王都ランドから南東に170キロ行くとアキア州はヨウキという街があり、近辺は広大な平原となっている。
 そこではコルノ党の一軍と、イルヘルミの軍が今正にぶつからんとしていた。
 総指揮をとるイルヘルミは、高ぶる感情を制しながら最後の確認をする為に配下へ問いかける。

「何か問題はあるかカガエ」

「何もありませんイルヘルミ様。全てご指示の通りにしております」

 ここで答えた紫色の長髪を後ろで縛った若い男はカガエ・クイといった。
 彼は才能ある若者として名高く、ビビアナ・ウェリアからも強く望まれた過去を持っている。
 しかし誰もが感涙にむせぶ程の厚遇をあっさり蹴ると、ケイ帝国を再興出来る君主を探す為の旅に出た。
 そして未だ子爵ともなっていないイルヘルミの配下となったのだ。

 知り合いによる彼への評価が、稀に見る奇人となってしまったのも当然であろう。
 家柄、容姿、頭脳、全てにおいて不足無し。或いは当代一か? とさえ言われているのに、公爵を蹴って男爵の配下となったのだから。
 その二人の会話に、ラビ・ジョリスが入って来た。

「退路の確保も終わっておりますイルヘルミ様」

「! それはどういう意味だラビ。我が軍が農民兵の集まりに負けるとでも? もしくは作戦を考えたこのカガエが信用出来ないと言いたいのか」

 勝って当然、如何に損失を少なくするかだけが問題の戦いで退路など、軍師たる自分への侮辱としか思えない。
 今後の為にも考えをはっきりさせておく必要を感じた。
 しかし、そのカガエの考えはイルヘルミにとって正す必要のある物だった。

「待つのだカガエ。おぬし、わたくしの軍で戦うのはこれが初めてだったな?」

「は、はい。し、しかしこちらに来てからずっと軍の把握に努めてまいりました! 作戦に不備は御座いません!」

 主君の不機嫌な理由が理解できない。
 献策をした時には非常に上機嫌だったというのに。

「はぁ……。そんな話をしてるいるのではない。もしやそなたは勝てる戦いで退路の確保を提案したら不興を買うと考えたのか? それとも、純粋に必要ないと?」

「それは……両方でございます」

 カガエがイルヘルミの感情に配慮したのは当然である。
 人類史上殆どの軍で、上位の人間に意見を言う場合は、大前提として感情を刺激しない為の配慮が何よりも大事であった。
 上位者は採用判断だけでなく、提案者の命を奪う事も出来るのだ。
 どんなに良い考えでも、採用されなければ意味が無い。
 怒りを買う最上の策よりは、喜ぶ下策の方がマシと言える。
 しかし、イルヘルミとしてはそのように考えられては困る。
 それでは天下でも最優秀と言われる人物を配下にしている意味が無い。

「まず、わたくしの怒りを買うかどうかで献策を考えるのは止めよ。そなたは忠臣だ。そなたへ怒るのは自分に対して怒るのと一緒であると心得ておる」

「は、ははっ! なんという有り難きお言葉、感服いたしました」

「次に戦いで最も大事なのは、負けた場合を考えて置く事だ。絶対に負けないはずの戦いで負けた英傑が幾らでも居るのは、そなたも軍略を学んだ者なら知ってるはず。わたくしは彼らのように油断して天下を失うつもりは無い。だから、常に退路を確保しておくのだ。
 もしまだ不要だと考えているのなら、おぬしをわたくしのシボだと考えたのは間違いだった。去るがよい。引き留めはせぬ」

