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「100年かかるジャーナリズムの壮大な実験」ビデオニュース・ドットコム・神保哲生代表インタビュー

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ジャーナリズムが維持できるか「100年」たたないと分からない

ーたしかに、今の時代にジャーナリズムを中心的な事業にして展開していくのは大変ですね。

神保:僕は事業を成功させて、いずれは上場でもして一儲けしてやろうと考えて、ビデオニュースを立ち上げたわけではありません。ただ儲けたいだけなら、多分報道なんてやってないと思います。ビデオニュースを通じて、市場原理の下でも公共的なジャーナリズムの実践が可能であることを証明したいと考えているだけです。インターネット時代のメディア環境の中で、公共的なジャーナリズムが成り立つかどうか。成り立たせるためには何をしなければならないか。ビデオニュース・ドットコムを始めて16年になりますが、まだはっきりとした答えは見つかっていません。おそらくその答えは、100年くらい事業を続けなければ分からないでしょう。

新しいメディア環境の中でも通用するジャーナリストを育成できるかどうか。育成するだけでなく、自分がそういう存在になれるかどうか。それを実現するためには単に能力面だけではなく、使命感や倫理観が不可欠になると思います。同時に、市場がそういう「公共的なジャーナリズム」の価値をきちんと評価できるようになるかどうか。今、ビデオニュースはそんなことを100年ぐらいかけて試す壮大な実験のただ中にあると思っています。

100年のうちに達成しなければならない目標は、まず新しいメディア環境の下で通用するジャーナリズムの担い手を、一人でも多く育成すること。そして、それなりの規模のオーディエンスを抱えたメディアとして、社会の中で一定の役割を果たせるようになることです。今はまだ有料会員数が1万、2万のオーダーですが、少なくとも数十万から100万くらいにはならないと、公共的なニュースを扱う報道メディアとしては半人前だと思っています

ビデオニュース・ドットコムの有料会員(月額540円)は現在、1万5000人。まだまだ”辺境”のメディアだと思っていますが、一気に会員を増やす奇策などは考えていません。会員=視聴者を増やすためには地道な報道を続けていくしかないというのが、16年間報道事業を続ける中で得た確信です。限られたリソースの中で、常にジャーナリズムが果たすべき役割は何かを考え、自分たちなりにできることをやっていく。

そして、それを実践できる人材を一人でも多く育てていく。そういう考え方に共感してくれる人が集まってきてくれるといいと思っているし、そういうわれわれの報道に価値を見出してくれる人が少しずつでも会員になってくれれば嬉しく思います。それが、ビデオニュース・ドットコムの「ビジネスプラン」です。

僕が事業を始めたとき、いろんなベンチャーキャピタルの人たちが接触してきて、上場モデルやビジネスプランを持ってきました。皆さん「何年以内に何十億円の資産価値になるはずです」といった美味しそうな話を持ってくるんだけど、僕が事業理念として今みたいな話を始めると、みんな下を向いてしまうんですよね。「公共性だのジャーナリズムだのと言っているようでは儲からないな」というのが、彼らの本音だったのでしょう。

まあ、もともと目的が違うんだから、しょうがない。僕がやっていることは「ジャーナリストが事業をするとこうなる。だからダメなんだ」という典型なんです。でも、あえてそのやり方でやっているんです。もちろん、事業がある規模になったらもう少し経営マインドを持った人が必要になるかもしれない。会社が成長していく過程にもいくつかのフェーズがあると思いますが、まだまだわれわれは黎明期という認識です。

少人数のチームで「ゆるやかな上昇」を目指す

ービデオニュース・ドットコムの有料会員は約1万5000人ということですが、順調に増えていっているようですね。

神保:確かに少しずつ増加はしています。でも、15年間で1万5000人ということは、1年当たり1000人にすぎないんですよ。平均すると1カ月で100人くらいの計算です。出入りの激しいネットの世界で有料会員を月に100人増やすためには、新規の会員が300人は必要です。毎月、200人くらいが解約するからです。ネットはワンクリックで手軽に会員になれますが、解約も同じくらい簡単なので、おかげでこっちは大変です。

