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戦乱の帝国と、我が謀略~史上最強の国が出来るまで~ 作者:温泉文庫
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イルヘルミ・ローエンを見た日2

 イルヘルミから熱烈なラブコールを受けても、正面からは見えない首筋の鳥肌程度しか動揺を見せないリディアを心から尊敬する。
 こいつ、十一歳で既にヤル時はヤルという凄みを持っている。
 我が雇い主にて生徒よ、他人事のようですまん。
 ぶっちゃけ怖い。
 その戦いにはとても付いていけない。

 私が後十、いや、二十年若ければ、美少女に対する少量の意識した下心と多量の無意識下の下心によって、後先考えずかばったかもしれない。
 その場合は、確実に問題を面倒にしただろうな。
 本当に問題となれば、剣を持った護衛の方がどうとでもするのだ。
 だから、私が隅っこで見てるのは正しい。
 ビビってるからだけが理由じゃないのだ。うん。

 まぁ、そんな言い訳以前の問題として、私にこの十一歳よりも正しい判断は無理っす。

「毎日、ですか。つまりは仕官しろと仰ってるのですねイルヘルミ殿。申し訳ありませんが、求められた場合は全て断っております。私は机上の考えのみに偏った非才、修正するまでは誰にも仕える気は御座いません」

「そうか……まだ、誰の元にも仕えてないのだな?」

 う、うわぁ、うわあああああああああ。
 なんでそんなに嬉しそうなの!?
 あああ……リディアがゆっくりと、しかしここからでも分かる程の力を込めて手を振り払った。
 鳥肌はまだ収まっていないように見える。
 どうなるのこれ。

「大体、部下になれと仰いますが家格的に少々身の程をご存じないと言わざるを得ません。バルカ家の人間がローエン家の人間になど。逆ならばおかしな話でもありませんが」

 ガッ!

「きぃっさまあああああ!! イルヘルミ様の誘いを拒否した挙句!!! 部下になれだと!? バルカ家だと思って耐えていれば調子に乗りおって小娘がぁ!! そこを動く、ゲハァッ」

 いきなり叫び、椅子を蹴倒して立ち上がった男の脇腹を女性が殴りつけた。
 おいおいおい。今、この男短刀に手をかけてやがった。
 う、うわ、こっちの護衛も武器に手をかけてる!

「な、何をするんだラビ!」

「ジョコ、イルヘルミ様から決して騒ぐなと言われていたよね? お前はそれに約束したはずだぞ」

「しかし、この小娘が!」「ジョコ」「は、はい! 何でしょうかイルヘルミ様!」

「これ以上騒ぐのなら、十日は一人で寝るのを覚悟せよ」

「わ、分かりました。どうか、お許しください。それでは尻が疼いてしまいます」

 そ、それってつまり、男女なのに立場が逆……。
 こいつら、なんなんなん?
 噂で聞いた時に、男性とそんなに親しかったら出産が多くて、男爵として働くのは大変そうだからデマだとおもっていたが……。
 そういう解決法だったとは。

 街で噂を聞いた時、どうせ赤くなった上に角付いてんだろ。
 事実は普通の緑に決まってる。と、思っていた。
 実物はシナンジ○じゃねーか!
 幾つ世代超えてんだよ!

「配下の非礼を詫びようリディア殿。さて、幾つか質問に答えてほしい。ケイ帝国はこれからどうなると思う?」

「失政をしてる領地では問題が起こるかもしれませんな。ただ、イルヘルミ殿は良く治めていると聞いております。関係ありますまい」

「くふっ。いきなりそれが出て来るなんて焦ってるのか? 表情は変わっていないのに……可愛い子だ。そう言うのなら分かっているようだな。この国は末期。官僚の腐敗は限界を超えている。小さな刺激で民は爆発し、失政をしていない領地も巻き込まれるであろう。なのに、王軍にそれを止める力があるかは疑わしい。
 500年前のように乱世が来るかもしれない。信じられるのは自分の力だけの時代が。
 なぁリディア殿、全部分かっているのだよな? わたくし達はこれから必死に生き残るため戦わなければならないかもしれぬ。しかし、わたくしと貴方が共にあれば負けるのは想像するのも難しいと思わんか? わたくしが今まで負けるかもしれないと思ったのはリディア殿だけなのだから。
 それにリディア殿、貴方の飛び抜けた才を使いこなせるのはケイ広しと言えどもわたくしだけぞ。それ程に貴方の才能は傑出しているのだ」

「私が働き出したのはここ半年程の事です。才能があると決めるのはあまりに早計。私としては貴方の人物眼に疑いを持ちます」

「その半年が問題なのだよ。もう分かっているとは思うが、今日本当は貴方を見に来たのだ。わたくしにはこの二人と言う武はあっても、信頼出来る智が居ない。
 だからずっと探していて、貴方にもずっと前から目を付けていた。でも、評判を聞いてまだ若いと感じていたから接触しなかった。なのに、その評判はここ半年で変わった。十一歳がたった半年働いただけでこれ程成長するなんて……。我慢できなくても仕方ないと思わぬか?
 このまま名を馳せれば、貴方の周りには真価を理解しない者達が群がるであろう。しかもそいつらが重用するとは限らぬ。若さに目がくらみ、詰まらない仕事をさせもしよう。わたくしなら違う。軍師として全てを経験させてやろうとも。貴方ならかの大軍師リウを超えられるぞ。そしてわたくしに大業を成させてくれるのだ。どうだリディア殿、胸が高鳴ってこぬか?」

