ここから本文です

<ノーベル賞>日本人の女性研究者が出ない理由

毎日新聞 10月9日(日)9時30分配信

 今年のノーベル医学生理学賞が、大隅良典・東京工業大栄誉教授(71)に授与されることが決まりました。日本人のノーベル賞受賞は3年連続、米国籍を取得した人を含めて25人目で全員男性です。ノーベル賞と女性研究者の距離について、明治大教授の藤田結子さんのリポートです。

【写真特集】大隅さんがノーベル医学生理学賞受賞、笑顔で会見

 ◇妻サポートを美談に仕立てるメディア

 受賞者は必ずと言っていいほど会見で「妻の献身に感謝している」と語ります。

 大隅さんは記者会見で、「(私は)いい家庭人だったとは言えないかもしれない」と、研究生活を振り返りました。朝から晩まで研究して、真夜中に帰るような生活をして、子どもたちが小さいときは向き合って遊ぶことはほとんどなかったそうです。

 2015年にノーベル医学生理学賞を受賞した大村智博士(81)も、「私は家庭のことは全く見ないで、研究に没頭する。そういう姿を見て、彼女は(私を)一生懸命支えようとしていた」と語り、妻の献身に感謝の意を表しました。

 15年にノーベル物理学賞を受賞した梶田隆章博士(57)は「研究ばっかりやってたんですけど、それを我慢して許してくれた」、14年に物理学賞を受賞した天野浩博士(56)は「父親としては最低な自分に対して、(妻が)心の支えとなってくれた」と語ったことが報じられました。

 大隅さんの妻、万里子さんも、帝京科学大教授を務めた研究者です。東大大学院で知り合って学生結婚、息子2人を育てながら、夫の研究分担者も務めていたそうで、公私にわたるパートナーです。

 ノーベル賞を受賞するほどの研究成果をあげるのは非常に大変なことです。2人で協力し、それを成し遂げたことに尊敬の念を抱かざるを得ません。

 それにしても、なぜノーベル賞を受賞した日本人科学者は全員男性なのでしょうか。

 その最も大きな理由として、理系学生に占める女性の割合が低いこと(修士課程で理学22%、工学12%)があります。

 また各国の研究者に占める女性の割合は、アメリカ34%、イギリス38%であるのに対し、日本は15%程度にとどまっています。

 さらに、家事・育児は女性の役割という意識が根強い社会で、妻が全面的にサポートするという働き方が求められる状況も、原因ではないでしょうか。これでは、女性研究者が同じほどの業績をあげることは難しいでしょう。

 子どもを持たないか、あるいは、献身的に家事・育児をやってくれる配偶者を探すしかありません。実際、それもなかなか難しそうです。

 この働き方が前提となるならば、いくら「リケジョ」(理系女子)を増やしても、競争に勝ち、栄誉を得るのは男性ばかりで、女性研究者がノーベル賞を受賞する可能性は非常に低いままでしょう。

 そもそも、ノーベル賞受賞者の陰に妻の支えという美談は、メディアが受賞者やその妻に会見などで質問し、その情報をニュースとして加工して伝えたものです。

 女性記者や女性編集者が増えたとはいえ、テレビや新聞、雑誌などのメディア企業は今も、家に帰らず長時間働くことが武勇伝となる男社会です。メディアの中の人たちの多くは、家族のサポートを受けながら長時間労働をしているので、受賞者の妻の働きや支えを美談として受け止めがちなのでしょう。

 このような「妻の支え」に関するニュースが多く伝えられると、それが当然のこととして人々に認識されやすくなります。性別役割分担の標準化に、メディアが一役かっているわけです。

 ところで、妻たちは自ら進んで優秀な夫の仕事を支えているはずだ、という意見もあるでしょう。しかし、私はそこに葛藤があると思うのです。

 アメリカの社会学者ホックシールドは、多くの妻たちが家事・育児分担をめぐって葛藤している状況を明らかにしました。妻たちは、夫が家事や育児を分担しないという核心的真実を、あいまいにするような現実認識を持つことで、離婚などの結末を回避しようとしているのです。この認識を「家族の神話」と呼びます。

 妻たちは心の奥底では「自分だけが家事・育児をしている」ことを不満に思っています。しかし一方で「夫は週末には子どもと遊んでくれるので、夫も分担・協力をしていることにしよう」と、現実をうやむやにする「神話」を作り出し、恐ろしい葛藤や対立を避けようとするのです。日本の夫婦にも同様の傾向が見られます。

 毎年、ノーベル賞の発表の時期、夫にはノーベル賞、妻には受賞者の妻の地位という栄誉がもたらされます。晴れの舞台である記者会見で喜びをわかちあう夫婦の姿は、感動的です。しかし、その背後には、妻の長年にわたる葛藤や、キャリアへの未練、そして「家族の神話」があったのではないでしょうか。

 上の世代の男性研究者の多くは、妻に家事・育児を支えてもらうことで研究に没頭し、厳しい競争を勝ち抜いてきました。少なくとも今後は、成功者はそういった家族の全面的サポートを前提とする長時間労働を、研究者の模範としてアピールするのではなく、新しい働き方を提案してほしいものです。

 国や大学が研究援助のための人員をより増やせば、研究者一人一人の労働時間も少しは減るでしょう。また、育児・家事援助サービスを提供することで負担は減ります。男性研究者・配偶者の意識改革も必要でしょう。

 大隅さんの受賞会見に同席した万里子さんが、研究者を目指す若い女性に向けて、次のような言葉を贈ったのが印象的でした。

 「(私は)若気の至りで早めに結婚してしまったのですが、勉強は思う存分できる時代がある。きちんと勉強していればその後の人生はかなり違ったと思う。私は勉強することを放棄してしまったので、若い女性はチャンスがあれば仕事をして、できれば自分の幸せを実らせてほしい。そういう女性が増えているので、期待しています」

最終更新:10月9日(日)11時52分

毎日新聞

私には99の問題がある――脳性まひは、その1つに過ぎない
「私は脳性まひで、いつも震えています」と、メイスーン・ザイードは、陽気で楽しいトークを始めます(本当に楽しいんです)。そして「歌姫シャキーラのベリーダンスとボクサーのモハメド・アリを同時にやってる感じですから」と話します。アラブ系アメリカ人のコメディアンである彼女は、優美さとウィットで自身の目まぐるしい半生を紹介します。[new]