スマートピープルのためのスマートシティとは──アルスエレクトロニカの総合芸術監督の問い

都市から労働が消えたとき、なにが起きるか? 国家や行政といった中央集権が崩壊したとき、人々はどう生きるのか? アルスエレクトロニカの芸術監督が語る、“ヒューマン”な未来の都市論。

PHOTOGRAPH BY FLORIAN VOGGENEDER,ROBERT BAUERNHANSLl
TEXT BY WIRED.jp_MN

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GERFRIED STOCKER|ゲルフリート・ストッカー
オーストリア出身のメディアアーティスト、テレコミュニケーションエンジニア。1991年に「X-スペース」を結成し、インタラクション、ロボティクス、通信など、領域横断的な作品制作を開始、インスタレーションやパフォーマンスなどを多数行う。95年にアルスエレクトロニカの初代芸術監督、ペーター・ヴァイヴェルからバトンを引き継ぎ、以来20年に渡ってアルスフェスを率いている。96年には、アーティストとエンジニアで構成されるチームを率い、アルスエレクトロニカ・センター内に独自のR & D機関であるアルスエレクトロニカ・フューチャーラボを設立。2005年からは、規模も大きく刷新されたアルスエレクトロニカ・センターのマネージングディレクターも兼任する。PHOTOGRAPH BY FLORIAN VOGGENEDER

「新しいテクノロジーや政治的、社会的オーガニゼーションの形態によって、未来の都市はラディカルにトランスフォームするはず。そのためにまずすべきことは、過去の歴史において、ほかのテクノロジーがどのようにわたしたちの都市の暮らしを変えてきたかということに、いま一度、目を向けること。

都市は産業革命がもたらした『プロダクト』であり、民主主義も然りです。多数の労働者を抱えた工場の都市進出という社会の変容の結果であり、搾取されていた労働者たちによる労働運動や社会参加への欲求によって、現代の民主主義は形成されたのですから」

そう語るのは、今年の「Innovative City Forum 2016」(ICF2016)に登壇するオーストリア出身のメディアアーティストで音楽家、エンジニアで、世界最大のメディアアートの祭典、アルスエレクトロニカ・フェスティヴァル(以下、アルスフェス)の総合芸術監督を務めるゲルフリート・ストッカーだ。

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去る9月初旬に開催されたアルスフェスでは、「ラディカルアトムズ──わたしたちの時代のアルケミスト(錬金術師)。…そして、自動運転車とIoTのあとにくるものとは?」をテーマに、さまざまな議論がなされた。

「自律走行車は、単に『ドライヴィングベーカリー』や『動くスーパー』をつくるために生まれたわけではありません。そこには、もっと深いアイデアがあるはずで、わたしたちの生命の未来を考察するうえで有用なメタファーとなるかもしれません。インターネットやウーバー、Airbnbがもたらした変化を、誰が想像できたでしょう? わたしたちが『そのもっと先』に想像や思考を巡らせることで、未来の都市づくりへの新たな問いを得ることができるのです」

ストッカーは、かつて荒廃していたリンツ市が、アルスフェスのサポートによる芸術や文化の力を推進力に再生したことに触れながら、アーティストの「人間的な視点」に立脚した「思考のプロセス」が、未来の都市を考えるうえでより重要になるはずだと強調する。

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「ラディカルアトムズ──わたしたちの時代のアルケミスト。そして、自動運転車とIoTのあとにくるものとは?」をテーマに、今年のアルスフェスのプレスカンファレンスに登壇するゲルフリート・ストッカー。PHOTOGRAPH BY ROBERT BAUERNHANSLl

「アーティストというのは社会意識そのものです。例えば真鍋大度のようなメディアアーティストは、テックとヒューマニティの両方の視点を兼ね備えています。彼らは、いかにアートがビルやインフラといった『プロダクト』としての都市に貢献できるかだけではなく、その先を想像したり思考することに、大いに力を発揮してくれるはずです。エンジニアたちはマシーンをデザインするための訓練を受けた人たちで、とかくマシーンのように考えがち。

