ロビットCTOの新井雅海氏(左)とCEOの高橋勇貴氏(右)
安価な3Dプリンタやオープンソースハードウェアの登場、高価な工作機械を利用できるコワーキングスペースのオープンなど、日本でもハードウェア・スタートアップの活動を後押しする環境が整い始めている。しかし試作と量産の間に「高い壁」があるのは今も昔も変わらない。求められる設計や製造の精度が格段に高くなり、資金も必要になるからだ。
めざましカーテン『mornin’』(モーニン)を開発したロビットはこの課題を見事克服し、わずか1年で製品を世に送り出すことに成功した。その秘密はどこにあるのか。CEOの高橋勇貴氏とCTOの新井雅海氏に聞いた。
モノ作りを愛する理系学生が集い創業
ロビットが開発・販売を手掛ける『mornin’』
ロビットが開発と販売を行う『mornin’』は、カーテンを自動で開閉させる装置だ。既存のカーテンレールに簡単に取り付けられ、起床時間の設定などはすべて、手持ちのスマートフォンを通して簡単に行うことができる。めざまし時計では得がたい自然で爽快な起床を実現するという、いわば“魔法のカーテン”のような製品だ。
発売の1週間前、テレビ東京のニュース番組『ワールドビジネスサテライト』の人気コーナーで紹介されたところ、放送終了からわずか10分で用意した先行予約分が完売。さらに発売を開始した7月13日の翌日には、初回出荷分の1000台がすべて売り切るなど、発売前後から大きな反響を呼んでいる。
設計・開発・組み立てをすべて国内で行われているにも関わらず、1台3985円という手頃な価格で提供されているのも人気の要因になっているようだ。
そのロビットで代表取締役を務める高橋勇貴氏は、創業の経緯を次のように説明する。
「私はもともと大学の研究室で、惑星探査機の省電力化やロボットの研究に携わっていたのですが、このノウハウをもっと日常的で身近な問題を解決することに使えないかと思い、同じ科に通っていた3人の先輩たちと一緒に起業しました」
創業メンバーは、代表の高橋勇貴氏のほか、組み込みソフト開発や基盤設計を担当する新井雅海氏(CTO)、アプリ開発担当の河北薫氏(CDO)、機械・機構設計担当の平野龍一氏(CMO)の4人。いずれも中央大学電気電子情報通信工学科の卒業生だ。
「創業は2014年6月ですが、チームとしては2013年から活動を始めています。最初に作ったのは、イベント会場で警備員や案内係をサポートする『SequenceRobot』(シーケンスロボット)でした。このロボットをいくつかのビジネスコンテストに持ち込んだところ、投資家の皆さんに高い評価をいただくことができたので、本腰を入れて開発に取り組むことにしたんです」(高橋氏)
CEOの高橋勇貴氏
当初は夜や休日に集まり、新しい開発プランを練ったり、モノ作りに取り組んだりしていたが、高橋氏の先輩にあたる3氏はすでに卒業し、働きはじめていたため、当時はまだ大学生だった高橋氏が、法人化に向けた資金調達や会社設立の手続きを進めることになったのだという。
「新井はインテル、河北はミクシィ、平野は本田技術研究所を辞め、ロビットの創業に参画しました。そんな経緯もあって、後輩の私がロビットの代表を務めているわけです」(高橋氏)
開発拠点を高島平の一軒家に設けたワケ
ロビットの開発拠点は高島平の一軒家だ
ロビットの開発拠点は、荒川河川敷にほど近い東京都板橋区高島平の一軒家にある。渋谷や恵比寿、六本木といったスタートアップが好みがちなエリアではなく、あえてこの地を選んだ理由は非常にシンプルだ。ファナック製の切削加工機『ROBODRILL』(ロボドリル)を設置できる物件が見つかったからだ。
ロボドリルとは、コンピュータ制御された複数のドリルによって、金属や樹脂、木材などを精密に加工するマシンのこと。アップルの『iPhone』など、今人気のスマートフォンの多くが、このロボドリルで加工されているという。
「ロボドリルを搬入し、設置、運用できる物件を探すのに一苦労しました。まず建物に広い開口がないと搬入できませんし、ロボドリルの接地面積はテーブル大ほどですが、ここに2トンもの荷重がかかるので置き場所も選びます。良さそうな物件が見つかっても、音や振動を理由に断られることもよくありました」(高橋氏)
プロトタイプ開発などに活躍したロボドリル。この装置なくして『mornin’』の早期完成はなかった
そこまで苦労してもロボドリルを導入したかったのは、加工精度の高さと効率の良さが魅力的だったからだと、CTOの新井氏はいう。
「ロボドリルが出せる精度は3マイクロメートルほど。赤血球の直径の半分ほどの細かさで寸法を追い込んでいけるんです。今は、3Dプリンタも切削マシンも手頃な値段で手に入る時代ですが、性能や精度はそれ相応。もちろん専門業者に外注すれば品質は担保されますが、試行錯誤を何度も繰り返すとなるといくら資金と時間があっても足りません。それなら少々高くても思い切って買ったほうがメリットが多いと判断しました」
CTOの新井雅海氏
