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>投稿者:管理人 投稿日:2013年 2月12日(火)06時18分39秒
>日蓮大聖人を末法の御本仏と仰ぎ、寿量文底の教主釈尊こそは日蓮大聖人と尊信する者
>だけが、真に「日蓮大聖人様」と言えるのである。
「釈迦如来(=大聖人)久遠元初当初自受用報身如来である日蓮聖人だ」
は『中古天台本覚思想・恵心流』で、師敵対の寛師の新説です。
日蓮本仏論などという中世の捏造を真に受け、聖人御立の本尊・久遠五百塵点劫
教主釈尊という"仏"として見る事が出来ない、大石寺に一切の悲劇があります。
日蓮の異流儀である、富士の大石寺教学・日蓮本仏論こそ、聖人の教義から見れば
異流儀であることを、まずその自覚することから始めなければならない。
聖人・興師・目師・道師及び日蓮門下総体は宗祖を本仏だと拝していたのか!
文証を出しなさい。
大月天曰く、
>其の事は、日寛上人から遡る事、三百有余年、重須の大学頭、三位日順師が詮要抄に於いて、
>『久遠元初自受用報身とは本行菩薩道の本因妙の日蓮大聖人を久遠元初の自受用身と取り定め申すべ
>きなり』(富要第二巻・宗義部① 83頁)と述べられておる。
⇒『本因妙口決』本因妙抄を注釈した書で詮要抄ともいう。本因妙抄は百六箇抄と共に両巻相承・血脈抄と呼ばれれているが、
全てが偽書である。 このようなものが文証になるのか!
大石寺教学は、宗祖日蓮とは無縁の教義。
『本門戒壇の板本尊』・『二箇相承』・『日興跡条々事』 ・ 日蓮聖人の遺骨
『唯授一人嫡々血脈相承』・「御肉牙」・『文字曼荼羅本尊開眼』・『日蓮本仏論』
「三身即一身」 ・「一身即三身」 ・ 「久遠元初自受用報身如来」
「無作」・「無作三身」・「本因妙」・ 「御義口伝」・
「産湯相承書」・ 「百六箇抄」 ・ 「本因妙抄」 ・ 「総勧文抄」 ・ 「教化弘経七箇口決大事」
「当体義抄」・ 「三大秘法稟承事」 ・ 「御本尊七箇相承」 ・ 「寿量文底大事」 ・ その他沢山
これらは全て、文献学・ 歴史学・書誌学・考証研究の結果に基づいている。
大石寺からこれらの邪義を取り払うと、何が残るのか!
残るのは石ころの寺だけ。
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