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イルヘルミ・ローエンを見た日1
朝が来た。
イルヘルミが来る日と思って私は高揚してるが、他の人は皆何時も通り。
有名人が来るのだから、もうちょっと何かあっても良いと思うんだけど。
「リディア様、今日はイルヘルミ様が来る日ですよね? 何か準備をしなくても良いのですか?」
「準備、とは? 議論する場所である東屋は何時も通り掃除してあります。近頃は少なくしていると言えど、私と何らかの書物を論じたいというのは良くある話。相手が特別な家の人間ならもう少し家の者も慌てるでしょうが……先生こそ落ち着きがありませんね。何か?」
おやぁ?
私がおかしいのかな?
あー……。イルヘルミが庶民の間では有名人だけど、バルカ家よりは確か家格が下の家の出で……。
……いかんな。私はイルヘルミが曹操だと無意識に思っていたようだ。
それに曹操だとしても、乱世が始まっていない現時点だと大したネームバリューは無い。
いい歳して主観まみれで考えていた。
情けなくてションボリである。
「どうも街の噂話に当てられていたようです。失礼しました」
「……イルヘルミ殿は二時間程で来るかと」
「分かりました。準備します」
顔を洗って考えを改めるとしよう。
私の知ってる歴史とこれだけ違うってのに、自分の知識を無意識に信じ切ってるとは……。
前途多難だよチクショウ。
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二時間が経ち、やって来たイルヘルミをリディアが中心となって出迎える。
私は顔を隠し隅っこで頭を下げている。
ぐぬううううう顔を見たい。が、今は我慢。私は今一番の下っ端……って今だけじゃなくて何時もだな。
「こうしてお会い出来嬉しく思うリディア殿。わたくしはイルヘルミローエン。こちらの二人はジョコ・ジョリスとラビ・ジョリス。今日は時間を取って頂けて感謝している」
「リディア・バルカです。お二人がお持ちの書の山は?」
「ソンとゴンの書、まぁ、そういった話し合いたい書物になる。二人分あった方が良いだろう?」
「確かに。直ぐに始めますか?」
「勿論。時間を無駄にする気は無い」
「ではこちらへどうぞ」
四人が歩き出したので、その後を付いていく。
やっと後ろ姿だけでも拝めるぜ。
先頭に立ってリディアと並んでるのがイルヘルミだよ、な?
確か二十五歳くらいのはずだけど、身長がリディアと殆ど変わらない。
つまり、チビである。
確か曹操もチビだったような?
エルフになってるってのにその程度の共通点が何だって話だな。
ちなみに身長は変わらないが、イルヘルミがリディアと違って大人なのははっきりと分かる。
流石に真後ろからではお尻しか見えないが、横を向いてリディアと会話しながら歩いてるからね。
……うん、ちょっと横を向いただけで分かる程という意味だ。後は察してくれ。
髪は真っ黒。
古風に言えばカラスの濡れ羽色ってやつだ。
それを三つ編みにして纏めている。
ただこの髪型は……昔の恋を思い出させる。
レナス……。当時は私もホムンクルスが欲しいと心から思った物だ。
お供の二人は男と女か。
姓が一緒だったから兄妹なのだろうか。
女性は細くて分からんが、男の方は見るからに鍛えるのが趣味だと分かる体をしていて二人とも高身長。
男は、緑色の髪を戦る気を表現するかのような逆立ったスポーツ刈りにしていて、薄い緑髪である女性の方もベリーショートで動き易い髪型にしてある。
二人とも多分戦うのが仕事である騎士様だ。
ついでにいうと、騎士道なんてもんは無いと思われる。
戦いがお仕事の武人が騎士と呼ばれ、その中から将軍が出るってだけ。
騎士には腕力と、可能なら軍を率いる知力の二つだけが求められてます。
品性は……あんまりかな。
皆さん耳が尖がってるね。
ちなみに、エルフだからって生殖力が劣ったりはしないみたい。
まぁ、そうでないとリディアが八人姉弟になったりはしないわな。
って、痛っ!
