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〈時代の正体〉 あすヤマ場の副読本問題 「朝鮮人虐殺」記述どうなる

カナロコ by 神奈川新聞 10月6日(木)12時41分配信

【時代の正体取材班=石橋 学】横浜市教育委員会発行の中学生向け副読本から関東大震災時における朝鮮人虐殺の記述が消える可能性がある問題が一つのヤマ場を迎えようとしている。7日開催の市教委定例会で虐殺の史実を掲載するよう求めた要望書が議題に上ることが決まった。「負の歴史をなかったことにするのか、教訓として次世代に伝えていくのか。いま、大きな分かれ道に立っている」。虐殺の記述を巡る市教委の対応に政治の圧力への迎合を映しみてきた市民団体のメンバーは、要望書に対する市教委事務当局と教育委員の発言に注目している。

 市民団体「歴史を学ぶ市民の会・神奈川」が現在作成中の新副読本「Yokohama Express(ヨコハマ・エクスプレス)」の原案を情報公開制度で入手したのは6月30日。代表の北宏一朗さん(75)は歴史のページをめくり、「ここまできてしまったか」と愕然(がくぜん)とした。関東大震災を説明する箇所に朝鮮人虐殺の記述は一切なかった。

 予感はあった。旧副読本「わかるヨコハマ」の虐殺を巡る記述が保守系市議の批判を受け、その声に押されるように後退した表現に改訂されてきた経緯があるからだ。

 発端は2012年7月、市会常任委員会での自民党の横山正人市議の発言だった。横山氏は「あたかも軍や警察が虐殺したようになっている」「『虐殺』は世間で使われる表現ではない」と指摘し、外交問題に影響を及ぼしかねないと問題視。市教委はその場で改訂を約束し、12年度版わかるヨコハマは回収された上、焚書(ふんしょ)を思わせる溶解処分にされ、13年度版では虐殺の主体から「軍隊と警察」が削除され、「迫害と虐殺」は「殺害」に書き換えられた。

 だが、軍隊と警察の関与は数々の歴史研究が明らかにしてきた揺るがぬ事実であり、だから虐殺と表記している歴史教科書は少なくない。

 そうした教科書が外交問題になったこともない。横山氏の批判は不見識に基づく筋違いなものにすぎなかったが、その主張を受け入れる市教委の不可解な対応に、北代表は政治権力に対する忖度(そんたく)の影をみてきた。

 「日本が行った加害の歴史にほおかむりし、被害者として振る舞おうとする大きな流れが政治によって強められている。13年度の改訂では、震災当時子どもだった日本人が虐殺に対する反省を込めて建てた慰霊碑の写真まで削除された。政治家の意向に迎合してなされた忖度以外のなにものでもない」

 一方、同会のほか山田昭次・立教大名誉教授ら歴史研究者が記述を元に戻すよう要望しても、市教委が顧みることはなかった。

■注目される発言

 それでも、虐殺の背景には日本による朝鮮半島の植民地支配や差別意識があったことを説明する一文は残り続けた。教科書に載っていない、横浜の子どもなら知っていてほしい事柄を学ぶ副読本ならではの記述と言えた。

 再び雲行きが怪しくなったのは14年10月の市会決算特別委員会。維新・ヨコハマ会の小幡正雄市議が「分厚い副読本が必要なのか」と疑問を差し挟む。翌15年2月の市会定例会ではグローバル人材の育成というコンセプトでリニューアルすることを提案。ここでも市教委は同調し、新副読本への刷新が決まった。

 英語教材の要素も取り入れ、300ページ以上あった旧副読本から3分の1ほどに圧縮された原案はそうしてまとめられ、朝鮮人虐殺に関する記述の一切が消えた。

 7日の市教委定例会で議題に上る要望書は山田氏や田中正敬・専修大教授ら研究者約70人が連名で提出したもので、「中学生が大切な史実を知る機会を失う」として朝鮮人・中国人虐殺の事実とその背景を記載するよう求めている。

 「歴史の反省に学ばなければ子どもたちは虐殺する側に回ってしまう。教育行政が自らそうした子どもを育てる犯罪性を自覚しているか否かは、定例会で要望書に対してどのような発言をするかによって明らかになるだろう」

 北代表は、市教委が日本の歴史を肯定的に捉え、愛国心を育むことを主眼とする自由社、育鵬社の歴史教科書を採択してきたこと自体、そうした無自覚さの表れと感じてきた。

 市教委によると、今回の要望書は審査案件には該当しないものの、教育委員から市教委事務当局に説明を求める声が上がり、報告案件として議題にすることになったという。副読本作成を担当している指導企画課が要望書についての考えを教育委員に説明し、それを受けて教育委員から意見の表明や質問があるかは、その場になってみないと分からないという。

■教育行政の原点

 当初、指導企画課は年内の配本を目指し、新副読本の原稿確定を9月下旬に予定していたが、教育委員への報告を行うことになったことなどから作業はずれ込んでいる。定例会を経た後、岡田優子教育長の決裁で最終決定するとしている。

 「原案はあくまでたたき台。自信を持って子どもたちに手渡せるよう検討を重ねてきた」と説明する三宅一彦課長は改訂作業の大詰めを迎え、強調する。

 「横浜の子どもたちのために大事にしてきた教育行政のあり方は引き続き大事にしていきたいという思いは持っている」

 在日コリアンが多く暮らす横浜市にあって、民族共生を掲げ「在日外国人(主として韓国・朝鮮人)にかかわる教育の基本方針」を市教委が策定したのは1991年。在日コリアンに対する差別をなくしていくためには過去の反省が必要として、その祖先が受けた虐殺の史実を背景も含めて副読本で詳述してきた歴史がある。

 「関東大震災における虐殺は国家が認めた虐殺だった。国を挙げての差別こそ、後のアジア侵略というさらなる虐殺の原点だった」

 北代表は続ける。

 「副読本問題は横浜という一都市の問題にとどまらない。政治圧力に翻弄(ほんろう)されてきた教育行政が本来の姿に立ち返るのか、戦争の時代に再び進んでいくと自ら宣言するのかの分かれ道。異なる民族へのヘイトスピーチ(差別扇動表現)に表れている差別と排外の空気が強まっているいまこそ、原点に戻ってほしい」

最終更新:10月6日(木)12時41分

カナロコ by 神奈川新聞

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