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スポンサー様のご意向かと

 投稿者:ただ一言  投稿日:2016年10月 6日(木)13時12分59秒
  虹と創価家族様、お集まりの他皆さんへ
今日の聖教の紙面割り。10面に全15段広告。多少近い業界に勤めていましたので一言…
間違いなくスポンサー様のご意向かと思います。あまりにも不自然なページですから。
私が、聖教新聞の広告局にいたら終面、裏一面を記事ではなく、広告面にします。その方が広告は取りやすいので。笑
 

生涯広布 & 広布一筋様へ

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2016年10月 6日(木)12時27分30秒
  >いま、欧州では南無妙法蓮華経=大聖人とする教えが希薄化しつつあり
南無妙法蓮華経中心主義になりつつあるトコロが、問題と友は言う・・<
http://6027.teacup.com/situation/bbs/57661

生涯広布 & 広布一筋様、重要な御投稿を頂きまして誠にありがとうございました。
大変な問題であり、日本も同じ傾向にあるのではないでしょうか。

「御本尊は、即日蓮大聖人様であられる。」
(広布第二章の指針 第14集 昭和53年池田会長講演集)

これが池田先生の信仰の根本です。
池田先生の指導性は、昔から何も変わっていません。

変わったのは、最高幹部の指導性であり、それに従う学会員です。
池田先生の信仰観を明らかに変えてしまったのは、2014年11月に強行された会則改定です。
その責任は原田会長にあることは言うまでも御座いません。

どんなに難解な日蓮本仏論を習得しようとも、御本尊を日蓮大聖人様と信じ題目を上げる多宝会にはかなわない。
苦しみも喜びも、日蓮大聖人様に全て打ち明け唱題を重ね、人生を勝利されてきた方々です。
御本尊は紙と墨ではなく、今も息づく血の通った温かい大聖人様(仏様)と信じる信仰観に、功徳が湧いてくるのです。

誰にも言えない悩みや苦しみを、大聖人様が日々受け止めてくれる。
こんな有難いことは御座いません。
そして必ず悩みを乗り越え、正しい人生を歩んでゆけるのです。

『日蓮がたましひをすみにそめながして・かきて候ぞ信じさせ給へ、仏の御意は法華経なり日蓮が・たましひは南無妙法蓮華経に・すぎたるはなし』

この信仰観が池田先生の信心であり、我々が永遠に変えてはいけない信心の姿勢です。


 

稲田デージンに抗議しないコンペート、今日の聖教と矛盾してるw

 投稿者:ツイート人  投稿日:2016年10月 6日(木)11時34分10秒
編集済
  Twitterより

『しかし、私自身がいつも不思議に思うのは、「子ども手当より軍事費」という稲田防衛大臣の政治思想を、連立のパートナーである「平和」と「福祉」を看板に掲げた公明党の代議士が誰一人も抗議しないということ。「平和」と「福祉」よりも「子ども手当より軍事費」を優先しているということか知らん。』

本日の聖教1面、軍縮巡る世界会議と大見出し

~高まる軍事費を人道支援や環境保全に~

だってw
理念を曲げるとこうなってしまうw
みっともない見本だね。しっかりしろよ、コンペート!
 

みっもない本日の聖教新聞

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2016年10月 6日(木)11時32分37秒
  今日の聖教新聞を読んで頂きたい。
問題は、社会面(10面~11面)だ。

聖教新聞の社会面は、見開き1ページにまとめられて見やすいと、一般の方々から好評でした。
なぜ、今日の聖教は社会面を8面と11面と分けた!!

差し間違えなのか、スポンサーの意向かは不明だ。
何よりも、こんなみっともない編集など、やってはいけないはずだ(怒)