大変ですが、僕はネット時代にジャーナリズムが成り立つためには、このやり方しかないとも思っています。公共的なジャーナリズムはこれまで専ら、特権的な既存のメディア企業が担ってきました。しかし、既存メディアのビジネスモデルはもう完全に崩壊しています。ネットの登場でメディア市場が完全な自由競争に移り変わっていく中で、本当に公共的なジャーナリズムが成り立つのかどうか。その答えは、日本だけでなく、世界がまだ模索している状況です。

たとえばアメリカでは、次々と廃刊に追い込まれる新聞社を、そろそろ公的に支援すべきではないかという議論が真剣に始まっています。しかし、報道機関が公的資金を受け取れば、間違いなく権力の監視機能は弱まります。逆に、公的資金を入れておきながら、政府が一切口を挟めないということになると、今度はガバナンスの問題が生じるでしょう。

僕はやはり、ジャーナリズムは独立していなければならないし、そのためには市場で生き抜いていかなければならないと思っています。でも、一切の特権がない環境の下で、本当にそれが実現できるという保証は今のところ全くありません。まだ、それを実現したところが無いからです。これは僕だけでなく、民主主義社会全体にとって、大きなチャレンジなのだと思います。

ービデオニュース・ドットコムのスタッフの数はどれくらいですか?

神保:フルタイムで働いている人間は、僕を含め、全部で3人です。あとはアルバイトとか契約のスタッフがもう2~3人。トータルで5~6人という布陣です。その他に、宮台真司さんなど、レギュラーの出演者が数人います。

ー約15年の事業の中で、少しずつでも増えているんでしょうか。

神保:ちょっとずつ増えてはいますが、会員の増加ペースがさっき言った通りなので、一足飛びにスタッフを増やせる状況ではありません。少しずつ有料会員を増やし、それを追いかけるように少しずつスタッフを増やしていく今のやり方を、「縮小均衡モデルだ」なんて揶揄する人がいます。出資者からある程度の資本を集め、ある程度の規模から始めるのが本来の起業というものだというのでしょう。しかし、そういう人は報道で稼ぐことがどれほど難しいかを知りません。簡単には稼げない事業をやっているという認識があれば、安易にコストを膨らませたりはしないはずです。

それでも、どうしてもコストをかけないとならないのが、ジャーナリストの育成です。技術や能力だけでなく、公共的なジャーナリズムのマインドも育てていかなければいけない。うちの門を叩くような人間は「本気でジャーナリズムをやるにはビデオニュースしかない」と思ってくれる人が多いし、実際にそういうことがやりたい人には、他に行き場などない。だから、そういう人を採用する以上、一生面倒をみる覚悟が必要だと考えています。

人材の育成や取材にコストをかけるために、機材やスタジオにはできるだけお金を使わないようにしています。機材も基本的にすべて民生品を使っていますし、うちのスタジオは今でも目黒駅前のマンションの一室です。テレビ局のような防音仕様になっていないので、近くを救急車や消防車が通ると、収録を中断しなければなりません。選挙のシーズンも選挙カーの音が入ってきて苦労します。

もちろんスタジオは立派なほうがいい。でも、自由競争の市場で有料の報道事業を営んだ経験がある人なんていないので、設備に一定のお金をかけた時、どれだけリターンが期待できるのかなんて、実は誰も分からない。これまではスポンサーがOKしてくれればそれでよかった。しかし、今は市場がそれをどう評価するかに掛かっています。スタジオが立派になれば、本当に有料会員が増えるでしょうか。ガチンコで報道事業を営んだ時、報道だけでいくら稼げるかなんて、誰にも分からない。だから、壮大な実験なんです。どうすれば報道で稼げるかもわかっていないのに、簡単に稼げることを前提にしたビジネスプランでは、うまくいきっこない。笑われてしまうかもしれないけど、コストをかけずに地道に公共的なジャーナリズムを追求していくというのが、僕の唯一のビジネスプランです。

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