「日本の石」ヒスイ 77年前の業績に光
古くから日本人に親しまれてきた緑の宝石ヒスイが9月下旬、日本鉱物科学会の「日本の石(国石)」に選ばれた。77年前、国内でヒスイが採れることを突き止めたのは東北帝大(現東北大)の若き研究者。「埋もれた画期的な発見に光を当てたい」。ノーベル賞で世界中が沸く中、地道に研究を重ねた鉱物学者の業績を紹介しようと、関係者は仙台市で年内の企画展開催に向け準備を始めた。
ヒスイは縄文、弥生、古墳時代にかけて勾玉(まがたま)などの宝飾品として珍重され、各地の遺跡から出土している。しかし、昭和初期までは国内の産地が見つかっておらず、出土するヒスイは大陸から持ち込まれたと考えられていた。
こうした説を覆したのが、東北帝大理学部助手だった故河野義礼(かわのよしのり)さん(1904〜2000年)。1939年、30代半ばの河野さんは、新潟県糸魚川市で見つかった緑色鉱物の鑑定を依頼され、化学分析でヒスイと特定した。現地も調査し、国内でヒスイが産出することを初めて確認した。
国内のヒスイ産地発見は当時、日中戦争の混乱下で注目されなかったが、考古学史を塗り替えるインパクトがあった。「岩石学的にも考古学的にも鍵となる研究だ」。東北大総合学術博物館の長瀬敏郎准教授(鉱物学)は評価する。
緻密な分析で、信頼度の高いデータを得た河野さん。後に理学部教授となっても、実験には真摯(しんし)に取り組んだという。
指導を受けた同大の蟹沢聡史名誉教授は「河野先生は都合の悪いデータも無視せず検証し、実験はかくあるべしという手本を見せてくれた」と振り返る。
企画展は主催、会場ともに同博物館。ヒスイをはじめ宮城県にゆかりのある鉱物や化石を展示し、河野さんの業績を広く紹介する考えだ。
日本の石は、日本鉱物科学会が9月に法人化されたのを記念して、花こう岩、輝安鉱、自然金、水晶、ヒスイから「最も日本らしい石」を会員の投票で選んだ。
[ヒスイ(ヒスイ輝石岩)]プレートが沈み込む低温高圧の状況でできる。新潟県糸魚川市が国内最大の産地で、同市産のヒスイは約5億2000万年前と世界最古。鳥取県、岡山県などでも産出され、海外ではミャンマーや中米が産地として有名。中国などで加工が施され、ヒスイと称される「軟玉」は別種。
2016年10月07日金曜日