 常に誰よりも賢かったカガエが、ここまで非難されたのは初めてであった。
 イルヘルミ以外の者に言われたのであれば、烈火のごとく怒ったであろう。
 しかし、彼女はこの天下で只一人の自分よりも優れた人間。
 確かに負け続けて尚ケイ400年の基礎を築いた高祖という実例もある。
 そうだ、間違っていたのはこのカガエだ。
 そして、どのような意見でも言えと言って下さったこの方こそ、ケイを再興し民を安んずる我が主君。
 彼女は『わたくしのシボ』と仰った。
 ケイ帝国建国最大の功臣であるシボだと。
 ああ、そうだ。必ずそうなってみせようとも!
 このカガエの眼はやはり間違ってはいなかった。

「いえ、いいえ、カガエが間違っておりました。そして、貴方こそ身命を賭して仕えるに値する方。どうか、我が不明をお許しください」

「謝るのなら、わたくしだけでなくラビにもすべきではないか?」

「ぐっ……承知、しました。ラビよ、済まなかった。謝罪いたす」

「あ、ああ。其処まで悔しいのならば謝らずとも……」

「……カガエ、わたくしにはこの天下にそなたよりも智で勝る人間が居るとは思えない。されど、おぬしのその誇り高さが邪魔になって負ける日が来るのでは、と心配しているぞ。心においては、明確にリディア・バルカに劣っておるな……」

「……又リディアで御座いますか。十五歳程度の小娘がそれ程成熟してるなど信じられません」

「おや、妬いてるのか? 十五歳所か十一歳のあの娘にそなたは負けておるわ。今ならばわたくしでさえどうか……。十一歳の小娘だったあの子へわたくしは強く迫った事がある。普通の少女ならば一生夢に見る程に」

「あれは酷かった。流石にお止めしようかと思いました」

「おや、そうなのかねラビ。やはり少し調子に乗ってしまっていたか。しかし、それ程にきつい目にあってもリディアは殆ど動揺を見せなかったのだ。表情など鉄のように不変。素晴らしいと思わぬか?」

「しかしイルヘルミ様、あれで嫌われたのは間違い御座いません。リディアを臣下にするのは難しくなったかと」

「どうせあの者を臣下にするのは並大抵では無かろう。表に出さないだけで相当に誇り高いぞアレは。彼女が嫌がっても拒否が難しいくらいにわたくしが強くならないと無理だ。そうあの時に会話して感じたのだよ。せめてバルカ家に倍する領土を持たなければ話になるまい」

「それまでに、このカガエこそが天下最高の軍師であると証明してみせましょう」

「ふはっ。そうだな、期待している。……いい機会だ。わたくしの考えを教えておこう。わたくしは世の人々からどのように言われようが、気にする気はない。卑怯と言われようが、厚顔無恥と言われようが、決断を変えたりはせぬ。ましてや誇りの為になど。
 良いか、結果が全てなのだ。貶されてもどうでもよい。わたくしの誇りなどわたくし一人が知っていれば良い事。勿論世の者が歓声を上げる策が最上の時もあろう。しかしそれは有効だからそうするのであって、決して世の者から良く見られたいからするのではない。
 大業(たいぎょう)の為ならば泥水を啜ろうが、誰かに媚びへつらおうが何でもない事よ。実際わたくしはビビアナ・ウェリアに『貴方こそ我が灯、万の書物にも勝る導き。月よりも輝く銀の髪を追ってわたくしは歩んでおります』と書いて送った事があるのだぞ。
 カガエ。わたくしのシボよ。何時でも最も結果が良いと思われる策をわたくしに提示せよ。世の道徳に惑わされてはならぬ」

「は……ははぁっ! 分かりました。このカガエ、必ずや我が主の期待に応えて見せます!」

「うむ。期待している。さて……クテイア、ジニ、プイロも準備は出来てるな?」

「はっ。つつがなく」

「よし。では始めよう。進軍の合図を送れ」

 イルヘルミの指示を受けて太鼓が鳴ると、軍は整然と前進を始めた。
 一方コルノ党も動き出すが、その動きはバラバラである。
 訓練量の差が歩くだけで如実に表れていた。

