ここいらではっきりさせておかなければいけない風説が1つあります。それは「火病」と呼ばれる、精神疾患の一形態のことです。
在日コリアンや韓国人に対するヘイトスピーチが蔓延するネット上において、「火病」は実に使い勝手のいいスティグマとなっています。彼ら曰く、「火病」というのはDSMにも記載のある韓国の民族的症候群であり、怒りで手が付けられなくなる、ヒステリーによく似た症状であるそうです。
しかし実際には、後述するように火病はそのような症状ではありません。
これだけならネトウヨの妄言として捨て置くことも可能なのですが、そうはいかない事態に陥っています。
しかも、巻頭言自体が別の医師の朝礼を引いてきた形式なので、複数の専門家が同じ愚行を犯していることになります。
火病とは何か
では、実際の火病の症状はどのようなものなのでしょうか。これに関しては、風野春樹氏の私家版・精神医学用語辞典の解説がわかりやすいのでそこから引用することにします。
精神疾患をスティグマとして扱うこと
歴史上、精神疾患はスティグマとして扱われることが多くありました。火病ももちろんそうですし、ヒステリーもかつては女性の非論理性を表す現象と捉えられていました。また、昨今では統合失調症やパーソナリティ障害が同じような状態にあると言えるでしょう。
精神科医であれば、そのような歴史を把握し、かつ現在の状況を理解しておくことは当然です。弁護士が法律の改正状況を把握するのと同じくらい、必要最小限の職責であるといえます。
にもかかわらずこの医師たちは、それを怠るばかりか、DSMに一瞬目を通せばわかることも確認せずに、協会誌とネット上で誤りをばらまくという失態を演じました。しかも掲載から1月は経とうとしているのに、撤回も訂正もしない始末であり、医師個人の素質というよりは組織の体質を疑わざるを得ません。
巻頭言では、他に中国とインドの例を引いてその国での精神疾患に対する偏見を嘆いていますが、自分自身で偏見をばらまいておいてどの口がそれを言うのだと言わざるを得ません。
ベット数が多ければいいのか
また、韓国の事例ではベット数が少ないこと、強制入院が多いことを指摘しています。
しかし、ここでベット数が多ければいいのかという疑問が生じます。例えば北欧では、精神疾患患者の社会復帰を推し進めており、その都合上ベット数は少ないでしょう。受け入れることのできるベット数が多いということは裏を返せば病院から出ることのできない患者が多いことも意味します。
ベット数の多寡は難しい問題なのでさておくとして、強制入院の件は日本も他人ごとではありません。日本にも池田小事件をきっかけに制定された心神喪失者等医療監察法は、本人の意志関係なく強制入院という措置を下せる法律です。
日本に生れてよかった?
最後に、日本に生れてよかったという一言で巻頭言は締めくくられていますが、これほど間抜けな発言もないでしょう。
そこに至るまでに、3か国の精神病院の状況を虚偽を混ぜながら記述し、裏を返せば日本にはそのような状況がないことを主張するかのような流れですが、しかし日本の精神医学の発展は『【書評】狂気と犯罪 なぜ日本は世界一の精神病国家になったのか』で論じたように悲惨なものでした。
そのことを踏まれば、少なくとも当時の精神医学の状況は韓国や中国と五十歩百歩でしたし、現在もその状況を抜け出したとは到底言えないでしょう。
一番恐ろしいのは、専門家でしかもその組織のトップにある人物が、日本における精神医学の問題点を顧みることなく、他国との比較で少しばかりましだからと言って満足しているように見えることです。問題点を意識していれば改善の余地もありますが、そうでないのであれば精神医学の発展は絶望的でしょう。
在日コリアンや韓国人に対するヘイトスピーチが蔓延するネット上において、「火病」は実に使い勝手のいいスティグマとなっています。彼ら曰く、「火病」というのはDSMにも記載のある韓国の民族的症候群であり、怒りで手が付けられなくなる、ヒステリーによく似た症状であるそうです。
