十萌さんからの緊急連絡を受けて、走って神社へ向かう。
- 十萌
- 「ダメじゃないですか! こんな夜遅くに、女の子ひとりであんな場所に行かせるなんて……え、知らない?」
レッスンの後、別れたきりだった。
神社なんかで、いったい何をしているのだろう?
木の陰から除くと、凜々子は社殿の前で熱心に手を合わせていた。
- 凛々子
- 「神様……自分がバカでドジで、何の才能もないのはわかってます。笑われたっていいんです。そんなの慣れてるし、人が笑ってる顔を見るのは好きだから。でも、バディが笑いものにされるのは見たくない。厳しいけど、こんな私のために一生懸命になってくれる、とってもいい人なんです。だからあの人のために、今度のお仕事を成功させる、ほんのちょっとのラッキーを下さい……」
そうして、一人でレッスンの復習をはじめる。
失敗しては泣きそうになるが、涙を拭ってまた挑戦。
いつもはおちゃらけているけど、陰ではこうして、誰よりも頑張っていたのだ。
凛々子が本当はどんな子か、ようやくわかった気がした。
*
そして、ステージイベントの当日——
- 凛々子
- 「つ、続きましては、ご歓談ください! じゃなかった!! えっと、ちょっと待ってくださいね、閉会の辞はまだだから、開会の辞? プログラム変更があった所だから……」
観客は、凛々子の司会のドタバタぶりに爆笑している!
- 学院の先生
- 「ふむ……段取りは悪いが、とにかく笑いが取れるな。これはもしかすると、化けるかも知れない……」
- 凛々子
- 「本日はお日柄もよく、イベントにご参加いただき誠にありがとうございました!」
- 光貴
- 「はっはっは! 無様すぎて笑いを取るとは、大した才能じゃないか。ずいぶん努力してきたんだろうな」
- 凛々子
- 「……ううっ……!」
涙目になった凛々子は、会場を飛び出していってしまった!
- 光貴
- 「この観衆の盛り上がりは、お前達を見下す嘲笑なのだ。身のほどを知るんだな、虫けらどもが!」
夜になって、凜々子は神社に現れた。
- 凛々子
- 「うう……神様……頑張っても頑張っても、うまくいきません。私、どうすればいいですか? 今ここで死んじゃったら、もうちょっとバカでドジじゃなく生まれ変われますか?」
- ?
- 「こんの馬鹿もんが!」
- 凛々子
- 「!?」
- ?
- 「簡単に死ぬなど言うな。お前が誰より頑張っていることは、バディだって知っている」
- 凛々子
- 「か、神様?」
- ?
- 「ナンバーワンのバカだけど、そのかわりナンバーワンの努力家だと、お前のことをわかってくれているはずだ」
- 凛々子
- 「……」
- ?
- 「相棒なんだから、もっと信じろ。本当は泣き虫だったり、しょっちゅう迷惑を掛ける奴でもいい。いつかきっと、上手くいくようになる時が来る」
- 凛々子
- 「あれ? この声って……よーし、とりゃああああ〜〜〜っ!」
凛々子が社殿の扉を勢い良く開けた!