ツイッターでこのことが拡散されている。

堕落した聖教担当が、戸田先生と池田先生のお心を踏みにじっている。

~~~~~~~~~~~~

月光 @gekkoy
@seigi55 今日の聖教は社会面が8ページと11ページに分かれちゃってるけど、これはこれでいいのかねぇ??

ko-shi @seigi55

@gekkoy いつもの紙面編成から見れば完全な差し間違いでしょ(笑)

仮にこれが編集の差し間違いでないならばあそこに一面広告を差し込みたいスポンサーの意向であり
金優先の紙面作りを聖教新聞がしていることになります。

この前の謝罪の件もあるしこれは編成ミスが濃厚かと(笑)
 

釈迦像前にお題目

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年10月 6日(木)10時43分24秒
編集済
  そうでしょうね・・このビデヲを見て海外のSGIは釈迦を本仏としているなどと・・

宮田氏は血迷ったんでしょう・

このビデオ、実は私も見たことがあります。見ていて、社会的地位が高い人、有名人に起きがちなように、

あ~、彼女も・・と可哀想に思ったものです。

世界的な有名人、きちんと指導できる人はいないかも・・

しかし、インターネットの世の中、この映像が新しいメンバーに与える影響は大きいです。

ですから、欧州でも室内に拝む対象ではなくとも、飾るメンバーが増えて困っていると友は言っています。

大聖人が特殊な例で釈迦像を容認された数例がありますが、それは、あくまで特殊な例。

彼女はSGIを辞めていると思いますが、もし、これを容認している幹部がいれば・・恐ろしいことです。

陽光様が、彼女の今日このごろをご存知ではないでしょうか?

何を本尊とするかは、法華経をどう読むかに関わるもの。

本尊に迷えば、せっかく信心しても益なし・・


生涯広布 ペンギン

http://

 

全然ダメよ~ダメダメ(笑)

 投稿者:ダメよ~ ダメダメ  投稿日:2016年10月 6日(木)10時38分10秒
編集済
  今日の柳原滋雄コラム日記。

お題は「人間の本性を浮き彫りにした25年 ~ 第二次宗門事件と波田地問題」

ハタチ裁判の件は既にカンピースさんが仰るとおり。

相も変わらず信濃町界隈の一方的な偏向・誤認情報の受け売り。

大丈夫ですか?本当にジャーナリストなんですか?

お題の「人間の本性を明らかにした25年」とは貴方や信濃町界隈及び各方面の職員幹部の方々

の事では?

「 歳月はその人間の本性をつまびらかにする。宗門問題の決着をつけるために本来尽力すべき立場にあった人間が、いまではそうした行動はまったく見せず、逆のことをやっている。こんな言行不一致の人間を信頼してはならないだろう。そのことだけははっきりと言えるのではなかろうか。」
(2016/10/6 柳原滋雄コラム日記より抜粋引用)

と最後に書いておられるが、全く他人事の様な書き方。主体者ではないんですね。

「宗門問題の決着」を一番つけなければならないのは信濃町界隈の直弟子を名乗られる方々だっ

たのでは?そして先頭に立って一番戦い、本来尽力すべきお立場ではなかったのか?

しかし現実は号令をかけるだけ。会合等で威勢の良い事を言い。聖教新聞や創価新報紙上で威勢

の良い事を言っているだけ。何一つ現場で身体を張って、生命を張って、学会の為、先生の為、

会員さんを護る為に戦っていない。戦って来なかった。結果は現在の信濃町界隈の姿が全てを物

語っている。

下記の御指導はその文証とも言えます。

先生はかつて第二東京(現、第二総東京)の総会で「仏敵と戦わないと自らが仏敵となる(要旨)」

と仰られた。この御指導は翌日の聖教新聞(切り抜きあり)にも御指導は掲載され、第二東京の記

念ビデオにもきちんと収まっている。

真剣に宗門問題と取り組まず、仏敵ともまともに戦って来なかったが故に信濃町界隈の特に最高

幹部、執行部の面々は悪鬼入其身の姿になってしまったのだと思います。
 

釈迦像前にお題目?

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年10月 6日(木)10時27分53秒
  ずいぶん前からyoutubeには、ティナ・ナター
の勤行指導がアップされていますね。

釈迦像前に
https://www.youtube.com/watch?v=-9wBfK2qA1Q
仏壇前に
https://www.youtube.com/watch?v=DGK58X7YP2Y

私は、アメリカではこれも有りか?と寒心して観てま
したが、便1とか宮田教授ってティナ・タナーのファン
で、勤行出来ないから、youtubeみながらやっていた
んじゃないですか?(-_-)
やっぱし、東大卒の血気盛んな男の子は、ナルシスト
なんですよ~
 

釈尊(釈迦)の師を師とせよ・・

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年10月 6日(木)09時26分32秒
編集済
  「法華経の智慧」第4巻 寿量品より・・

(*・・捕捉書き入れ)

師とは「久遠元初の仏」「法」と「人(仏)」は本来 不可分~

池田名誉会長:法と人(仏)は本来、不可分なのです。

       釈尊(*釈迦)の説法に「法を見る者は我を見る、我を見る者は法を見る」という言葉がある。

       法を体得すれば釈尊(*教主釈尊)に会うことができ、釈尊に会えば法を悟れるという意味です。

       「我を見る」の「我」とは、根本的には「永遠の法」と一体となった「永遠の仏」です。

       寿量品では、永遠なる「常住此説法(常に此に住して法を説く)」(法華経 p506)の仏身を説く。

       文上の法華経では、五百塵点劫以来の「久遠実成の釈尊」のことだが、その指向しているのは

       無始無終の「久遠元初の仏」です。 釈尊が悟った「永遠の法」即「永遠の仏」は、あらゆる仏が

       悟った「永遠の大生命」であった。過去・現在・未来のあらゆる仏は、ことごとく釈尊と同じく

       「久遠元初の仏」を師として悟ったのです。

       それが久遠元初の自受用身であり、南無妙法蓮華経如来です。戸田先生は言われた。

       「日蓮大聖人の生命というもの、われわれの生命というものは、無始無終ということなのです。

       これを久遠元初といいます。始めもなければ、終わりもないのです。大宇宙それ自体が、
       大生命体なのです」と。

       無始無終で慈悲の活動を続ける、その大生命体を「師」として、「人間・釈尊」は人間のまま

       仏となったのです。 そして、悟ったとたん、三世十方の諸仏は皆、この人法一箇の「永遠の仏」

       を師として仏になったのだとわかったのです。

      ・・・引用終わり・・・


生涯広布:

海外ではこの「法華経の智慧」を学んでいる、そこに釈迦本仏論はない。

海外は変わらず、大聖人様が末法の本仏だが、しかし・・

いま、欧州では南無妙法蓮華経=大聖人とする教えが希薄化しつつあり
南無妙法蓮華経中心主義になりつつあるトコロが、問題と友は言う・・

この是正を、早くやらなければならなければと思ってるメンバー多しと、心ある欧州の友からの声でした。
 

柳チャ~ン、使い古された妙観講ネタ、ありがとね~

 投稿者:カンピース  投稿日:2016年10月 6日(木)09時13分30秒
  一流ジャーナリストの柳チャン、相変わらずの信濃町ネタのみを真実として、中立公平な立場をとらない立ち位置ありがとね~。

妙観講との裁判問題は全然違うのがまだわかってないのかな~(笑)

あれは、ハタチ氏から「オレにまかせとけ」って手柄を横取りしようとした某氏がやったことだよ~(笑)

それとね、ハタチ氏は「教団」と対立する立場では全然ないよ~(笑)

対立してるのは谷川主任伏怪鳥(便1)様、もしくは擁護する輩であって学会自体に弓を引くものではないね~(笑)

まあ、柳チャンのコラム日記、どう読んでも信濃町情報しか裏にはないのよね~(笑)

いったいいくら貰ってるの? (笑)

使い古されたネタを蒸し返して再利用するのは、山友だの乙骨だの3流の輩のやることなんだけど~(笑)

もっと調査して、頑張って、新たな展開を期待してるよ~、ファイト!柳チャン、\(^o^)/
 

全集未収録スピーチ

 投稿者:無冠  投稿日:2016年10月 6日(木)07時42分24秒
  全集未収録のスピーチ144編の各抜粋(聖教新聞 2006.5~2010.4)を掲示します。

2009-10-24 【新時代第33回本部幹部会 創立八十周年記念第1回全国青年部幹部会】

■ 一、きょうはまず、海外から来られた皆さん方に、全員で大拍手を送りたい。
 本当にご苦労さま! ありがとう! ありがとう!(大拍手)
 特にアフリカから来られた皆さん、お会いできて、本当にうれしいです!(大拍手) 〈アフリカからの参加者が、壇上に招かれた〉

 一、アフリカ大陸の東に浮かぶ島、マダガスカル共和国の英知の言葉に、「人と出会える一日は百日分の価値がある」とある(山口洋一著『マダガスカル』サイマル出版会)。
 一人の友と会い、語り合うことが、どれほど価値あることか。
 いわんや広宣流布のために、人と会う。友人に仏法を語り、励ましを贈っていく。その一日一日に、偉大な功徳が薫ることは、絶対に間違いない。
 きょうは、このマダガスカルからも青年部の代表が参加している。本当に、ようこそ!
 今回、参加できなかった同志の皆様に、どうか、くれぐれもよろしくお伝えください!(大拍手)

■ 今、学会創立八十周年に向けて、全国各地で、また世界各国で、新しい会館の建設、整備が進んでいることは、皆さんがご存じの通りだ。
 学会の会館には、多くの会員の方が集ってこられる。さまざま大変な中、広宣流布ヘ一生懸命に戦ってくださっている尊き方々である。
 こうした会員の皆様を一番、大事にする。学会は、この方針を永遠に貫いていかねばならない。最高幹部は、この精神を絶対に忘れてはならない。
 民衆が「上」なのだ。リーダーは「下」で、皆を支えていくのである。
 “いつも、本当にありがとうございます。遠くから、本当によく来てくださいました。
どうか、ゆっくりしていってください”──そう言って皆さんに心から感謝し、仕えていくのが、真実のリーダーの姿である。
 そして「本当に来てよかった」と喜んでいただく。ほっとして、安心して、くつろいでいただく。それが学会の会館でなければならない。
 多くの方々が勤行・唱題を行い、思う存分、行学を磨き、創価の師弟の精神を学んでいける。友人や家族の方々を呼んで、ゆったりと懇談できる。そうした施設を、さらに充実させる計画が各地で進んでいる。

●堂々たる「文化の城」「平和の城」を
 一、御書には「法妙なるが故に人貴し・人貴きが故に所尊し」(1578㌻)と記されている。
 日蓮大聖人に連なり、妙法に生きゆく尊き同志が集う会館は、まさに広布の“法城”である。これほど尊い建物はない。
 伝持の人を育て、拠点を盤石に築く。それは、法を永遠ならしめる聖業なのである。
 すべて皆様のため、未来のための建設である。皆が胸を張って、前進できる。一切に勝利していける。そのための土台を、完璧につくりたい。
 これが私の決心である。皆様へのご恩返しである。
 友人が、学会の建物を見て、「ああ、学会ってすごいね! もっと早く信心すればよかった」(笑い)と目を見張る。「我らの会館を見よ!」と誇り高く叫んでいける。そういう立派な「文化の城」「平和の殿堂」を築くことが、民衆の時代を一段と開いていく。
 これまで近くに会館がなくて、ご苦労やご不便をおかけした方々もいるかもしれない。
 大変な中を、広布のため、地域のため、同志のために頑張ってこられた皆様のことを、私はよく存じ上げているつもりである。
 しかし、広宣流布のために苦労した人は、必ず最後に勝つ。厳然たる功徳が現れる。これが仏法である。
 そのことを、深く確信していただきたい(大拍手)。

 一、十五年前の思い出であるが、私は英国のチャールズ皇太子の私邸に、お招きをいただいた。約1時間にわたる会見では、自ら建築学院を創立された皇太子と「建築」について語り合った。
 皇太子は“精神を高揚させる建築”、そして“皆に喜びを贈る建築”を志向しておられた。
 ともあれ、各地の会館をはじめとするわが創価学会の建築は、「21世紀の建築」「新しい一千年の建築」の理想を実現しゆく戦いである──。
