星華(せいか)学院。
世界的に有名な芸能学校であるここでは、芸能部とマネジメント部の生徒同士が「相棒(バディ)」になるのがルール。
だが、相棒はいまだ見つからずにいた。
かつては芸能部で将来を嘱望されていたが、ケガのためにマネジメント部に編入になって以来、夢を見失って腐っていたのだ。
これ以上ここにいても、未来はないだろう。学院を去るべきだ。
退学届けを出すため学院長室を訪ねると、どこかで見覚えのある女の子がいた。
- 学院長
- 「ああ、君か。退学の手続きなら、少しだけ待ってもらえるか」
- ?
- 「退学?」
女の子は意思の強そうな目で、こちらをじっと見つめている。
- ?
- 「学院長先生、この人をバディにしても良いですか?」
- 学院長
- 「卯月君、何を言い出すんだね!?」
- 花音
- 「もう、決めましたから。はじめまして、卯月花音です。本日から、この星華学院に編入して来ました」
どう答えていいものか戸惑っていると、
- 花音
- 「ほら、ボーッとしてないで。私が自己紹介したんだから、あなたも自己紹介したらどうですか?」
- 学院長
- 「卯月君、その人は今日で退学するつもりで……」
- 花音
- 「まだ退学してないんですよね? それとも私にバディもつけないまま、ひとりぼっちにして放っておくつもりなんですか!?」
- 学院長
- 「い、いや、そういうわけでは……」
- 花音
- 「ぐすっ……そんなのあんまりです……」
嘘泣きの感じがするが、本当に泣いていたらと思うと邪険には扱えない。
- 学院長
- 「どうじゃろう、退学は当面なしで、卯月君をバディにするのは……」
学院長の頼みにやむを得ずOKすると、花音はこっそり、バカにするような笑みを浮かべた。
その後——
- 花音
- 「良かったですね、私みたいな優秀なバディが見つかって。これで哀れな人生を送らずに済んだじゃないですか」
ひとすじ縄ではいきそうにないこの子が誰なのか、やっと思い出した。
卯月花音。
実力派の子役として、少し前まで数多くのCMやドラマに出演していた女の子だ。
- 花音
- 「真面目に私の言う通りしてくれたら、バディさんの将来も安泰ですから。それではまず、各教科の授業がどこまで進んでいるか、教えてもらえますか? 分からないなら、先生に確認して来ればいいんです。常識じゃないですか。それが終わったら、次は……」
花音は次から次へと指示を出してきて、仕方なくメモを取っている間はくどくどとお説教してくる。
はたして身が持つだろうか……。
*
事務員見習いの十萌さんが、花音を連れて学院の中を案内してくれることになった。
- 十萌
- 「校内でのレッスン許可が下りたら、色んな場所でレッスンできるようになりますよ」
- 花音
- 「だそうです、バディさん。私に時間を無駄にさせないよう、出来るだけ色んな場所に連れていってくださいね」
- 十萌
- 「花音ちゃんは強気ですねえ……」
- 花音
- 「ちょうど普通の授業にも退屈してきた頃ですから」
- 十萌
- 「退屈って……授業は真面目に受けないとですよ。レッスンを通じて、お友達だってできちゃうんですから」
- 花音
- 「友達って、必要なんですか?」
- 十萌
- 「……」
そこに上保光貴が現れた。
光貴とはかつて、芸能部で競い合うライバル同士だった。
ライバルと言っても、オーディションの結果を、裕福な実家のお金で買おうとするような男だ。どうしたってこちらに勝てない苛立ちが、いつしか憎しみに変わり、こちらがマネジメント部に移ってからは自分も転籍。毎日のように嘲笑を浴びせてきては、学院から追い出そうとあの手この手を尽くしてくるのだ。
- 光貴
- 「ちっ、お前か。退学すると聞いて、祝杯をあげようと思ってたんだがな」
- 花音
- 「バディさん、いかにも小物って感じがするこの方、お知り合いですか?」
- 光貴
- 「小物はこいつの方さ。僕は上保グループの御曹司・上保光貴。いずれは芸能界のトップに君臨する男だ。卯月花音。実力派の人気子役だったお前が、どうしてそんなクズをバディにしたんだ?」
- 花音
- 「そんなこと、あなたに関係ないじゃないですか」
- 光貴
- 「どうだ、僕のバディにならないか? 圧倒的な権力と財力で、どこまでもサポートしてやるぞ」
- 花音
- 「……」
- 光貴
- 「どうした?」
- 花音
- 「私自身のことなんて、どうせ興味がないくせに」
- 光貴
- 「……は?」
- 花音
- 「あなたみたいな人は、死んでしまえばいいんです」
- 光貴
- 「なっ……!?」
*
花音の自宅にて——
- 花音
- 「お父さん、おかえりなさい! あのね、聞いて聞いて。星華学院に編入したでしょ? 私、学外でのレッスン許可をもらったの! だからこれからは色んな場所で……」
- 花音の父
- 「分かった分かった。仕事で疲れてるんだ、また後にしてくれ」
- 花音
- 「でも……」
- 花音の父
- 「後にしてくれと言ってるだろうが」
- 花音
- 「……」
その夜、家にいるとインタホンが鳴った。
ドアを開けると、
- 花音
- 「ここがバディさんの家ですか。狭いですけど、何とか暮らせそうですね。あ、私、今日から一緒に住ませてもらいます。バディですから、当然ですよね」
どうして突然家に来たのか、驚いて事情を聞くが、花音は耳を貸そうとしない。
- 花音
- 「言っておきますけど、手を出そうとしたら痛い目にあいますよ。ネット通販で買ったスタンガンを持ってきましたから。それから、私がお風呂に入る時は目隠しをしてること。家の鍵は私が管理しますので、早く出してください」
仕方ない。今夜は泊めて、明日、十萌さんに相談しよう。
*
翌日の放課後、十萌さんに連絡して家まで来てもらうことになった。
- 花音
- 「う〜ん、プライベートな空間も欲しいですねえ。部屋の真ん中にカーテンを引くっていうのはどうでしょうか……。」
ピンポーンと、インタホンが鳴る。
やっと十萌さんが来てくれた。そう思ってドアを開けると、
- 警察
- 「警察だ。未成年者略取及び誘拐罪の疑いで、家宅捜索させてもらう」
警察が踏み込んできて、花音とスタンガンが見つかった。
何を言っても信じてもらえず、警察署に連れて行かれてしまった!
*
拘置所にて——
- 警察
- 「釈放だ」
後から来た十萌さんが慌てて警察に駆けつけて、事情を説明してくれたらしい。
やれやれとため息をついて牢屋から出ると、その十萌さんと花音が待っていた。
- 花音
- 「まったく、無実のバディさんを逮捕するなんて、とんだお役所仕事です。でも、バディさんだって感謝してくださいね? 私も釈放のために協力してあげたんですから。そうそう、お役所といえば、もうすぐ新しい庁舎の落成式があるんです。ゲストとして私、ステージに上がることになってますから。バディさんも準備しておいてくださいね。それから……」
やっぱりこの子は、どこかヘンだ。
何かを強く求めて、言葉に出来ずにいるように見える。
色々な人に話を聞けば、花音の本当の気持ちが見えてくるだろうか。
卯月花音 中編につづく