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アイラ大好きフィオ
初めてのアイラ家訪問から一か月、私はアイラと会話する為の策を考え出した。
名付けて、
ご飯の後にお茶しばきの計
である。
その為に今日は食材の他に柿の葉茶も用意済み。
さて、アイラの屋敷に着いたが……。
「久しぶり。待ってたよ」
おう、当主自らお出迎え。
と言ってもこの家他には馬しか居ないけど。
「態々のお出迎え光栄ですアイラ様。では、台所をお借りしますね」
「うん。楽しみにしてる。鍛錬は食べた後にする?」
「あー、いや、下ごしらえが終わったらお願いします」
「アイラ殿! お会いできて良かったっス。一緒に食事をしませんか? 良い店を見つけたっ……ス? アイラ殿、こちらの者は?」
ぬ?
誰だこの若い娘っこ。
良い服着てるな……貴族か。
めっちゃ長い髪を、先っぽだけ縛ってたらしてるな……貴族か。
いやいや偏見じゃないよ。
長い髪なんて農作業に邪魔だし綺麗に保つのは大変だしで貴族しか出来ないんでね。
アイラへさっきみたいに親し気に話しかけてた、という事は……こいつがフィオか?
あ、いかんいかん。
貴族相手には頭を下げないと。
「この人はダン。これから食事を作って貰うんだ」
アイラ様から紹介して貰ったし、そろそろ頭を上げても良いかな……む、この娘っ子、私を凄まじく疑わしげに見ている。
詐欺師を見る眼つきだ。
私は詐欺師なんて見た事無いけど。
「エルフ……平民……。そなた、ダンと言ったスか。何故アイラ殿の食事を作ろうなどとするっス」
「以前軍の訓練を見学した際に、アイラ様の強さを見て憧れを持ちまして、出来ればお近づきになりたいと思ったのです」
「エルフのそなたが、獣人のアイラ殿に? 騙そうとしているとしか思えないっス」
「全く下心が無いとは言えません。私はエルフにしては戦うのが不得手、何かあった時にアイラ様を頼れれば、とは思っております。勿論アイラ様の顔に泥を塗らぬように身を慎む所存です」
「聞きましたか! こやつはアイラ殿を利用する気ですぞ! それに食事を作ると言いますが毒を盛られれば如何とするっス! こういう特徴の無い男が暗殺者として送られてきやすいのですぞ!」
「平気だよフィオ。毒はすぐわかるもん。鼻と舌の良さならどんな獣人にも負けない自信があるし。それに美味しいご飯の分助けるのは当然だと思わない?」
「ぬぐぁあああああぁぁぁ……。そなたアイラ殿が食事に弱いと知って……何と卑劣なっ! アイラ殿、大体こいつは男っスよ! アイラ殿のような美しい女子は気を付けなければなりません。無理やり手籠めにされたらどうするっス」
無理……やり?
「……? 僕、ダンより強いよ。無理やりとか無理だと思う」
無理やりとか無理やろ。
うむ。良いダジャレである。
鍛えられた男三人を、一瞬で叩き伏せる超人相手に無理やり手籠めとか不可能だから。
あ、体を強化? 出来ない人間だとやっぱり男の方が強いらしく、兵士は男性が多いです。
それでも一割は女性が居てビビったけど。
エルフで平均値を計ると、女性の方が強い位らしい。
どうも魔力って言われてるのは生命力っぽいし、女性の方が強くて当然だと私は思う。
女性は生物としてかなり男性より優れている。
でないと子供なんて産めないわな。
ちゅーか、貴族二人の会話を聞いてるだけは暇だ。
アイラ様、貴方どーすんの?
