- 生徒A
- 「あいつ、誘拐で捕まったらしいぜ」
- 生徒B
- 「何で退学にならないんだろう」
- 生徒C
- 「バディの卯月さんもグルなんじゃ……」
学院内は、よからぬ噂でもちきりだ。
そして、落成式でのステージ当日――
- 花音
- 「お父さん!」
花音が、来賓の男性のもとへ駆けていった。
- 花音の父
- 「花音か。こんな所で何をしてるんだ? 仕事? ああ、そういえば、そんなことも言っていたな」
- 花音
- 「……」
- 花音の父
- 「で、そちらの方がお世話になってる……家出なんかして御迷惑をおかけしたこと、ちゃんと謝ったのか?」
- 花音
- 「家出じゃない……私……私はバディさんと結婚するつもりで、家まで行ったんだから! お父さんが勝手に誘拐されたと思い込んで、通報したんでしょ?」
- 花音の父
- 「通報したのは秘書だ。花音、あまりお父さんを困らせんでくれ。忙しいんだ」
- 花音
- 「う……」
花音はポロポロと涙をこぼしはじめた。
- 花音
- 「私なんかに興味がないなら、はっきり言えばいいじゃない!」
仕事を終えて学院に戻っても、花音は膝を抱えて顔を埋めたまま、一言も口を聞いてくれなかった。
*
- 十萌
- 「花音ちゃんのお父さん、国会議員の卯月議員なのです。昔からず〜っと、すっごく忙しい方で……今は選挙が近いですし、家にもほとんど帰らないとか」
十萌さんが、花音の父親について調べてくれた。
- 十萌
- 「花音ちゃん、本当は寂しがりやの甘えん坊で、誰かに構って欲しいんじゃないでしょうか。心から誰かを信じたいのに、誰も信じられずにいる……信じられる人を求めて学院に来て、自分と同じように孤独だった人を、バディに選んだのかもしれません」
花音はどうしたら、心を開いて信じてくれるのだろう。
悩んでいる時だった。
- おませ店長
- 『車を買うなら今がチャンス! 減税に補助金までついてきます。おませ店長からの、お知らせよ♪』
十萌さんを交えた三人で昼食をとる、学院の食堂。
テレビに流れるCMでは、超人気美少女タレントが愛想をふりまいている。
- 十萌
- 「あっ、如月みなせちゃん! カワイイですねえ」
- 花音
- 「……」
- 十萌
- 「花音ちゃんも、子役だった頃はよくCMで共演してましたよね。みなせちゃんって、やっぱり普段から……」
- 花音
- 「十萌さんも、ああいう媚びてて卑怯な子の方が、構ってあげたくなるんですか?」
- 十萌
- 「そ、そんなわけじゃ……」
- 花音
- 「いいこと思いつきました! 私、媚びるのは苦手ですから、別の方法を試してみようと思います」
- 十萌
- 「……?」
花音は何を考えているのだろう?
それが明らかになったのは、翌週に開催された、あるオーディションの時だった。
- 十萌
- 「花音ちゃん、どこに行っちゃったんでしょう……」
花音は会場に現れず、姿を消してしまったのだ。
- 十萌
- 「まさか、誰かに誘拐されて……」
ありえない話ではない、何しろ国会議員の娘なのだ。
その時、携帯電話が鳴った。
花音からの着信だ!
- 花音
- 『バディさん、私、トラックにはねられちゃいました! 大けがをして……今、公園で倒れてるんです。お願い、助けて……バディさん……!』
考えるより先に体が動き、オーディション会場を飛び出していた。
走って、走って、息が切れてもなお走った。
そして、公園に駆けつけると――
- 花音
- 「もう来たんですね。早かったじゃないですか」
大けがどころかかすり傷ひとつ負っていない花音が、ブランコに座っていた。
- 花音
- 「何ヘンな顔してるんですか? 私はただ、バディさんがホントに来てくれるかどうか、ちょっと嘘をついて試してみただけです。媚びるのは苦手ですから。ちゃんと構ってくれたので、まあ一応、バディとしては合格とします。でも明日からは……」
ふざけるな!
思わず怒鳴りつけていた。
大けがをしたと聞いて、どんなに心配だったか。
そんな嘘をつかれた人がどんな思いになるか、どうして分からない。
大切に想ってくれる人に、何でそんな思いをさせようとするんだ!
- 花音
- 「大切に想うって、そんなの、どうせ口先だけじゃないですか」
口先だけなら、全力で駆けて来たりしない。
大切に想う気持ちは絶対に嘘じゃない。
- 花音
- 「でも……でもっ! そんなの……!」
気付けば怒鳴り合いになっていた。
花音は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらわめき、叫び、言葉に詰まるとその場に座り込み、わんわんと声を上げて大泣きをはじめた。
泣きじゃくる花音をそっと抱きしめると、強くしがみついてくるのだった。
- 花音
- 「ご、ごめ……ごめんなさい……ひっく…うううう……ごめんなさい……」
頭を撫で続けていると、ようやく落ち着いたようだ。
夕暮れの道を、二人並んで帰っていく。
- 花音
- 「バディさん……?」
振り向くと、なぜかハッと息を呑み、泣き腫らした目を慌ててそらす。
- 花音
- 「手を……つないでも、いいでしょうか?」
小さな手を取ってあげると、きゅっと力をこめて握ってくる。
- 花音
- 「バディさんの手、あったかいんですね……知りませんでした……」
しばらく歩くと、花音は胸のあたりを押さえ、
- 花音
- 「あれ……? あれ……?」
息苦しいのだろうか?
声をかけようとすると、いきなりつないでいた手を離した。
- 花音
- 「別に送って頂かなくても結構ですから! まったく、ダメなバディさんですね!」
夕陽の中にいても、顔が真っ赤になっているのがわかる。
- 花音
- 「ああ、あ、あの……」
珍しく、うまく言葉が出てこないようだ。
- 花音
- 「ま、また明日です! 絶対、また明日! 私のところに、一番に会いに来てくださいね!」
よく分からないことを言って、花音は駆け去っていくのだった。
卯月花音 後編につづく