挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
戦乱の帝国と、我が謀略~史上最強の国が出来るまで~ 作者:温泉文庫
22/146

リディアへ別れの挨拶を

 ティトウス様へ正式にお暇して、カルマ・トークの所へ向かいたい意思を伝えた。
 しかし、今から向かえばトーク領に着いてすぐ真冬になると言われ、まだリディアに話せる内容があるのなら雪が融けてから向かった方が良いと教えて貰った。
 確かに真冬の旅行は勘弁。
 しかも私はトーク領に着いてすぐ、更なる北に住んでいる獣人達の所へ行くつもりなのだ。
 私はお言葉に甘えて、半年程お世話になりつつゆっくり準備をすると決めた。

 考えてみるとやりたい準備も多くあった。
 トーク領の気候、植生、風土病の知識。
 住んでる人々がどんな性格か、トーク領の権力者たちについての下調べ。
 他にもカルマと出会うまでのシュミレーション、直接会話する際のフローチャート作成。
 お暇を告げる前にしっかり考えろという話である。

 最大の権力者は二人。
 カルマ・トークと、その妹にして軍師であるグレース・トーク。
 二人とも二十代半ばの女性と来たもんだ。
 若いのに大したものだってばよ。
 かくいう私も、肉体的には十六、七の若造だったりするんだが。

 あれ? つまり、私の評価って若年ながら落ち着きがあるとか下駄履かされてるんじゃね?
 ……実際の十六、七みたいに急成長出来る自信は無いぞ。
 ああ、でも、未だに残ってると日々感じている平和ボケを無くせば、急成長したも同然かも。
 平和ボケは本当に何とかしたいが……何ともならん。
 ただ機会を逃さないようにして少しずつ削ぐのみであるな。
 とりあえずは豚等の肉を食べる際の解体作業から始めている所だ。

 機会で思い出したのだが、ローマっぽい国である遥か西の国マウの人と会って会話が出来た。
 バルカ家のツテで。
 あんまり自信は無いのだけど、五賢帝の時代は過ぎてそうだ。
 なんか、何代にも渡って立派な帝王が続いたのに、今の一番偉い人は自分の事を過去の英雄であると自称して剣闘試合に出てるとか言ってた。
 すんげー嘆いてたし、賢帝と言われる人じゃあるまい。

 忙しくしながら、リディア様にネタ切れ寸前となってきた自然科学の知識を、貧乏性の人間が必死こいてチューブから捻りだすようにして教えてる間に半年が経ち、明日はトーク領に立つ日となった。
 今私はリディア様に別れの挨拶をしている。

「リディア様、一年以上の長きに渡りお世話になりました。私のような者を雇って頂いた上、厚く気遣ってくださり感謝の言葉も御座いません」

「先生、いえ、もう先生ではありませんな。ダン殿、まだ話を聞かせて頂きたいと私は思っております。まだ冬は残っていますし、もう少し滞在されても良いのでは?」

「それが、実はもう話が尽きそうでして。ここ半年も段々話の質が下がっているのでは、と戦々恐々の毎日を」

「それはそれは。律儀で結構。しかし心配は無用です。今朝の話、遥か西にあるかもしれないというぴらみっどの話まで私は満足しております。相変わらず何処から来たのかも分からないお話をご存じだ」

「は、はい。風の噂程度の話で申し訳ありません。もし機会があればマウ国の人間に聞いてみてください。もっと詳しい話を聞けるかも。……さて、カルマ様への紹介状誠に有難うございます。ティトウス様にも是非宜しくお伝えください」

「その書簡、ダン殿の安全に配慮して貰えるようにも書いてあります。身を慎んでいればある程度の効果はあるでしょう」

 なんとまぁ……。頭が上がらんね。

「それは……重ね重ね有難うございます。バルカ家の名を辱めぬように気を付けます」

「それがよろしい。ではいよいよ明日でお別れとなりましたねダン殿。もし可能であれば、幾つかお教え願っても?」

「何でしょうかリディア様。私に教えられる話などもう思いつきませんが」

「さて……それはどうでしょう。ダン殿、トーク領へは何をしに?」

「カルマ様がどんな人物か見たいと思いまして。それと私は獣人の生活がどんな物かしりません。現地で見聞きしたいのです」

「では、先日のイルヘルミ殿が私を害すかもしれないというお話、彼女を見ただけでそう思ったので?」

「……過去、将来の敵を早めに摘もうとした話は幾らでもあります。そして有能な部下を恐怖して殺した君主も。確か、アーク・ケイ様もそのような事をなさいませんでしたか」

 アークって人について残ってる話は本当劉邦そのものだった。
 元ヤクザだし、負けても負けても戦ったし、晩年は配下に嫉妬しまくりである。
 ちなみに韓信らしき人はハースって名前だ。
 不遇に我慢できず愚痴っちゃってアークに殺された。

狡兎死(こうとし)して走狗烹(そうくに)らる、ですか。ダン殿、ハースをどう思われますか?」

「正に私の理想です。能力はとても無理ですが、せめて心がけは近づきたいものです」

 出世して調子に乗るまでは、ハースさんちゅーか韓信はマジカッコイイ。
 めっちゃ誇り高いのに、必要な時はチンピラの股の下を匍匐前進出来る。
 とは言え、あの厨二病寸前、いや、厨二病そのものと言えるほど自分を特別視したメンタルはあれだが……。
 入社一年目からクリエイティブな重役の仕事がしたいって言って会社辞めちゃうんだもん。しかも二社。
 いや、自分の上司を大帝国の帝王にするという結果を出したのだ。
 厨二病ではなく、皆に馬鹿にされても正しい考えをきちんと持ち続けたと言えよう。
 ……あれ? やっぱり見方によっては勘違い寸前だから、心がけも近づいちゃいけないような……。
 で、でも、何があっても諦めずに志を持ち続けたのは見習いたいし……うーん……。

