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ラスティルの熱く滾る思い2
ソウイチロウの言葉によって作られた三人の心配を少しでも減らそうとするかのように、ジョイは努めて明るい声を作って話し始めた。
「まぁ、何処で誰を探そうがアタイが文句を言う事じゃないけどさ。とにかくラスティル、こいつらは暫くの間アタイの下で働いて貰う。で、だ。こいつら、特に配下のロクサーネとアシュレイは相当の武人らしいんだよ。お前は近頃相手が居なくて詰まらなかったんだろ? 一緒に鍛錬してみると良い。
それと、お前は主君を探していたはずだ。本当ならアタイの下で働いて貰いたいが、他の所に行かれる位なら、世の中がどう動こうが一番信頼出来るユリアの配下になって貰った方が安心できる。どういう人物か良く見てみると良いさね」
有り難くも迷惑な心遣いといえる。
ラスティルは苦笑した。
とは言え確かに良い機会ではあるし、ジョイの考えも至極当然の部類である。
ライルからの文でも、誰かの配下になっているのならば紹介出来ないかもしれないと書いてあった。
世情が段々不穏になって来たため、領主たちは余り自分の領地や配下について人に教えたがらなくなってきたのだ。
領民の反乱が起こった時に、自分の将軍が引き抜かれて居なくなっていては堪らない、という訳である。
ジョイとしても、どうせ引き抜かれるのならば協力しあえそうな相手に引き抜かれて欲しいというのは当然であろう。
それ位はラスティルも良く分かっている。
「お気遣い有り難く、ジョイ殿。では、ロクサーネ殿にアシュレイ殿。明日にでもお相手を願えますかな?」
「はい、ラスティル殿は槍の名手だと聞いております。実は自分も楽しみなのです」
「オラもだ! ロクサーネ姉貴は良い相手だが、やっぱり偶には違う相手ともやりてぇしな」
三人は、心から楽しみだとそれぞれが満面の笑顔を浮かべた。
***
次の日の朝、鍛錬場には木で出来た鍛錬用の、ラスティルは槍、ロクサーネが偃月刀、アシュレイは矛を持っている姿があった。
ラスティルとロクサーネが十歩の距離を置いて武器を構えて向き合っており、アシュレイは不満そうに地面を武器で突いていた。
「参る」
「来られよ」
そう声を掛け合うとロクサーネが、長く色の濃い金髪が残像のように見える速度で真っすぐ走り、十歩の距離を三歩で消費して作られた運動量をそのまま偃月刀の先端に乗せてぶつけた。
この一撃で、彼女は戦場で何人もの敵を斬ってきている。
得物が木であっても、何処にでもいる腕自慢程度ならば受け損なうという自信のある一撃であった。
それをラスティルは受けた。
だけでなく、ほぼ同時に得物を回転させ柄の部分で打ち払う。
!
斬撃を流されただけでなく、打ち払う力も加えられて崩れそうになる体軸を無理に戻す愚を避け、力に沿って足を動かして回り込んだ時には相手の槍が飛んで来た。
首筋、腹、胸、足、槍の軽さと間合いを活かして遠くから突かれる。
ロクサーネもただ受けるのではなく、相手の姿勢を崩してやろうと、槍を横から殴りつけるようにして逸らし続け、六回目でやっと成功しお互いが離れた。
「今の突き、幾らか手加減したのでは?」
「お互いさまであろう。幾らなんでも正面から真っすぐ来るのは拙者を試し過ぎという物」
「ロクサーネ姉貴! 舐め過ぎだ! 失礼だぞ。自信過剰なのが姉貴の欠点だってソウイチロウ様も言ってただろ!」
「……黙っていなさいアシュレイ! ソウイチロウ様が言ってたのは他の人を軽く見ないようにってだけですよ!」
それは大体一緒では無かろうかとラスティルは思ったが、世慣れている彼女は言うのを差し控える。
「まぁ、ロクサーネ殿が拙者に大きく劣りはしないと分かった。次からはきちんと気を入れるよって安心して頂きたい」
「幾らなんでもその挑発はあからさま過ぎですよ。そんなに言わなくても、自分の方が少しだけ腕が上だと分かって頂きます。安心してください」
うむ。ばっちり挑発になってるな。
ラスティルは満足であった。
「あ、駄目だぞロクサーネ姉貴! 次はオラの番だ。ほら、砂時計が落ち切ってるだろ」
「……今夜の酒を少し譲ってやるからもう少し時間をくれませんか?」
「駄目だぜ! まだまだ鍛錬は続くんだ。セコイぞ姉貴」
ぐぬぬぬ……無駄話さえしなければ……と義弟に聞かせるかのように呟く義姉を放置して、アシュレイがラスティルの前に立つ。
姉を見て学んだアシュレイは会話に時間を割いたりせず、しかし姉のように真っすぐ踏み込み、長い得物を横に薙ぎ払う。
ラスティルは反応し、確かな自信を持って槍を構え、想定外の力によって体が宙を舞った。
自分から飛んだとは言え、これだけ自信を持った受け方をして尚体を浮かばせられる等初めて見る剛力である。
「驚いた……ロクサーネ殿も拙者より力があったが、そなたはそれ以上だな」
「オラ、ちからで負けたことは無ぇんだ。って、話すのは後で良いじゃねぇか。やろうぜ」
「ああ、そうだな。では、来い」
突いてくるアシュレイを待ち受け、踏み込んできた出足を薙ぐと見せ、ほんの少し乱れた矛を槍で払う。
相手の態勢が少し崩れたの感じても、攻めずに見送る。
その意思はアシュレイにも感じ取れた。
余裕? つまり舐めているのか?