しかし実際には、後述するように火病はそのような症状ではありません。
これだけならネトウヨの妄言として捨て置くことも可能なのですが、そうはいかない事態に陥っています。
2015年4月号、8月号に続いて今回で3回目になるが、サンピエール病院・鶴田聡医師の病院朝礼の内容が興味深かったので、同君の許可を得て以下に掲載させてもらうことにする。引用したのは日本精神科病院協会の協会誌巻頭言です。端的に言えば、精神疾患の専門家が自身の専門分野に関して、ネット上の風説を鵜呑みにし専門的な知見を軽視するという考え難い状況です。
インターネットで韓国、中国、インドのメンタルヘルス事情を調べてみました。
〈韓国〉
韓国は、全国民の3割近くが生涯に一度は精神病を発症するというストレス社会でありながら、精神科への偏見は非常に強いと言われています。朝鮮民族にはDSM-Ⅳ認定の「火病」(ファビョン)という、怒りを抑えることができなくなって暴れまわるという精神病があり、この疾患に年間12万人(人口の0.3%)が罹患すると言われています。韓国には30万人の占い師・呪術師がいて、「精神病は先祖の悪行の祟り、一族の恥」とされるようで、セウォル号沈没事件の時に現場に政府の肝いりでメンタルヘルスの部署が設置されたにもかかわらず、相談に行った人は1人もいなかったということでした。韓国人には、自分の感情的な問題を他人に話すといった習慣がないため、うつ病になっても病気を否認し、誰にも相談せずに我慢する結果、自殺が多くなるようです。自殺は10万人当たり32人(日本は23人)で、ホームレス1万人のうち、60%が統合失調症だと言われています。精神科病院入院患者は4年前の10倍と急増中で、ベッド数は千人当たり1.58床(日本は2.8床)、そのうち90%が強制入院ということです。2人の親族と1人の専門医の同意で強制入院が可能で、しかも退院には家族の同意が必要です。たとえば、妻が夫と違う宗教に入ったから入院、息子が父にはむかって入院といった事例もあります。また、遺産相続問題で入院させられる人も少なくないと言われています。病院には無資格の「保護司」がいて、彼らの患者への日常的な暴力が問題になっています。最近、WHOが患者待遇改善勧告を行い、病院スタッフに患者の人権について1日のレクチャーを勧めましたが、勧告に従った病院はたったの3%でした。数年前、強姦された中学生が精神的トラウマ治療のために精神科病院に入院したところ、入院中の患者に強姦されて妊娠してしまったという事件がありましたが、院長は「スタッフが少ないからしょうがない」と反省する風もありませんでした。無認可の入所施設も多く、そこでは患者が鎖につながれていて、火事で毎年数十人が死亡するということです。
アジアでこんなこと-日本精神科病院協会
しかも、巻頭言自体が別の医師の朝礼を引いてきた形式なので、複数の専門家が同じ愚行を犯していることになります。
火病とは何か
では、実際の火病の症状はどのようなものなのでしょうか。これに関しては、風野春樹氏の私家版・精神医学用語辞典の解説がわかりやすいのでそこから引用することにします。
まず、「ファビョン」は漢字で「火病」(hwa-byung)と書く。また、"wool-hwa-byung"ともいわれるが、これは漢字で書くと「鬱火病」。この場合の「鬱」とは、「憂鬱」などの意味ではなく、「鬱血」とか「鬱積」と同じで、「出口がふさがれてたまる」といった意味である。「火」とは五行説の「木火土金水」の五元素のうちの「火」のことであり、「火」が体内にたまって気のバランスが崩れた状態が「鬱火病」というわけである。韓国では「火」は怒りに結びつくので、怒りを抑え、体の中に溜め込んだ結果さまざまな症状が起きるのが「火病」ということになる。つまり、火病というのは怒りを堪えることが出来なくなるのではなく、その逆で怒りを堪えすぎたために身体の不調などのかたちをとってそれが現れる病気です。筆者が書いているように、ヒステリーというよりは不安障害に近い印象でしょうか。少なくとも、ネットスラングとしての「火病」とは全く違うことがわかります。
