最新記事

中国社会

歴史的改革の農業戸籍廃止で、中国「残酷物語」は終わるか

2016年10月8日(土)17時07分
高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

Pillar Lee-REUTERS

<さまざまな社会問題を生み出してきた中国の戸籍制度がついに改革される。悪名高き農業戸籍は数年以内に廃止される見通しだ。これで多くの農民が救われるのか? 歴史的な出来事だが改革案の詳細を見ると、社会問題そのものの解決とはまだ距離があることが明らかとなった> (写真:福建省の農村の学校、2009年撮影)

(1)「世界の工場」中国を支える出稼ぎ農民たち。子どもたちは故郷に取り残され、旧正月にしか親と会うことができない。身を持ち崩して学校を退学。身体を売ったり、チンピラになったりする子どもも少なくない。

(2)高速道路で大型バスが交通事故、多くの乗客が死亡した。遺族に補償金が支払われることになったが、その額は一律ではない。都市住民に対する補償は多く、農民には少ない。戸籍によって命の値段は違う。中国の法律はそう定めている。

(3)毎月の住宅ローン返済額が月収を超えてしまう。何十年もかけて負債を返し続けなければならない。中国にはこうした「房奴」(住宅ローンの奴隷)と呼ばれる人々がいる。将来の値上がりを見込んで家を買う人もいるが、中には農業戸籍を捨てるために借金を抱えた人もいる。一部地域では発展が遅れた郊外で住宅を購入すると戸籍を付与する政策を導入している。いわば中国国内の投資移民だ。戸籍取得というプレミアムがついているため、住宅としての価値を超える値段がついている。戸籍を変えるために一生モノのローンを背負うことを余儀なくされたのだ。

 中国にはこうした"残酷物語"がごろごろしているが、その多くが農業戸籍に関連していると言っても過言ではない。初期チャン・イーモウ作品に象徴されるように「中国、農村、悲しい」という連想ゲームが成り立つほど。

【参考記事】知られざる「一人っ子政策」残酷物語

 その農業戸籍がついに廃止されようとしている。中国政府は2014年7月に「戸籍制度改革のさらなる推進のための意見」を発表し、農業戸籍と非農業戸籍(都市戸籍)の区分廃止という方針を示した。その後、各自治体で戸籍制度改革のガイドラインが次々と制定された。

 今年9月には、北京市が「北京市人民政府による戸籍制度改革のさらなる推進に関する実施意見」を公布。これでチベット自治区を除くすべての自治体で農業戸籍廃止の方針が明示された。今後、数年以内に"残酷物語"の源泉である農業戸籍は消滅することになるだろう。

農業戸籍廃止が"残酷物語"解消につながらないわけ

 大変素晴らしい話のように思えるが、面白いことに中国社会では歓迎よりも警戒の反応が目立つ。第一に、農民の権益が脅かされるのではないかという懸念だ。農業戸籍にはさまざまなデメリットがある一方で、農地と住宅用地の提供・農村共同事業の分配金というメリットも存在する。大都市近郊の村では共有地を企業に貸し出して、その分配金で農民たちは左うちわの生活という事例も少なくない。

【参考記事】「農村=貧困」では本当の中国を理解できない

 そこまでおいしい話ではなくても、自分の農地が取り上げられるぐらいならば都市戸籍なぞ要らないという農民は多数を占める。今回の戸籍改革は農地召し上げを意味しないと明記されているが、零細農民から土地を奪い大規模な農業企業に集約するのが中国政府の最終目標だけに、警戒されても仕方がないといったところか。

ニュース速報

ビジネス

麻生財務相、TPP推進へ決意 「自由貿易に大きな意

ワールド

クリントン氏がリード維持、トランプ氏に5ポイント差

ビジネス

米国株は続落、英ポンド急落で心理悪化

ビジネス

英ポンド急落、原因究明に時間必要=米財務長官

MAGAZINE

特集:空の旅を変える未来の空港

2016-10・11号(10/ 4発売)

一流レストランやブランドショップが増える一方で長くなる保安検査の列......世界のエアポートはどう変わるのか

※次号10/18号は10/12(水)発売となります。

人気ランキング

  • 1

    歴史的改革の農業戸籍廃止で、中国「残酷物語」は終わるか

  • 2

    フィリピン国防相も暴言「わが軍、米国の支援なくても存続可能」

  • 3

    プーチンをヨーロッパ人と思ったら大間違い

  • 4

    負債に苦しむ中国企業、当局の指示で銀行は返済猶予

  • 5

    タイは麻薬撲滅をあきらめて合法化を目指す?

  • 6

    台湾の蔡総統、海洋分野で日本との関係強化目指す

  • 7

    ハイチ死者842人に、大型ハリケーン「マシュー」猛威ふるう

  • 8

    北朝鮮が核実験場で活発な動き、党創立記念日に長距離ミサイルを発射か?

  • 9

    トランプ「大統領に当選したら連邦政府の規制を70%廃止」

  • 10

    ノーベル賞、中国が(今回は)大喜びの理由

  • 1

    金正恩氏の「健康管理役」が日本に亡命か...激太りの理由が明らかに!?

  • 2

    日本の公務員は先進国で最も少なく、収入レベルは突出して高い

  • 3

    比ドゥテルテ大統領「オバマ地獄に落ちろ」、兵器は中ロから購入と断言

  • 4

    北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは...

  • 5

    病院が患者を殺す 米国で広がるMRSAの脅威

  • 6

    一般人に大切な決断を託す国民投票はこんなに危険

  • 7

    リオ五輪閉会式「引き継ぎ式」への疑問

  • 8

    ノーベル賞、中国が(今回は)大喜びの理由

  • 9

    スウェーデン亡命センターで自死、目的地に着いた難民少年は何故絶望した?

  • 10

    予想上回る北朝鮮のミサイル開発、日本の防衛態勢では迎撃困難

  • 1

    クルーニー夫妻、虐殺でISISを告発。「覚悟はできている」

  • 2

    北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは...

  • 3

    金正恩氏の「健康管理役」が日本に亡命か...激太りの理由が明らかに!?

  • 4

    蓮舫氏へ、同じ「元・中国人、現・日本人」としての忠言

  • 5

    シロクマに包囲され逃げられないロシア観測隊、番犬犠牲に

  • 6

    日本の公務員は先進国で最も少なく、収入レベルは突出して高い

  • 7

    核攻撃の兆候があれば、韓国は平壌を焼き尽くす

  • 8

    イスラム女性に襲われISISがブルカを禁止する皮肉

  • 9

    共働きも、お金持ちになりたければ住む場所を選べ

  • 10

    リオ五輪閉会式「引き継ぎ式」への疑問

 日本再発見 「世界で支持される日本式サービス」
日本再発見 「東京のワンテーマ・ミュージアム」
日本再発見 「日本ならではの「ルール」が変わる?」」
Newsweek特別試写会2016秋「シークレット・オブ・モンスター」
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
メールマガジン登録
売り切れのないDigital版はこちら

MOOK

ニューズウィーク日本版別冊

0歳からの教育 育児編

絶賛発売中!

コラム

パックン(パトリック・ハーラン)

盛り土は気になるけど、北方領土もね!

辣椒(ラージャオ、王立銘)

スマホに潜む「悪魔」が中国人を脅かす

STORIES ARCHIVE

  • 2016年10月
  • 2016年9月
  • 2016年8月
  • 2016年7月
  • 2016年6月
  • 2016年5月