 それぐらいの自負と誇りを持って、堂々と進んでまいりたい(大拍手)。

●大関西城を築け
 一、戸田先生は言われた。──一千万人が信心する時代がきたら、それは日本の広宣流布の確立に通ずる──と。
 先生は、その日が来るのを、本当に楽しみにされていた。
 さらに先生は、「世界で信心している人が住む国が増えれば、それだけ一閻浮提の広宣流布が進む」と言われた。
 今、世界192力国・地域にまで、妙法が弘まっている。恩師の大いなる願いを、我らは現実の上で開花させてきた。
 またある時、戸田先生は「大阪の同志が信心に立ち上がれば、そして関西が発展すれば、日本中が発展する」と語られた。
 私は、これもその通りに成し遂げてきた。
 師の言葉を、まっすぐに受けとめ、祈り抜き、悩み抜き、あらゆる苦難を突き抜けて、師の夢を実現する。これほど崇高な人生の劇はない。皆さんもまた、同じ心で進んでいただきたい。
 きょう私は、「関西よ、立ち上がれ!」とエールを送りたい。
 日本一は当然のこと、“世界一の関西”になるのだ。
 関西が、学会全体を背負って立つ。そのために戸田先生は、若き日の私を関西に行かせたのである。
 そして関西は、広宣流布の拡大において、大人数の東京を圧倒する見事な結果を残したのである。
 どうか、悔いなく戦ってほしい。頼むよ、関西!〈関西からの参加者が「ハイ!」と元気に返事を〉
 青春時代、“関西が元気なら、学会は大丈夫だ”との思いで、私は関西の城を築き上げてきた。
 関西と聞けば、あの“中之島の公会堂”で開かれた「大阪大会」を思い出す。青春の苦闘の歴史を刻んだ、懐かしい場所である。
 理不尽な権力の横暴にも、わが愛する同志は一歩も退かず、真っ向から戦い抜いた。
 関西よ、今再びの陣列を組もう! 大前進を開始しよう!
 そして、皆で一緒に“民衆勝利の大会”をにぎやかに開こう!
 誰もが讃える「大関西城」を築こう!(大拍手)

●カメラを手に自然との対話
 一、私は、恩師の心を胸に、新たな時代を切り開くため、方々《ほうぼう》の地へ行った。
 行く先々で、自然の風景をカメラに収めてきたが、何も写真ばかり撮っているわけではない(笑い)。
 写真といえば、いつも頑張ってくれている聖教新聞のカメラマンも、ありがとう!
 広布の歴史を永遠に残しゆく尊い労作業である。活躍が光っている。ご苦労さま!
 思えば、私が、折に触れて写真を撮るようになったのは、創価学会の会長になった後のことである。
 過労から体調を崩した時、心配してくださったある知人の方から、健康のためにと、カメラをいただいた。
 “たまには、写真機を持って、ちょっと奥さんを撮ってあげたり、景色を撮って、気分転換をしたほうがいいですよ”という真心が伝わってきた。
 せっかくいただいたのだから、撮った写真をお贈りしなくては──それが“宿題”となって、心に残った。何事も、真面目に受け止めすぎるのも、損な場合がある(笑い)。
 それで写真を撮るようになった。初めは、なかなか思うようにいかなかったが、時間を見つけて、ともかく撮影し、現像して、心からの御礼にと、お届けしたのである。
 ある方が、私の撮った写真を、ほめてくださった。“どんどん、撮ってください”“世界的にも、写真芸術の先駆として、きっと大きな反応があるでしょう”
 そうした励ましの言葉の通り、ありがたいことに、今、各国で写真への評価をいただいている(大拍手)。
 〈名誉会長撮影の写真作品は、「自然との対話」写真展などで紹介され、世界中で大きな反響を呼んでいる。
 海外初の写真展は1988年、美術史家のルネ・ユイグ氏の強い要望により、パリのジャックマール・アンドレ美術館で開かれた。
 名誉会長はフランスの「ヴァル・ド・ビエーブル写真クラブ」の「名誉写真芸術会員」に選ばれたほか、シンガポール、ネパールなど各国の写真家協会から終身名誉会員証等を贈られている〉

●司会の第一声で勝負を決した
 一、さらに明年は、「小樽問答」と、「札幌・夏の陣」の日本一の大拡大からも55周年となる。
 「小樽問答」が行われたのは、昭和三十年(1955年)の三月十一日。学会と日蓮宗身延派の法論である。
 その発端は、一人の婦人部の勇気ある行動であった。
 本来ならば、日蓮正宗の僧侶たちが先頭を切って戦うべきであったが、彼らに戦う気概はなかった。私をはじめ学会青年部が、多忙な合間を縫って真剣に作戦を練り、法論に臨んだ。
 いねば、「躍進している民衆宗教の勢力」と、「既成仏教の代表」が、公の場で対決することになったのである。
 当時、私は青年部の室長。戸田先生の命を受け、学会側の司会を務めた。
 そして、第一声から事実をもとに正邪を明らかにし、完璧に打ち破ったのである。

■ 一、創立八十周年へ、歴史的な第1回の全国青年部幹部会、まことに、おめでとう!(大拍手)
 日蓮大聖人は、若き南条時光に仰せになられた。
 時光が数え年で二十一歳の時である。
 「願くは我が弟子等《ら》・大願ををこせ」(御書1561㌻)と。
 「我が弟子等」との呼びかけは、まさに、青年部への呼びかけである。
 「大願」とは、広宣流布の実現である。
 広宣流布とは、人類を幸福にし、世界を平和にする大偉業だ。
 自分自身も最高に充実し、永遠に仏となれる。
 父母への親孝行にもなり、一家眷属も皆、救っていける。ここにこそ、究極の正義と勝利の人生がある。
 戸田先生はおっしゃった。
 「どんなことも、遠慮なく祈るのだ。広宣流布への願いは、大きければ、大きいほどよい。行き詰まっても、そこから本当の力が出るのだ!」
 さあ、わが愛する青年部よ! いよいよ、君たちの出番である。
 明年のテーマは「創価完勝・青年躍進の年」と決まった。
 今こそ、広宣流布の大願を起こしていこう。広宣流布という世界平和の大建設に、勇気をもって、皆で立ち上がろうではないか!(大拍手)
 広宣流布の「道」はできた。「城」もできた。あとは、「人」である。
 未来は、若き君たちにかかっている。
 今、本気でやらなければ、後悔の人生となる。結局は、自分が損をするだけだ。
 広布の労苦は、すべて、自分自身のためになる。
 妙法に生き抜く人は、永遠の「福運」を積み、永遠の「宝」と「力」を持つことができるのである。
 ゆえに、つらくとも、歯を食いしばって耐えるのだ。断じて戦うことだ。
 青年の時代だ。青年部、頑張れ!(大拍手)

●忘れ得ぬ青春の闘争
 一、私も青年時代、本当に悔いなく戦った。
 戸田先生のもとでの訓練は、皆さんが想像もつかないほどの厳しさであった。
 真夜中でも、かまわずに電話で呼び出される。そんな時は、決まって妻が、どこかでタクシーを拾ってきてくれた。
 それに飛び乗って、隼のように戸田先生のご自宅に向かった。
 二人きりの緊急の会議。先生の矢継ぎ早のご指示を、私が全部、メモに書き取っていく。終わると、もう明け方である。
 「先生、ありがとうございました。おやすみなさい」と申し上げると、先生は「ご苦労さん」とニッコリとされた。
 その慈顔が今も忘れられない。
 私は体が弱かった。医者から「30歳までは生きられない」と言われた身であった。
 その私が、今日まで元気に指揮を執ることができたのも、広宣流布の大師匠をお護りし、仏意仏勅の学会を護りに護った功徳にほかならない。
 戸田先生の事業が挫折した時は、必死で働いて、借金を返済していった。
 折伏が思うように進まない時も、先生に「大作、なんとかならないか」と言われ、猛然と立ち上がった。
 そして、故郷《ふるさと》・大田で、大折伏戦の指揮を執り、拡大の突破口を開いたのである。
 大聖人の弟子である四条金吾のごとく、先生をお護りした。先生にお仕えして、広布に戦い抜いた。
 先生のご構想は、すべて実現してきた。
 この師弟不二の闘争があったればこそ、現在の世界的な学会の基盤ができ上がったのである(大拍手)。
 我々は、ちっぽけな日本など、悠々と見おろしていくのだ。
 創価の舞台は、全世界である。
 未来に大きく広がっている。
 今こそ、青年が立ち上がる時だ。君たちに託すしかないのだ。
 真実の人材が陸続と現れることを、私は祈り、待っている。

●「日蓮と同じく」
 一、今、各地で新しいリーダーが続々と誕生している。おめでとう!
 これまでのリーダーも、本当にご苦労さまです。  さらに御聖訓を拝したい。
 「このような者(=日本第一の法華経の行者である日蓮大聖人)の弟子檀那となる人々は、宿縁が深いと思って、日蓮と同じく法華経を弘めるべきである」(同903㌻、通解)
 大聖人の弟子であるならば、堂々と、胸を張って、大聖人の仰せの通りに進むのである。御書の通りにやれば、必ず折伏はできる。私は、そうしてきた。
 創立八十周年の不思議なるこの時、戦う我らの宿縁は、あまりにも深い。そして、広布への責任を担い立つ使命は、あまりにも尊い。
 新しいリーダーの紹介の意義を込め、聖教新聞紙上で、「創立80周年へ 私の決意」と題して連載することを、ここで提案したい。皆さん、楽しみにしていただきたい(大拍手)。

●苦労した分だけすべて君の力に
 一、私は、戸田先生の大事な言々句々を、すべて記録し、残してきた。
 戦後の混乱の中、先生は、苦難と闘う同志を一人一人、奮い立たせていかれた。座談会について、先生は、こう言われた。
 「座談会での指導は、激しい渦の中で一人、旗を持って立っているようなものだ。
 強い強い生命力で、一人一人を励ましていくのだ」
 座談会が、一番大事である。
 多様な人々が集い、学び、語り合う座談会は「民主主義の縮図」なのである。
 創立の父・牧口先生は、青年の登場を待ちこがれておられた。
 「まだまだ青年が少ない。妙法流布を自覚した青年が増えていかなければ、広宣流布は成就できないのである」
 牧口先生の時代は、青年が少なかった。学会員も少なく、建物もなかった。
 しかし今は、青年が大勢いる。いよいよ、これからだ。
 また、かつて青年だった皆さんもおられるが(笑い)、心まで老けてはいけない。たとえ、年をとっても、皆が青年らしく進めば、未来は盤石だ。
 日本中、世界中に、青年リーダーが躍り出ているこの姿を、牧口先生は、どれほどお喜びであるか。
 青年を増やすことが広宣流布である。
 戸田先生も、青年に心からの期待を寄せられていた。
 「まことの広宣流布の戦いは、青年がやるのだ。
 師匠のあとを継いで広宣流布を成し遂げるのは、青年しかいない。
 青年よ、立ち上がれ!」
 青年部、頼むよ!〈「ハイ!」と元気な返事が〉
  最後にもう一つ、戸田先生の言葉を贈り、スピーチを結びたい。
 「青年は、困難から逃げてはいけない。
 挑戦し、苦労して、結果を出した分、すべて君の力となるのだ」

 一、ここで、皆で万歳をしよう!
 一つは、皆さんのお父さん、お母さんのために。
 一つは、創価学会のために。
 そして、もう一つは、広宣流布のために。
 〈正木理事長の音頭で、参加者が元気に万歳三唱した〉
 では次に、皆で歌を歌おう!
 何かいいだろうか?
 〈海外の参加者から“大楠公”等の声が〉
 オーケー! “大楠公”にしよう!
 〈名誉会長の呼びかけに応え、インド創価学会のマニーシユ・カプール男子部長が壇上に。「上手かどうか、わかりませんが、精一杯、歌わせていただきます」と、“大楠公”の歌を日本語で熱唱。歌い終えた後、「必ず人生最後まで戦ってまいります!」と誓いを述べた〉
 ありがとう! うまかった! すごい! 忘れないよ!(大拍手)
 〈ここで名誉会長の導師で、全員で唱題した〉
 長時間、ご苦労さまでした。
 皆さんの大切なご家族の健康と長寿を御祈念しました。
 また、海外の皆さんの帰りの飛行機が揺れずに、楽しく帰れるよう心から祈りました。
 きょうは、ありがとう!(大拍手)

 

【須田論文と遠藤文書】

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2016年10月 6日(木)07時36分45秒
編集済
  難解な法華経を、民衆の手に取り戻したのが「法華経の智慧」です。
法華経の智慧を読んで、内容が難しいと思う会員は少ないと思います。

「教学を民衆のものに」
民衆(会員)を一人も漏れなく幸福にするという、池田先生の一念が生み出した永遠に朽ちることのない名書。
その魂を全身で受け止めたのが、元教学部長の遠藤氏と須田氏です。

遠藤氏も須田氏も、池田先生を裏切らなかった。
だから権力者から誹謗中傷を受けたのです。
自分は次回の人事で須田氏がどのようになるか、本部のふるまいをじっと見つめています。

偽物は難を受けない。そして嘘をつく。
勇気がない故に、師匠を裏切り権力に迎合する。
最高幹部の師敵対の実態を、遠藤文書から読み取って頂きたいと強く願います。

