ゆりあとのレッスンの日々が続く。
- エリス
- 「わ〜〜〜い、お昼だ〜〜〜♪」
- ゆりあ
- 「何と力強い、それでいて純粋さを感じさせる立ち居振る舞い……」
ゆりあは、食いしん坊な真白エリスが食堂へ駆けていくのを見て、感心しきり。
- 琴寝
- 「お兄ちゃ〜ん、待ってよぉ〜〜〜」
- ゆりあ
- 「こちらは裏表のない、天使のように純真な……出会う人はみな我が師。わたくしも見習って、常日頃から、身心ともに美しくあらねばなりませんね」
そうして、朗読の授業で実技試験に挑むのだが——
- ゆりあ
- 「クラムボンは……あぁ……かぷっ、かぷっ……んふっ、お笑いになって……」
何を見て学んだのか、「美しく」というのを、妙な方向に勘違いしてしまったようだ。
ものすごくセクシーな音読に、教室中が赤面してうつむいてしまう。
- ゆりあ
- 「やりましたわ、旦那さま! もう勘弁してほしいから合格、だそうです。ご親切に録音もして下さったそうですから、お父さまにも聞いて頂きましょうか?」
*
それは、突然のオファーだった。
- ゆりあ
- 「新作水着の発表会、ですか?」
- 十萌
- 「モデルを探しに来た水着メーカーの方が、ゆりあちゃんを気に入ったみたいで……人前で肌を見せるお仕事は、さすがに難しいですよね?」
じっと考え込んでいたゆりあは、決意に満ちた目を上げて言う。
- ゆりあ
- 「わかりましたわ、この依頼、お受けいたします」
- 十萌
- 「ゆりあちゃん」
- ゆりあ
- 「恥ずかしくはありますが、いつも大切にして頂いている旦那さまのためですもの。勇気と誇りを失わず、堂々と立ち振る舞えれば、父も分かって下さるはずです」
ありがとうと言うと、ゆりあはこちらの手を取って、
- ゆりあ
- 「きみがため、ころもをぬいで、ふくなみだ。この叶ゆりあ、妻として女として、見事耐えてみせますわ」
*
- 光貴
- 「ちっ、あいつら、本物の夫婦みたいにいちゃつきやがって……」
- ファルセット
- 「覗き見はお勧めいたしかねます」
- 光貴
- 「うるさいな。ファルセット、アンドロイドであるお前なら、プロポーションや魅力でも叶ゆりあに勝てる。僕のバディである、お前こそが至高。新作水着発表会に出演し、上には上のナイスバディがいる事を見せつけてやれ!」
- ファルセット
- 「バディとナイスバディを掛けたダジャレでしょうか? イマイチ面白みに欠けると思われます」
- 光貴
- 「いちいちツッコむなと言ってるだろうが」
- ファルセット
- 「それに、私がビキニを着ると、見えてはいけない部分まで見えてしまいます」
- 光貴
- 「何? 電池ボックスのフタとか、アレとかアレか。こういう時には、アンドロイドも頼りないな……なら、こういうのはどうだ?」
*
新作水着の発表会本番——
- 光貴
- 「ふふふ……そろそろだ。叶ゆりあ、地獄のショウタイムへの歩みを進めるがいい。あと、3メートル、2メートル、1メートル……」
観客全員がゆりあに見とれていたその瞬間、水着の肩紐が切れてしまった!
- ゆりあ
- 「あ……ああ……」
ざわつく観客を後に、ゆりあは胸を隠しながら舞台裏に駆け戻る。
そして、辞世の句を残して失踪してしまった!
*
星華学院の屋上にて——
- ゆりあ
- 「もう夜……皆はまだ、わたくしを探しているのでしょうか。雨まで降り始め……なかなか自決できずにいるわたくしを、天も急かしているよう……さようなら、お父さま、旦那さま……」
短刀胸に突き立てようとしたゆりあの腕を、間一髪のところで掴んだ!
- ゆりあ
- 「だ、旦那さま!」
皆さまの前で恥をさらして汚れた体になってしまったわたくしは、もはやどなたにも嫁ぐ資格がありません。そんなことを言ってうつむくゆりあを、必死になって説得する。
資格がないなんて言わないでくれ。たとえ何があろうとも、叶ゆりあというかけがえのない存在に、いつまでもそばにいて欲しいのだ。
……言葉だけでは足りない。
だから、雨に濡れた体を強く抱きしめた!
