期間内に仕事を終えるのがへたくそだ。
とにかく仕事が遅い。もし「1週間でツルを1羽折れ」と言われても、たぶん間に合わない。よく今まで周囲に見捨てられなかったなと自分で感心するほとだ。たぶん周囲はこれから見捨てる算段なのだろう。
ある日、書店で『なぜあなたの仕事は終わらないのか』というタイトルが目に入った。日頃から「なぜ自分の仕事は終わらないのか。まさか仕事をしていないせいではないと思うが……」と考えていたので、本と目が合ったような気がして手に取った。
ロケットスタート思考
結論を言うと、かなり参考になる本だった。
著者は元マイクロソフトのプログラマー。彼自身、かつて仕事が終わらないのが悩みだったらしい。私と同じだ。本書には、彼が働きながら考え抜いた、時間作りの戦略がわかりやすく書かれている。
中心となる主張はとてもシンプル。「ロケットスタートしろ」だ。
たしかに私はロケットスタートをしない。するのはマリオカートのときだけだ。いつも締め切りの直前になってからヒイヒイ言ってよろよろ歩きだしている。マリオカートでは「イヤッフゥゥゥゥ!」とか叫んで軽快に爆走しているのに、現実では「ヒイィ……人間をやめたい」と言っている。
著者の中島氏いわく、仕事は最初の2割の期間で8割は完成していないようじゃダメらしい。たとえば10日の猶予がある仕事なら、2日で80%はできあがってないといけないのだ。私はといえば、11日目から走り始めたりする。マリオカートで言えばほかのプレイヤーが3周走りきってからアクセルを踏み込むような感じだ。ダメすぎる。ジュゲムはこいつをつまみ出せ。
一生寝ながらマリオカート
本の主張はシンプルだが、それを裏づけるために著者の体験が挙げられていておもしろい。わかりやすいので、なんだか自分にもできるような気がしてくる。バーサク効果がある。
しかし読み進めるうちに、だんだんと「ん?」という感じも強くなってくる。著者と自分の考え方が根本的に違うのがわかるのだ。
著者の中島聡さんはとにかく仕事が好きらしい。アメリカで働いていた頃も、ずっと会社に居残って勝手にプログラムを書きまくっていたそうだ。休みの日も常に仕事のことを考えていて、それが楽しくてしかたがないようだ。
私はといえば、とにかく働きたくない。仕事は嫌いじゃないが、もし一生暮らせる大金があったら一日中寝て暮らしたい。寝て暮らしながらマリオカートをやりたい。マリオカートをやりながら寝たい。寝ながらマリオカートをやっている夢を見て、起きてマリオカートをやりたい。そんな人間だ。
だから、中島さんの「仕事がおわらない」と、私の「仕事がおわらない」は、質がぜんぜん違う。中島さんの場合、全力で働きたくて、働いて、それでも間に合わない! という想定なのだ。私の場合は、働きたくない、働きたくない、働きたくない……でも働かないといけない! である。
それに薄々感づいたタイミングで、中島さんが学生時代に作ったプログラムで数億円のロイヤリティを受け取っていたことを知った。同じ頃、私は大学でカルト宗教サークルから合宿のチラシを受け取っていた。
もちろん中島さん自身は、自らがレアケースの人材であることをわかっている。そのうえで普通の人たちに向けて「本当にやりたい仕事を見つけて、やろう」みたいなことを書いている。しかし私は「仕事」そのものをやりたくないのだ。ただ消費だけをしていたい。社会に貢献したくない。根っこから反社会的なのである。
『今日から俺はロリのヒモ!』
並行して読んでいたのが『今日から俺はロリのヒモ!』というライトノベル。もし人権が免許制だったらこのセリフを言ったが最後、永遠に認可されないだろう。
主人公は漫画家志望の高校生。ある日、彼のファンを名乗る美少女小学生富豪投資家が現れて「あなたのパトロンになります」と宣言する。高校を辞めて彼女の豪邸に引っ越した主人公は、限度額なしのカードでソシャゲに課金をしまくったり、友達の小学生に囲まれて遊んだり、巨乳のメイドさんにセクハラをしたりとやりたい放題! 最高~!
以上が『今日から俺はロリのヒモ!』の全あらすじ。最初から最後まで一貫してこうだ。読みながら「いつこのロリ美少女が主人公をベッドにくくりつけて足を切断するんだろう」とハラハラしていたが、まったくそんなことなく物語は終わった。永遠に登り続けるジェットコースターがあったら普通のジェットコースターよりも何倍も怖いと思うが、これはそんな物語だ。
主人公は端的に言ってクズである。小学生に惚れられているのをいいことに金を使いまくって、漫画はぜんぜん描かないし、メイドさんにはセクハラを連発する。向上心がなく、自堕落で、ウソつきな、近年まれに見るクズ主人公だ。しかし、その欲望にはウソがない。
ロリのヒモとなった俺は!
ロリのお金で!
エロ同人を好きなだけ買うことができるのだ!
――『今日から俺はロリのヒモ!』
主人公の独白だが、こんなにすがすがしい独白はなかなか書けない。これは魂の叫びだ。
自己啓発書の伸ばした手はロリのヒモに届かない
この小説を『なぜ、あなたの仕事は終わらないのか』と交互に読んでいたので、途中から頭がおかしくなりそうだった。ムチで打たれながらケーキを食っているような感じだ。
読み終わってから思った。
『なぜ~(略)』の著者である中島さんは、好きなことをやるべきだと書いている。しかし、ある人の「好きなこと」が向かう先にあるものは「ロリのヒモ」かもしれない。個人の欲望が社会利益に直結するとは限らない。むしろ、そうでない人が多いからこそ、みんな悩むのだ。自己啓発書を書ける人の多くは「やりたいこと」と「社会の利益」が一致している。それは幸運なことであり、ただの幸運でしかないともいえる。
なんの躊躇もなく「ロリのヒモは最高だぜ!」と叫ぶ主人公に対して、自己啓発書がかけるべき言葉などあるのだろうか?
いや、ない。差し伸べる手にも、長さの限界がある。崖の上から手を伸ばしても、谷底には届かないのだ。
すべての仕事は必ずやり直しになります。最初の狙いどおりに行くほうがまれなのです。どうせやり直しになるのだから細かいことはおいておき、まず全体を描いてしまったほうがいいのです。
――『なぜ、あなたの仕事は終わらないのか』
「でも、藤花が応援してくれるなら、絶対に最高の漫画を描いてみせるよ」
「っ――ありがとうございますっ!」
藤花はぱあっと、満面の笑みを咲かせた。
そう。それだ。藤花にはやっぱり笑っていてもらわなくちゃ。
……まったく、ロリのヒモってのは本当に素晴らしいな。
ちょっと漫画を描くって言っただけで、そんな嬉しそうな顔をしてくれるんだから。
――『今日から俺はロリのヒモ!』