~~~~~~~~~~~~

【遠藤文書より】

■2. 私どもは、再三にわたり「教義変更は先生のご指示ですか」と確認し、「そうではない」という諸氏の明言を信じて、「これを実現させては絶対にならない」と行動いたしました。
日蓮大聖人と先生に背く不法を阻止するために智慧をしぼり、同憂の士と連携もとったことも私はあります。
その結果、先生の明々白々の御指導をいただき、「学会が、先生の御心に背く大罪を犯すことを防げて、本当によかった」と安堵いたしました。
私から申し上げるのは僣越ですが、教義変更を推進しようとした皆さんからも「たいへんな間違いをするところであった。おかげで助かりました」と感謝されるものと信じておりました。
かりに万歩ゆずって、教義変更について何らかの先生のご指示が、かつてあったのだとしても(それは「ない」というのが、かつての皆さんの明言でしたが)、先生が更に熟考されて「すべきでない」と判断されたのであれば、先判・後判の義からいっても、後の御指示が有効であり、正義であることは論をまちません。
私どもの努力の結果か、この「一歩深い御指導」をいただけたのですから、皆様にとっても大変にありがたいことではないでしょうか。いわんや、最重大事の御本尊についての判断ですから、どんなに慎重に慎重を期してもしすぎではないのですから。
いずれにしても、皆様にとって喜ばしい結果であったと思います。
ところが、私どもに感謝されるどころか、正反対の対応をされております。これはなぜでしょうか。
皆様の基準が池田先生であるならば、まことに理解に苦しむ話であります。
こういうことをあいまいなままにしては、学会の支柱である師弟の精神は崩れてしまうのではないかと危惧いたしますので、あえて明確に教えていただきたく存じます。

~~~~~~~~~~~~

【須田晴夫のホームページ】
「宮田論文への疑問――日蓮本仏論についての一考察」(論文のダウンロード可能)
http://www4.hp-ez.com/hp/haruosuda/page2

【「創価学会会則 教義条項」の改正について 全国県長会議から 原田稔会長】
(2014年11月8日 聖教新聞掲載)
http://sgi-shiteifuni.com/?p=1099

【「会則の教義条項改正に関する解説」(上)(下)創価学会教学部】
(2015年1月29・30日 聖教新聞掲載)
http://sgi-shiteifuni.com/?p=1101

宮田氏の日本宗教学会での「釈迦本仏主義」への傾斜論理はこちらで確認できます。
https://www.youtube.com/watch?v=nInVBJ18F_0

 

幸せな人様

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年10月 6日(木)07時35分49秒
  あはようございます。

仰る通りですね。

私たちは、題目が第一です。

そして対話。

対話は題目が涌き立たせてくれる破邪顕正の生命力に裏打ちされております。

374919、最悪です。

こんなことを「隠蔽しよう」と目論むなんてこと自体、とんでもありません。

これこそ、感覚錯誤と麻痺もはなはだしい悪行です。

ごまかせるとふんで、悪行するのが普通の感覚に取って代わっている現状は、外部よりひどい。

谷川も、悪行は速やかに認め、全てを白状して、心軽く題目三昧をしていくべきでした。

ところがハタチ攻撃。

ほんとに、見下げ果てた畜生です。

追い出さねばなりますまい!

心軽やかに!









 

感覚の麻痺

 投稿者:感性  投稿日:2016年10月 6日(木)06時52分30秒
編集済
  >県議14人が同じ報告書 千葉、政活費で台湾視察後
2016/10/6 1:43 日経
http://www.nikkei.com/article/DGXLZO08060220W6A001C1000000/
><政活費充当>国内視察報告もコピー 千葉県議6割関与
  毎日新聞10月3日(月)7時15分
http://news.biglobe.ne.jp/domestic/1003/mai_161003_3821202628.html
以下毎日記事引用

海外視察と合わせ、コピーに関わった県議は59人で、全県議(95人)の6割超。当時、複数の所属議員がいた6会派のうち共産党を除く5会派と、1人会派の計6会派に及ぶ。

15年度の視察報告書によると、自民と公明の県議11人は昨年9月26~27日に和歌山市を訪れ、「紀の国わかやま国体」の開会式とフェンシングを視察。費用の半分に当たる計31万円を政活費で賄った。報告書は行程表を除き全員がA4判1枚。20年東京五輪でフェンシングが千葉市の幕張メッセで行われる予定であることを念頭に「(フェンシングは)細長い演台の上で行われるため、幕張メッセでの開催に問題ないことが確認できた」「本県(選手)は残念な結果に終わってしまったが、東京オリンピックへの出場を目指すためにも、より一層の選手強化が必要であると感じた」と記述されていた。

一部の県議で記述した日の順序が入れ替わっているほかは、主観的な感想まで同じだった。
参加した複数の県議は毎日新聞の取材に「誰かが書いたものをコピーさせてもらった」「恥ずかしながら自分でちゃんと書いたことがない」とコピーしたことを認めた。

自民、民主(当時)、公明、市民ネットワークの14人が昨年9月2~3日に大分、長崎両県を訪れた視察でも、全員が同一のA4判2枚の報告書で、政活費計102万円を計上していた。

引用以上

たとえば以前、福岡市公明市議団が海外視察報告書丸写しが発覚し党の内外に大恥をはいた教訓はどこへやら。
http://d.hatena.ne.jp/meiwakoko/20070317
水面上の不祥事は実は氷山の一角なのですか?だから「どこもやっている」の感覚がはびこり
分別や定見が麻痺してしまったのですか?

今回、散漫不祥事が発覚した千葉県議会公明は自分たちの当選のため手弁当でFを取る支援者が
世間そして内部会員からでさえ恥をかくことももはや感覚が麻痺して分からないのですかね。

千葉県に限らず本部幹部を含め各幹部・責任者は公明政治家とのなあなあや何らかの利権めいたものがあるのであれば毅然としてそれらを排して常に庶民目線を命じることで厳しくあたってもらいたいものです。もちろん命じる側に庶民目線が備わってなければ糠に釘・暖簾に腕押しで話になりません。
公明の堕落はいうなれば幹部の責任でもあることを肝に命じなければなりません。


海外視察の類は全額自費で!   投稿者:感性   投稿日:2016年 8月13日(土)19時24分10秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/54175
こそこその海外視察を笑う   投稿者:感性   投稿日:2016年 6月24日(金)07時19分53秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/50132
魔性の連鎖   投稿者:感性   投稿日:2016年 6月26日(日)07時55分59秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/50306

 

おはようございます。

 投稿者:幸せな人  投稿日:2016年10月 6日(木)04時50分20秒
  ひかり様、1から5までお題目ですね。

ましてや374919なんて事をしたら、普通は自ら末座に退き、反省のお題目三昧の人生を送るべきところですがね。鉄面皮も甚だしい。
 

西記者って中野の区青だよね~ww【中野区事件を再掲】

 投稿者:八尋みのる  投稿日:2016年10月 6日(木)04時15分11秒
  松山副会長さん、どうなってるの??

これ問題だろう!【続々・中野の現状レポート1 投稿者:ギまんだらけ】  投稿者:八尋みのる
投稿日:2016年 6月 6日(月)17時49分38秒   通報
【一般会員処分はデタラメについて】

http://6027.teacup.com/situation/bbs/48425

>皆さんおはようございます。海外の皆さま、こんにちは、こんばんは。
ご無沙汰しております。
先日、中野の現状レポートをお送りしましたが、私の情報源から新たな情報が届きました。中野の現状を憂うメンバーが中野の幹部に質問状を送ったけれども音信がないとのこと。<

中野区創価学会の松山副会長、石橋総区長

なにやってますか?

ちゃんとしてくださいね~

あと、西区青年部長
奥様は熊沢元全国女子部長でしたよね~

今、ヤングミセス全国委員長ですよね~

全国の婦人部に
未来部に恥ずかしくない行動をお願いしますね~
 

団員は?

 投稿者:南米訪問団  投稿日:2016年10月 6日(木)01時52分19秒
編集済
  団員がいなかったら、普通は
「原田会長、笠貫副会長、南米訪問」
で、いいはずだけどー

南米って、何十時間も飛行機に乗るんだよねー
原田会長と笠貫女史はファーストクラス?
他の3人は別かな?

ホテルは5つ星?
原田会長と笠貫女史は5つ星?
他の3人は?

やっぱり収支報告書、提出しなきゃだよねー
会員が自由に閲覧できるようにするべきだね

本部職員は会員の浄財で生活
海外訪問の飛行機代、ホテル代、食事代
全て会員の浄財
会員に報告するべき

原田会長に「会員ファースト」の気持ちは、あるのかな?



 

除名者、他愚痴にきた案内状です。

 投稿者:大石小石  投稿日:2016年10月 6日(木)01時45分51秒
  柳原さん、これらの類いは除名者にも配布するのか。

ちなみに、これは地元大手本屋から届きました。

私のライン組織からは未だ配布されません。
 

西記者もいい気になり過ぎましたね。

 投稿者:大石小石  投稿日:2016年10月 6日(木)01時23分51秒
  数日前、私が敢えてあの西君の事を優秀な記者と称えて書き込むしましたが。

反板、バカ板の連中は図星だと糠喜び。笑いましたよ。

別な意味で「優秀」と所感を述べただけたのに。

奥様のヤング委員長は優秀ですから。

悪いが話題のなぜか役職棚上げ中の棚野、橋元の奥方様の情報も知ってます。

違反切符揉み消し疑惑とか…

やめときますね。54年問題に専念中ですから。

特に広野くんオーディオ凶なのを知ってます。
ヒロシも管球アンプ愛好者だってこともね。
 

南米訪問団の面子確定。

 投稿者:大石小石  投稿日:2016年10月 6日(木)01時06分25秒
  原田会長、笠貫婦人部長、田口翻訳部長、西記者、上沢写真部員。

これが南米訪問団のメンバーです。団長なんかいません。

どうですか?バカ板、柳原君?

明日の迷コラムで検証してください。宜しくお願い致します( ´Д`)y━・~~
 

釈迦本仏論?

 投稿者:大石小石  投稿日:2016年10月 6日(木)01時00分59秒
  SGIでは、もう既定路線なのか?
ならば既に海外メンバーは仏像(釈迦仏)と御本尊、一緒に拝んでるのかよってな話です。

聞き捨てならない話ですね。

一会員さん、誠意ある回答をお願いします。
 

一会員様

 投稿者:南米訪問団  投稿日:2016年10月 6日(木)00時57分51秒
編集済
  SGIはもう何年も前から「釈迦本仏論」なんですか?

それって、本当の話ですか?
だとしたら、あまりに気の毒ですね

でもそれに言及し、変えることは須田さんの仕事ではないでしょ?

原田執行部が責任持って、SGI幹部に謝罪し訂正するべきことでしょ?

戸田先生は獄中の悟りを「法華経講義」で弟子に伝えようとした
しかし、天台流に堕してしまい、事業の倒産という憂き目に遭った

末法の御本仏大聖人を信奉する創価学会が釈迦本仏論とは!
原田執行部は身延派ということになりますよー
ちなみに、公明は自民会派

牧口先生の獄死
戸田先生の獄中の悟り
池田先生の思想
全部破壊することになる

推進した人達に現証は必至
体張って阻止しようとした遠藤さん、須田さんの功徳は絶大

「始めはことなきよう」
御本尊の裁きは絶対
仏法は勝負!

で、一会員様
それって本当の話?
本当の話ならば、上記になりますよー
 

SGIが釈迦本仏論という前提が誤りなんだってww

 投稿者:八尋みのる  投稿日:2016年10月 6日(木)00時09分7秒
  これも、宮田のアンポンタン講義の後に
SGI各国のメンバーから間違っていることが
なんども指摘されていたよね~

何を今更、グダグダ為にすること言ってるのかね~

須田論文は執行部の邪義を斬り込んでいるからなんだろうね~

~~~~~~~~~~~~

【須田晴夫のホームページ】
「宮田論文への疑問――日蓮本仏論についての一考察」(論文のダウンロード可能)
http://www4.hp-ez.com/hp/haruosuda/page2

【「創価学会会則 教義条項」の改正について 全国県長会議から 原田稔会長】
(2014年11月8日 聖教新聞掲載)
http://sgi-shiteifuni.com/?p=1099

【「会則の教義条項改正に関する解説」(上)(下)創価学会教学部】
(2015年1月29・30日 聖教新聞掲載)
http://sgi-shiteifuni.com/?p=1101

宮田氏の日本宗教学会での「釈迦本仏主義」への傾斜論理はこちらで確認できます。
https://www.youtube.com/watch?v=nInVBJ18F_0
 

釈迦本仏論?

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年10月 5日(水)23時48分4秒
  一会員様

どこの国でやってるんですか?

その釈迦本仏論・・ って。

具体的に、どこの国でやってるか教えてください。

欧州はどこもやってませんよ、そんな邪義・・はまだ。

米国もオセアニアもやってません・

書いてあるものがあれば、出してください。

宮田氏は釈迦本仏論、それはわかります。

だが、まだ、日本創価学会も海外SGIもそんな邪義はとってません。いまのトコロは・・。

ただ、今回の教義改正で久遠の法と人の人部分が消えています。そこを直さないといけないんです。

日本が直せば、海外もすぐ直します。

日本でやってる以外の事は海外では、やってません。

海外ではそうしてるというのは、宮田氏が言ってるだけです。


生涯広布ペンギン
 

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2016年10月 5日(水)23時38分5秒
  今晩は、皆様
ありがとうございました
風が強いです
おやすみなさい
 

SGIの釈迦本仏論は?

