2016年のノーベル物理学賞は物質における"トポロジカル"な理論!?
2016年のノーベル物理学賞は「物質におけるトポロジカル理論」
2016年10月4日、ノーベル物理学賞の受賞者が発表されました。受賞したのはDavid J. Thouless(サウレス)、F. Duncan M. Haldane(ハルデーン)、J. Michael Kosterlitz(コステリッツ)の三名。近年、日本人が続けて受賞していたため今年も!と期待されていたのですが受賞ならず。少し残念ですが、今回は貰うべくして貰ったノーベル賞と言える研究内容なのです。
今回の受賞理由は「for theoretical discoveries of topological phase transition and topological phases of matter」、訳すならば「トポロジカル相転移と物質のトポロジカル相の理論的発見」といったところです。何言ってるのかまったくわからないですよね。去年の「ニュートリノが質量を持つことを~」とか、一昨年の「青色発光ダイオード」とかなら、内容がわからなくても何となくわかるのですが。そのせいか、多くのメディアのニュースも、曖昧だったりよくわからない説明をしていたりしますね(よくわからない説明だから読んでもわかるわけがない)。今回は物理をやっていない一般の人たちにも「トポロジカル相転移と物質のトポロジカル相の理論的発見」が理解できるように解説しようと思います!
トポロジカルって?
ところで「トポロジカル」って何でしょう?多くの人は人生で一度も聞いたことがない言葉でしょう。これは、数学の分野の一つである「位相幾何学(トポロジー)」からきています。この理論自体はとても難しいのですが、簡単に言うと「与えられた図形(空間)を連続的に変化させたときに変わらない性質を調べる理論」であると言うことができます。
例を挙げると、有名なのでは「ドーナッツとマグカップ」です。以下の図のように、ドーナッツとマグカップは、滑らかに形を変えれば互いに行き来することができます(図が動かない場合は図をクリックしてみてください)。これが、「連続的に変化させる」の意味です。このとき、どちらも穴の数が一つのままで変わっていません。これが、「連続的に変化させても変わらない性質」にあたります。ちなみに、穴を埋めたり、新しい穴を空けるのは「連続的な変形」と見なされないので、やってはいけない変形です。
このように、「トポロジー」を使うと、いろいろな物を穴の数で分類できるようになります。以下の図では、穴がゼロの物から三つの物までが示されています。
トポロジカルはわかったけど相転移って?
受賞理由の一つ目は「トポロジカル相転移」でした。トポロジカルはわかったとして「相転移」とはどのようなものなのでしょう?
相転移の最も身近な例は、「水の相転移」です。液体である水を熱すれば気体になりますし、冷却すれば固体(氷)になることはみなさんもご存知だと思います。ざっくり言うと、このように性質を大きく変えるような現象を相転移と呼びます。ちょっと正確に(難しく)言うと、何らかの「対称性」が破れることが相転移です(南部さんがノーベル賞を受賞した「自発的対称性の破れ」を覚えていますでしょうか?)。
この「対称性が破れる」ということのわかりやすい例は「磁石」です。磁石というのは、よく見ると「スピン」と呼ばれる小さな磁石がたくさん集まってできています(ちなみにこの「スピン」の正体は電子です)。この小さな磁石「スピン」が持ってる磁石としての性質はとても小さいのですが、これが全部同じ方向を向くことによって強い磁石の性質を発現しているのです。下の図の左がそのイメージです。ちなみに、左を強磁性体、右を反強磁性体と呼びます。この状態のどこが「対称性を破っている」のでしょうか?それは、本来どこを向いても良いはずの「スピン」が、すべて一つの方向を向いていることです。360度どっちを向いても同じという「対称性」が破られているのです。
磁石も水と同じように温度によってその性質を大きく変えます。実際に、磁石をバーナー等で炙ってみるとわかるのですが(危ないから家ではやらないでね)、磁石は対称性を取り戻して「スピン」がそれぞれバラバラな方向を向いて、磁石としての性質を失います。もちろん、また冷やせば磁石としての性質を取り戻します。この変化が磁石における「相転移」というわけです。
物質には、このような温度の変化による相転移の他にも、圧力や磁場、不純物の量などの変化による相転移も存在します。
ベレジンスキー・コステリッツ・サウレス転移
今回コステリッツとサウレスがノーベル賞を受賞したのは、上で説明したような相転移ではない、新しいタイプの相転移を発見したことが一つの理由です。それが「ベレジンスキー・コステリッツ・サウレス転移」。ベレジンスキーは若くして亡くなった天才なのですが、相転移としての理解をしていなかったため、単に「コステリッツ・サウレス転移」とも呼ばれます。
先ほどの磁石の「スピン」は360度どの方向でも向くことができたのですが、何らかの理由で平面上に閉じ込められた「スピン」を考えます(時計の針みたいな感じです)。実は、このような二次元空間に閉じ込められたものは、熱などによる「揺らぎ」が強く働くため対称性を破った状態はすぐに壊されてしまいます(マーミン・ワグナーの定理と呼ばれています)。対称性を破れないのですから、普通に考えれば相転移は存在しないことになります。ベレジンスキー、コステリッツ、サウレスらは(ベレジンスキーは独立に)、このような系において、新しいタイプの相転移が存在することを発見しました。
