夢は広がる
プルーストの『失われた時を求めて』という長くて有名な小説があるが、あれも流し読みで読んだ気にはなれるのかもしれない。(今回の『学問のすすめ』は約9万字で、『失われた時を求めて』はなんと約300万字だそうである)
あれを読んだ気になれたらかなりかっこいいと思うのだ。
あれを読んだ気になれたらかなりかっこいいと思うのだ。
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文明開化なるか…!
スマホでニュースやSNSを見る時、つい「流し読み」という読み方をしてしまいがちである。
その「流し読み」だが、難しい本にも通用するのだろうか。 流し読みは、難しい本も読んだ気にさせてくれるのかスマホのニュースサイトや、ツイッター、フェイスブックといったSNSをがんがんスクロールして目で追い、なんとなく読んだ気になることがある。
かなり早いスピードでスクロールするので内容なんて全く入ってないんじゃないかとも思うが、人と話していて「それツイッターで見た気がする!」という感じで思い出すこともあるので、「スマホの流し読み」も捨てたものではないと思うのだ。 これで難しい本も読んだ気になれれば便利である。 読書の幅が広がった気になり、ひいては賢い人間になった気になれるだろう。 「『学問のすすめ』をがんがんスクロールしませんか」難しい本をがんがんスクロールして流し読みしてみよう。
対象とする難しい本は、福沢諭吉の『学問のすすめ』に決めた。 明治時代の初めに出された啓発書である。 「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」という有名なフレーズがあるし、どうせなら全部読んでおいたほうがいいような気がする。 ウィキペディアにも、「おそらく近代の啓発書で最も著名で、最も売れた書籍である」と書いてあった。(『学問のすすめ』のページ) ためになる本なのだ。 流し読みしてみるにあたって、一人では心細いので、『学問のすすめ』のことをよく知らない人を呼んで読書会を開いた。 左から、ライター大北さん、ライター江ノ島さん、筆者、編集部藤原さん。あと編集部の古賀さんに参加していただいた。
「『学問のすすめ』をスマホでがんがんスクロールしませんか」という奇怪なお誘いに応じてくれた皆さまである。
器が太平洋ぐらい広いと思う。 皆さん各自のスマホで青空文庫の『学問のすすめ』のページを開いてもらい、それを流し読みしてもらった。 青空文庫とは、著作権が消滅した文学作品が読める電子図書館である。 いつの間に、僕たちには難しい本を流し読みする環境が、しっかりそろっていたのだ。 まずは「全力スクロール読み」流し読みの前に、試しに全力でスクロールして、それを読んでもらった。
これでもし読めるのならば、スクロールは早いに越したことはないのだ。 こんな感じ。3秒で読み終わった。
動画もあります。
「せーの、はい!」という合図でこれをやってもらった感想がこちらである。
古賀 :全然分かんない!
大北 :字が読めないや 古賀 :マトリックスだこれ 江ノ島:手を動かすのに集中しちゃいました 藤原 :何も読めなかったですね 何も読めなかった。
「全力スクロール読み」と名づけたが、「読み」などと名付けたことがとてもおこがましく感じる。 確かにマトリックスにこういうシーンがあった気がする。 大体「せーの、はい!」で始める読書会なんてないのだ。 しかし何往復もしているうちに単語だけなら拾えるようになってきた。 大北 :あ、でもジャーっとめくってるうちに段々見えてきました。
古賀 :ええ!? 大北 :「政府」と「人間」出てきました 北村 :一瞬、「殺」って字があった気がします 大北 :「賊」とかも出てくるよ 過激なことが書いてあるのかね 北村 :「不幸」とか 江ノ島:一瞬「山賊」ってあった! 大北 :山賊は過激だからね 危ないんだよ山賊は 藤原 :今「味噌汁」って書いてあった気がします 古賀 :本当!? 大北 :山賊のみそ汁おいしそう 古賀 :山賊焼きとかあるもんね 北村 :きのこいっぱい入ってそう 古賀 :入ってそう入ってそう 全力スクロール読みでわかった『学問のすすめ』。福沢諭吉が山賊とみそ汁をすする。みそ汁にはきのこがいっぱい入っていておいしい。
もちろん後からちゃんと読んでみるとこんなことは書いてなかったが、挙がった単語は全て『学問のすすめ』に登場する。しっかり単語は拾えているのだ。
藤原さんの手がブレた。『学問のすすめ』は大体9万字あったのだが、それを3秒で読んでいるのである。秒速3万字。
スマホによって読み応えが違うそしてやってみて分かったのだが、スマホによってスクロールのスピードや文字の大きさが全然違う。
今回検証した5名の中では、iPhoneを横に向けての全力スクロール読みが一番読みやすかった。 一番読みにくかったのは古賀さんのアンドロイドで、早くて単語すら拾えなかった。 古賀さんのアンドロイドで読ませてもらったらスピードがすごかった。誰よりもマトリックスだった。
分かったこと <全力スクロール読み>
● たまに単語が読める ● でもその単語をつなげても『学問のすすめ』にはならない ● 『学問のすすめ』は何か過激なことを言っているのかもしれない ● スマホは、横向きにしたiPhoneがおすすめ ● 早すぎると何も読めない いつもの流し読みならどうかではいつもの流し読みならどうだろうか。
ホームで電車を待つ間、ツイッターの未読分をさらっと流すぐらいの、あのスピードである。 また「せーの」でやってもらった。 今度は1分くらいかかった。5人の指だけががんがん動いている異様なgifアニメができた。
北村 :「演説は、スピイチである」って書いてありましたね
江ノ島:そこが面白かったんですよ 古賀 :ざっくりどういう話? 大北 :それはもう、人民に、なんか言ってましたよね 江ノ島:政府の話とか、 大北 :あと、「中津の旧友に贈る」って言って、その内容が、学問をしないと上いけないぞ、みたいな感じなんだと思うんですよね 北村 :中津って大分県の? 大北 :唐揚げの街 古賀 :唐揚げの街唐揚げの街 出身なのかなあ 全力でスクロールした時とあまり変わらないかもしれない。
読書後の感想なのにこんなにふわふわした会話ってない。 文体が固いので流し読みしづらいのだ。 だがウィキペディアで調べたら、福沢諭吉はちゃんと今の大分県、中津の出身であった。 相変わらず、全く分からないというわけでもないのだ。 中津の友達に手紙を書く福沢諭吉。
しかし本当に、モンストをやっているようにしか見えない。
そしてクオリティは変わらずだが、全力スクロールの時と比べて認識できる単語が増えるみたいである。
読書後に話せることが格段に増えた。 古賀 :支那がなんとかって、そういう話してませんでした?
