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トランジットガールズの、ゆい×小百合です。本編終了後の補完。
「手、繋いでいい?」
うん、と頷いて、左手がすっと差し出された。
私より一回り大きな手をぎゅっと握る。
「痛いよ、小百合。」
「いいのー!」
痛いと言いながらも、私がする事を否定はしない。
全部受け入れて、包み込んでくれる。
柔らかくて暖かい、この手のひらみたいに。
一度離してしまった。
けど、戻ってきた。
だからもう離さない。
もう一度握りなおしたら、ゆいも強く握り返してくれた。
✳︎✳︎✳︎
ゆいと、手を繋いで歩き始める。
神社から出ると、暮れはじめた街に、点々と暖かな光が灯っていた。
オレンジ色の空に、夜の色が混ざってゆく。
それがとても綺麗で。
何が、という訳ではないけど、この空はゆいに似てる。
こっそり、隣のゆいを見上げた。
視線に気付いたゆいが、柔らかく微笑んだ。私もつられて笑顔になる。
「ゆい、おっきいケーキ買ってこうね。」
「あー、また太るんじゃない?」
他愛のない会話が嬉しい。
直といる時も、そんな会話が本当に心地よかった。
でも、胸がぽかぽかしたり、きゅっとしたりはしなかった。
ゆいにだけ感じる気持ち。
18年間知らずに来たのに、今はその気持ちがなんなのか分かる。
愛してる。
私の手を引いて歩く、背の高いゆいの横顔を見ながら、心の中で何度も呟いた。
「やっぱり予約してないとダメだね。」
「でも、何とか買えそうでラッキーだよ。」
お店はどこも予約客ばかりで、飛び込みでケーキが買える雰囲気じゃなかった。
仕方ないねと諦め気分で歩いていたら、駅前のコンビニでサンタの格好をしてる店員さんが、ホールのケーキを売っているのを見つけて、今、行列に並んでいる。
「小百合は甘いもの好きだよね。」
「え?ケーキのないクリスマスなんて、おせちのないお正月とおんなじじゃん。」
「なにそれ(笑)」
「ん?なんかヘン?」
「んーん。可愛い。」
そう言ってゆいが笑った。
何故か、ゆいだとからかわれてる気がしなくて、素直に嬉しくなる。
「あ、パパにLINEしていい?」
「いいよ。私、お会計しとくから、近くで待ってて。」
私は列の邪魔にならないように、コンビニの前から少し離れたところに移動した。スマホを取り出し、少しかじかむ指先で画面に触れる。
『パパ。ゆい見つけたよ。ケーキ買って一緒に帰るね!』
LINEの送信ボタンを押してしばらくしたら、すぐに返事が返ってきた。パパも待っていてくれてるんだ。なんだか、嬉しくてたまらなかった。
「お待たせ。」
ゆいが、右手にケーキを下げて戻ってきた。
すぐに左手が私の手を取る。
「ケーキありがとう。パパが早く帰っといでって。チキン焼くみたい。」
「じゃあ急がなきゃね。あ、でも、ちょっとだけいいかな?」
「なに?」
「一緒にツリーを見たいんだ。小百合と。」
そう言って、ゆいは私の手を引いた。
ゆいに連れられたのは、コンビニから少し歩いたところにある、オフィスビルだった。ビルの前には小さめの光るツリーがある。
どこも、白や青の光が輝くツリーが多いけど、ここのは暖色系の光が輝いていた。
「本当はもっと計画したかったんだけどね。この辺りのツリーでは、私はこれが一番好きなんだ。」
「…綺麗。」
「ほんと?」
「うん。」
「良かった…。」
2人とも、しばらく黙ってツリーを見上げていたら、ゆいがポツリポツリと話し始めた。
「…私、かくれんぼも嫌いなんだ。」
「か、かくれんぼ?」
「うん。」
ゆいは突拍子もないことをよく言う。
だけど、それが大事な話に繋がっていくことも知ってるから、黙って聞いていた。
「…かくれんぼで、誰も見つけてくれなかったら、って思ったら怖くて。そしたら、かくれんぼが怖いんじゃなくて、誰にも見つけてもらえない事が怖かったんだ。」