このような系では、少ないエネルギーで二つの逆回転の「渦」を作ることができます。一つの「渦」を作るにはたいへん大きなエネルギーが必要なのですが、二つの「渦」をそれぞれ逆回転で作ることには大したエネルギーを必要としないのです。下の図を見てください。全部の「スピン」が下を向いた状態から左のように「渦」を一つ作るには、多くの「スピン」を逆向きにしないといけませんし、「滑らかな変形」では不可能だということがわかります。それに対して、右のように二つの逆回転の「渦」は、二つの距離を縮めればわかるように、まったく無理なく「滑らかな変形」で作ることができます。
コステリッツとサウレスは、温度を上げていくとある温度で、この二つの「渦」が突然に離れ離れになることを発見しました。これが「コステリッツ・サウレス転移」です。この転移には、対称性の破れを伴っていません。また、連続変形で変わらない「渦」という量が重要な役割をもつことから、トポロジカル相転移と呼ばれています。この「コステリッツ・サウレス転移」は、ここで例に挙げた薄い磁石のフィルムだけでなく、超伝導や超流動といった状態も記述することができるため、今日では普遍的な現象として理解されています。
整数量子ホール効果とトポロジー
サウレスの受賞理由には、整数量子ホール効果をトポロジーと結び付けて不正確だった理論を明確にしたことがあります。
整数量子ホール効果は、二つの半導体の間の薄い伝導体(電気を通しやすい部分)で、電子がものすごく冷やされて、かつ強い磁場がかけられたときに起きる現象です。どのような現象かというと、その伝導体を流れる電流が、ある決まった値しか取らなくなるというものです。驚くべきことに、ある程度の範囲で温度や磁場の強さ、不純物の量を変えてもその値は変わりません。さらに、磁場を十分に変化させると、流れる電流が二倍、三倍、四倍...と整数倍を取るのです。
やや正確な話をすると、ホール伝導度という量が二倍、三倍、四倍...となっていき、その逆数である(つまり1÷ホール伝導度)ホール抵抗という量が1/2倍、1/3倍、1/4倍...となっていきます。このとき、一番最初のホール抵抗は約25.8kΩであることが知られています。ホール抵抗は普通の抵抗と同じようなものだと思ってもらって問題ないので、電流も飛び飛びになることがわかると思います(中学生の時に理科で習いましたよね?)。
サウレスは、この整数量子ホール効果がトポロジーと関係していることを明らかにしました。また、受賞者の一人であるハルデーンは磁場が必要ない整数量子ホール効果を表す模型を考案し、チャーン絶縁体と名付けました。
ハルデーン仮説
以上はコステリッツとサウレスがノーベル物理学賞を受賞した理由になります。ハルデーンもチャーン絶縁体関係の仕事をしているのですが、受賞した理由は「ハルデーン仮説」の発見であると思われます。これから「ハルデーン仮説」について説明していきます。
先ほどから登場している「スピン」ですが、実は一番小さい大きさは1/2であることが知られています。基本の単位が1/2なのですから、大きくなっても1/2、1、3/2、2、...のように半整数倍しか取れません。このようなスピンを一列に繋げて並べたものをスピン鎖といいます。
ハルデーンが発見した(提唱した?)のは、スピンが半整数1/2、3/2、5/2...のときとスピンが整数1、2、3、...のときとでは、スピン鎖の性質が大きく異なるということです(つまり、相転移を起こしている)。今までの相転移は、温度などのパラメータを変えていくとあるところで相転移を起こす、というものでした。ハルデーンが発見したのは、スピンの大きさを大きくしていくと、交互に相転移を繰り返すという驚くべきものです。
実はこの相転移にもトポロジーが関係していて、スピン鎖の運動には関係しないスピン・ベリー位相というトポロジーに関係したものを計算すると、半整数と整数では異なる働きをすることがわかります。また、アフレック、ケネディ、リープ、田崎らはAKLT模型と呼ばれる、ハルデーンの考えた模型と似た模型で、このような交互に起きる相転移を説明できることを発見しました。残念ながらハルデーンが考えた模型での厳密な証明はないのですが、AKLT模型と同じことが起きていると信じられています。
まとめ
2016年のノーベル物理学賞は、数学の「トポロジー」という概念を使って、実際の物質で起きている不思議な現象を説明することができた、という発見に対して与えられたものでした。とても難しい内容なのでメディアもお手上げ状態でしたが、ここでの解説で、みなさんがトポロジー、相転移、トポロジカル相転移(コステリッツ・サウレス転移)などについて理解していただけたら幸いです(後半はちょっと難しいですよね)。
ちなみに、今回メディアは日本人が受賞しなくて残念だ、という論調なのですが、サウレスの受賞理由では東大の甲元さん、ハルデーンの受賞理由では学習院大の田崎さんがそれぞれ重要な役割を担っているので、そういうところもちょっとは取り上げても良いんじゃないかな、って気がします。
余談なのですが、去年(2015年)ハルデーンに会ったときにサイン貰っておけば良かったなぁ...って思いました。
hato
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