 投稿者:一会員  投稿日:2016年10月 5日(水)23時33分16秒
  須田晴夫さんが日蓮本仏論を立てて
宮田幸一氏を批判するのは構わないけど
じゃぁ、実際SGIでもう何年もの間
釈迦本仏論で来ちゃっているのは
どうするのか。
須田さんの論文にはその視点がないんですよね


つまり
宮田幸一氏の書いている釈迦本仏論を否定するなら
SGIが実際やってる釈迦本仏論も否定するのかと

具体的にどうするのかという
そこがないんですよ


宮田幸一氏さんが邪義だから
SGIにも今まであんたがたがやってきたことは
間違いだったと
今後説得していくってスタンスなんですかね


そうしないと
須田晴夫さんの筋が通らない。
宮田幸一氏の釈迦本仏論を否定するなら
きちんと今までやってきてしまった
SGIの釈迦本仏論も邪義だったと
そうハッキリ言うべきでしょうね
それを言わないと
ダブルスタンダードになりますよね



今後、須田晴夫さんは
SGIの本仏論をどうしていくのか
そこを具体的に語らなければ
ダブルスタンダードであり
机上の空論になります

 

八尋様

 投稿者:  投稿日:2016年10月 5日(水)23時32分12秒
  ありがとうございます

2014
からですか?
Bノスケはただの職員

他の人は学長クラス
なんでBノスケが常任理事なんだろう?
職員ならば、そろそろ定年のハズだけど

まさか理事長になるつもりじゃないよねー
 

「総括」できない老人

 投稿者:一言児  投稿日:2016年10月 5日(水)23時17分34秒
    執行部が立ち上げたプラン、聖域を自分らの成果としてアピールしてるのが見え見え、4人組を感じてヘンな聖堂と受けとめます。
  信心の師弟は大切、大石寺離れたからにはいつも自由で平等、生命の尊厳の人権の旗掲げたい。早々の闘いに頭を垂れながら令法久住には依るべき本尊に納得する展開欲しい。20数年何も手を打てずの現執行部に「怒」。
 

同盟題目23時開始!

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年10月 5日(水)22時50分4秒
  よろしくお願い致します。自由参加、あくまで任意です。
池田先生のご健康を祈ります。
 

原田会長は何を持って学会の永遠性を確立するのか?

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年10月 5日(水)22時44分6秒
編集済
  原田会長、学会の永遠性って具体的になんですか?
言葉だけが泳いでいませんか?

選挙に勝つことですか?
建物が建って5年経つと確立するのですか?

2016年金7月30日、全国最高協議会での会長挨拶です。

「学会の永遠性を確立するのは、まさに「今この時」であり、この「地涌の本懐」を宿縁深き同志と一緒に、断固と成し遂げていきたいと訴えた。」

生涯広布さんが再掲した、第42回創大祭前企画特別講義(正木前理事長)の要旨が具体的かつ明確です。

釈尊や日蓮大聖人は、2500年、800年近く経過した今でも、現代人に影響を与え続けている。

その為の三点・・
① 師匠の永遠性の確立
まず、何よりも、これから先も創価学会の師匠は池田先生であり、これは永久に変わらない。

変えてはならない。先生亡き後、学会を我が物にしようといったバカなやつらが必ず出現する。

会長とか副会長とか、役職に翻弄されてはいけない。


② 指導の永遠性を保つ事

池田先生が何をおっしゃったか、何を後世に伝えたく書き残したか。 これを正しく残さなくてはならない。

観念的な尊敬や師弟観ではならない。一部、都合の 悪い事に言及した指導を抹消しようと考えている人がいる。

ただ、池田先生の指導はあまりにも膨大である”池田大作全集”だけでも150冊以上ある。

君たち(創価大生)は先生の本を読んでいるといっても、ほんの100分の一さえ読んでいない。

③ 弟子の永遠性を築く事

①と②とも重要だが、これだけではダメである。池田思想を社会で実践し、実証を示す人が続かなくてはならない。

これら、①~③が揃って初めて池田先生が永遠に指揮をとられるという事がいえる。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/57257
 

ジタバタする必要は・・

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年10月 5日(水)22時34分19秒
  御本尊は今までの日寛上人書写御本尊で問題なし。

法華経で解く久遠仏、久遠の教主釈尊、事の一念三千、人法一箇が基本。

久遠の教主釈尊と同じにさせていただく信と行と学・・師弟不二の信行学これに尽きると思います。

いまある問題はそこに戻す事。

劣化した幹部の総入れ替え。

折伏を基本にした活動で組織の活性化・・に尽きるのではないか・・

化儀の広宣流布は原点を忘れては成り立たない。

法を広める事、つまり、外に向かって闘い続けなければ信心は劣化するとは師匠の言。
 

総括の必要性

 投稿者:平会員  投稿日:2016年10月 5日(水)22時03分54秒
  日蓮宗系に謝るのも結構ですが、創価学会は大石寺教学を持って
他宗の檀家を改宗させ世界にも広がった。
あくまでも大石寺教学を広めたのであってそもそも創価教学などない。
創価学会の今日の発展、現在の規模は総て大石寺教学が元である。
この度の改正では、日蓮宗各派との差違も無く、創価が創価である
理由が無くなります。ここで正本堂の意義、過去三代の御指導を含め総括しなければ先に
進めないと思うのは私だけでしょうか。
 

無題

 投稿者:一言児  投稿日:2016年10月 5日(水)20時37分28秒
  小池知事、豊洲市場事案の責任など今後検証と、好感もてる。公明も学会も小池知事に反対の官僚系推した経緯や反省の弁あっても、民意が読めない凡愚を検証せよ。さらに、執行部はもっと昔の正本堂の検証もしたら。聖域つくらないのが大聖人のお曼荼羅だ、弘安5年までの現存する沢山の直筆軸本尊で明確、モバイルであった。源流に戻って、ここに基づけば学会の信心が日蓮仏法になる、他の日蓮宗に今までの失礼を詫び、10体ほどの写しを願おうではないか、経費を惜しむな。どーしたこと?閉鎖的大石寺ご縁の本尊を中心に大誓堂とか。納得出来ないので、錯覚させる大誓堂ダメ言い続けますぞ。  

常任理事はB之助くんw

 投稿者:八尋みのる  投稿日:2016年10月 5日(水)20時28分9秒
編集済
  https://www.soka.ac.jp/common/images/2015/06/businessreport.pdf

 

御書は証明のために!

 投稿者:螺髪  投稿日:2016年10月 5日(水)20時27分17秒
  >御書は証明のために使うのであって、その説明は普通の庶民が語る現代語でせよ !
これが今、もっとも必要で、優秀な学会教学人が取り組むべき課題ではないのかと思う。
現場の会員が知りたいのは「どうすれば自分自身が仏であると自覚できるのだろうか」ではないでしょうか。(投稿者:大仏のグリグリのとこ   投稿日:2016年10月 5日(水)18時21分6秒)<

http://6027.teacup.com/situation/bbs/57626
http://6027.teacup.com/situation/bbs/57627

 まさにそうだと思います。
 ここのところのジョーカーさんは、それを実践されておられるように思います(以前からかも?)。
 ただ、これが、けっこう難しいですよね。「法を下げないかな?」と思ってしまって。

あっ、そうそう、創価新報の女子部の教学研鑽なんかは、けっこう「開いた」内容がありますね。実際には男性の執筆者なのかもしれませんが……。


 

1にも2にも3にも、

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年10月 5日(水)19時48分13秒
  4にも、5にも、題目しかない。

生涯かけて題目をあげきっていきましょう。

結局そこです。

題目をあげきった人の何とも言えないパワーには負ける。

そのパワーを身につけないと、未曾有の戦いは勝てません。





 

374919

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年10月 5日(水)19時39分23秒
  374919について、女性が何も言わないのはおかしいと思う人もいるみたい。

でも、それは374919の話を知らないからなんだよ。

まあ、聞きたくもなかろう。犯罪だよ。


都内のある区の婦人部長は、谷川と「いつも気さくにしゃべってるよ」と言うんだよね。

そう聞くと、気の毒で、ひかりもわざわざ「374919」を話さない。


そういう婦人部幹部の無知をいいことに、いい加減な情報を広めちゃって、

谷川は何も悪くないなどと言うのは、事実として世間を欺くことだろう。

しかも、ハタチ攻撃など、余計なことをするから、悪党らは自分でどんどん墓穴を掘る。

悪党って、例外なくそういうことをするんだよ。

躍起になって、そういうバカなことをしちゃう。

自分で自分を暴露する。

だから、もっと騒げばいいんだ、性懲りもなく「ウソ」のごたくを並べて。

柳某もそんなペラペラの薄さだね。

どんどん自己破壊の虚言をまき散らし、自分の傷口を広げるがいいのである。

悩乱者は、言い訳と弁解まで考えながら、罪のない他人を攻撃して自分の悪事を隠蔽する。

そうすると了見が狭くなり、足元が同じ靴を履いているのにも気づけなくなる。

外側にいる人は、その汚い靴が丸見えなので、笑うしかない。



 

信濃町の人びと様goodjob

 投稿者:琴の弦  投稿日:2016年10月 5日(水)19時29分40秒
  先の投稿ありがとうごさいました。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/57625


うっかり忘れていたものを思い出しました。(_ _)

大仏様もありがとうごさいました。
 

昨日の聖教新聞

 投稿者:  投稿日:2016年10月 5日(水)19時06分38秒
編集済
  秋谷創大常任理事が掲載されていた
これって、Aノスケのこと?それとも長男?

大学の一介の職員に過ぎない人間が常任理事になるって、有り?

2010.4月
大学の入学式で、先生が激怒された
大学が乗っ取られる所だったとの話
詳細、知っている人がいたら、投稿お願いします
 

ぶっちゃけトーク その②

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年10月 5日(水)18時21分6秒
編集済
  像法残機――人は形式的で形あるもの、荘厳で難しそうな言葉に弱い。

そのような〝いびつで人工的〟に語るものからは「我、仏なり !」という実感は湧かないと思う。

僧俗和合時代と今現在を比べてみても

「正本堂に行ってきました。大変感動しました」
「大誓堂に行ってきました。大変感動しました」――。

昔と今と どこがどう違うのでしょうか。何も変わっていません。同じです。

大誓堂は創価学会の一つのシンボルですが、一番尊い宝塔は人間の生命です。自分自身なのです。

死んでも 死んでも 何度でも生まれてくる――。

熱原の農民は、その実相を容易に理解し、確信したからこそ、一番尊い自分の命を法のために捧げられたのだと確信します。

それが分かった人間は、何をされても動じない、恐れない。権力者は民衆がそうなるのが一番怖いのです。

須田論文は宮田論文を完膚無きまでに破折しています。・・・・しかし、普通の学会員にはむずかしい。

一体いつまで天台仏教をマネているのだろうか。プンプン

一部の人間には理解されても、普通の平凡に生きている人には血が通っていない文字に見える。

釈尊滅後、弟子は法華経(法)を後世に伝えました。しかし、釈尊の人間性や気高い志ざしは削除されました。
それによって、正法時代の民衆は釈迦仏法から取り残されたと思うのです。

一部の人間にしか理解できない仏法に成り下がったのです。

像法時代に至っては、仏法はむずかしいもの、理解しがたいものとして定着し、
一部の人間にしか理解されずに、これもまた民衆が置き去りにされた。

しかし、大聖人は釈尊・出世の本懐は「振舞い」だと断言された。
そして、釈尊の人間性と気高い志ざしを取り戻し、民衆に教えていった。

大聖人の振舞いを通して――。

創価三代の師匠も又、自身の振舞いを通して大聖人の気高き志ざしと人間性を語り、
「人間・日蓮」の真実の姿をこの時代の言葉で教えてくれました。

しかし、三代の師匠の言葉は簡単すぎてなかなか信じようとしない。笑

どんなに日蓮大聖人や創価三代の師匠、また現会長を美辞麗句の言葉で荘厳し、飾り立てても
それらのいびつな言葉からは大聖人や師匠の出世の本懐は見えないと思う。

これを読んでくれているあなたに聞きたい。

あなたがもし「久遠元初自受用身如来さん、手をあげてください」と言われて素直に手をあげれますか ?
日蓮大聖人だって、その場にいても手をあげないと思う。笑

「なんだ ? その長いいびつな名前は ? もっと普通の、現実に付けている現代の名前で呼んでくれ」となる。

もう一度、繰り返して言います。

須田論文は宮田論文を完膚無きまでに破折しています。・・・・しかし、普通の学会員にはむずかしい。

御書は証明のために使うのであって、その説明は普通の庶民が語る現代語でせよ !