「…うん。」
ゆいのお父さんは、ゆいとまどかさんを置いて出て行ってしまった。置いてかれるのは誰だって怖いけど、ゆいにとっては単純に怖いというよりも、きっとトラウマなんだ。
「だから、小百合が見つけてくれて、すごく嬉しかった。私はもう大丈夫って、そう思えたんだ。」
ゆいが笑う。
私を見つめる瞳が光を反射して、きらきら揺らめく。
その笑顔、その言葉。
胸がまたきゅっとした。
あったかくて、涙が出そうで、幸せで、ちょっと切ない感じと、ゆいに触れたくて堪らない、焦るような感じ。
「ゆい…」
「…?」
背伸びして、ゆいにチューした。
ビクッと身体を震わせたゆいが、すぐに唇を押し付けてチューを返してくれた。
あったかかった唇に冷たい空気を感じて、目を開けると、ゆいが少し困った顔で微笑んでいる。
「ビックリした…人、いるよ?」
「…いいの。」
「…小百合?」
人がどう思おうと、関係ないと思った。
ゆいを好きな気持ちに、もう嘘はつけない。
「ちゃんと探すよ。」
「…うん。」
「ちゃんと見つけるよ。」
「…うん。」
「ゆいには私がいるよ。」
「…そうだね。」
ゆいが諦めたものを、私が探したい。
ゆいの心に触れたい。
ゆいが望むことを、一緒に叶えていきたい。
「…私の、小百合。」
視線を下げて、ゆいが私を見つめる。
その瞳を見ているだけで、何を望んでいるか分かる。
目を閉じると、顎を持ち上げられて、唇に柔らかいものが重なった。
ゆいだけの、私。
私だけの、ゆい。
誰かだけのものになるということが、こんなに自分を満たすなんて、知らなかった。
✳︎✳︎✳︎
「パパ、ただいまー。」
久しぶりにくぐる葉山家の門扉。
小百合に促されるまま玄関に入ると、その音を聞いて圭吾さんがリビングから顔を覗かせる。
「ゆいちゃん、小百合、おかえり。」
何も告げず突然飛び出した私を、圭吾さんは優しく迎え入れてくれた。
「ごめんなさい。いろいろご迷惑おかけしました。」
「ゆいちゃん、水臭いよ。大丈夫だから、頭を上げて?」
頭を下げる私の肩をポンポンと叩いて、圭吾さんは微笑んだ。
肩に感じた、固い手のひらの力強い暖かさ。
私はお父さんとの記憶があまりないけれど、これがお父さんなんだなと、少し懐かしく思えた。
「パパ、これ。」
小百合が、買ってきたケーキを差し出す。
「言ってたやつか。でっかいの買ってきたなあ。何人で食うと思ってるんだよ。」
「パパいらないならいいよ。私が食べるから。」
「おまえ、太るぞ…」
「太ってもいいんだもん。」
小百合がちらりと私の方を見て、すぐに圭吾さんに視線を戻す。
「さて、今日はクリスマスイブだけど、その前に話をしよう。とりあえず2人とも手を洗っておいで。」
圭吾さんはそう言って、コンビニのケーキを持ってリビングに入っていった。
小百合と再会できたことで浮かれていたけれど、私が家族を台無しにしたことに変わりはない。
小百合に手を引かれ、圭吾さんが気遣ってくれたから、もう一度この家に戻ってこれた。でも、もう、ここに自分の居場所を見つけられる自信はなかった。ただ、クリスマスイブに招かれた客人。そんな感覚がどうしても拭えない。
手を洗う小百合を見る。
その横顔は穏やかで、恐れの色が無いことが、かえって不安だった。
気持ちの表れだろうか。リビングまでの距離が、なんだか遠く感じていた。
✳︎✳︎✳︎
「お、来たか。じゃあ座って。」
リビングに入ると、圭吾さんはニコニコと椅子を勧める。
ダイニングテーブルには、既に美味しそうな料理が並べられていて、キッチンからは香ばしい匂いが漂ってきた。小百合が言っていたチキンだろうか。
私は、小百合と向かい合わせの、かつての定位置に座った。
「おーい、まどかさんも早く座って。」
お母さん?
