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オウランとの話し合い1
馬具の最終試験から三日が経った。
ここ数日オウラン様には馬具を渡しても、家族であろうが話を漏らさないであろう人の人選や、馬具を使って出来る事を考えて貰っている。
私はというと、計画に起こるかもしれない今後の問題点について考えている。
最も怖いのは……私のような人間が他にも居たら、という事だ。
杞憂その物という気もするが。
幾ら私が唯一の例外なんて在り得ないとは言え、確率論的に言って……うんぬんかんぬん。
次に怖いのは……私自身だな。
何かで考えをポロッと漏らしてしまうと、計画が遅滞するだろう。
馬具をケイの人間が使い始める程度なら、問題無いと言えばない。
しかし、私の考えの全てがバレてしまうと……不味いな。
まぁ、感づかれた上に拷問でもされないと在り得ないから大丈夫か。
酒には気を付けようと思う。
他には……ケイに革新的で強力な王が産まれると、面倒か。
曹操、信長、アレクサンダー。そこらみたいなやつだ。
イルヘルミ、あいつが邪魔になるかもしれん。
あるいは、ビビアナ・ウェリアも邪魔か?
噂では領民から慕われており、圧倒的な富と兵を持つと聞く。
というか、唯一の公爵だ。
帝王の力が弱まっている現状、ケイ帝国最強だろう。
救いは、従弟のマリオ・ウェリアとの仲が微妙らしいってこと。
ウェリア家の主家をどっちが継ぐかという継承問題で争いが起こってしまい、仲が悪くなったんだってさ。
このマリオ・バロテッ、間違えた。
マリオ・ウェリアは侯爵。現状帝国第二位の力があるのだと。
ウェリア家……恐ろしい家……。
何にしろ、油断はもっての外である。
ケイ帝国がまんま中国の歴史を辿るのなら、勝ち確だと信じてるが……。
私というイレギュラーが与えた影響も、現状は小石程度で何も起こらないはずだし。
しかし、ケイ帝国自体が、或いはローマっぽいマウ国といった外国が私の想定外な動きをすれば、計画が吹き飛ぶ可能性はある。
出来ればこのままオウラン様の所に居たいが、駄目だな。
此処に居ると、外の情報が殆ど入って来ないんだもん。
生活が氏族の集まりで殆ど完結しており、人の行き来が殆ど無いのである。
お茶の売買でランドまで行くようになる為、幾らかは変わるだろうけどそれだけでは足りない。
少しでも情報を早く多く掴むために、当初の予定通り私自身がケイの何処か、まずはカルマの配下として生活するか。
私自身はこんなもんだな。
後は、オウラン様と今後について話しをしなければ。
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オウラン様と、ジョルグさんに内密の話があると言って天幕に呼んで貰った。
中々信じがたい話になるかもしれない。
散々話し方は考えたが……さて……。
今納得させる必要はないし……とにかく誠意を持って話すの一手か。
そうすれば、私の予想通りの結果が出た時に、話を聞いてくれる確率が高くなる。
「時間を割いて下さり有難うございます。まず、あの道具について何か新しく感じた事はありますか?」
「使えば使う程に素晴らしい道具だと感じています。我々遊牧民にとってこれ以上無い物だと。ダンさんにはどうお礼をして良いか分かりません」
お、おお?
敬語?
「そう言って頂けると、嬉しいのですが……えーと……その、オウラン様、口調が変わってませんか?」
「賢人に対して敬意を払うのはケイ人だけではないぞダン殿。貴方は我らに多大な貢献をして下さった。既に身内以上の恩人だ。貴方が裏切らない限り、身内として、賢人として当然の敬意を払いたいとオウラン様も我々も考えている」
それはそれは、本当に有り難いね。
……賢人ってのはちょっとアレだが。
「つまり、裏切るなと仰ってるんですねジョルグさん? 一応言っておきましょう。無駄な心配です。私が貴方達に不利益を与える事は、拷問にでも掛けられて強制されない限りありえません」
「あ、ちょ、ジョルグ師範! そんな言い方は止めて下さい。ダンさん、えっと違うんです。疑ってる訳じゃないんです。裏切る相手に力を与える人なんて居ませんから。ただ、どうしてこれ程の物を与えて下さるか分からなくて」
うん、どっかのゾルなんちゃら家のビアンさんみたいな人は滅多に居ないよな。
私も空想物で良いのなら、将来の敵を援助する話を知ってるが現実の歴史では知らん。
謙信の塩を送るってのも、事実はちょっと違うしなぁ。
「一応私としてもお願いみたいな物はあります。それは後でお話ししましょう。それにしても、身内ですか……有り難い。オウランさんとお呼びしても良いでしょうか?」
「はい勿論です。今後ともよろしくお願いしますねダンさん」
あらやだ、素敵な笑顔。
私が後五年若かったら告白してたかも。
デレデレして居られないのが残念だ。
「まず、先ほどジョルグさんが私の扱いについて、我々と仰いましたが……私があの道具とお茶を作ったのを、多くの人に話してしまったのでしょうか?」
「い、いや。そのような事は無い。我らオウラン氏族の先行きを決める話し合いにどうしても必要な五人ほどにしか話していない。……何故そのように怒るのだダン殿」
ゲ。
怒ってたか……。
それはちょいと身の程知らずだ。
顔を擦って気を取り直すとしよう。
「失礼しましたジョルグさん。怒ってるつもりは無かったのですが……。オウランさんにはお願いしてあるのですけど、お茶とあの道具を私が作ったのは誰にも知られたくありません。特にあの道具は存在自体を知られないよう万全の注意をお願いしたい。
以前お話しした以外にも、使う場合は一度の戦いで相手を完全に服従させ口止めを。他の部族やケイ帝国の人間に伝えようとした者は、身内の者であれ殺した方が良い。さもなければ、あの力がそのまま皆さんを殺す為に使われかねない。同じ理由でケイの者を相手にする場合には絶対使ってはいけません。見た者を皆殺しに出来れば良いのですが、絶対には無理でしょうから」
「つまり、あの道具を使って良いのは獣人を相手にする時だけだと?」
「はい。草原で起こった出来事はケイまで伝わり難いけど、ケイで何かが起こると直ぐ諸侯に知れ渡るでしょう? 話を聞いた貴族が皆さんに目を付ければ何をするか分かりませんから。それにその時、私の名前が出てしまうと私の命が危なくなってしまうんです。
貴族があの道具を使った皆さんに負けて、その原因を作った奴が私だと知れば、殺したくなっても不思議は無い。だから私の名前は出さないでください。もしもあの道具をどうやって考え付いたのか聞かれたのなら『遥か西の遊牧民が使ってるのを旅の商人辺りから聞いた』と、言って頂ければ有り難い。実は私もそうやって発想を得ましたので」
現時点でも中央アジアの遊牧民、スキタイ辺りでは使ってる部族もあったはずだ。
地球の歴史では、だが。
少なくとも嘘と見破るのは不可能だろう。
「分かり、ました。確かにそれだけの価値を感じました。誰にも漏らさないように努力するとも約束します。ただ……出来るだけ争いは起こらないようにしたいのです。そんな事になればどうしても死者が出てしまう」
む、オウランさんがここまで権力志向の無い人だったとは。
不都合……かもしれない?
……いや、何事も一長一短。
どちらかというと長所だろう。
力が好きだと溺れやすい。
秀吉みたいになりにくいのは有り難い事だ。
だが、残念ながら富も、戦力も、戦いを招くのだ。
それがなくとも直ぐ隣であるケイが政情不安となれば、必ずこっちも影響される。
その事を考えて貰わなければならない。
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