1枚の報道写真が、欧州と世界の政治を変えつつある。
トルコから海を越えて新天地のイタリアそして叔母のいるカナダを望んだシリア人家族の3歳の男児の悲劇の写真だ。
ベルリンの壁の崩壊となった1989年以降の欧州政治の大混乱を、我々は目撃してきた。
だが、今回の中東、アフリカ、アジアの、人間の最低限の尊厳さえ守れない抑圧的国家と、その指導者の無能さによる大量の難民の欧州への殺到というカオスの極みを見ると、ベルリンの壁、いわゆる鉄のカーテンの崩壊後、欧州を襲ったあの大混乱も、いかに秩序だったものだったかを我々は知る。
もとより、 難民問題の悲惨さには、中東アフリカの、中には、エリトリア、シリアや、イラクなど国家の体をなしていないところもあるのだが、の当事者の無能さが背景にある。
さらにいえば、foolish Bushと呼ばれたブッシュ2世の愚昧な、私怨というべきイラクのサダム・フセインつぶし、 オバマにあってはシリアのアサド政権への非介入という2枚舌外交の大失策もこれにあずかっているのである。
話を戻そう。難民は、中東アフリカにあっては、国家の側からは明らかな棄民である。
今回の悲劇に、わずかに救いがあるとすれば、21世紀のドイツにたいする、国際的な評価ということだろう。ギリシアをめぐる債務危機で 感情的に批判されていたドイツである。
「世界を滅ぼすドイツ帝国」などという原題を超えた(原著者のトッド本人が知っているかは不明だが)、無責任極まりないタイトルの書を作り上げ、フランスのナショナリスト、トッドのごときものを世界最高の知性として、持ち上げ、商売のネタにする出版社のある、わが国だ。
珍奇なトッド輩の理解とは違い、ドイツがまさに人類のなすべき道を示している。
そしてその実力を持っている。もとより、ドイツ国内にあっては、排外主義、極右勢力の強い反対があり、それを抱えてのことだ。
ドイツは、 1933年の第3帝国の成立以降、45年の無残な敗戦まで、アーリア人の血の優位性というフィクションを掲げ、自民族を世界を支配する民族と唱えて、強制収容所をつくり、ユダヤ人絶滅計画を進めて、国外だけでなく民族自体も滅ぼす瀬戸際まで進んだ。
実際、大学院時代、脇圭平先生のもとで読んだドイツの文人、セバスチャン・ハフナー Sebastian Haffner (1907–1999)のAnmerkungen zu Hitler (原題ヒトラーについてのノート、邦題「ヒトラーとは何か」)は、ヒトラーが最後は、国家とドイツ民族の生命を自己の物理的生命と同じと目論んだ旨、指摘している。
21世紀の2015年9月、難民がメルケルの写真を掲げて、プタペストから行進する中東難民のあの映像こそが、ドイツの今日的、積極的に評価されるべき意義を象徴的に示している。
ドイツこそ、戦後最も真摯に、歴史の体験を踏まえ、歴史に向き合った国家だろう。 しかもメルケルの背後には大連立を組んでいるドイツ社民SPDがいる。ドイツの難民支援は、極右の妨害が何であれ、国家として揺るがない。
それが、難民をしてドイツの政治指導者メルケルの肖像を掲げて行進する事態を生んでいる。
ドイツは、20世紀前半のドイツとは違い、21世紀の今や、難民の希望の国家である。
それにしても、イギリス。
あの悲劇の写真で、UKIPのごとき、極右勢力に引きずられる形で、内向き姿勢を前面に出していたキャメロン保守党政権は、難民政策の転換を迫られたのである。イギリスの欧州での影響力はチャーチルがいれば、嘆くほどにも、下落し、見る影もない。
話はアジア。
一見平和なわが国だが、独裁の国家が跋扈し、政治的抑圧に苦しむ民がいる、友愛どころか、覇権の海のアジアのことだ。
遠からず、欧州に起きている事態は、別の形で、波及してくる可能性が高い。
しっかりと欧州の先進国の対処に学ぶ必要がある。
累計すれば、数百万をはるかに超える難民の発生については、一国で解決できる問題ではおよそない。米国の力が低下した今なおさらそうだろう。当事国の再生を含め、 国際社会が一体となってこれに対処せねばならない。
ヨーロッパについていえば、危機は、これまで同様、国家間の協力を超え、一体となる政治機構を強化しつつ、欧州統合とEUを確実に進めていく。
なお、下記のWSJによると、トルコはすでに170万人のシリア難民を受け入れている。シリア国内にも400万人の難民がいると推計。ため息のでる数字である。
参考記事
溺死したシリア難民の男児の写真に世界が衝撃
ウォール・ストリート・ジャーナル 9月4日
参考ブログ
奇妙なる仏のナショナリスト、E・トッドEmmanuel Toddの書、『ドイツ帝国が世界を破滅させる』 文春新書2015年 上下
http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=3865
http://masami-kodama.jugem.jp/?eid=3868