ここから本文です

<人工透析中傷>「自堕落患者」取り締まる健康ポリスの思想

毎日新聞 10月8日(土)9時30分配信

 ブログで人工透析患者を中傷した元フジテレビアナウンサーの長谷川豊氏が、出演していたテレビ大阪、読売テレビ、TOKYO MXの番組すべてを降板させられました。テレビ大阪は長谷川氏のブログについて「報道番組のキャスターとして不適切な発信だった」と断じています。彼のブログ発言の何が問題だったのか、近年の健康格差の拡大と絡めて解説します。【NPO法人ほっとプラス代表理事・藤田孝典】

 長谷川氏のブログは、人工透析患者の中に「自堕落な生活をした自己責任の患者がいる」ので、「自己責任の患者の医療費は保険ではなく自分で負担せよ」と主張する雑なものでした。

 誰かの受け売りだったのでしょうか。社会政策の提言とはほど遠い、貧困バッシングと同じ“魔女狩り”のような、極めて不快な文章でした。テレビ各局の判断は当然と思います。

 彼は降板後、ブログで謝罪しているようです。しかし相変わらず「日本の未来のために、子供たちのために、現役の子育て世代のために、社会保障について真剣に書いたつもり」とか、「一部のネットユーザーの攻撃にスポンサーが負けた」などと書いています。なぜ多くの批判が集まったのか、まったく理解できていないことがよく分かります。

 私たちのNPO法人ほっとプラスに相談に訪れる人たちの多くは、何らかの病気を抱えています。きつい労働やその結果の生活崩壊で、病気になってしまった人たちです。

 介護施設で働く大卒3年目正規職員の女性(24)は、平均月6~7回、多いときは月10回の夜勤をこなしていました。この場合の夜勤とは、朝10時に出勤し、夜間も引き続き勤務して、翌朝仕事を終えるシフトです。仮眠を挟むとはいえ、20時間近い連続勤務です。

 施設は常に人手不足で、職員の長時間労働で業務を補う構造がありました。休憩時間も十分取れず、立ったまま昼食をかきこむことも。入所者のケアでストレスと疲労はたまり、なかなか回復しません。夢にまで仕事のことが現れる毎日でした。

 給与は税込み月18万~25万円。報われているとはいえず、でも生活のために辞められない。不眠症になり、うつ症状を発症しました。介護業界の長時間労働と低賃金は、職員の健康を直撃しています。

 大手の運送会社で宅配便配送の仕事をする男性(38)は、朝から夜まで力仕事をしています。今年になって糖尿病と診断され、悩んでいます。

 独身で仕事が忙しく、食事は安い外食ばかり。朝はコーヒーと菓子パン、昼は牛丼、夜はコンビニ弁当と、とりあえず空腹を満たす高カロリー食ばかりを食べています。栄養よりボリューム優先で病気になりました。

 生活習慣は簡単には変えられませんでした。夜遅く家に帰って自炊する気力もなく、弁当を食べて寝るだけ。賃金が低いので、安く、おなかにたまるものばかり選んで食べます。生活習慣ではなく、労働環境が原因で発症したというべきでしょう。

 東京都内の54歳の営業職男性は今、週2回人工透析を受けています。妻と子供2人を養うため、これまで必死に働いてきました。

 職場では受注ノルマがあり、毎月相当なストレス下にありました。責任感が強く、部下のノルマを管理しつつ、自分も長時間働きながら成績を上げようとがんばりました。帰宅はいつも深夜。仕事が終わった後、酒を飲まずにいられず、ついつい締めラーメンを食べてしまいます。

 30代なかばから高脂血症と言われ、医師の改善指導を受けて、それでも生活が改まらない。自堕落でなく、享楽的でもない、まじめな労働者です。

 長谷川氏の発言で最も問題だと思うのは、病気になった人が自堕落だったかどうかを、一方的にジャッジする傲慢な視線です。彼がそのための知見と技術を持っているとは到底思えませんし、誰もそのような資格は持てないのです。

 医療費増加の財政への影響を論ずるとき、病気の原因や自己責任の有無で患者本人を区別し、自己負担を迫るような懲罰的な議論は不毛です。誰も安心して働けず、自由な社会生活を送れなくなります。

 病気になった瞬間、第三者に自己責任かどうかを探られ、その非を問われるからです。まるで「健康ポリス」です。貧困バッシングと同じ手法で、もし、自己責任を問われた人たちが医療保険制度から切り離されたらその健康はさらに悪化し、重症者が増えて、社会不安の大きな要因となるでしょう。

 国民の健康を考えるとき、環境要因を見て、適切に税を投入することで全体の健康レベルを維持する発想が必要です。

 健康診断をこまめに受けてもらう制度を作るか、もしくは義務化する▽企業に労働基準法を守らせ、長時間労働を防ぐ▽低所得者への所得補償や、住居提供などの生活環境を整備する--ことが、結果的に重症者を減らし、総医療費抑制にもつながります。

 ここ20年の労働環境の変化は、働く人の健康に大きな影響を与えています。公衆衛生の専門家で作る「日本学術会議パブリックヘルス科学分科会」は2011年、「わが国の健康の社会格差の現状理解とその改善に向けて」という提言をまとめ、公表しました。そこではこう指摘されています。

 「非正規雇用率は増加し、週60時間を超える長時間労働者の比率も依然高い。世代や性別による雇用労働条件の大きな差異を放置すれば、健康や安全への影響とともに、今後の日本社会の発展(持続可能)性を損ねることが危惧される」

 自己責任論を安易に振り回さず、健康格差の視点を持ち、政策をとらえ直すことが必要です。

最終更新:10月8日(土)9時30分

毎日新聞