あ、ここは私から提案するべきか。
「アイラ様、こちらの方がお食事に誘っておられるようですし、私は明日にでも出直しましょうか?」
「お、そなた身の程を弁えてるっスね。であれば、小職の居る所ではアイラ殿と話すのを認めてやっても」「それは駄目。ダンと先に約束したのだから。約束は守らないと」
「そ、そんなぁ……アイラ殿、こやつは平民ですし、そのように気を使わなくても……」
うん、当然の意見だね。
私もそう思って、引こうとした訳で。
「僕獣人。貴族とか関係ない。フィオも一緒に食べる? ダンの料理は美味しいんだよ」
ゲ。
そりはいかん。
うわ、フィオが迷ってる。
「申し訳ありませんが、私は他の人の為に料理をしたくありません。アイラ様にほれ込んだからこそ特別にご賞味いただいたのです。どうかお許しください」
これで強制されたら……適当に其処らへんにあるような料理を作ろう。
天ぷらは封印だ。
「え……フィオは良い子なんだけど……。だめ?」
うっすらと、しかし、はっきりと分かる悲しみが美少女の声にこもっている。
だが残念だったな。
その程度で動揺はすれど、判断を変えるような年齢では無い。
二十年前なら一発だったが。
「はい。ご容赦ください」
特にこいつは嫌だ。
天ぷらの力の前には貴族も庶民も等しく無力。感動するのは理の当然。
そしてコイツの場合は、あっちこっちで作れと強制しかねない雰囲気を持っている。
しかし色々考慮してアイラだったら行けると思ったが、フィオってのがこんなに面倒だったとは。
調べきれなかったなぁ。
「ふん。勿体ぶって……。アイラ殿、これこそ詐欺の常套手段スよ。本当は大した物じゃないのに、焦らして特別な物と勘違いさせるっス。騙されては駄目っスよ」
ぬぅ、そういうつもりは無かったが、どう考えてもそんな感じになってしまった。
しかしこの場合は当てはまらん。
だって既に天の料理をアイラは食べてるしね。
そして、制作者がパンピーでも天の力は大した物なのだ。
「ダンは詐欺じゃない。凄く美味しかったし。……仕方がないか。フィオ」
「あ、はい。何でしょうかアイラ殿」
「ごめんね……今日は帰って」
「ア、アイラ殿?! こんな男の肩を持つっスか?」
「前から約束していたんだ。……僕は食べたいし。それに、いきなり詐欺なんて言ったフィオが悪いと思う」
「アイラ殿ぉ~小職は、アイラ殿が心配で……フィオの話を真剣に捉えて下さいアイラ殿。決して損はさせないっスから」
「ごめんねフィオ。……又明日会おう?」
そのままアイラは家に入れてくれたが、あの娘っ子はずっとこっちを見ていたな。
まぁ、心配な気持ちは良く分かる。
確かに私は怪しい。
が、料理してる所を見られるのは困るんですよね。
「アイラ様、彼女は又様子をうかがいに来ると思うのです。しかし、私は料理してるのを見られたくありません。何とかなりませんか?」
「……そうだね、分かった」
ぬぅ、こんな簡単に聞いてくれるとは……良い人だ。
あるいは
て ん ぷ ら の力か。
それにしても貴族である彼女が、家名を持たない私へこんなに配慮してくれるとは思わなかったっすよ。
獣人であろうが、貴族は貴族だと思っていた。
こっちの常識を把握し切れてない影響がこういう時に出るな。
貴族制度は元々ピンと来ない上に、この国の貴族制度が私の想像する貴族制度と一緒かも分からんのだから困ったもんだ。
などと物思いに耽りながら下ごしらえをしていると、暫くして外から声が聞こえて来た。
「フィオ、諦めた方が良い。見に来るのバレてる」
「アイラ殿!? あやつめっ! 見透かしているとでも言いたいのか生意気なぁ」
「フィオ」
「あっ……お、怒っていらっしゃいますか」
「悪いのはフィオ。失礼だっただろ。それに食べられなくなったら……僕が困るんだぞ」
「あうっ! そんな困った顔をしないで下さいっスアイラ殿ぉ~」
本当に見張ってくれていたのだな。
しかも貴族が平民に対して行った行動を失礼と来た。
自分で言っていた通り、平民と貴族を分けない人なのか?
オウランさん達もそんな感じではあったが……。
「お帰りなさい。有難うございますアイラ様」
「ううん。大した事じゃないから」
「あの方、ここの上級官僚として働いておられるウダイ様ですよね? とても仲が良いようですが、どういった経緯でお知り合いに?」
「二年前、フィオが盗賊に襲われてるのを助けたの。そして一年前ここに来て命の恩人だって。それから友達になった」
盗賊? 何処で? それはどうでもいいか。
命の恩人、ねぇ……。
差別されてる獣人相手に恩を返そうとする所を見るに、律儀な人なのだろう。
怪しい人物である私を遠ざけようとするのも、恩返しの一貫か?