- ゆりあ
- 「ああ、旦那さま……とても幸せな、夢を見ているようです……」
*
文化祭の前日。ゆりあの前に、光貴とファルセットが現れた。
- 光貴
- 「おやおや、叶ゆりあ。新作水着の発表会では、実に気の毒だったな」
- ゆりあ
- 「お気遣いありがとうございます」
- 光貴
- 「ミスコンのステージに立つんだろう? 同じことが起きなければいいなあ」
- ゆりあ
- 「……」
- 光貴
- 「クククク……ところで、水着の紐が切れた瞬間の写真が手元にあるんだが……」
光貴がデジカメを見せた途端、ゆりあは得意の合気道で光貴を押さえ込み、そのデジカメを取り上げた!
- 光貴
- 「あだだだだっ! わわわ、わかった! 脅したりして悪かったよ。ど、どうだ、叶ゆりあ。それなら今からでも、バディを僕に乗り換えないか? 上保家の財力とコネクションを使って、最短距離でトップスターに……」
ゆりあは光貴を離して、居住まいを正す。
- ゆりあ
- 「ファルセットさん、あなたも日頃から、ずいぶんと苦労されているのでしょうね」
- ファルセット
- 「……」
- ゆりあ
- 「わたくしは、決して脅しには屈しません。夫婦の絆はお金で購うことは出来ぬもの。愛は何よりも強いのです」
- 光貴
- 「綺麗事を。それならなぜ、お前の大事な旦那さまはここにいない。文化祭が近づくにつれて、姿さえ見せなくなったじゃないか」
- ゆりあ
- 「それは……」
その時、二人の前に飛び込んで、ある物をゆりあに手渡した。
今まで手配に奔走していたが、何とか間に合わせられたのだ。
- ゆりあ
- 「これは……まあ! 文化祭の公式パンフレットの表紙に、わたくしが……ポスターや文芸部発行の雑誌にも……コンテストに出場するわたくしを助けるために、精いっぱい尽くしてくださったのですね……」
ゆりあは喜びのあまり抱きついてくる。
- ゆりあ
- 「ああ、わたくし、とうとう運命の方を見つけました」
そして、ミスコンの本番——
「愛の力で守られている」と言うゆりあは、ステージに立つや、堂々たる振る舞いで観客を一人残らず魅了していく。
- 司会
- 「ミス・星華学院グランプリは、叶ゆりあさん!」
ゆりあはマイクの前に立ち、父親もいる観客席に向けて喜びを語る。
- ゆりあ
- 「身に余る光栄、本当にありがとうございます。この栄誉は、舞台袖にいらっしゃるバディに捧げます」
- 鎧武者
- 「ゆりあ、立派になったな……」
- ゆりあ
- 「その方こそ、尽くし尽くされ、いずれは結ばれる……いいえ、もう結ばれた旦那さま」
- 鎧武者
- 「ううっ、認める! そこまで言うなら認めるぞ!」
- ゆりあ
- 「濡れた体で抱き合った夜のことは忘れられません」
- 鎧武者
- 「!?」
- ゆりあ
- 「わたくしが欲しいとも言って下さいました。時には、この身をムチで打っても下さるのです」
とんでもない打ち明け話にざわつく観客席で、ゆりあの父が席を立つ。
抜き身の刀を手にして。
*
- ゆりあ
- 「旦那さま、こちらです!」
出会った時と全く同じシチュエーションで、舞台裏の小さなスペースに身を隠す。
確かにあの夜、ゆりあの雨に「濡れた体」を抱きしめた。そばにいて「欲しい」とも言ったし、ムチで打つというのは、頑張れと「ムチ打つ」という意味だろう。
すべて事実には違いないのだが、なぜもっと誤解を招かないような言い方が出来ないのだろうか……。
当のゆりあは、愛おしそうに微笑んでいて、
- ゆりあ
- 「こんな苦労くらい、何でもありませんわ。夫婦ですもの……ね?」
叶ゆりあ編・おわり