お母さんも居るんだ…。
いつぶりだろう。連絡はとっていたけれど、ここを出てからしばらく顔を合わせていない。ちゃんと、話をしていない。
「小百合ちゃん、ゆい、おかえりなさい。」
キッチンから出てきたお母さんは、いつもどおりの柔らかい笑顔で、私たちを迎えてくれた。
伝えなくてはいけないことも伝えず飛び出して、久々の対面で気まずいはずが、その笑顔を見たら、なんだかホッとした。
「料理が冷めるから、手短に話すね。」
全員が席に着くと、圭吾さんはそう言って、話し始めた。
「小百合、ゆいちゃん。俺たち話しあって、もう一度家族を始めることにした。色々あったけど、色々あったからこそ、俺たち4人は本物の家族になれるって、そう思ったんだ。だからね、まどかさんにも帰って来てもらった。ゆいちゃんにも帰ってきて欲しい。」
「…でも。」
「ゆいちゃんは、どうしても一人暮らしがしたいの?」
「いえ、そういう訳では、ないですけど…」
「俺は鈍感だけどさ。でも、ゆいちゃんが気を使ってくれたことは分かるんだ。守りたかったからなんじゃないか?みんなの幸せとか、そういうのを。」
「…。」
何も言えなかった。
「ゆいちゃんだけが犠牲になる幸せなら、俺はいらない。何でも一人で抱えるのは、やめて欲しい。ねえ、まどかさん?」
小さくため息をついて、圭吾さんは、口元だけで微笑んだ。そして、お母さんを見つめた。
「それは私に責任がある。ゆいには負担をかけたから。…ごめんなさい。でも、もういいんだよ。ゆい、甘えていいんだよ。」
「そうさ。ゆいちゃんも、小百合も、いつか巣立つ日がくる。それまでは甘えたっていいんだ。でさ、ゆいちゃんが自分の意思でどうしても一人暮らししたいなら止めないけど、そうじゃないなら、ここで家族を始めて、ここから巣立ってもらいたい。」
俺のワガママなんだけどね、と、圭吾さんは笑った。
小百合の笑った時の目は、圭吾さん似だ。人を安心させる眼差しが本当にそっくりだから。
「正直なことを言うと、あなたたちの関係はまだ理解出来ない。だけど、お似合いかも知れないと思えるときもある。…小百合ちゃんは、口数が少ないゆいの本音に耳を澄ませてくれているから。だから、2人を見守りたいと思う。親として。それを、圭吾さんと決めたの。」
「お母さん…。圭吾さん…。」
いけないことはしていないと思っていた。
だけど、どこかで後ろめたさもあった。
だから、何も言わずに去ったんだ。
みんなの幸せのために…そう思ってはいたけれど、そうじゃなかった。
何かに一番怯えていたのは、私だったんだ。
それなのに、誰も私を責めない。
ここにいていいと、言ってくれる。
「ゆい…。」
小百合がティッシュを差し出してくれて、私は、私が泣いていることに気がついた。
「…ここに、いて、いいですか?」
答えはもうもらっているけれど、自分から聞かないと掴めない気がして。
しゃくりあげながら、聞いてみた。
「ゆいちゃんは、うちの長女で、俺たちの家族で、小百合の一番大事な人だ。いてもらわなきゃ困る。」
手を伸ばして掴めなかったら怖いから、ある日から手を伸ばさないで生きてきた。
でも、手を伸ばしたら、ちゃんと掴んでくれる手があった。
ずっと欲しかったもの。
私の居場所は、ここなんだ。
「ありがとう…ございます。」
「また水臭い!ま、そんなわけだから、ゆいちゃんは、いまいるアパート、次の更新はやめて早く戻っといで。小百合に手伝わせてさ。」
「え?ゆいのお手伝いしていいの?」
「妹が姉ちゃん手伝うのは当たり前だろ。受験勉強に穴を空けなければ問題ありませーん。」
「やった!明日!ゆい、明日片付けに行こう!」
