『美穂子のとある一日』
太陽が眩しかったのでマン著
気軽に読めるユーモア小説を書いてみました。元ネタというか、登場人物は「ポプテピピック」という漫画のポプ子とピピ美を
土台にしています。面白かったか、また、文章や構成はどうだったか、など、教えていただければ嬉しいです。よろしくお願いします。
やっべ。また寝坊した。さすが夜中の三時までTwitterでキモヲタと罵りあいをしてただけの事はある。キッチンに入るとお父さんもお母さんも既におらず、大急ぎで目玉焼きとジャムトーストを頬張り、今日は電車かどっかで化粧だな、と決意しながらヒスグラのリュックをしょってピンクのスニーカーをバシバシ履いて家を飛び出した。十月の秋空はさわやかにどこまでも青く、でも私はそんなものに感慨を抱く余裕はなく、ただひたすら走る。走れ美穂子。若さだけが取り柄のわたくし、何とかかんとか乗れば一限目に間に合う電車に飛び込めた。が、当然朝早い車内は満員すし詰めで、私は化粧を早々に諦め、スマホを取り出すと、まだ昨晩のキモヲタがサブカルを馬鹿にするなブサイク、とか言ってるので、うるさいサブカルクソ男死ねとだけ返信して即ブロック。そこへ望美からLineが。あんたちゃんと学校来るの、と。Twitterでも相互フォローなので、心配してきたのだろう。大丈夫電車に飛び乗ったから、と返事をするとりょーかい、とだけ返信。望美と私は高校時代からの親友で、大学も同じ地元のとこを選んだ。目的の駅に着くかな、と思う頃に、何やら騒ぎが勃発。
「触ったでしょ!」
「触ってないですよ!」
見ると、見目麗しくない大柄なおばさまと、これまた見栄えのしないハゲたおじさまがドア付近で何やら言いあいをしている。それだけならいいけど、ついにはつかみ合いを始めたころ、ちょうど駅に到着してドアが開いてしまった。二人とも勢いよく転がり出て、上になったり下になったり取っ組み合いの地獄絵図。私がどうしたかっていうとすかさず動画撮影を開始。後でVine辺りでツイに上げてリツイートやフォロワーを稼いでやろう、うっふふ。駅員が数人飛んできて二人を引きはがしたところまで撮影して、満足して離れようとしたところ、柱に鼻から激突して涙。
大学の教室に到着して必死にマスカラをつけたりしていると、背が高くスタイルのいい望美がすらっと隣に座ってくる。
「おはよう。なんか鼻赤くない」
「おはよ。駅の柱に激突したから」
「なんで?」
「話せば長い。あ、これ見て、これ」
望美にスマホを渡し、例の動画を見せる。
「なにこのダイハードな動画は。あんたが撮ったの?」
「そうよー。撮れたてのほやほや。痴漢騒ぎだったみたい。この後ツイッターに上げてかます」
「……。プライバシーの問題があるから、モザイクかけたりしたほうがいいんじゃない」
「なにそれ面倒くさい。んじゃもうやめたっと」
入り口から教授が入ってきたので二人は口を閉じて教科書を開いた。
昼休みになって、何も持ってきていない私は食堂へ向かった。望美は料理が得意で、朝早く起きて自分でお弁当を作ってくるなどしていて、私の中ではエジソンとかガンジーとかの偉人クラスタに入っておる。横に座った彼女のお弁当箱を覗きこむと、今日はあんかけチャーハンなの、とほくほくしている。私はその横でたいしておいしくもない日替わりランチを食う。ハンバーグが若干ガシガシしていやがる。冷凍食品をチンしてんだな、クソムカつく、ツイッターに上げて炎上させてやろうか、などと憤慨していると、正面の席に座っているクラスメートがこんな会話をしているのが聞こえる。
「新宿の『モリアスターゼ』っていうスイーツカフェで、女性限定で制限時間以内にパンケーキ十枚食べきったら無料になるんだってさー」
「二十分で十枚はきついでしょ、画像で見たら相当分厚いじゃん。ブルーベリーとか上に載ってるし」
私の両目が光った。望美が興味深げな視線を送ってくる。
「行きますの?」
「はい、行きますのん」
『モリアスターゼ』は大通りに面したお洒落なカフェであった。空はまだまだ青く、入り口の周りにおいてある花壇の色とりどりの花が日の光を浴びて鮮やかである。いとおかし、などと私は思いながら望美と、あと三人ほどついてきたクラスメートたちと一緒にずんずん店内に入った。なかなかイケメンな店員さんがテーブルへオーダーを聞きに来た。
「あの、制限時間内にパンケーキ十枚食べたら無料ってのに挑戦したいんですけど」
「あ、了解しました。それではお待ちください」
少し経つと、二人の店員さんが慣れた様子でテーブル台を押してきた。載ってる、十枚の皿に十枚のパンケーキが。
「ぶ……分厚い」
望美が思わず息をのんだ。一枚の大きさは大したことないが、厚みがある。ええい、ままよ。私は店員さんの、それではスタートです、の声とともに野獣と化した。フォークなんか使わない。手づかみである。嚙まないで飲み込みたいが、そのためには水で流し込まないといけない。そうすると膨らんでしんどくなるであろう。噛むのだ。唾液で溶かし込む。一枚、二枚と私の胃袋の中に消えてゆく。
