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オートファジー研究をリード

オートファジーの瞬間をとらえた顕微鏡画像を見ながら当時を振り返る大隅良典・東京工大特任教授=元村有希子撮影

 生物が、細胞内のたんぱく質を分解し、エネルギーやたんぱく質の材料として再利用する現象「オートファジー」。命名から半世紀、年間3000本以上の論文が発表されるブームだが、端緒を作ったのは日本人研究者、そして研究を先導するのも日本人だ。

 ●液胞の中の粒に注目

 大隅良典・東京工大特任教授(69)は、東京大助教授に昇格した1988年、酵母の「液胞」をテーマに選んだ。液胞は細胞内にあり、分解酵素を豊富に含んでいる。当時、研究者の間では「不要物を分解する袋」という程度の認識で、関心は低かった。

 機能を調べるため、分解酵素を持たない酵母を米国から取り寄せて顕微鏡で観察した。液胞の中に無数の粒が見えた。「何だろう?」。粒は細胞質と同じ成分で、何者かによって液胞内に取り込まれたことを示していた。

 大隅さんは、酵母がオートファジーを起こしていると確信した。飢餓状態の細胞が自らのたんぱく質を分解することは知られていたが、当時は電子顕微鏡による観察が中心で、その仕組みは謎だらけだった。

 この酵母の遺伝子にランダムに傷をつけ、飢餓状態に置いて液胞を観察する作業を5000回以上繰り返した。ついに一つだけ、液胞に粒がたまらない(飢餓でもオートファジーが起きない)酵母ができた。それをテコに関連遺伝子14個を特定し、93年発表した。この論文は後のブームの端緒となり、大隅さんは「オートファジーの父」と呼ばれている。

 酵母は単細胞生物だが、細胞に核を持つ真核生物で、構造は動物や植物に共通だ。96年、大隅さんは愛知県岡崎市の基礎生物学研究所に移った際、動物の細胞に精通した吉森保・大阪大教授(55)を助教授に採用した。

 翌年には、内科医出身の水島昇・東京大教授(47)が加わった。大学病院で臨床と研究の両立に悩んでいた29歳の時、生化学雑誌で大隅さんの論文を読み、転身を決めた。「オートファジーも大隅先生も知らなかったけど、遺伝子群の一覧表の『機能』の欄が真っ白だったのに引かれました」

 ●病気防ぐ働きを解明

 水島さんは最初の年に、14遺伝子のうち五つが、分解する物を包み込んで液胞に運ぶ膜(オートファゴソーム)の生成に欠かせないことを見つけた。酵母を使って遺伝子機能の解明を進める一方、吉森さんと協力して酵母と共通のオートファジー遺伝子が哺乳類にあることを初めて確かめた。2004年には、オートファゴソームが光る特殊なマウスの作製に成功した。

 オートファジーが起きる様子を生体内で観察できるこの技術は、新たな発見を生んだ。生まれたばかりのマウスは、お乳にありつくまでの間、オートファジーで生き延びる。受精直後の発生にオートファジーが欠かせないことも分かった。

 これらはいずれも飢餓に対応する現象だが、小松雅明・新潟大教授(41)は東京都臨床医学総合研究所(現・東京都医学総合研究所)に在籍中の05年、飢餓状態でなくてもオートファジーが起きることをマウスで見つけた。肝臓でだけオートファジーが起きないマウスは、栄養を与えても肝臓病になる。神経細胞でオートファジーが起きないと、足がふらつくなどの神経障害が表れる。11年には、オートファジーが肝臓腫瘍を抑制する仕組みの一端を解明した。

 飢餓を切り抜けるだけでなく、細胞内の不要物を分解して健やかに保ち、病気を防ぐ。こうした多様な機能が徐々に明らかになり、関連遺伝子は38個まで増えた。

 ●「選択的」機能も裏付け

 オートファゴソームがどのようにできるのかという40年来の謎に挑んだ吉森さんは、三つのカメラを組み合わせた特製の顕微鏡を使い、細胞内小器官のミトコンドリアと小胞体が接する場所で作られていることを発見。13年には、細胞内部に細菌が侵入すると、オートファゴソームが現れて分解する「免疫機能」を詳細に解明した。手当たり次第に分解するだけでなく、有害なたんぱく質や病原菌を狙い撃ちする「選択的オートファジー」を裏付ける成果だった。

 「生物学は長い間、どうやってたんぱく質などができているのかを追究する『合成』の学問だった。分解して始末するオートファジーの働きは、未知の分野で注目されなかった。今これだけ発展しているのは、夢を見ているようです」と吉森さん。

 だが、まだ謎は多い。人間の病気にどうかかわっているのか、オートファジーの活性を調節できれば、がんや神経難病を治せるのか。模索は続く。水島さんは研究の現状を「役割の解明については合格点だが、仕組みの解明は赤点、病気との関連については100点満点の5点」と厳しく評価し、さらなる研究の必要を強調する。【元村有希子、斎藤広子】

大隅さんの「再発見」が契機 論文数、年間3600本に急増

 オートファジーは1963年、ベルギーのド・デューブ(1917〜2013年)が命名した。語源は「自分を食べる」というギリシャ語だ。この分解現象は、彼が74年のノーベル医学生理学賞を受けた細胞内小器官「リソソーム」研究の過程で見つかった。多細胞生物では、酵母の液胞の役割を、リソソームが担っている。

 命名から40年近くたって研究が盛んになったのは、大隅さんによる「再発見」のおかげだ。ゲノムが解読されていたモデル生物の酵母を使い、オートファジーに不可欠な遺伝子を特定することで、分子生物学的な研究の基盤が整った。

 やがてマウスやヒトのゲノム解読も進み、酵母と共通の遺伝子を大規模に探すことが可能となった。オートファジーに関する論文の数は、大隅さんの93年の成果以降も年間100本以下だったが、動物に共通の現象であることが裏付けられると爆発的に増えた。

 今では、がんや老化に伴うヒトの病気にオートファジーがかかわっていると考えられるようになり、欧米や中国でも盛んに研究されている。論文の数は年々増え、2013年には年間3600本を突破。日本発の論文数は全体の約6%と少ないが、たびたび引用される基本的で高水準なものが多い。

 大隅さんと水島さんは13年、米国の学術情報会社トムソン・ロイターが論文の引用度などから毎年選ぶ「引用栄誉賞」を、米国での研究を先導してきたダニエル・クリオンスキー・ミシガン大教授とともに受賞した。

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