【為末大の視点】第2回 休む勇気
為末大氏 |
以前、スポーツの現場では1日休めば元に戻るために3日かかると言われて、休むことが悪とされてきた。それから科学的なデータが集まってくると、休むことの効能が随分理解されるようになってきたが、今も休むことへ罪悪感を持っているコーチが多い。
「休む」という言葉を聞くと、体力の回復を図ったり休暇を過ごしたりと、働くことや練習することとは反対の何かをイメージすることが多いのではないか。「働く」の隙間が「休む」であれば、確かに休めば休むほど「働く」の領域は小さくなる。
「休む」ということを分解してみると、体力の回復はもちろん休むことの効果の一つではあるが、それだけではなく、対象と距離を取る時間という見方もできる。アスリートが一定期間競技から離れて、復帰した時、以前より一段レベルが上がっていることがある。体力のことだけを考えれば、「休みすぎる」という行為は不利なことが多いはずなのにだ。
理論が構築されている訳ではないが、けがで一定期間競技から離れた時の経験から言うと、10日間ほどたったころから、客観的に競技自体を眺めることができるようになり、頭の中で本質は何なのかという整理ができたように感じた。囲碁を打っている当事者より、それを横から見ている第三者の方が碁盤がよく見えたりするように、第三者的な視点に立つことで、見えるものがあるからだと思う。
常時当事者でいるということで、目の前の問題を解決し続けたり、ひたすらに量を重ねたりすることにはよいが、眺めて本質を見極めるには、対象物と精神的な距離が必要になる。
・競技を最後までやり続ける。一方、他競技への転向や引退後にキャリアチェンジするのが苦手
・局所(選手とコーチレベル)での戦いは得意だが、全体戦略が苦手
二つの特徴が日本のスポーツにあると感じているが、継続を重んじ、休むことを嫌がる文化が影響していると思う。休むのではなく、やってきたことを整理し、戦略を立て直す時期だと考えられるようになってから、休むことが怖くなくなった。スポーツにおいて休むことは勇気がいることだが、これからのスポーツには必要なことだと思う。