「火病」は、アメリカの精神疾患診断マニュアルであるDSM-IVの巻末付録「文化的定式化の概説と文化に結び付いた症候群の用語集」にも載っていて、こんなふうに書かれている(なお、この用語集には日本の「対人恐怖症」も記載されている)。
hwa-byung(wool-hwa-byungとしても知られている):韓国の民俗的症候群で、英語には“anger syndrome”(憤怒症候群)」と文字どおりに訳されており、怒りの抑制によるとされている。症候としては、不眠、疲労、パニック、切迫した死への恐怖、不快感情、消化不良、食欲不振、呼吸困難、動悸、全身の疼痛、心窩部に塊がある感覚などを呈する。
韓国で書かれた文献によると、患者は社会階層の低い中年女性に多いという。韓国で41歳から65歳までの女性2807人を調査したところ、ファビョンの有病率は4.95%であり、特に社会経済的に低い階層の人、地方在住者、離婚もしくは別居している人、喫煙者、飲酒者で高率だったという。また、韓国系アメリカ人109人の調査では、12%が自分はファビョンにかかったことがあると回答したという。
ファビョン(火病) Hwa-Byung-私家版・精神医学用語辞典
精神疾患をスティグマとして扱うこと
歴史上、精神疾患はスティグマとして扱われることが多くありました。火病ももちろんそうですし、ヒステリーもかつては女性の非論理性を表す現象と捉えられていました。また、昨今では統合失調症やパーソナリティ障害が同じような状態にあると言えるでしょう。
精神科医であれば、そのような歴史を把握し、かつ現在の状況を理解しておくことは当然です。弁護士が法律の改正状況を把握するのと同じくらい、必要最小限の職責であるといえます。
にもかかわらずこの医師たちは、それを怠るばかりか、DSMに一瞬目を通せばわかることも確認せずに、協会誌とネット上で誤りをばらまくという失態を演じました。しかも掲載から1月は経とうとしているのに、撤回も訂正もしない始末であり、医師個人の素質というよりは組織の体質を疑わざるを得ません。
巻頭言では、他に中国とインドの例を引いてその国での精神疾患に対する偏見を嘆いていますが、自分自身で偏見をばらまいておいてどの口がそれを言うのだと言わざるを得ません。
ベット数が多ければいいのか
また、韓国の事例ではベット数が少ないこと、強制入院が多いことを指摘しています。
しかし、ここでベット数が多ければいいのかという疑問が生じます。例えば北欧では、精神疾患患者の社会復帰を推し進めており、その都合上ベット数は少ないでしょう。受け入れることのできるベット数が多いということは裏を返せば病院から出ることのできない患者が多いことも意味します。
ベット数の多寡は難しい問題なのでさておくとして、強制入院の件は日本も他人ごとではありません。日本にも池田小事件をきっかけに制定された心神喪失者等医療監察法は、本人の意志関係なく強制入院という措置を下せる法律です。
日本に生れてよかった?
最後に、日本に生れてよかったという一言で巻頭言は締めくくられていますが、これほど間抜けな発言もないでしょう。
そこに至るまでに、3か国の精神病院の状況を虚偽を混ぜながら記述し、裏を返せば日本にはそのような状況がないことを主張するかのような流れですが、しかし日本の精神医学の発展は『【書評】狂気と犯罪 なぜ日本は世界一の精神病国家になったのか』で論じたように悲惨なものでした。
そのことを踏まれば、少なくとも当時の精神医学の状況は韓国や中国と五十歩百歩でしたし、現在もその状況を抜け出したとは到底言えないでしょう。
一番恐ろしいのは、専門家でしかもその組織のトップにある人物が、日本における精神医学の問題点を顧みることなく、他国との比較で少しばかりましだからと言って満足しているように見えることです。問題点を意識していれば改善の余地もありますが、そうでないのであれば精神医学の発展は絶望的でしょう。