「アイラ様の立派な行いが良い縁を運んだわけですか。その盗賊から助けたというのは軍務だったので?」
「うん、そう」
「そんな若い頃から軍人として働いていたんですね……。宜しければどうして此処で働くようになったのか教えて頂けませんか? 獣人の方がケイの将軍になるのは滅多に聞かない話です」
「……火族に居たのだけど、毛が白いからあまり食事貰えなかった。だから自分で獲ってたな……。そうしたらテイが来て養子にしてくれたんだ。テイは死んじゃったけど、死に際にカルマを助けて欲しいって言ったから此処に居る」
良く分からん。
ので、下ごしらえをしながら幾つか質問したところによると……。
産まれたのは獣人達の部族でも一番東に住んでる毛が真っ赤な火族。かなり遠い場所だ。
毛の色が違う為にかなり孤独だったようだ。
食いしんぼ……食事が大好きなのも、まだはっきりと残ってるであろう昔食事を貰えなかった記憶による反動かもしれない。
ついでに言えば、微妙に会話が下手なのもあまり多くの人間と会話してこなかったからじゃなかろうか。
と推測した。真実は当然知らぬ存ぜぬ。不吉を運ぶ蝶ネクタイ小僧にでも聞いてくんろ。
其処へカルマの将軍だったテイ・ガンという人が来て、養子にならないかと誘ってくれたらしい。
それをアイラは快諾。
子供一人でハブられて、寂しかったからだと私は思っている。
で、こっちに来たのが六年前。
二年前テイ・ガンが死に、アイラ以外に子供が居なかったので、ガン家を継いだ訳だ。
その際遺言としてカルマを助けて欲しいと言われたから、最低でもテイ・ガンが世話してくれた年数分、つまり後二年は此処でカルマの為に働こうと思ってるとの事。
うーむ……この子、めっさ良い子なのでは?
「二年後には此処を出て行くつもりなのですか?」
「それは分からない。でも居ると思う。カルマとグレースも友達だからね」
友達、ね。
忠義という文字自体知りそうもないが、その分心から助けようとしてるように思える。
……この人は子供的を超えて何もかもが動物的だな。
純粋で、力強い。
憧れる物を感じる。
私には決して不可能なだけに。
「カルマ様もアイラ様を心強く思っているでしょうね。ふむ……失礼ですが、アイラ様は名声や地位を欲しがらないと聞きましたが、どうしてまた? 軍で働く方はどなたもその二つを求めて戦うと聞きますのに」
「名声は良く分からないし。それよりお金が足りなくて……」
「お金、ですか。特に使われてないようですが、どうしてまた……」
あ、ずっと聞きたかったからって踏み込み過ぎた。
気にしない人だとは思うけど……。
「馬達がいっぱい食べるんだ」
「えーと、飼っておられる馬の為にお金が必要だと?」
頷くアイラ。
えええええ……馬って将軍の給料が吹っ飛ぶ位お金が……かかるかもしれんな。
待てよ……達?
「何頭馬を飼ってるんですか?」
「五頭」
「ど、どうして五頭も?」
「好きだから」
頭が痛い。
しかも、この人はめっちゃ食べるし、どうせ全て外食だろ?
あれだ、この子野生では良かったかもしれないが、街中では生活力皆無です。
餌代だけじゃなくて、馬の代金その物も掛かっただろうし……。
いかん、人の趣味に口出ししてしまいそうだ……自重しろ私。
○フィオ・ウダイ 以下私見に塗れた紹介。正しさは保証せず。
陳宮が元。
曹操の配下で凄く仲が良かったらしいのに、何故か突然裏切って呂布の配下となり、そのまま転落人生を歩んで死んだ人。
最後は曹操が泣いて惜しみつつ死刑させたとも。
色々と不透明な人物。その所為で物語の場合はかなり好き勝手に改変されがち。
呂布配下で重要な将軍と仲が悪かったらしく、社交性に難があった可能性在り。
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