だが、最新鋭のロボドリルは1000万円はくだらない非常に高価なマシンだ。スタートアップがおいそれと手を出せるものではない。
「ですから中古市場で比較的程度のいい製品を見つけて手に入れました。内部を調べてみると機軸部品がかなりくたびれていたので、工作機械に詳しい平野が部品をメーカーから取り寄せ、自分たちで部品交換も行っています。切削時に使う油に含まれた有機物のせいで内部に付着していた大量のコケを取ったり、ソフトウェアのカスタマイズが必要だったりと、使えるようになるまでには、かなり手間と時間がかかりました」(新井氏)
とはいえ新井氏は2~3カ月で元は取ったのではないかと感じている。

ケミカルウッド(人工木材)を削り出して作った原型。ここに樹脂を流し込み凹型を作る。『mornin’』のプロトタイプ製作に使われた
「プロトタイプの作成だけでなく、製品の組み立てや動作チェックに使う治具の開発、樹脂部品のサイズ調整にもロボドリルをフル活用しましたから、軽く元は取っていると思います。『mornin’』は一見とても簡単に見えますが、取り付け機構の動きに0.1mmほどの誤差があってもカーテンレールに取り付けられなくなるくらい繊細な装置です。ボタンの感触についても、数十マイクロメートル単位での調整が欠かせませんでした。ロボドリルがなければあれほどの頻度で試行錯誤はできなかったと思います。あのマシンがあったおかげで、アイデア出しから約1年で『mornin’』を世に出すことができたんです」
高橋氏も同じ考えだ。
「ミーティングの直後、朝日を浴びると脳内でセロトニンという物質が分泌され、すっきりとめざめられるという科学的根拠が見つかり、手を動かしはじめたのは2015年の7月末ころ。仕様が固まったのは11月ごろだったと思います。この間、数十種類ものカーテンレールを買い入れ、テスト、修正、検証を数え切れないほど繰り返しましたが、このサイクルを高速に回せたのは、確かにロボドリルのおかげでしたね」
試験のために集められたカーテンレールの数々。内装の施工業者にも問い合わせ、国内でよく使われるものを中心に選んだという
積極的な設備投資と国内開発が成功をもたらす
わずか4カ月足らずでプロトタイプ開発を終えた彼らだったが、その後にはいくつもの困難が待ち構えていたという。いわゆる「量産の壁」だ。新井氏は振り返る。
「設計上はもちろん、最終製品に使う素材で作ったプロトタイプをテストしても、まったく問題がなかったのに、金型で部品を製造し組み立ててみるとなぜか動作しないことや、強度を念入りに計算して作ったはずの部品が、組み立て時に高い頻度で壊れてしまうといった不具合には度々見舞われました」
まさに産みの苦しみを味わっていた彼らを救ったのが、都内各地で町工場を営んでいる「匠」たちだったという。
「困り果てて金型屋さんや射出成形屋さんに教えを請いにいくと、とても親身に相談に乗ってくれるんです。子どもや孫世代といってもおかしくない我々に、『共同開発しているようで楽しいよ』と言ってくれる職人さんや、『やっとできたから、今から届けにいくよ』と深夜に駆けつけてくれる職人さんにも出会いました。もし海外の企業に仕事を発注していたら、今も量産の壁を乗り越えることはできなかったかも知れません」(新井氏)
設備投資を恐れず、国内での開発を選択したことが、彼らの好調なスタートを支えていたようだ。最後に今後の取り組みや目標について両氏に聞いた。
コンピュータ制御された14種類のドリルやブラシを巧みに使い分け、3D図面通りに樹脂や金属を削り出していく
「今のところ大きく分けて3つの方向性があると考えています。1つ目は『mornin’』をより良くしていくこと。2つ目は、防犯システムとの連動や、不眠やうつなどの神経症状の緩和につながるような利用法の確立。そして3つ目が、寝付きの悪さや睡眠時無呼吸症候群、いびきといった、睡眠の質を下げる諸症状を緩和するような新製品の開発です。近々、ロボドリルをもう1台購入する計画もあるので、さらに開発スピードを上げていければと思っています」(高橋氏)
「高島平という立地は、求人面ではかなり不利ではあるのですが、良いモノを作るという意味ではとてもいい環境だと思います。今、ソフトとハードの境界線がどんどん曖昧になっているので、Webサービスやアプリ開発に携わっているエンジニアの皆さんにも興味を持ってもらえたら嬉しいですね」(新井氏)
モノ作りに向き合うなかで、ヒト、モノ、カネ、チエを引き寄せ、短期間のうちにユニークな製品を世に送り出すことに成功したロビットのメンバーたち。高橋氏はその成果を「幸運のたまもの」というが、いくら幸運に恵まれても、高い技術力と柔軟な発想力がなければ、彼らの成功はなかったことだろう。
「それぞれ得意分野を持ち、モノ作りが好きなメンバーが集まったのは幸運以外の何ものでもありません。それだけでなく、資金や技術的な面で後押ししてくださった皆さんと出会えたことが何よりの幸運だったと思います。皆さんの恩に報いるためにも『mornin’』を大ヒットさせ、次につなげていきたいですね」(高橋氏)