二合やりあっただけで?
その考え違い、正してやる。
更に深く踏み込んだ。
さっきの一撃で相手よりも自分の力が上だと知れている。
どんな受け方をしようが、今度は木で出来た槍程度叩き折ってやる。
その意思は大きく振りかぶった矛から誰にでも読み取れただろう。
そのまま振り落とした。
木で出来た槍所か、鉄で出来た槍さえへし折りかねない一撃だった。
が、ラスティルが半歩中に入ると矛は空転し、土を叩いてしまう。
同時に振るわれた槍がアシュレイの足を刈り、転げた所で槍先を首筋に置く。
アシュレイは短いオレンジの髪に土がついたのにも気付かない程悔しく思うが、勝敗ははっきりしていた。
「うむ……その、なんだ。アシュレイ殿、何歳だ?」
「……十五歳だ」
「そうか……。まぁ、言わずとも分かろう?」
「全くですよアシュレイ! ソウイチロウ様にも言われたはず! 直ぐに頭へ血を昇らせるのが欠点だと! あんな見え見えの一撃、ラスティル殿を雑兵だとでも思ってるのですか!?」
「うっせーぞ姉貴! ソウイチロウ様が言ったのは、どんな時でも冷静になれって事だ! 虚言を翻すんじゃねーよ!」
それは弄すでござろう。と、思ったがラスティルは何も言わなかった。
昨日今日あった人間の間違いを、指摘しない程度には擦れていたので。
「まぁ、アシュレイ殿は少々力に頼り過ぎではあるが、その若さでこの強さは驚異と言えよう。戦場での働きであれば拙者以上になるかもしれんな」
「但し、雑兵相手なら。ですよね? こやつの武の才能は確かに素晴らしいのに、これ程落ち着きがないのでは……本物の騎士相手では負けてしまいます」
「それ故の鍛錬でござろう。何にしろ拙者としては嬉しく思う。突然同格の鍛錬相手が二人も増えたのだから。お二人ともよろしく頼む」
実際ラスティルは嬉しかった。
サポナ領では自分に次ぐ武人は領主のジョイになってしまう。
当然しょっちゅう鍛錬に付き合わせる訳にも行かず、鍛錬相手に飢えていたのだ。
ずっとあった焦燥感も大きく減ったのを感じる。
だが、無くなった訳では無い。
二人はあくまで自分と同格。
人間を超えてるとまで、表現される物ではない。
勿論、ライルが虚言を弄していたり、何かの勘違いの可能性があるのは分かっている。それでも……。
自分を遥かに超える強さ、人間とは思えない程の武。
そんな物があるのならば、どうしても見たい。
アイラ・ガン、どうかライルの言葉通りの武将であってほしい。
思いは消えず、残る。
ロクサーネとアシュレイは強いだけでなく、気持ちの良い人間であり、共に鍛錬をし、戦に出ながら公私ともに親しくなっていった。
しかし、アイラ・ガンという名前が頭から離れる時は無かった。
○ロクサーネ 以下私見に塗れた紹介。正しさは保証せず。
関羽が元。
職業門番とかだったのに、神になった。
しかも演義では身長216cmとなってる。若い頃は貧乏だったわけで、そんなに大きくなれる程栄養を取れなかったのではないかと思うのだが。
プライド超スーパー高い。高すぎて死ぬくらい高い。
兵に優しく貴族に厳しかったから死んだとも。
髪ではなく髭が命。神なのに。
○アシュレイ 以下私見に塗れた紹介。正しさは保証せず。
張飛が元。
喧嘩が強いアルコール中毒患者。というのが演義での印象。
実際に酒に飲まれていたかは全くの不明。
だが、部下にとっては大変難儀な上司だったもよう。
部下をしょっちゅう死刑にしちゃう位厳しく扱ったらしい。
貴族相手には丁寧だったが、兵相手に厳しかったから死んだっぽい。
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