認知症の方の中には「もの盗られ妄想」が見られる人が大勢います。物盗られ妄想が始まると、文字通り、自分の持ち物が見つけられず騒ぎ出す、誰かが盗んだのではと疑い始めるといった行動が現れます。これは一般的に「妄想・せん妄」と呼ばれており、認知症の周辺症状の代表的な症状です。
今回は、このもの盗られ妄想がなぜ起こるのか、家族に症状が現れ始めた場合どのように対処するのかを考えてみたいと思います。
「私のものがない!」原因は、認知症による記憶障害
自分の物がなくなったと騒ぎ出す理由は大きく2つあります。ひとつには、単純に記憶力の低下にともなって、自分が置いた物の場所が思い出せなくなるため。そしてもうひとつは、普段持ち歩かずタンスなどにしまってある物の存在を、何かのタイミングで急に思い出すためです。
前者の場合は、財布、メガネ、タバコなど、普段身に着けたり持ち歩いたりしている物、後者の場合は、預金通帳や印鑑、宝石、昔趣味でよく取り扱っていた道具などが対象となります。
普段持ち歩かない物に関しては、認知症ではない若い人たちでも、ある場所を忘れてウロウロ探し回ったり、家族に聞いて回ったりします。しかし、認知症高齢者は自ら探そうとする行動は取らず、「物がなくなった!」と騒ぎ出し、周囲を疑い始めるのです。
家族の中での疎外感やホームヘルパーも、もの盗られ妄想につながる
以上のように、もの盗られ妄想の主な原因は記憶力の障害によるものです。しかし高齢者本人が家庭の中で疎外感を感じ始めるようになると、もの盗られ妄想を発症することもあります。
ADL(日常生活動作)が落ちてくると、今までのように思い通りに行動ができないことへの自分への苛立ちに加え、家族の手を借りることへの劣等感が生まれます。また、何かをしてもらおうと家族に声をかけても、「忙しいから後にして!」などと、自分が相手にされていないことへのさみしさなどが募り、やがて家庭の中で疎外感を感じるようになります。こういった不満が積もると、半ば八つ当たりのように周囲を疑うようになると言われています。
また、家族以外の人を自宅に入れることも、もの盗られ妄想の助長につながる可能性があります。例えばケアプランの作成などで、役所の担当職員やケアマネジャーが自宅を訪問するケースでは、体の状態や体調などについて色々本人に話しかけることがあります。見知らぬ人が突然やってきて、自分のことを根掘り葉掘り聞かれれば、あまり良い気分はしないものです。
介護サービスで訪問介護を選択した場合、自宅にやってくるホームヘルパーに疑いの目が向けられる可能性もあります。定期的に来るヘルパーは家族の次に本人と接触する時間が長くなる傾向があるため、自ずと疑うようになってしまうのです。ヘルパーとその人との相性もあるため、あまり本人がナーバスになるようだったら、担当者を変えてもらうのがよいでしょう。
いずれのケースでも「不安」が原因でもの盗られ妄想が進行していくことを、家族は心得ていてください。
決して本人を否定しない。同じ目線で見ることがケアのポイント
認知症の家族にもの盗られ妄想が始まっても、決して本人を否定するようなことを言ってはいけません。例えば自分に疑いをかけられた場合でも、「自分はやっていない」と否定したところで本人は納得するはずもありません。「なくしたあなたが悪い!」と攻めるのは絶対にNGです。言い返された本人の自尊心を大きく傷つけることになります。
こういったケースでは、本人に「共感」の態度を示すことが重要です。例えば「○○が見当たらないの? それじゃあ一緒に探しましょう」と本人が納得しそうなリアクションをするなど、あくまで本人の心を落ち着かせるように努めることがポイントです。
また、もの盗られ妄想はずっと続くものではありません。家族が認知症の方に心ない言葉をぶつけられても落ち着いて親身に対処すれば、そのうちにもの盗られ妄想はなくなると言われています。
大事なのは、たとえ親に泥棒扱いされたとしても、それは病気のせいだと割り切る心です。決して怒りに任せて怒鳴ったり、冷たい態度をとったりすることのないようにしましょう。
終わりに
物盗られ妄想に具体的な治療や改善策はありません。しかし、認知症の周辺症状の一つなので、他の認知症の治療と同様のアプローチが可能です。例えばパズルや計算といった知的トレーニングを日常生活に取り入れたり、指先を使う作業を行ったりするのも有効です。
それでも症状が見られる場合や改善しない場合、まずは地域包括支援センターなど行政の福祉窓口やかかりつけ医に相談するのがよいでしょう。
参考文献
『介護の理念と社会的役割』日本医療企画編