トップ>小説>月が導く異世界道中
三章 ケリュネオン参戦編

識とジンリュウ

しおりを挟む

「……ドラゴンっつっても。クズノハの姐さんらの方が威圧感あるね。大したことねえや」

 炎上が収まってきた城下。
 リミアの王都は各所から煙を上らせている。
 先ほど降った大量の光の剣。
 それは魔族とヒューマンの戦闘を静止させる十分な効果があったようだ。
 争いの音が止んでいる。
 巨大な影に向かって悪態をついた男の表情は、言葉が強がりである事をわかりやすく語っていた。
 二本の足で立ってはいるものの、かなり負傷している。
 
(同感だ)

 男の搾り出した言葉に、こちらも瓦礫の山と化した区画に立つ影は同意した。
 しかし、こちらは人ではない。
 光沢ある黒の地に、大人しいながら金糸で彩りが加えられたローブ。
 ただ包まれた身は人骨。
 頭部を覆うフードが後ろに脱げたことであらわになった顔は髑髏だった。
 人外である彼の同意は、言葉自体へと向けたもの。
 ヒューマンの男性にあった強がりへは、一片の同意も無い。
 今謁見の間で竜殺しソフィアと戦う魔人の従者、識だ。
 リミアの勇者ひびきの後を追った彼は、光の剣の破壊の後に降り立った巨影を見つめていた。

「手間が、省けたが……」

 立ち上がり、何とか態勢を整えようとする勇者達をやや遠めに確認する識。
 だが、視線は降りてきたモノを見つめたまま。
 興味がどちらに向いているかは明白。
 手間が省けた、と言った時に彼がちらと見たのは響達。
 悪態をついた疲労感濃い冒険者。
 己と同じくソレを見る響。
 剣を杖に立っている騎士ベルダ。
 必死に回復魔術を“展開する”ローレルの巫女チヤ。
 そして……。
 中でも識が見たのは残る一人。
 腹部に穴を開け地に伏す魔術師ウーディだった。
 流れ弾か、それとも防御しきれなかったのか。
 それはともかくとして。
 あまりに暴走するようなら仲間を何人か半殺しにしようかと考えていた識にとっては、響達が治癒と防御に専念する状況は願ってもない状況だった。
 まさに、手間が省ける、だ。

「リッチか……。魔族に加わっているでもなさそうだが、まあ見逃してやろう。去れ」

「上位竜ランサー。“御剣みつるぎ”、まさか私が会えるとは思っていなかった」

 巨影、見張り用の塔より更に巨大なそれは竜だった。
 識はその竜が上位竜と知って尚、恐怖してはいないようだった。
 むしろ、その気配には喜色が読み取れる。
 仲間の宮廷魔術師の名を叫ぶ勇者達の声はBGM。
 識に何の感情をも揺り起こしはしなかった。

「……何だ、その構えは?」

「我が名は、ラルヴァ。魔人の従者。そう言えば、こちらの意図はわかるな?」

「魔人……。あのガキ、手勢がいたか」

「話が早い」

 ランサーの身から、亜竜の咆哮並の威圧が漏れ出る。
 ただ、戦闘を意識しただけで生じた事だ。
 身を縛られる事もなく、識は黒杖をかざす。
 大人の下半身を隠す程度に篭った霧が漂う中、光の剣に破壊された廃墟の如き王都で。
 高位とは言えアンデッドに過ぎない筈のリッチと、上位竜ランサーの戦いが始まった。





◇◆◇◆◇◆◇◆





「貴様は、間違いなく魔人の従者のようだな。全く、リッチとは名ばかりの存在。ヒューマンの皮を被った“奴”に似ている」

「くくく……」

「だが、残念だったな。健闘をしようと今や我もただの上位竜ではない。それより。上位の竜に並ぶ程の力を持つ従者がいるとは、やはり魔人、ライドウは危険だな」

「……」

「ラルヴァと言ったな。我はな、ソフィアと合流を急ぐ、いやこの手で魔人を殺したいのだよ。……奴には一時とは言え、足を奪われた借りがある」

 沈黙を守る識にランサーは言葉を続け、その姿を変容させていった。
 竜の体が縮み、人型になる。
 帝都で彼が見せていた子供の姿、ではない。
 ソフィアと同じく二十台前半の細面の青年の姿になる。
 ヒューマンと全く同じ姿だった子供の姿とは違い、白い肌に刺青の様に紋様が浮いている。
 僅かに発光する紋様が彼の姿を淡く照らして幻想的な雰囲気になっていた。