クリエイティヴであることに変わりはありませんが、アーティストとはクリエイティヴの種類が違います。そして、ビジネス側の人々は、その後の『より機能的で合理的な運営』に力を発揮すべきだとわたしは考えます。未来の都市は、単なるマーケットプレイスでも、あるいは美しく機能的であればいいわけでもありません。むしろ、もっとヒューマンであるべきだと思うのです」

そのためにも、未来の都市を考えるうえで重要なのは、わたしたちの生活の隅々まで再考することだと氏は強調する。たとえ労働がロボットや機械、AIに取って代わろうとも、未来においてもわたしたちが人間であることに変わりはない。生き方、暮らし方が変わった未来において、人間のニーズとは何か、価値ある暮らしとはなにか。未来の都市づくりを考えるうえで優先されるべきは、そうしたヒューマンな視点なのだ、と。

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今年のアルスフェスでは、MITメディアラボ副所長、石井裕教授(写真左)の急進的な研究でもある「ラディカルアトムズ」がテーマ。同ラボの石井教授のチームが、さまざまな発表を行った。PHOTOGRAPH BY FLORIAN VOGGENEDER

「都市を定義するさまざまな構造は、働くことを前提に形成されてきたといえますが、ロボットや機械に労働がとって代わられ、AIによってホワイトカラーの職業までもがなくなったとき、何が起こるのか。さらには、ものごとを脱中心化するブロックチェーンという強大なテクノロジーもあります。

人々が働かない都市とは何か、これは大きな問いです。これまで政治は、人々を束ね、管理するもののひとつでしたが、ディストピア的な未来においては、SFで描かれてきたように、政府ではなく企業が都市の政治を担うかもしれません。国や企業という概念すらなくなり、人々が500人ほどの小さなコミュニティを形成して、パソコンでたまに仕事をしながら、ソーラーパネルで発電し、アーバンファーミングで食料を確保するというような、自給自足に近い生活が可能になるかもしれない。

そのとき人々のアイデンティティの中心は、働くことから、いかに社会に対して価値ある貢献ができるか、ということへと変わっていくでしょう。都市をビルやインフラとしてではなく有機体と捉えたときに、こうした変化が、いかに都市の形態を変えるかということに想像を巡らせることが重要なのです」

もうひとつ、未来の都市を考えるうえで絶対に目を背けてはいけないと氏が釘を刺すのは、社会のダークサイドだ。今回のICF2016で彼は、この点についても議論しようと考えている。

InForm_credit--Florian-Voggeneder

石井率いるメディアラボのチームによる「inForm」は、ラディカルアトムズの一歩先のヴィジョンを具現化した作品。ユーザーは、フィジカルに3Dレンダリングされたデジタルインフォメーションに実際に触り、インタラクションできる。PHOTOGRAPH BY FLORIAN VOGGENEDER

「われわれがスマートシティや未来の都市に対して描くシナリオは、あまりに楽観的すぎます。未来の都市がいかに素晴らしいかは議論しても、犯罪やスラム、スラムに群れをなす人々については語り合いません。けれど、それも社会の現実であり、いまわたしたちが議論しているような未来の都市の構想がことごとく失敗に終わることだってありえるわけです。

未来の都市において、われわれが前述のような小さなコミュニティを形成し、自分たち自身で暮らしを運営するようになったとき、ヴァイオレンスに対して強いものと脆弱なものとの格差は広がるでしょう。シニカルかもしれませんが、犯罪は、クリエイティブでイノベイティブなものとも言えます。そうしたダークサイドに目を向けることで立ち現れる新しい問いは、無数にあるのです。恐怖に備えるだけでなく、未来への理解を深めるためにも、とても重要な視点なのです」

スマートピープルのための、スマートシティ。未来の都市を、建物やインフラの観点からではなく、まずはテクノロジーの進化によって異なる人生観や価値観をもちはじめたわれわれ人間が暮らし、生きていく場所であるという、とても根源的でヒューマンな視点で捉えるストッカーが、ICF2016の壇上でどんな問いを投げかけるのか。とても楽しみだ。ゲルフリート・ストッカーは、ICF2016 DAY1(10月19日)キーノートセッションの基調講演2に登壇する。

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