 しかし先手はコルノ軍が取った。
 先頭に居た男が弓を持ち、放つ。
 矢は素晴らしい速度で飛び、イルヘルミ軍の先頭に居た兵の喉に突き刺さる。
 致命傷だった。

 男の雄たけびに続き、コルノ軍全体が賞賛の声を上げて士気を盛り上げた。
 だが、
「ラビ隊、放て」

 イルヘルミ軍が800名の弓隊によって矢を放つ。
 それによってコルノ軍は100名近くの死傷者を出してしまう。
 コルノ軍も負けじと矢を返すが、ばらばらであり数も少なかった。
 弓隊として編成されたものではなく、元猟師だった者達が個別に放っているのだから当然である。
 とはいえ、これだけでコルノ軍の士気が消えはしない。
 矢が降ってくる中、盾を掲げて前進する。
 イルヘルミ軍は整然と(げき)を振り上げて待ち。
 コルノ軍は猛然と剣を手に走る。

 どちらが有利かは直ぐにあらわれた。
 戦場の多くの場所では、戟の長さが先手を取っていた。
 とはいえ、コルノ軍も一方的にやられた訳では無い。

 彼らは事前に石を持っており、ぶつかる前に投げつけた。
 中には相手の隊列が乱れた所に走りこんで殺し、個人の武勇で大きな損害を与えた人間も居る。
 だが深く入り込んだ者に周りは付いて行けず、孤立し、剣を抜いた二列目三列目の者に押しつぶされてしまう。

 全体としてみればイルヘルミ軍の圧倒的有利であった。
 其処で更に、イルヘルミの従妹であるジニ・ローエンとプイロ・ローエンの騎馬隊が横腹をつく。
 これによって勝敗は誰の眼にもはっきりと分かる程に決し、カガエもイルヘルミも会心の笑みを浮かべた。

 後は、相手の大将であるギイを捕殺するだけか。
 逃げたとしても、クテイアの騎馬隊100を逃げそうな方向へすでに動かしてある。
 完勝だな。流石カガエ、良い作戦だった。
 ん……あそこから出て来たのはギイ……?

「イルヘルミよ! 一騎打ちをしろ! それともこのギイが怖いのか! 後ろに居るだけのネズミのような臆病者め! 違うというのなら勇気を見せてみろ!!」

 公平に見てギイの行動は良い判断だったと言える。
 実際、イルヘルミを一騎打ちで討ち取る以外の勝ち目はもう在りそうも無い。
 しかしギイにとっては不幸にも、イルヘルミはこういった申し出を鼻で笑える人間だった。
 とはいえ自分が戦うのは在り得ないが、配下の武将に見せ場を与えてやれると考えれば良い提案だとイルヘルミは考えた。

「カガエ、クティアに伝えよ。わたくしの代わりに一騎打ちをし、あいつの首を持って来いと」

「はっ! ……あ、イルヘルミ様! 我が軍以外の者がギイに突撃しています!」

 イルヘルミがカガエの指し示す方向を見る。
 其処に居たのは農夫風の巨漢で、大きなこん棒を片手に馬上のギイに向かって走っていた。
 体のあちこちに付いた土と草を見るに、恐らくは草の間に隠れていたのだろう。
 自分の所へはしって来る男を見たギイは驚いたが、直ぐに立ち直ると明らかに敵意がある様子の男に向かって馬を走らせ槍を突き出す。
 男はこん棒で槍を叩き逸らすと、そのまま勢いを失った槍を片手で握り、有無を言わさずに馬から力ずくで引きずり降ろして殴り殺してしまった。
 そしてギイの死体を馬に乗せ、自分も馬に乗って去ろうとしている。

「お、おお!? 凄まじい力だあの男……。しかし、相手の大将首を持って行かれては困る。クティアに伝えてあの男を捕まえさせ連れてこい。傷つけては駄目だ。コルノ軍には降伏勧告を。取り決めた通り、あいつらには土地を与え耕させると伝えるのも忘れないように」