「殺したい。それは、私の台詞だランサーよ」

「口の減らぬ……」

 ランサーの言葉の後、識を取り囲む様に光の剣が幾つも出現する。
 出現とほぼ同時に識を襲う剣の雨。
 識は幾つかの剣を術で破壊して逃げ道を確保、しかし剣が爆発した時の衝撃からは逃げられず、風に乗っている様な軽さで吹っ飛んだ。
 吹っ飛ばされたと言うよりも、半ば自ら跳んだと言う印象を受ける。

「ラルヴァ殿、この霧を解いて。そうすれば私達も戦える。貴方があの竜を討つ手助けが出来る」

「ふ、リミアの勇者よ。お前はどうも、状況が見えておらぬようだな。私は別に苦戦などしておらん」

「……どこが。幾らなんでも強がりが過ぎるわよ」

 識のローブはかなり損傷してボロボロになっている。
 そして、お相手のランサーはと言えば。
 より強大になった力を、縮んだ人型の身に詰め込んで立っている。
 誰が見ても識が苦境に立っている構図だ。

「マスターの許可が取れた。もう、奴の余裕は消える」

「マスター……あの白い人。ラルヴァ殿、本音を言うわ。この王都を無茶苦茶にして民を数多く殺したあの竜を。共に討たせて」

「……響と言ったか。それは無理だ。お前らを気にしている余裕はこれからの私には無い。今、そこを結界で守ってやっているのさえ、もう出来なくなろう」

「そんな! 今これを解かれたら、この霧でウーディさんが死んじゃいます!」

「ローレルの巫女よ。その心配はいらない。この霧は、間もなく消える。それだけではない。お前達に一つ、魅力的な提案をしてやろう」

「魅力的な、提案?」

 響が感情の伺えない髑髏の顔を、光る目を覗き見る。
 その目はランサーを見ている。
 会話をしていても、識は響らを見てはいない。

「そうだ。その術師、お前達が大人しくしているのなら後で救ってやる。勿論、巫女が回復を続ける事が条件だがな」

「っ!? 貴方が、救う!? アンデッドである貴方が生者であるウーディさんを!?」

 チヤの驚きの声は至極普通の反応だった。
 通常、アンデッドに回復術などは使えない。
 ごく一部の高位アンデッドには可能な者も存在するが、彼らは基本的に生者を憎む。
 自らが失った生命の輝きを憎む。
 積極的に生者の命を救う行動など、取る訳が無い。
 だから、識の提案は響らにとっては珍妙に見えたのだ。
 チヤに限らず、皆に驚きの表情が浮かんでいるのはその為だ。

「この状態のウーディを確実に救えるとでも?」

「当然だ。腹に拳大の穴が開いた位、何とでもなる。そもそも、私とお前達では死を結論する線が違う。一緒にするな。さて、どうか? この提案の為に私はここまで下がったのだが?」

「……その言葉を信じるわ」

「響!」

 ベルダの嗜める声。
 
「いや、それで正解でさ。あの竜も普通じゃねえが、そいつもただもんじゃない。そいつが撒き散らしている空気はある人らに似てるんで。やると言ったらやる、そういう人らの気配に」

「だが!」

「ラルヴァ殿。約束は、守って」

 響はもう一度、識に了承の意を含む言葉を伝えた。

「交渉成立だな。“霧の神殿ニヴルヘイム”解除。言っておくが、自分達の身くらいは守れよ?」

「……わかったわ」

 識の指から一つの指輪が消える。
 それが不自然な力によるものだと証明するかのように、霧が急速に消え去っていく。

「しぶとい。まあ勇者ごとで良いか。我の真なる剣で、滅ぶがいい」

 ランサーが識に向けて。
 ではなく、空に浮かべた十本の剣を見当違いの方向にそれぞれ放った。

「……どうやら、本領を発揮するようだ。勇者よ、それにそこの騎士、冒険者。全力で身を守れ。……死にたくなければ、な」

 識はランサーの行動の意図を察したようだ。
 少し遅れて。
 悲鳴が聞こえた。

「っ!?」

「なんだっ!」

「いってぇなにが……」

「くくく、恨むのなら我の前に立った愚か者共を恨め。うつわの剣で死んでおかぬ、半端な強者をな」

 ランサーの言葉に応えて、放たれた十本の光の剣が再び宙に舞い上がる。
 否、光の剣ではなかった。
 赤、黒、銀、白……それに普通の剣。
 実体化した剣がそこに浮いていた。