- 凛々子
- 「へ〜、この人が神様か〜。何だか見覚えあるな〜。こことか、この辺とか、バディにそっくり……そのヒゲは本物? ガムテープみたいなのが見えるけど、思いきりベリって剥がしていい? え〜? いいじゃん! 神様だったら平気でしょ?」
凛々子は涙に濡れた目のまま、もう笑っている。
- 凛々子
- 「あっ、こんな所にバディの服が! 大変、届けてあげなくちゃ! 神様〜、返してほしいなら、こっこまでお〜いで〜♪」
二人の心の距離がぐんと縮まった気がした。
*
- 凛々子
- 「病院?」
それは、十萌さんの頼みだった。
- 十萌
- 「はい。実はですね……看護婦をしてるお友達から、長期入院中の子供たちに、話し相手を見つけてくれないかって頼まれてるんです。いつも明るい凛々子ちゃんに、ぜひぜひお願いしたいのです。引き受けてくれないでしょうか」
イベントステージでのこともあり、凜々子は一瞬、不安そうな顔をした。
けれど、キッと唇を結んで言った。
- 凛々子
- 「うち、やります! うちなんかでも誰かの役に立てるなら……やらせてください!」
子供たちと同じ目線で語り、冗談を言い、笑いを巻き起こす凜々子は、たちまち小児病棟の人気者になった。
- 子供達
- 「凜々ちゃん、もう帰っちゃうの? また来てくれる?」
- 凛々子
- 「もっちろん! うちの元気なら、いくらでも分けたげる!」
凜々子は大切な何かを見つけつつあるのだろう。
子供たちに披露するお芝居だって、台本を完璧に覚えてきた。
- 凛々子
- 「ああ、バディ王子様が魔女の呪いで眠っちゃった! 目覚めるにはお姫様のチューを……バディさんとチューしたい人、手を挙げて〜! 誰も居ない! やっぱりな〜。んじゃ、別の目覚める方法をみんなで考えよう!」
お芝居も終わり、帰ろうとした時だった。
ずっと入院していた女の子が、凜々子に声をかけてきた。
- 凛々子
- 「あ、かなたちゃん」
- かなた
- 「こんにちは」
- 凛々子
- 「早く元気になってね! うち、今度の星華学院の文化祭で、もっとスゴイ劇やるから! 元気にならないと見逃すぞ〜?」
かなたちゃんは、静かに首を横に振った。
- 凛々子
- 「……え?」
- かなた
- 「かなたね、明日から、お家に帰るんだ」
- 凛々子
- 「退院……よくなったの……? 違うって、それじゃ……」
- かなた
- 「凛々子お姉ちゃん、今まで、ありがとね」
- 凛々子
- 「かなたちゃん……」
病院から出た凜々子は、声を上げて泣いていた。
*
文化祭が近付き、出場者を決めるオーディションには凜々子も登録。
見事に出場権を勝ち取った!
- ファルセット
- 「間違いありません、坂田凛々子は急成長しています。このままのペースで成長を続ければ、私を超える可能性も……」
- 光貴
- 「急成長? あのバカ女が? 文化祭には演劇の部で参加すると言ってたな……フン、面白い。努力は才能を越えられん。決勝ステージでは、生まれながらのセレブの力を、とことん思い知らせてやるとしよう」
そして文化祭当日、凜々子たちの楽屋に思わぬトラブルが持ち上がった。
- 生徒A
- 「ひどい……大道具や衣装がめちゃくちゃ……やっぱり上保君が……」
- 生徒B
- 「こんな大変な時に、来てるキャストも坂田だけってどうなってるんだ! みんな何やってんだよ!」
- 凛々子
- 「大丈夫、うちが何とかするから。みんなが来るまで、即席お笑いライブで場を繋ぐ。全部アドリブでも、絶対にヘマはしない」
真剣に語る凛々子の手には、大事そうに一通の手紙が握られていた。
そして舞台の幕が上がる。
即興のお笑いライブで笑いを取り、自然に舞台につなげて大成功に導いた凛々子。
衣装の中には、小児病棟で出逢ったあの女の子が、亡くなる直前に凛々子に宛てた手紙が入っていた。
『ありがとう。凛々子お姉ちゃんがたくさん笑わせてくれたおかげで、入院中にあった辛いことや苦しいことも、みんな忘れることが出来ました。
才能、あると思う。凛々子お姉ちゃんは、人を笑顔にする天才です。
天国に行って本当の神様に会ったら、こんなに楽しかったんだって話すね。
これからも頑張って、凛々子お姉ちゃん。 かなたより』
- 学院長
- 「グランプリは坂田凛々子! 満場一致じゃ!」
*
文化祭の後、凛々子は学院の屋上で、暮れゆく西の空を見ている。
何を見ているのかと訊くと、まばゆい宵の明星を指さしてみせた。
- 凛々子
- 「今ごろ、あの辺にいるのかあと思って……」
そう、あの病院で出会った、かなたという女の子。
最期はずっと帰りたがっていた家で、眠りについて天使になった。
凛々子は大きな声で呼びかける。
- 凛々子
- 「ずっと見ててね!」
宵の明星は答えるかのように輝きを増す。
凛々子は浮かんできた涙を拭い、空に向かって最高の笑顔を向けるのだった。
坂田凜々子編・おわり