 命令は直ぐに伝えられ、クティアが適当に伸ばして適当にくくった髪を馬の動きと一緒に揺らしながら、騎馬隊を率いて後を追う。
 男も必死に逃げたが、馬術で劣っているのは明らかな上に人一人余分に乗せていては逃げ切れる訳も無く、投げつけられた網に絡まって落馬し捕まった。
 そのままイルヘルミの前に連れて来られた男は全身を縄で縛られ、茶色の角刈り頭には土と草がついており、観念した様子を見せていた。
 しかし、身を縮めて尚女としては巨体であるクティアよりも更に大きく、巨石のようにも見えるその体はイルヘルミの鼓動を喜びで早くさせた。

「イルヘルミ様、申し訳ありません。この者は余りに力が強く大人しくさせるため乱暴に扱ってしまいました」

「ほぉ……我が軍で一番の武勇を誇るクティアがそういうのか……ああ、おぬしすまぬ。お前たち、直ぐに縄を解け」

 縄を解かれた巨漢は、予想していた命の危機とは全く違い展開となり、イルヘルミの期待通りに戸惑を見せていた。
 更に恩義を感じさせ、この男を配下にしたい。そうイルヘルミは思う。

「……剛力の勇者に対しての非礼を部下に代わって謝罪しよう。さて、自己紹介をせぬか? わたくしはイルヘルミ・ローエン。そなたの名前は?」

「……おら、チョキだす」

「そうか、チョキというのか。それで何故ギイを連れて行こうとしたのだ?」

「おらの村はあいつに襲われた。だから、あいつの首を取って皆の墓の近くに埋めて復讐をしたかっただ」

「なるほど……。申し訳ないが、大将首を持って行かれては困る。その代わりと言っては何であるが、そなたの村にはわたくしの金で支援をしよう。それで、ここからが本題なのだ。そなたわたくしに仕えぬか? そなたの武勇は我が軍最強であるクティアにも負けない程と感じた。是非配下になって欲しい」

「おら、殺されないだか?」

「まさか! そなた程の勇者を殺したりはしない。どうしてもわたくしに仕えないというのならギイの首を貰う代わりに金を渡そうぞ」

「……分かっただ。本当に村を援助してくれるなら、おら命を掛けてイルヘルミ様の為に働く」

「そうだ、それが良い。その言葉を待っていたぞ! 無双の豪勇の士チョキ、そなたを心から歓迎する。共に大業(たいぎょう)を成し遂げよう」

 こうしてチョキはイルヘルミの配下となった。
 彼は誠実で重厚な人柄を持っており、直ぐにイルヘルミの信頼を得ることになる。
 イルヘルミはこの後もコルノ党の軍を相手に勝ち続け、カガエ達優秀な文官の力によって敗残兵を上手く管理し、自分の領地に土地を与えて住まわせた。
 これによりイルヘルミは優秀な将軍としての名声だけではなく、大きく兵の数と領地から得られる富を増やした。
○カガエ・クイ 以下私見に塗れた紹介。正しさは保証せず。
(じゅん)イクが元。
内政、外交、行動方針全てに置いて曹操から頼りにされた軍師。
曹操のとてつもない期待を受け、そして期待以上にこたえた超有能男。
荀イクは明るい面も暗い面でも曹操を支え、確実に薄い本が作られるくらい仲の良い二人だった。
しかし荀イクはあくまで漢王朝の復興を望み、曹操は新しい政治体制を作る気しか無かった。
その為、次第に関係が悪化して行ってしまう。薄い本が厚くなる展開である。
最終的には50歳程度で荀イクは死ぬ。病死、曹操から用済みと言われ自害、その他いろいろ言われている。
確実に悲恋物同人誌が作られる二人の関係であった。
壁ドンならぬ箱ドンが流行になるのは間違いあるまい。
尚、イケメンでファッションセンス抜群だった模様。クソかー。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