「……刃竜ランサー。だがその実、二つの命を持つ変り種。ジンリュウとは、人竜とも呼ぶ、か。なるほど、ルト殿の言葉は実に正しい。その姿で力が増すのだからな」

「!! ルト! 貴様、なぜその名前を!」

「数多の名剣に囲まれ“御剣”と呼ばれる上位竜。その剣の正体は、お前が剣に変えた強者達の末路」

 淡々と語る識。

「……生かしておけるものではないな」

「ふん。自らに挑む者、目をつけた強者、それらを返り討ちにしてコレクションを増やしていた訳だ。人に近い場所に居を構えるのは正に一石二鳥だっただろう」

「リッチ、ラルヴァとか言ったな。貴様も、勇者も。我が力の一つとなれ!」

 剣が一斉に識達に突っ込んでいく。
 
「“我はこの身に怨念を纏う”グロス・シア、“揺蕩たゆたう銀の檻は矢を払う”マルギリ」

 静かに前へ。
 彼の得意とする言霊の詠唱を発しランサーへ高速で迫っていく。
 ごく短い詠唱で識の体は赤黒いナニカを纏い、その上に幾つかの波紋が生まれた。
 十本の剣の七つが識を追っていく。
 場所ではなく個人を追った攻撃。
 だが、識は止まらない。
 前方、そして側面、背面。
 迫る剣を無視してランサーに杖を突きつける。
 
「貴様!」

 五つの剣は識に当たる直前。
 波紋がその軌跡を邪魔した。
 識が後に詠唱した術の発動。
 直線的な軌跡が大きく歪んであらぬ方向に消えた。
 残る二つの剣が赤黒い衣にぶつかり、ぐずぐずに腐り果てる。
 後方で起こる大きな光、識とランサーにも衝撃が伝わった。
 響達を襲った三本の剣だろう。

「……私は本当に運が良い。こんな都合の良い事などある訳が無いと思っていた事が実現するのだからな。竜殺しソフィアと御剣なる異名をもつ上位竜ランサー、あの方を傷つけた片割れを、巴殿や澪殿に気兼ねする事なく殺せる。本当に、運が良い」