あ、家政婦長さんすみません。
はい、座ります。
もう少しで座るのが遅れる所だったわ……。
そして、ついにイルヘルミを正面から見られる。
……スンゲー気の強そうな美人だ。
見た瞬間、あ、こいつ滅茶苦茶自分に自信を持ってる。と分かる。
おっと、又もや家政婦長さんに服を引っ張られてしまった。
いかんいかん、昨日教えられた通りに動かなければ。
話を聞くのはそれからだ。
「ここで壁に囲まれた街を攻めるは下策とソンは書いてるが、議論の余地が無い程正しいとわたくしは考えている」
「ほぉ。その言いようですと、この時代に攻城戦の御経験が?」
「農民の反乱で小さな壁とも言えぬ壁を持った町だがな。だというのに、野戦の三倍は諸々を消費した。勿論わたくしが攻城戦に慣れてなかったのはある。だが、それでも壁の力があれ程だったとは……」
「それは貴重な経験をお聞きしました。ケイ帝国全体を見ても、攻城の経験をお持ちの方は滅多に居ないでしょう。使われた手順など詳しくお聞きしたい」
「良かろう。まずは矢を放ったのだが、やはり高所に対しては効果が薄かった。そして梯子を……」
やっと分かる話が出てきた。
この国、まだ貴族同士の戦争は殆ど起こってないんだよね。
だから攻城戦は滅多に発生しない。
盗賊退治と農民の反乱だけが殆どの人の実戦経験っしょ。人のうわさで聞く分には、だけど。
いや、攻城戦は誤解を招くな。攻壁戦が感覚としては正しい。
城と呼ばれて思い浮かべるであろう物は実際の所単なる領主の家であって、防御施設では無い。
都市全体を囲う壁が壊され、中に入られてしまえばそれでその都市はほぼ陥落。
領主の館を占拠してこそ、という意味で、領主の家である『城』と呼ばれる建物を攻めとる攻城戦と呼ばれているのだと私は思っている。真実は知らネ。
確か……建物自体を防御施設にするような思想自体、西暦1000年程度にならないと産まれないんじゃなかったっけ?
この他にも、政治、内政、軍事。多岐に渡って活発に話されている訳だが……。
分かるっちゃ分かるのもあるけど、この国の常識が前提となっていて付いていけない部分の方が多いっす。
しかし、イルヘルミって人は凄い。
リディアは学者達と定期的に討論する専門家達の一員と聞いている。
貴族特権で入ってるのではなく、それだけの学識を持っていると。
そのリディアと建設的な会話が出来ているっぽいのには感心するしかない。
二人の討論はトイレ休憩、昼食を挟んで続けられた。
元々の予定では午前中のみと聞いてるから、リディアも楽しんでいるのだろう。
表情からは分からないが。
とはいえ流石に飽きて来た。
二人はまだ話し合ってるけど、御付きの人はどうなんだろう。
女性の方は、おお、二人の討論両方に耳を傾けているようだ。
分かっているのなら素晴らしい。
男性の方は……欠伸してる。
すっごい退屈そう……。
あんた戦うのが仕事だったら、二人の話は真面目に聞いた方が良いんじゃないっすか?
戦争について話してるのに。
脳みそマッスルって言われるよ?
「それにしても、流石は幼い頃から世に名高いリディア殿だ。こんなにも教えられたのは初めてだぞ。わたくしもこれらの書を愛読しているのに、そのわたくしよりも遥かに理解しているとは」
「お言葉ですがイルヘルミ殿、貴方は既に街を治める男爵として独立して忙しく働いておられる。一方私は殆どの時間を働かず、私塾巡りに多大な時間を費やしております。だというのにイルヘルミ殿の実体験に基づいた話には多くを教えて頂きました。感服するべきなのは私の方かと」
「それを言ったら貴方はわたくしより十は若いのだがな……。いや、そんな話は良い。リディア殿、わたくしは貴方が本当に気に入った」
イルヘルミが、リディアの手を握った……。
しかも、指の間に指を入れて握ってないかあれ。
「なぁリディア殿。貴方が欲しい。毎日貴方と天下国家について語り合いたいと思う」
I Want Youってやつだね。
第一次世界大戦のアメリカではこのキャッチコピーをポスターに使ったらしいよ。
あくどいね。
ってチゲエエエエエ!
余りの光景に現実逃避してた。
こええええぞこのイルヘルミって人。
美女が、唇を舐めながら十一歳の少女に迫るなんて。
リディアは大丈夫か?
う、うわ。良く見れば首筋に鳥肌が!
なのに表情は変わってないだと!?
なんて戦いだ……。
見てるだけでチビりそう。
○イルヘルミ・ローエン 以下私見に塗れた紹介。正しさは保証せず。
曹操(字は孟徳)
万能の天才。現実主義者。当時の常識を軽く踏み越えて行く人。何故か織田信長と被る。ゲームでの見た目もそっくりな事が多い印象。
三国志最重要人物にして、最高の能力を誇る人物。
司馬仲達好きとしては能力ならば互角と言いたいが、こっちは詩を作るのが滅茶苦茶上手い。総合値では大きく溝を開けられてると認めざるを得ない。
三国志の曹操以外誰が死んでも別に良いけど、曹操だけは死んじゃ駄目という位後の世に影響を与えたと思われる。
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