これが今、もっとも必要で、優秀な学会教学人が取り組むべき課題ではないのかと思う。

現場の会員が知りたいのは「どうすれば自分自身が仏であると自覚できるのだろうか」ではないでしょうか。
 

ぶっちゃけトーク その①

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年10月 5日(水)18時20分11秒
編集済
  投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年10月 5日(水)05時16分35秒
須田論文を効果的に拡める為には、噛み砕いたものが必要でしょうか。


投稿者:虹と創価家族  投稿日:2016年10月 5日(水)07時51分21秒
自分も、心から期待しております。
須田論文を、是非とも現場会員の武器になるようにして頂きたいのです。

■******■*******■

信濃町さんと虹さんの上記の「答え」がすべてを物語っているように思います。

また後日、詳しく論じていこうと思いますが、若干の所感に変えて話したいと思います。

●なぜ、あれだけ噛み砕いて本仏論を説明している「須田論文」をさらに噛み砕く必要に迫られるのか。
●なぜ、須田論文が今のままで現場会員の「武器」にならないのか。

ここの所を皆さんじっくり考えてみてはいかがでしょうか。


釈迦本仏論にせよ、日蓮本仏論にせよ 彼らは一体どうしたいのでしょうか。

釈尊や日蓮大聖人は一体何をしたかったのでしょうか。また何をしたのでしょうか。

深遠な法を説きたかったのか。それとも全民衆を成仏させたかったか――。

仏法とは、

「説いた人」と「説かれた法」と「説かれた時」が一体となって、初めて「法」になるのだと考えます。

そしてその「法」によって功徳を受ける「時代」も決まっているのです。

でなければ、全民衆を成仏の軌道に乗せることは不可能だと思います。


そこには伝説(根拠のない説)や言い伝えなどと言った「原因と結果」を無視したものは存在しないし、
それらは各時代において、常に厳しい検証がなされています。

大聖人の語る仏法の言葉は、当時の民衆から為政者まで容易に理解できたと思います。
いや、むしろ簡単すぎてなかなか信じることができなかったのかも知れません。

熱原の農民は、なぜ「法」のために命を投げ出せたのでしょうか。
それは、大聖人の説く法を日興上人を通して容易に理解し、体得したからではないでしょうか。
 

池田先生のスピーチより【インド仏教はなぜ滅亡したか、社会の中でいかに生きるのかを示すのが真の仏法】

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年10月 5日(水)17時37分49秒
  ■″仏が神になった時、インド仏教は滅亡″

ドイツ総合文化センターの決定おめでとう。(拍手)いよいよドイツがヨーロッパをリードしていく時代が来た。

仲良く、どこまでも仲良く発展していっていただきたい。仲良くできる人が立派な人である。とくに、リーダーは、皆に好かれることが根本要件である。

組織には、さまざまな人がいるが、皆を大きく包容し、尽くしていくことによって、自分自身の境涯が拡大するのである。拡大した、その心に「仏界」は脈動している。

「偉大な功徳を皆に受けさせたい」。そう願う一念が大切である。

「皆が幸せになってほしい」──私には、その思い以外に何もない。

きょうは少し難しい面もあるかもしれないが、「哲学の国ドイツ」であるゆえに、仏法哲学の観点から、少々、スピーチを残しておきたい。ドイツは西洋で最も早く仏教研究を始めた先駆の歴史もある。

偉大なる仏教が、インドで、どうして滅んだのだろうか。この点について興味深い観点がある。

ネルー首相は、仏教滅亡の理由が、ずっと疑問であり、考え続けてきたという。アンドレ・マルロー氏に会ったとき、ネルー首相は、思索の結論を氏に語った。

マルロー氏とは私も二度、対談したが、仏教に深い関心を寄せておられた。ヨーロッパに将来、仏教を基盤とする文明が生まれる可能性を否定できないとも語っておられた。

ネルー首相の考察は次のようであった。

「仏陀の天才は、あくまでも仏陀が人間であるという事実にもとづいていた。人類の生んだもっとも深遠なる思想のひとつ、剛毅な精神、このうえなく崇高な惻隠(=慈愛)の情。

さらには、神々にたいしてまっこうからこれと向きあった告訴者の態度」「しかし仏陀の神格化が行なわれたとたん、仏陀その人はこの神々と同列にくわえられ、姿を没してしまった」(アンドレ・マルロー『反回想録』竹本忠雄訳、新潮社)

釈尊は、あくまで「人間」として生き、神々にも強く訴えた。

日蓮大聖人も、諸天善神である八幡大菩薩を諫られている。神にすがるのではなく、″妙なる法″を持つ「人間」として、神を動かされたのである。

■人間が″いかに生きるか″を示す

本来、仏教は″人間の生き方″を説いたものであった。釈尊は「このように生きよ」「人生をこう生きよ」と、我が身で教えた。そこには師弟の道があった。

しかし、いつしか「人間・釈尊」は権威化され、人間を超えた神になっていった。

今でもインドの多くの人々は、釈尊を尊敬してはいるものの、ヒンズー教の神々のひとりのように、あがめているようである。

「仏」とは、ありがたく礼拝する対象であっても、″その生き方に続く″存在ではなくなった。師弟の道も見えなくなった。

仏教が″人間の生き方″でなくなったとき、インドでは、仏教は死んでしまった。──これがネルー首相の結論であった。

今、宗門にも、″人間の生き方″としての仏教は、まったくない。彼らは、大聖人の仏法を、「人間はこのように生きよ」という教えではなく、自分たちを権威づけるための飾りにしてしまった。自分たちの堕落を正当化するための手段にした。仏法の滅亡の姿である。

そもそも日蓮大聖人の戦いも、ある面から言えば、″仏教を人間化する″戦いであられたと拝される。人間の実生活から遊離していた仏教を、人間の手に取り戻し、現実の生活法として教えられた。

「仏とは、人間(凡夫)である」「人間(凡夫)こそ、仏である」
こう叫ばれた。

当時、日本でも、阿弥陀仏とか、大日如来とか、「仏」を遠い、超越的なものとして説く仏教が流行していた。また法華経での仏も、一般には、人間とはかけ離れた存在としてとらえられていた。それらを大聖人は逆転された。

「日蓮本仏論」の思想的な意義も、ひとつには″仏教の人間化″にあったと拝される。

諸法実相抄には、「凡夫は体の三身にして本仏ぞかし、仏は用の三身にして迹仏なり」──凡夫は本体としての三身であり、本仏である。仏は、(本体の)働きとしての三身であり、迹仏である──と仰せである。

くわしくは論じないが、大聖人の重要な法門である「観心の本尊」も、「名字究竟」も、「等覚一転名字妙覚」も、「凡夫即極」も、″仏教の人間化″という観点から見るとき、その深義に、より迫れるかもしれない。

妙法を信じ、行じる「人間」こそが、「仏」だということである。妙法の「信心」にこそ「仏界」はあるということである。

■″私はこう生きた″との奇跡を社会に

それでは、どのような「人間」が「仏」なのか。どういう生き方が「仏」としての生き方なのか。

日蓮大聖人が教えられたのは、「社会のなかで三障四魔と戦い、打ち勝っていく」人生である。妙法のため、人間のために、広宣流布に生き抜く人生である。

そして大聖人自ら、その模範を示されたのである。その道に続いているのがSGI(創価学会インターナショナル)であり、皆さまお一人お一人である。皆さまこそ「仏」と輝く方々なのである。

創価学会は、大聖人の御精神どおり、仏法を生活のなかで、人間の生き方として実践してきた。大聖人が仏教の原点に返られたように、創価学会が大聖人の仏法の信心の原点に返ったのである。出発点である「人間」に帰ったのである。

あるとき、戸田先生は、ひとこと、我々の信心は「人間宗」と言われた。徹底した「人間主義」こそが、大聖人の仏法なのである。

組織においても、リーダーが、自分自身の″人間としての生き方″を常に問いかけ、向上していこう、成長していこうという息吹があるかどうかである。

その求道心がリーダーにあれば、全体が躍動していく。自分が成長せずして、人を動かそうとすると、無理が生じ、そこから抑えつけたり、いばったりする幹部が出てくる。

マルロー氏に、ネルー首相は、こうも言った。

「ガンジーの言った意味は、ほぼ、『神は個の人間にあらず、神は法なり』ということです。ガンジーはまた、不変の法とも言っています」(前掲『反回想録』)

敬うべき対象は、人間とかけはなれた神ではなく、「不変の法」である、と。マルロー氏の答えは、鋭かった。

「してみると、やはりそれはアインシュタインの断言したこととおなじですね。『もっとも驚嘆すべきことは、この世界が明らかにある意味を持っているということである』とアインシュタインは言っている」(同前)

この世界、この宇宙は、でたらめの無秩序なものではなく、厳然たる法則にのっとっているとアインシュタインは考えたのである。ガンジーとアインシュタインを結ぶもの。宗教と科学を結ぶもの──それは「法」であると考えられる。

トインビー博士も常々、「宇宙の背後にある究極の精神的実在」について論じられたが、私と対談した折、その″究極の実在″とは、人格神でなく、「法」であると思うと結論された。

その「究極の法」に生きているのが、私どもである。人類文明の最先端にいることを自覚していただきたい。

「神」は人間から超絶しているが、「法」は人間も含めた万物に普遍的なものである。正しき「法」にのっとって生きれば、平等にだれもが「仏」になり、「幸福」になる。

妙法に生きる人が「仏」にならないはずがない。「絶対の幸福」を築けないはずがないのである。

池田大作全集84巻
第三回ドイツ最高会議 (1994年5月26日)
 

全集未収録スピーチ

 投稿者:無冠  投稿日:2016年10月 5日(水)17時30分42秒
  全集未収録のスピーチ144編の各抜粋(聖教新聞 2006.5~2010.4)を掲示します。