「いいぞ美穂子、そのペースならいける!」
店員二人に動揺が走っているのが分かる。望美が店員に聞く。
「ちなみに、今まで成功した人は何人ぐらいいるんですか?」
「一人もいません」
おっしゃ私が一人目になってやる。が、六枚目ぐらいからペースが落ちてくる。あごが疲れてきたのだ。
「美穂子がんばれ! もし食べられなかったら5000円も払わないといけなくなるよ!!」
あ“あ”あ“あーーーん? 5000円? そんなこと聞いてないぞ。聞いてない私がうかつなのか。時計を見たら後5分しかない。私の中の邪気眼、私の中の小宇宙、私の中の超サイヤ人が一気に覚醒した。噛む、噛む、飲む、吞む。食う、喰う。天地をも喰らってやるの勢いで、残り三十秒、私は最後の一枚を咀嚼し終えた。
「オッラア”ア”ア”--ンンン」
と両手を高々と上げた。その拍子に椅子が後ろに倒れ、私は床にでんぐり返りになった。が、完食した。
最寄駅からすっかり暗くなった家路を、大きくなったお腹をさすりながら歩いていると、小さな女の子が電柱の陰でしくしくと泣いているのを見つけた。おやこれはいけない、などと思ったので声をかける。
「おじょうちゃん、どうしたの」
びくっと体を震わせた小さな女の子は、相手が同じ女性と見て、少し安心したのか上目遣いで言う。
「ママとはぐれちゃった。ママどっかに行っちゃったの」
「ママとどこに行ってたの? お買い物?」
「そう。○×マートに行ってたのに」
○×マートはここからすぐ近くだ。連れて行けばお母さんが探して待っているかもしれない。それでいなければ交番に連れて行こう。見た感じ、三歳ぐらいか。家の住所はおそらく言えまい。
「あなたのお名前は」
「あくつみれい」
あくつってどんな漢字だろう。暗くなった道から、街灯が多い通りに出て、みれいちゃんをよく見ると髪の毛はまっ茶色、って、私も人のこと言えないぐらい染めてるけど、来ている服もなんだか派手だな、とか思っているうちに○×マートに着いた。店の入り口付近が何やら騒々しい。突如後ろから、おい! とドスの効いた声が響いてくる。振り向けば、愛。じゃなくて、ヤクザ。今時珍しいパンチ頭にジャージ姿に金のネックレス。関わりたくない系統の人指数530000です。安西先生……家に帰りたいです。
「その子、どうした。うちの若頭の娘さんなんだけど」
「あ、あの、道にまよよねーずで、その」
怖いのでまともに話せないでいると、
「このお姉ちゃんがここに連れてきてくれたの!」
と、阿久津美麗ちゃん(3)が説明してくれたおかげで、濡れ衣というかそういうのは晴れて、その場に十人ぐらい人が集まってきた。誰もかれも風貌は怖いんだけど、みんな喜んでくれている。美麗ちゃんのお父さんの竜也さんが、本当にありがとうございました、ぜひうちに来てお礼にお寿司でも食べてください、ちょうど今日はオヤジの誕生日なんで、どうぞどうぞ、と車に強引に押し込む。怖くて逆らえない私は、そのまま膨らんだお腹を押さえながら黒のセダン車へ。乗り込んだ後も、運転手のハゲやら角刈りらがひたすらお礼を言ってくる。
「一時間ぐらい探して、警察に捜索願いも出してたんですよ」
「なんといっても小さい女の子だ。悪い奴にさらわれたんじゃないかと本当に心配で」
と、悪そうな人が真面目な顔で言っているので、私は笑いをこらえるので必死だった。五分ほどで辿り着いたのは、やや町はずれの豪邸。あ、ここ知ってる、いい家だと思ってたら、なんて思いつつ中に案内されると、竹内力みたいな顔のおじさんが満面の笑みで迎えてくれた。
「孫娘の美麗を見つけて連れてきてくれて本当にありがとう。今日はわしの誕生日なのに、と悲しんでいたんです。さぁ、召し上がってください」
座敷の大広間に、40人ぐらい集まってるのはいいのだが、全員間違いなくヤクザ。しかも、くそーっ、メチャクチャ美味しそうな料理がてんこ盛りじゃねーかお“あ”あ“ぁーー!!
「オヤジの55歳の誕生日をこうして盛大に祝えることは……。」
などの挨拶が終わり、隅っこの私も箸に手を付けられる状態になったものの、私の満腹感は全く去っておらず、張ったお腹はあたかも妊婦のよう。ということで鯛のお刺身をちんまちんま食べていると、竜也お父さんが酒臭い息を吐きながら、遠慮はいりません、娘の命の恩人です、さあどうぞ、などと言いながら伊勢海老の皿ごと前に持ってくる。正直に事情を話すか考えたが、パンケーキの大食いの後なので、とはうら若き乙女として断じて言えない。よし、と決意し、家族が待ってますので、と大音声を発して、やあそこにいるのは怨敵吉良上野介、今こそ斬ってくれんなどと喚きながら玄関に向かうと、誰も何も言わず、止められることもなく、無事脱出することができた。
暮れ果てた道をツイッターでキモヲタを罵りながら歩きながら、ふと、今日の晩御飯はなんだろうな、と思った。(終わり)
『美穂子のとある一日』 ©太陽が眩しかったのでマン