きょうの日経サイエンス

2016年10月4日

2016年ノーベル物理学賞:物質の「トポロジカル相」を理論的に発見した米国の3氏に

2016年ノーベル物理学賞は「トポロジカル相転移と物質のトポロジカル相の理論的発見」によって,米ワシントン大学(シアトル)名誉教授のD. J. サウレス(David J. Thouless,82歳),米プリンストン大学教授のF. D. M. ホールデン(F. Duncan M. Haldane,65歳),米ブラウン大学教授のJ. M. コステリッツ(J. Michael Kosterlitz,74歳)の3氏に贈られる。賞の半分はサウレス氏に贈られ,残りをホールデン,コステリッツの両氏で分け合う。

 

物質が条件によって気相/液相/固相など,明確に異なる相(状態)を取る例はよく知られている。3氏は高度な数学理論を用いて,超電導体や超流導体,磁性薄膜など特殊な物質の相を研究した。特に,厚みが原子サイズと非常に薄く実質的に2次元と見なせる系や,原子が一筋の糸のように並んだ1次元の系に表れる性質だ。従来の物性物理学をある意味で超えたこうした物質の状態は「トポロジカル相」と呼ばれ,物質科学とエレクトロニクスの新分野として非常にホットな研究領域となっている。

 

コステリッツとサウレスは1970年代初め,トポロジー(位相幾何学)の考え方を援用して超電導を考察し,2次元薄膜では秩序だった相ができないため超電導も起こらないとしていた当時の理論を覆した。2人は低温で生じた超電導状態が高温では消えて常電導になる相転移を説明することにも成功した。こうした2次元系における相転移は2人の頭文字を取って「KT転移」,あるいは同様のアイデアを提案したロシアの理論物理学者ベレジンスキー(Vadim Berezinskii,故人)のイニシャルを加えて「BKT転移」と呼ばれている。相転移に関する従来の理解を大きく変えた重要な発見だった。

 

サウレスは1980年代,「量子ホール効果」と呼ばれる現象をトポロジーの考え方を用いて説明した。量子ホール効果は非常に薄い導体の層を半導体の層でサンドイッチにした構造を極低温に冷やして強い磁場をかけたときに生じる現象で,磁場の強さなどを変えるとサンドイッチ構造を流れる電流が2倍,3倍,4倍というように整数倍のステップを踏んで変化する。当時の理論では変化がなぜ整数倍になるのか説明がつかなかったが,サウレスはこの謎をトポロジーを用いて解いた。またホールデンは固体中に並んだ一列の原子の磁気的な性質を説明するのにトポロジカル相の考え方を利用できることを示した。

 

こうした研究が発端となり,1次元や2次元の系だけでなく,例えば内側部分は電気を通さないのに表面は電子が自由に移動できる導電体のようになった新しい物質状態がありうることが広く認知されるようになった。「トポロジカル絶縁体」「トポロジカル超電導体」「トポロジカル金属」などが精力的に研究されている。物質科学として興味深いうえ,高性能の電子デバイスなどにつながる可能性も指摘されている。物質の特性の起源を量子力学の枠組みで理解しようというのが20世紀以来の正統的な考え方だが,これら特殊なトポロジカル物質やトポロジカル相転移の追究はその世界を新たな領域へと広げることになりそうだ。

 

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