2009-10-5 【方面長協議会 ②】

● 今、種を植えよ 明日のために!
 一、今、あの国にも、この地にも、我らの友人がいる。同志がいる。世界の多くの指導者が、創価の平和・文化・教育運動に深い賛同を寄せている。
 その一人が、南米、そして世界を舞台に行動を広げておられる、アルゼンチンの「人権の闘士」エスキペル博士ノーベル平和賞受賞者)である。
 博士と私との対談集が、今年の創立の日(11月18日)を記念して、発刊される。〈「人権の世紀へのメッセージ」とのタイトルで『東洋学術研究』で連載されてきた〉
 博士は、正義のため、人権のため、命を賭して軍の独裁政治と戦い、青年の道を開いてきた方である。
 追放、投獄、拷問──幾多の迫害を勝ち越え、乗り越えてきた真情を、博士は私に語られた。
 「臆病に負けてしまえば、人間としての根本条件を失い、暴力と恐怖を生み出す権力に追随するだけの人間に堕落してしまいます。そうはなるまいと私は決めていたのです」
 そして青年への期待を、こう述べられた。
 「青年は諸国民の未来であると言われますが、私はむしろ青年は『現在であり、今日《きょう》であり、今である』と呼びかけたいのです。
 なぜなら、青年が“今”何をしているか、その現在が未来を決定するからです。未来は、その現在から直結している《結果》です。
 今日、種を植える勇気をもつものが、あした、果実を収穫するのです」
 博士は、SGI(創価学会インタナショナル)の会合等にも出席し、激励してくださった。
 アルゼンチンSGIは、青年部を先頭に、目覚ましい前進を続けている。私は、本当にうれしい。
 今年2月、アルゼンチンの全国青年部幹部会で、博士は、こう呼びかけておられた。
 「大事なことは、皆さんが絶対に『笑顔』と『希望』を失わないことです」
 「なかには、現実を目の当たりにして、希望が消え失せていくような気がする人もいるでしょう。ところが、そうではないのです。『希望』こそ、『変革』するための原点なのです。若い皆さんは、常に希望に燃えて、美しい笑顔をたたえて戦ってください」
 この博士の言葉は、女子部の池田華陽会の皆さん方に対する力強い励ましでもあると、私には思える。
 博士はこうも言われた。
 「女性は、大いなる智慧と勇気の持ち主です」「正義を確立するために団結してください!」
 古代ギリシャの詩人ピンダロスの歌にも、「正義の道を進むあなたは、大いなる福に囲まれている」(内田次信訳『祝勝歌集/断片選』京都大学学術出版会』)とある。
 日本、そして全世界の池田華陽会の皆さん! いよいよ胸を張って、歌声も楽しく、仲良く明らかな大前進を、と申し上げたい(大拍手)。
 〈エスキベル博士は、アルゼンチン青年部の幹部会で、こうも語っている。
 「池田SGI会長と創価学会が示す軌道に連なり、訓練を受けられるのが、いかに福運あることか、皆さんには、想像もつかないでしょう。
 創価学会の中で、皆さんは、青年として、池田先生のような師匠を得て、その師匠から価値観や精神性について薫陶を受けられることを感謝すべきです」〉
 一、「信教の自由」の擁護のために行動する創価学会青年部に、エスキベル博士のエールは、絶大である。
 「皆さんは、人間の一切の基盤である『人権』と『生命の尊厳』という、実に重要なテーマに取り組んでおります」
 「人権には、すべての民族、すべての人間の『信教の自由』をこそ含めなければならないはずです」
 「私は、皆さんの行動に対する『連帯』の意思を表明させていただきます」
 創価の青年こそ、人権を護り抜く難攻不落の大城たれ!──世界の良識は、こういう思いで熱く見つめていることを、皆さんには知っていただきたいのである(大拍手)。

■ 私は、大地を踏みしめ、道を切り開き、今日の世界広宣流布の地盤をつくった。
 どれだけ疲れたか。どれだけ苦しんだか。
 しかし、わが身を犠牲にしても、学会を護り、同志を護り、師弟の道を貫く。そういう人生を歩んできた。
 立場ではない。役職ではない。真の弟子と立つ「一人」がいるかどうかだ。
 戦うべき時に、戦わない。手のひらを返して逃げる。そうした忘恩の人間の末路が、いかに、わびしいか。
 誰が師匠を護ったか。誰が同志を護ったか。誰が勝利を開いたか。
 人は見ていなくとも、天は見ている。歴史が裁く。
 今こそ、青年部は師弟直結で立ち上がってもらいたい。
 ここまで私が言うのは、未来のことを思うからだ。
 私は真剣だ。
 広宣流布の将来が、どうなるか。どうするのか。それを、じっと祈り、見つめ、戦っている。
 人がどうかではない。自分が、必死の祈りで立ち上がるのだ。
 私が入信した当時の学会には、威張るだけの幹部や、後輩を大切にしない幹部がいた。私は大嫌いだった。
 そんな私の思いを戸田先生は見抜かれ、こう言われた。
 「それならば、大作、お前が本当に好きになれる学会をつくればいいではないか。うんと苦労し、真剣に戦って、お前の力で理想的な学会をつくれ!」
 その通りに、私は、世界が賞讃する学会をつくり上げた。
 戸田先生と不二の心で、輝く民衆の幸福城を築いてきた。
 今度は若き皆さんが、正義が勝つ歴史を晴れ晴れと築いていただきたい!〈「ハイ!」と力強い返事が〉

● 宿命転換の好機《チャンス》
 一、仏法では、「煩悩即菩提」「生死即涅槃」「娑婆即寂光」「化城即宝処」など、「即」という甚深の法門が説かれている。
 これは、「迷い」と「悟り」など、正反対の概念を、単なる「イコール」で結ぶものではない。誠にダイナミックな実践論であり、究極の希望の大哲学である。
 広宣流布を目指し、信心根本に進む途上にあって、いかなる難事が競い起ころうとも、断じて打ち破れないことはない。
 その時こそ、「宿命転換できるのだ」「ピンチこそチャンスなのだ」「偉大なる勝利の土台を築くのだ」と大確信に燃えて、勇気ある信心で、妙法という「絶対勝利」の軌道を、前へ前へと進んでいくことだ。
 牧口先生も、座談会などで悠然と語られた。
 「難というものは、どんなに大きな難であろうとも、それは大きな舟に小石を積んだようなものだ」
 一喜一憂する必要はない。
 「冬は必ず春となる」(御書1253㌻)との仰せを抱きしめて、「絶対に乗り越えられる!」「断固として勝ち越えてみせる!」「勝利しないわけがない!」と、一念を定めて祈り抜き、祈り切るのだ。
 大聖人は「即の一字は南無妙法蓮華経なり」(同732㌻)と明かしておられる。
 妙法を唱え、妙法に生き、「勇猛精進」していけば、この法理に則り、どんな苦難も栄光に転じゆく「逆転劇」が、必ず必ず開かれるのだ。
 この絶対の確信に立って、永遠の栄光を勝ち取るまで、“わが弟子として、不屈の信心を勇敢に貫け!”と、御本仏は常に励ましてくださっている。
 御聖訓には仰せである。
 「法華経の行者として生き抜き、日蓮の一門となり通していきなさい」(同1360㌻、通解)
 「法華経の信心を貫き通しなさい」(同1117㌻、通解)
 勝つまで戦う!
 貫いて、最後は必ず勝つ!
 この堅忍不抜の一念で戦い抜いてこそ、無上の栄冠は輝くのである。

●困難は発展の源
 一、大実業家であった松下幸之助先生とは、幾たびとなくお会いした。松下先生が繰り返し強調された哲学の一つは“困難こそ発展の源”ということであった。
 「困難に直面した場合には、それから逃げてしまうのでなく、それをのり越えていくよう勇気をふるって立ち向かうことが大切である。そういうところから、思わぬ知恵と力も発揮され、自他ともによりよき成果を得ることもできる場合が少なくない」(松下幸之助著『決断の経営』PHP研究所)
 とくに松下先生は、どんな事業も、どんな団体も、「10年」を一つのリズムとして、何らかの困難の壁にぶつかる。その時に、全力で立ち向かっていく。その繰り返し
のなかで、発展への道が開かれると達観されていた。
 〈松下氏は、池田名誉会長が第3代会長を辞任した翌年の昭和55年(1980年)に会見した直後、「この法難を乗り切れば学会は十倍にも発展する。かつてない難局は、かつてない発展の基礎になる。今こそ全力で先生をお守りし、学会の基礎を盤石にする時だ」と周囲に語っている〉
 ともあれ、御聖訓には、「禍も転じて幸いとなるであろう。心して信心を奮い起こし、この御本尊に祈念していきなさい。何事か成就しないことがあろうか」(御書1124㌻、通解)と御断言されている。
 我々には、御本尊があられる。信心がある。祈りがある。ゆえに、何も恐れるものはないのだ。
 戸田先生は言われた。
 「何があっても、御本尊に祈り抜くと決め切っていくことが、最も立派な哲学である」
 そして「いかなる大難があるうとも、がっちり結束して、学会の大行進を絶対に乱すな!」と。
 異体同心の「祈り」と「団結」で、各方面、各県区の未曾有の広宣流布の大前進を頼みます!(大拍手)

● 一、私の心には、いつも民衆の声が響いている。そして、恩師・戸田先生の声が轟いている。
 戦後の焼け野原から新たな一歩を踏み出した恩師の胸には、やむにやまれぬ思いがほとばしっていた。
 ──民衆を苦しめるな! 悲しませるな! かわいそうではないか! 絶対に民衆を愚弄させてなるものか!
 この血涙の叫びに、学会の魂がある。
 だからこそ恩師は、傲慢や虚偽の人間を断じて許さなかった。
 同じ決心で、私も生きてきた。
 「戸田先生に、本当に喜んでもらいたい!」
 「わが同志が、晴れ晴れと胸を張れるように!」「一人も残らず、勝利者になり、幸福者になるように!」
 そう祈り抜き、一心不乱に私は戦った。
 私が第3代会長に就任した時には、立派な会館もない、何もない学会だった。
 あれから、明年で50年。今や、世界に誇る大法城が、各地に、そびえ立つ。隆々たる発展を遂げている。
 これから、さらに大事なのは幹部革命だ。一人一人が、広宣流布の柱だ。柱は、断じて倒れてはならない。
 堕落は、目に見えない「心」から始まる。やがて姿に現れる。
 今、心の底から、新しい決意に立ち、大成長していかなければ、次の時代は開けない。
 一段と信頼される人になるのだ。そして、師匠にほめられる人間に!──これが仏法の極意である。
 ほめられるといっても、一時の表面的なことではない。
 師弟を、わが人生の根幹に据える。人生の第一に定める。師匠が見ていないところでこそ、師と一体で広宣流布に戦い抜く。その人を、師は讃える。
 私は、この道を貫いた。ゆえに、激しい迫害の嵐を越えて、私は勝った。戸田先生とともに勝ったのだ。
 さあ創立80周年へ、自分自身の楽しき勝利劇を綴りゆこう!
 祈りこそ力だ。今の決意が未来をつくる。戦いがあるから、人生はおもしろい。
 何でもいい、何かで「一歩前進した!」「私は勝った!」「わが家は勝利した!」と万歳を叫べる行進を、一人一人が開始してまいりたい(大拍手)。