「……イルヘルミ殿、答えは変わりません。バルカ家の人間がローエン家に仕える等ありえない話」

「そうか……。ならば仕方がない。確かに今わたくしには貴方に強制する力は無いからな。だが、必ず貴方を手に入れて見せよう。わたくしは有為の人材に目が無いのだ。
 今日は本当に楽しかったぞリディア・バルカ殿。どうかわたくしがどれ程貴方を想っているか忘れないで欲しい。何時でも我が街と我が家の門が貴方の為に開けられているのを」

「お前たち、イルヘルミ殿がお帰りだ。送って差し上げろ」

 イルヘルミは最後にリディアへ笑みを向けた後去っていった。

 これが、イルヘルミ・ローエンか。
 確か、三国志でも曹操が仲達に出仕を求めて断られるという話はあったが……。
 流石にこれじゃないよなぁ?
 幾らなんでも酷……怖すぎる。

 それにしても、貴方なら史上最高の軍師リウを超えられるなんて正に曹操が言いそうな台詞だよなー。
 配下を褒め殺して全力でコキ使うのが私の考える曹操スタイル。
 配下からの信望も凄まじい物があるみたいだし。あれは何か違うと言いたいけど。
 とりあえず、このイルヘルミは三国志最高の天才曹操くらい怖いと思っておこう。
 過小評価よりは過大評価の方がよろしかろーて。

 あ、いや、待てよ?
 イルヘルミのあの性格、リディアへの執着、あの後の時代を見据えていた言動を考えると……。
 ……考えすぎか? でも、忠告するだけなら……それに俺がイルヘルミの立場ならそうする。うーむ。

「先生」

「あ、はいすみません。お皿を運びます。厨房で良いのでしょうか?」

「いえ、違います。リディア様がお呼びです」

「えっ。えーと、私室でよろしいのでしょうか」

「ええ。お急ぎなさい」

 私がリディアの部屋に入ると、部屋の外から人が去る音がした。
 何か誰にも聞かれたくない愚痴でもあるのかな。
 だとすればその気持ちはよーく分かる。

「先生、失礼します」

「え、何がですか?」

 リディアは答えず、私に抱きついてきた。
 う、うぐっ、凄い力だ。
 可愛い女の子だろうが、痛い物は痛い。

「先生、これほど気持ち悪いと感じたのは初めてです」

「う、ぐ、リディア様、確か、に、凄まじい人でした。そして、それに対して、立派に、ぎゅぐ、対応されたリディア様に心から感服しまし、た。所で、ほんと、本当に情けないのですけど、力を緩めてください。下手したら、吐いてしまいます」

「おお、これは失礼」

 と言うと力を緩めてくれた。
 つまり、柔らかく抱きつかれてるとなる。
 ……。
 これはこれで危険。
 下手したら不随意筋が緊張を。

「先生、ご忠告して頂けたのを感謝しております。元々はイルヘルミに護衛が居なければ殆どの者を下がらせる予定でした。有難うございます」

「え、あ、はい。お役に立ったのなら嬉しいです」

 こう、頼られる保護者の立場で何ですが。
 柔らかいっす。
 さっきの力をこの柔らかい体で出せるとは、どーなってんの?
 魔力……け?
 まぁ、龍の玉を集める人々に比べれば何てことは無い異常性だけどさ。

「……先生、どうも気を散らしているようですが、何をお考えで?」

「素数を数えております……」

「はぁ、それはまた何故?」

「そうすると良いという噂がありまして……」

「……何時でも先生は奇妙ですな。ですがお陰で落ち着きました。どうぞお部屋にお戻りください」

 ぬっ、それはそれで残念。
 い、いや、十一歳の女の子に下心なんて抱いてないよ?
 でも、ほら、初めて甘えて……甘えて? くれたし。
 ちょっと惜しくても仕方ないよね?
 等と言う気持ちが表情に出ていませんように。
 自社計算に寄る所では、内心の95パーセントに達する心配が表情に出てますように。

「はい。では失礼します。……何か話したい事でも出来ましたら呼んで頂ければ、と思います」

「……そうですね。分かりました」

 リディアの部屋を出て少し歩き、安堵のため息を一つ。
 ふぅ……。ちと邪念を抱いてしまった気はするが、何とか不随意運動をしないで済んだ。
 私も中々出来てきたのぅ。と、思っておこう。

 しかし、イルヘルミもこの国が末期だと感じているのか。
 しかも、民の不満が原因だろうと。
 やはりこの世界でも黄巾の乱のような物がおこるのだろうか。
 そして、戦乱が。

 覚悟は……出来ている。
 いや、期待している。
 とは言え戦乱に巻き込まれ、苦しんで死ぬのだけは嫌だ。
 その点は気を付けて行きたい。
 つまり最低限さえ出来れば、苦しまずに死ねれば死んでも悔いなしなのだが……そろそろ行動していくべきだろうか。
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