「我を殺す? 真なる剣を一度凌いだ程度でよくもそこまで調子に乗る!」

 突きつけた杖は識からの遅い宣戦布告だった。
 杖を下ろし、独り言のように幸運を喜ぶ識。

「そしてお前は運が悪い。私は、お前の事をよく調べた。竜の長とも言えるルト殿の協力もある程度得てな」

「ルト! やはり貴様は奴と繋がりある者。となれば魔人も……」

「人の誰もが持つ最高の武器は智であると私は考える。私は“元”人でしかないが……竜殺しで、それを証明してやろう」

「ここは、戦場だ。魔族は精鋭を放り、ツィーゲの冒険者もそれなりに転がっている。強者たる者はまだまだ多い。その余裕、すぐに消してくれる!」

「“第六の我に相応しき”」

「っ!」

「“鞘を放ちて真なる姿となれ”、こい……アスカロン」

 識が剣を持つように両手で杖を持った。
 飾り気の少ない黒杖が、赤月に似た光と共に姿を変え、長大な大剣となる。
 クレイモア。
 それも、かなり大きなサイズの。
 
「貴様、術師では……」

「いや、術師だ。その認識は正しい。これは毒と呪いに塗れた剣アスカロン。いつか貴様を狩れるかもしれぬと願望を込めドラゴンスレイヤーの一つから名をつけたが、な」

「毒か、確かに名剣の輝きは欠片も無い。妖気しか放っておらん」

「ソレでいい。私が使うのだからな、お綺麗な名剣などは似合わぬ」

 剣先を地に置き、両手でクレイモアを持つ識。
 力を誇る剣士であれば、逆袈裟に斬撃を浴びせる事も出来る構えだ。

「術師に使える剣では無い。それが武器なら、貴様は選択を間違えた」

「第六階梯“フレイ”解放。“剣帝憑依ソードスピリテム”」

 ランサーが一気に飛び退いた。
 光の剣を周囲に無秩序に放ち、幾つもの実体剣を宙に揃えていく。

「我に剣をもって挑む術師など、愚弄を!」

「有象無象の命で出来た剣など、アスカロンとフレイの敵ではない。存分に味わうがいい、死の恐怖を」

 識の全身から赤黒い力が迸る。
 長大ながら鋭いアスカロンのきっさきまで力が行き届いた時。
 識が吼え、ランサーとの間にあった間を一瞬で詰める。
 普段使わぬならばわかるはずも無い大剣の間合いをピタリと目測し。
 骨の両手がアスカロンを逆袈裟に振り上げランサーの首を狙う。
 幾つもの剣が高速反射の自動防御で凶刃とランサーの間に入るも、次々に砕かれてその用をなさない。

「ぐっぅ!!」

 ランサー自身も咄嗟の反応しか取れずにその場から更に後退し、距離を取るだけしか出来ない。
 声はそれだけで漏れたものではない。
 彼の右手から血が滴っていた。

「確か、我が主の指を撥ねたのだったな、貴様らは。どうだ、痛いか?」

 丁度、主が負ったのと同じ傷をランサーが受けたのを目にして識が尋ねる。

「き、さま……許さん!!」

「私も全く同じ気持ちだ。奇遇だな」
 
 上段からアスカロンがランサーを狙う。
 接触の瞬間、強い光が生じた。

「これはまた、少し毛色の違う剣を。……ああ、お前のコレクションか。過去の英雄達を使った剣と言う訳だ。さながら英霊剣とでも言おうか?」

「それだけではないぞ!」

 ランサーの口から赤い光が漏れる。
 直後。
 至近距離の識に向けて光条が放たれた。
 それはソフィアが多用した、レーザーの如き攻撃に酷似している。

「なっ……!?」

 驚愕。
 声はランサーから漏れた。
 
「どうした。私は術師だ、障壁くらいは張れて当然だろう」

 直進するはずの光の束は屈折して空に消えた。
 術師らしからぬ大剣ぶき、剣士らしからぬ強固で器用な障壁じゅつ
 指の負傷を青い光で癒すランサーは混乱に陥りつつある。

「さあ、続けよう」

 識の虚ろな眼窩に輝く光が強くなる。
 上段、中段、下段。
 時に背面を向けてからの、まるで浴びせ蹴りと言えそうな奇襲の類にある攻撃まで。
 完全に重量あるクレイモアを使いこなして隙の無い剣舞を展開する識。
 割り入ろうとする光の剣、実体化した剣が木の葉の様な無力さだ。
 ランサーの周囲に浮く特別製らしき剣達が必死になって主人を守っている。
 
「“穿つは活力の輝き”ステアセロット」

「貴様、この剣戟の狭間で術の詠唱など!?」

 識の作った夜よりも色濃い闇がランサーを襲う。
 傍目からはそれほど大きな変化ではないが、ランサーの動きが鈍る。
 しかし当事者からすれば十分洒落にならない能力の低下だった。

「“剣は自らに返れり”ロットカウンター」

 敢えて払わずに自身に届こうとした剣に、落ち着いた様子で更に術を紡ぐ識。
 識を包む赤黒いオーラを裂いた剣は、しかしその身を傷つける事は出来ずに甲高い音を立てて砕けた。
 自らを切りつけた様に。

「英雄の剣を砕いただと!?」

「お前が滅ぶまでに幾つ砕けるか、数える余裕など無いと思うがな」

 高揚を覚えながら、それでも尚落ち着く識の動きは相当に不自然なものだった。
 極度に集中しなければ出来ない事を、二つ同時に行なっているのだから。
 剣と術。
 その様子は唯一の観客である勇者パーティにも十分に伝わる。
 やや離れた場所で見ているだけでも識がランサーを圧倒している事はわかり、見惚れる程の激しい戦いを結界の中で見ている。
 結界を張りながらウーディの治癒を行なう。
 それだけで既に他の事にまるで気が回らなくなっているチヤの様子を見ると、時にあの剣戟の中で二つ以上の術を並べて展開する識が異常な事がよくわかった。
 まるで“体と精神が別々に動いている”様な気持ちの悪さをも感じさせる、何かを超越した動き。
 上位竜と呼ばれる、世界の高位者。
 その一角が崩れようとしているのを、響達はただ、見ていた。
************************************************
ご意見ご感想お待ちしています。
しおりを挟む