● 「座談会」こそ学会の推進力
 「原点」を大切にする組織は強い。創価学会の原点は座談会にある。座談会こそ、学会の「推進力」であり、広宣流布の「勝利の根本」であるといってもよい。
 友人の方々が、楽しく集える座談会。新会員が元気になる、和楽の座談会。普段なかなか会合に参加できない人が来ても、「本当に来てよかった」と納得する座談会──そのために、徹底して相談し、それぞれの地域、組織の特長を生かせるよう、中身を考えていただきたい。
 座談会を迎えるまでの活動が大切だ。リーダー率先の、一軒一軒への励ましが、当日の充実した集いとして結実するのである。
 座談会会場を提供してくださる方々には、いつも、さまざまなご苦労をおかけしている。私は妻とともに、日々、心から感謝の題目をお送り申し上げている。会場提供者への配慮を決して忘れてはいけない。
 また、会場には多くの人が出入りする。近隣への配慮も不可欠である。
 ともどもに、「大座談会運動」の大波を起こそう! そして明年へ、世界一、希望と喜びに満ちた創価家族のスクラムを、さらに拡大してまいりたい。
 結びに、婦人部の皆様方へ、

 偉大なる
  広布の母に
    栄光あれ

と捧げたい。 そして全同志に、

 偉大なる
  勝利の道を
   築かむと
  師弟の栄光
   いやまし光りぬ

と詠み贈って、記念のスピーチとしたい。
 いよいよ、続々と、新しいリーダーが躍り出る時だ。
 まずリーダー自身が、最前線を走って走って走り抜く。正義と真実を、しゃべって、しゃべって、しゃべり抜いて戦うのだ。
 壁を破ってこそ青年だ。後継者である。
 聡明に、希望と幸福のスクラムを広げていただきたい。
 鉄の団結で進もう!
 私と一緒に戦おう!
 勇気をもって!(大拍手)

 

わが友に贈る 2016年10月5日

 投稿者:どうしょうてん  投稿日:2016年10月 5日(水)12時54分6秒
  努力の人を見つけ
皆でたたえよう!
「分かってくれている」
その安心と喜びの心が
さらなる力を引き出す!
 

師弟不二アーカイブより 【問答無用 対話なき処分】 【33】

 投稿者:プロジェクトX  投稿日:2016年10月 5日(水)12時13分32秒
  陽光様の【問答無用 対話なき処分】のシリーズ33を抜粋してお送りしています。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

本来ならば、池田先生の指導は「一人を大切にする人間主義」なのだ。そして対話を重んじる。
前述のように対話することなく、対話を避けて、真面目なメンバーを処分して村八分にする。
そしてローカル・メンバーに踏み絵の如く私に反対しなければならないような雰囲気を作り、私のいないところで、私のあることないことを繰り返し繰り返し脳に焼き付ける洗脳作業を続けているのだ。


トップ幹部達が寄ってたかって一人の個人を総攻撃する。これが現在の創価学会のやり方であり、姿らしい。大聖人の精神はいずこにや?創価三代の心は何処に行ってしまったのか?


アメリカの幹部は、彼らが怪文書と見なしている「教学部レポート」や「遠藤文書」を読むメンバーを極端に嫌っているようだ。


FNCCでの研修会が終わり帰宅して一ヶ月ぐらいして処分の手紙を私は貰ったのである。このような理不尽の事が起こること自体がおかしいわけだが、その後、追い打ちの如く私に悪名をきせるためにローカルで誹謗中傷が始まった。同じ内容ををメンバーに繰り返し伝えるのである。村八分にして私のいないところで話はすべて進められてきた。これが仏意仏勅の日蓮仏法を信奉して世界平和を目指す宗教団体のアメリカ創価学会の大幹部の振る舞いとは信じ難い言動である。


その会合に参加した10人弱の婦人部の中で半分ぐらいの人はインターネットが使えない人達である。多宝会のメンバーにはコンピュータそのものが使えないし、持っていない。
多宝会の人達には「陽光が宿坊の掲示板に88回も投稿している」と聞いても、ちんぷんかんぷんで寝耳に水のような話だったに違いない。新理事長にしても前理事長にしても、アメリカのトップ・リーダーとして人に対する気遣いに欠けている人達だと。


「宿坊の掲示板、宿坊の掲示板」とオウムのように繰り返し繰り返し言っても半分ぐらいの参加者にとって、それが何を意味しているのか全く分からないのだ。それはあたかも日本語の分からないスエーデン人に日本語でぺらぺら喋りかけているに等しい。言い換えれば、常識外れと言う事だ。


先生は「幹部は会員に気遣いを」と指導されている。この人達は先生の指導を真面目に勉強したのだろうか。「雖学仏教還同外道」とはこのことか。


今や宿坊の掲示板は日本の執行部のみならずアメリカ執行部および全世界の執行部に影響を与えているようだ。本掲示板には相当の論客が道理をもって真実を書きこんでいるので、それに対して怯えているのかもしれない。不正を行っている幹部にとって先生の指導通りに声を上げてもの申すメンバーは嫌なのだ。困るのだ。


従って、権力者側としては一人一人に個人的に圧力をかける必要がある。
私が投稿する内容は、自分で体験した事、また、聞いた事実を素直に書きこんでいるだけである。


私自身には何も知らされずに、本人抜きで、アメリカのトップ幹部三人が日本人の婦人部・多宝会のメンバーを前にして、極悪陽光の悪口を炊きつけているのである。私は7ヶ月以上も村八分にされていて、あることないことを一般メンバーに吹き込まれていたが、ここにきて集中砲火を浴びることになったのだ。いよいよ僭聖様のお出ましかも知れない。

http://sgi-shiteifuni.com/?p=10041
 

師弟不二アーカイブより 【問答無用 対話なき処分】 【32】

 投稿者:プロジェクトX  投稿日:2016年10月 5日(水)12時06分50秒
  陽光様の【問答無用 対話なき処分】のシリーズ32を抜粋してお送りしています。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

2016年6月2日(木曜日)。新理事長の●S氏がフロリダのローカル会館にやって来た。
昨年の3月に来訪した際は、まだ壮年部長の役職であった。
その彼に教義変更について私は質問したが彼からの答えはなかった。
答えられなかったのである。その時は何も知らなかったのかもしれない。ただ「私は原田会長を信じている」と新理事長は私に言った。●S氏は日本にも滞在した経験があり、日本語も堪能な様子である。
(※私(プロジェクトX)の記憶では日本で地区部長をしていたはず。地区部長時代に本幹で活動報告していた)


午後1時からの日本人のみの会合には、10人弱のメンバー(すべて婦人部)が集まったらしい。
後に得た情報では、私と親しくしていたメンバーを特に選んでミーティングの内容は知らせずに集めたらしい。1時間ぐらいの会合だったが、最初から終わりまで丸一時間を問題児となっている私の話になった様子。


会合が始まると、新理事長の●S氏は会館の電話を拡声器に繋げて、サンタモニカ本部で待機している前理事長の永●氏および副教学部長の長●氏の三者が最初から最後まで私の話しかしなかったらしい。


フロリダとカリフォルニヤは3時間の時差がある。フロリダの午後1時は、カリフォルニヤの午前10時である。英語で発音すると同名の二人の日本人トップ幹部は、サンタモニカ本部の会議室で新理事長から電話連絡がくるのを今か今かと待ち構えていたことになる。


そして、前理事長永●氏が口火を切った。

「陽光は幹部批判をして分派活動しているんだ」
「これは異体同心を破る者で破和合僧の者である」

「陽光は危険人物で宿坊の掲示板に88回も投稿して、幹部を批判・誹謗し、悪口を言っている」
「宿坊の掲示板は、非常に危険な掲示板である」

「陽光は宿坊の掲示板で悪い縁に触れて信心がおかしくなった」
等々、盛んに宿坊の掲示板の名前を前理事長は10数回繰り返したのだった。


組織をバックに権力を持った大幹部達が力のない一人のメンバーを総攻撃するのだ。これはパワハラともイジメとも言える。滑稽な話ではあるが、異常とも異様ともいえる雰囲気が醸し出された会合とも言える。

http://sgi-shiteifuni.com/?p=10039
 

800万?

 投稿者:フラフラ  投稿日:2016年10月 5日(水)11時59分8秒
  そんなにいるわけないでしょう。昭和40年代後半のピーク時の話しですね。
まさに、先生が直接指揮をとって頂いていたころの昔の話し。
残念ながら統監やってる人ならみんなわかってますよ。
会員数の減少。新聞部数の減少。財務の減少。
同じ役職を何十年もされてる壮年もたくさん。
 

陳腐すぎて頭割れてるとしか…ww

 投稿者:八尋みのる  投稿日:2016年10月 5日(水)11時34分48秒
  >妄想癖の強い 柳原さん<

ecoさん、そんな~生易しいw
 

『本物は誰だ!』でもやっているのかよ柳原さん

 投稿者:eco◆Smw69  投稿日:2016年10月 5日(水)11時28分26秒
  そんな 妄想癖の強い 柳原さんに この一節をお送りいたします

『一切の業障海は皆妄想より生ず 若し懺悔せんと欲せば 端座して実相を思え』
 

名物コラムと迷物コラム

 投稿者:大石小石  投稿日:2016年10月 5日(水)11時20分26秒
  他愚痴ですw所感を少し。

毎日新聞の山田編集委員は「名物コラム」

柳原さんのは「迷物コラム」

いい加減、ちゃんと取材しなくちゃ、ライターとしてどうなのか?
反板周辺の情報源では…

さすが妙法のジャーナリスト柳原さんと人びとからいわれるように。題目送ります。
 

地区統監

 投稿者:はげ  投稿日:2016年10月 5日(水)11時17分37秒
  先日、地区統監がありました。現在76世帯で3ブロックです。
数年来の長期入院の方、心の病で入院して面会ができない方などを世帯から個人へカードを移しましょうと話し処理をしようとしていました。すると地区担当の婦人部圏幹部が「ここ二年は世帯増の戦いだから」と待ったをかけてきました。
 それに対して地区婦人部長が「簡単に減らしているわけではない。引き続き部員としては残る。また世帯がやがて80を超えると地区分割になって、今でさえ限られた人間で活動しているのにさらに地区が厳しくなる」と食い下がりました。さらに地区部長も「選挙の時は投票ができないとすぐに外してしまうのに、なぜ減らせないのか?新聞や書籍、民音もすべて世帯割で来るのでたまったものではない」と。
 さすがにその幹部も「私に言われても・・・」と。「方面幹部が来るので会館に行きます」と言ってそそくさと出て行ってしまいました。あとは圏統監でどう判断するかになるでしょう。
 このままでは亡くなった方まで、「統監落とすな」となってしまうのではと危惧しています。
 一方で去年、地区で10数世帯折伏をし支部1番の世帯数になった隣の地区は、今年初めから少しずつ減らしていっていつの間にか2番目の世帯数になっています。やり方が上手?
 とにかく、数字優先でやれ何倍だ、何%だと言われ地区幹部は疲れ切っています。来年は衆院解散の話もあります。北九州市と都議選もあります。また選挙漬けの年になりそうです。
 

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