股夫(こふ)がお好き、と。……ダン殿、最初に仰った歴史、政治、軍について全く知らないというのは嘘ですね?」

 ひぅっ。

 ……調子に乗って喋り過ぎた。
 だが、大した話じゃないはずだ。
 全てこっちに来てから聞いた話なのだから。

 ただ、こっちにも後ろ暗い所はある……態々面白いだけで使えない知識を教えてた訳だからな。
 そして、私が持ってる使える知識というのは1800年後の革新的な知識だ。
 所詮素人だから穴だらけだろうが、その筋の人へのヒントとしては、正しく殺してでも奪い取る価値がある知識……気付かれれば命の危険まであると考えている。

 とは言え、そんなの分かる訳が無い。
 塾の先生が、実は偉い大先生だとしてもニュースにでもならない限り誰一人気付かないのと一緒だ。
 落ち着け、こっそり深呼吸をしろ。
 頼むから冷や汗とか浮かばないでくれよ。
 今は冬なんだぜ……。

「嘘と言いますか……門番の方にそういった物についてリディア様がどれだけ詳しいかを聞きました。実際私が知っているのは少しの故事だけ。リディア様に教えるなどとても不可能ですので、あのように申し上げたのです」

「確かに、この程度ならば民草でも知っている者は居るでしょう。では、先日頂いたイルヘルミと私の関係に付いてのお話しですが、それも過去の故事から考えておられたと? どの故事からお考えだったのかご教授願いたい」

「……特に故事はありません。誰だって、自分に危害を加えるかもしれない人は居なくなって欲しいでしょう? 貴族の方々ならより直接的な手段を使うだろうと思っただけです」

 「誰でも、ですか。ダン殿、そんなに焦る理由はありません。私は十二歳の小娘で、貴方の元生徒ですよ? まともな貴族ならば早々理不尽な真似はしないと既に知っておりましょう?」

「焦ってなど……おりません」

 髪が湿気てるのを感じながら言うこっちゃない。
 別に危険視されてる訳では無い。はず。
 自意識過剰過ぎる。
 こんなに慌てるんじゃないよ私。

「どうぞ。こちらの布で汗を拭いた方がよろしい。まぁダン殿、又お会いする機会もありましょう? その時には色々お教え願いたい」

「は……有難うございます。使わせて頂きます。もうお教え出来る物は無いように思えますが、地方の土産話でもありましたら……むしろ私こそリディア様のお知恵をお借りしたくなるかもしれません。上司との人間関係とか。私、仕事場の人間関係に自信がありません」

「土産話、それは良い。トーク領の話を直接聞くのは難しいですから。人間関係は私も自信はありませんが、私の分かる範囲でならお助けしましょう」

「有難うございますリディア様」

「所で、イルヘルミ殿にもしも功績を建てる機会が与えられた場合、彼女が子爵領を得られる確率、それと彼女が私を殺そうとする確率はどれ程でしょうか?」

 まだ続くんかい!!
 もう終わったと思ったのに!
 油断させて其処を突くとか止めてくれ。
 それに答えたく無いぞこの質問。
 ちょっと言ってみたのが偶々当たった程度が理想だったんだ。

「それは……その……」

「ダン殿。誠意ある返事を聞ければ私は好ましく思う。命を左右すると思ったから意見をくださったはず。徹底されるのをお勧めします」

 凄まじく追い込まれてる。
 コスイ計算をして余計な事を言ってしまったかもしれない。
 計画の不確定要素が多くて、自分の生活に対する保険の為と、上手く行けばバルカ家へ恩を売れると思ったのだけど。
 ……どうか、リディア様が本当に好ましく思ってくれますように。

「イルヘルミ様が、子爵領にまで領地を増やす確率は、六割を超えると思います。そして、リディア様が配下になるのを断り続けるのなら……命を狙うと限らずとも、九割がた大きな面倒が起こるように感じました」

「九割。……くふっ。子爵家の子供である私に命が狙われる確率を九割と仰る」

 口だけで笑ってるのが凄く怖い。
 ……だが、どう見てもあのイルヘルミという人は面倒な人にしか見えなかった。
 世間一般の良識なんて、使い古された台拭き程度の価値しか見出さないタイプに。

「い、いえ。命を狙われるとは限りません。ただ、イルヘルミ様にとってリディア様が危険な存在とならないよう、どんな手段でも取る人に見えましたので……」

「成る程。誠実な答え有り難く。さて、明日ご出発になるというのに時間を取ってしまった。トーク領はまだ寒い。ご健康にお気をつけて。また会える日を楽しみにしております」

「有難うございますリディア様」

 私は必死になって冷静さを装い辞去した。
 部屋を出て直ぐに暗がりへ行き、足を伸ばしてすわりこむ。

 かなり、きつかった。
 十二歳の少女からこんなに精神的プレッシャーを受けるとは……。
 いや、相手が悪いんだけど。
 何か変な言葉を口走って無ければ良いのだが。
 はぁ……、明日から旅なんだ。早く寝ないと……。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