英ポンドが7日早朝の東京外国為替市場で急落した。ドルに対しては1985年以来31年ぶりの安値を更新。わずか数分の間に大きく下げ幅を広げる局面もあった。独仏など欧州連合(EU)側、英国の政府首脳が互いにけん制する強気の発言が市場を駆け巡ったことが引き金だ。経済的な打撃をいとわずにEU離脱に突き進む「ハード・ブレグジット(強硬離脱)」が現実味を帯びるにつれ、ポンドの動揺が大きくなっている。
■5分足らずで6%下落
「何があったんだ」、「こっちも急いで売れ」、「いや買いだ」――。証券会社や銀行などの為替ディーラーたちは、英国時間では深夜に当たる東京市場早朝での突然の英ポンドの急落の対応に追われた。
異変は7日の午前8時5分すぎに起きた。1ポンド=1.26ドル前後で推移していたポンドは、そのわずか2分後の8時7分に節目となる1.20ドルを割り込み、さらに2分後には1.18ドルまで急落。わずか5分足らず間にポンドの下げ幅は6%に上った。
対ドル相場の下落が余りに急激だったことから、その影響は円やユーロなどほかの通貨にも及んだ。ポンドは対円でも数分で10円近く下がった。
プロのディーラーも予想していなかったタイミングでのポンドの急落。あまりに急激な値動きは、一部に「誤発注が原因だったのではないか」との声も出ていたが、さらなる下落に向かう伏線はあった。
英国の保守党大会で今週、メイ首相が示した離脱方針である。「2017年3月末までにEU離脱を通告する」と宣言。市場は、非公式な会合を通じてEU側と地ならしする柔軟なスタンスと一線を画したと見て、メイ首相の発言を強硬姿勢で離脱交渉に臨む「ハード・ブレグジット」の意思表示と受け止めた。
■「組織を守るため、厳しい交渉」
離脱交渉は、予想以上に険しくなり、結果として英国経済は大きなダメージを被るかもしれない――。6日には、そんな心配を予感させる駆け引きが英国の外で繰り広げられていた。
「断固とした姿勢を取らなければEUの原理原則を危機にさらすことになる」。オランド仏大統領は6日、パリでのユンケル欧州委員長との会談で、強硬姿勢を改めて示したのだ。
オランド大統領は、英国の主張を認めれば、「他国も(英国に続き)、義務を逃れつつ、利益は得ようとEU離脱を望むかもしれない」と指摘。「組織を守るためには、英国と厳しい交渉が必要だ」と促したという。
経済的な便益は欲しいが、難民は受け入れたくない――。そんな英国の身勝手な態度は絶対に認めない、と言わんばかり。英国とEU諸国との間に漂う空気は不穏そのものになっている。
オランドと並んで影響力が大きなメルケル独首相も6日、呼応するかのような発言を口にしている。
「(移民を含めた)すべての自由を尊重せずに、今まで通り、EU市場へのアクセスを求めるような圧力には屈してはならない」。ドイツ産業連盟(BDI)が開いた年次総会で経営者らを前に宣言した。
■英国の「レッドライン」
メルケル氏の発言について、欧米メディアは「いいとこどりはさせないという、けん制」などと報道。今後の離脱交渉が英国にとって厳しくなると解説した。
こうしたEU側の発言に対し、英国も黙っていない。ハモンド英財務相は6日、ウォール街の金融機関との会合で「メイ政権は、(企業に厳しい政策をとる)『アンチ・ビジネス』の姿勢はとらない」とアピール、EU離脱による英経済への影響に配慮する立場を示したという。
ただ、問題は「英国政府の離脱強硬派は、移民や難民などのヒトの移動の制限を絶対に譲れない『レッドライン』と考えている」(三菱UFJモルガン・スタンレー証券の中沢剛シニア・マーケットエコノミスト)点にある。
英国は来年3月までにEU離脱を通告し、離脱交渉がスタートする。交渉期間は2年間。その間、政治の空気を読むのにたけた投機筋が、今朝のようなポンド売りを仕掛ける場面を何度も目撃するのかもしれない。
(浜美佐、岸本まりみ)