「ねえみんな、せっかくのご飯が冷めちゃう!とりあえずもう話すことは話したし、乾杯しない?」
「それもそうだな。じゃあみんな何飲む?ゆいちゃんは21だよな。今日ぐらい一杯付き合えよ。」
「…はい!」
「え?!ゆいってお酒飲めるの?」
「飲めるよ。普段飲まないけどね。」
「えー!大人!」
「一応、大人だよ(笑)」
圭吾さんとお母さんと私はシャンパン、小百合はコーラを入れたグラスを持つ。
「じゃあ、新しい家族ってことで。これからもよろしく。乾杯!」
クリスマスイブなのに宴会の挨拶みたいな圭吾さんの音頭を小百合が冷やかして、それをみてお母さんも笑って。なんて幸せなんだろうって、私も笑った。
長いかくれんぼを、小百合が終わらせてくれた。
ずっと苦手だったクリスマスを、新しい家族が幸せなものに変えてくれた。
もう、怖くないよ。
ずっと怯えていた、私の中の私にそう言った。
✳︎✳︎✳︎
「メリークリスマス、小百合。」
「メリークリスマス、ゆい。」
お互いの首に、ペンダントをかけあう。
なんだかメダル授与みたいだねと笑いながら。
「お揃いだね。」
「なんか照れるね。」
ちいさなふたつのプレートが、私と小百合の胸元で揺れる。
「でも、ちょっと圭吾さんには申し訳なかったな。」
「なんで?パパもいいよって言ってたじゃん。」
「そうなんだけど。小百合にあげたくて買ったものだと思うとね。」
「いいんじゃない?娘にプレゼントしたってことには違いないんだし。ゆい気にし過ぎ。嬉しくないのー?」
「すごく嬉しいよ。」
小百合がそう言ってくれたら、まあいっか、って気持ちになる。
小百合と二つ目のお揃い。
嬉しくないわけがない。
「でも、これをパパがくれた時はビックリしたなあ。ゆいが言ってくれたんだね。」
「絵馬に書いてたから。プレゼントとして欲しいのかなって思ってたよ。」
「違うんだ。これ、ママからもらったの。」
「そうなの?」
お母さんの形見?
何故、圭吾さんは知らなかったんだろう。
「リターントゥティファニー、って言うんだって。」
知ってる。
何処かで落としても、ちゃんと持ち主に戻るようにという意味で、シリーズ化されたものだ。
「ママが、『小百合が自分を見失っても、必ず見つけ出してくれて、小百合の全てを受け入れてくれる人に出会えますように』って、私の19歳の誕生日に渡すつもりで、パパにも内緒でこっそり用意してくれたみたい。」
「そうだったんだ…。」
「外して制服のポケットに入れたまま、何処かで無くしちゃって。探しても探しても出て来なかったから、神さまにお願いしたの。19歳までに、無くしたダブルハートと、運命の人と、将来の夢が見つかりますように、って。…そしたら本当に叶っちゃった。」
本当に、驚くような巡り合わせの中で、私たちは出会ったんだね。
親の再婚で姉妹になった私たちは、反発しながら惹かれあって、壊れそうになりながらも、今、並んで笑っている。
「あ、でも夢はまだだった。」
私にもたれた小さな身体を抱き寄せる。
いい匂いがする小百合の髪に鼻を埋め、深呼吸した。
「私が一緒に、小百合の夢を探すよ。」
そう言うと、小百合は嬉しそうに笑って、猫みたいに頬を摺り寄せた。
白い頬を撫でると、そっと目が閉じられて、まつ毛が濃い影を作る。
形のいい唇に引き寄せられるように、唇を重ねた。
キスをするたびに、胸元のチャームが揺れる。
寄り添う二枚のプレートは、まるで私たちだ。
もう離れないし、もし見失うことがあっても、必ずお互いに戻ってくる。
無くしても、必ず手元に戻ってくる。
ティファニーにかけられた魔法のように。
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