北村 :うんうん、ありました 藤原 :「アジヤ」 古賀 :そうそうそうそう! 藤原 :あとは、西洋が進んでいる 北村 :見習おうってことですかね 藤原 :でもご飯は西洋のものだけではなく、麦飯とみそ汁を飲むべき。 古賀 :へーよく読んでるねー みそ汁出てきたねー! 古賀 :締めが全然分からない。どう締まったのか 北村 :鬼… 古賀 :鬼? 江ノ島:鬼いました? 北村 :鬼が出てきて終わった 藤原 :打ち切りだったんですか? 鬼出して連載おしまい 麦飯と鬼が来た。
「僕たちの学問のすすめ」の内容が充実してきた。
「鬼」という単語は最後に確かに出てきていて、「人は鬼でも蛇でもないから、勇気を出していろいろな人と仲良くなりなさい」という意味合いで使われていた。 決して急に鬼が出てきて連載を終わらせたわけではない。 知らない単語も拾えるぞ大北 :ちょっと気になる単語があって、指を止めたんですけど、「女大学」っていう
古賀 :へー何それ?女子大のこと? 北村 :当時なかったけど、そういう学校も作っていこうぜってことですか? 大北 :まあでも今ある女子大も言ってみれば「女大学」ですからね 北村 :はい 大北 :女子高校は「女高校」だし、「女高校生」… 古賀 :「女高校生」… 「女高校生」加わる。
「女高校生」という言葉の響きにに想いを馳せているが、実際は『女大学』という、当時広く普及した女子教訓書のことらしい。
「女番長」とか「女社長」という類の単語ではない。 解釈は全然違ったが、気になる知らない単語を拾えたのは前進ではないだろうか。 「女高校生…」
予言の書のようにもなる更に、こんな現象も起きた。
古賀 :なんかイギリスと独立がどうの、みたいなこと書いてありませんでした?
大北 :独立?EUから? 古賀 :そう、EUの件?EUの件?と思って。 大北 :予言書的な側面もあるんですかね ノストラダムス的な 北村 :流し読みすると浮き出てくるタイプの予言の書だ なんと福沢諭吉=ノストラダムス説が浮上したのだ。
なにがなにやらである。
あとで読んだら全然そんなことはなくて、日本も、イギリスやアメリカの軍艦を恐れないような独立した国家になろう、と言っている部分のことであった。
流し読みをすると、見つけた単語をつなげて自分に解釈しやすいストーリーを作ってしまうので、こういうことが起こったのだと思う。 「読んだ気になる」とはこういうことなのだ。 情報を受ける、というよりは創作活動にも近いところがある。 やはりモンストに見える。でも『学問のすすめ』を読んでいる。
何度も流し読めばかなり読んだ気になる今回、流し読みしては感想を言い合う、ということを3セット繰り返した。
すると、かなり読んだ気になった。 怖いような嬉しいような気持ちで分かったことを言い合った。 まとめきれないので箇条書きにしたい。 流し読みで読んだ気になったこと
● 大北 :「マルチルドム」/「女大学」は本だったようだ ● 江ノ島:「織田信長」が出てきた/「トルコの何か」/「衣食住」でなんかうまいこと言っていた ● 北村 :「福沢諭吉」と、筆者のフルネームがなぜか出てきた/徳川の時代のノリはだめだ、みたいな話 ● 藤原 :「一杯 人、酒を飲む、三杯 酒、人を飲む」みたいなことわざ/「淫乱な女は去る」 ● 古賀 :「怨望」という単語があった/「心身の棚卸」という主婦向けのハウツー本みたいなワード/お茶を飲めって書いてあった気がする 気になる場所が人によってバラバラで面白い。
あとで調べると確かにそれぞれ近いことは書いてあった。 難しい本でも、何回も流し読みすれば、読んだ気にはなれるのだ。 分かったこと <流し読み>
● 気になる単語を認識することはできる ● 知らない単語でも気になれば認識できる ● 自分の立場や予備知識に合わせて単語をつなげるので、本の内容とは違う解釈になる場合がある ● 流し読み→皆でしゃべる を3セットやれば読んだ気にはなる 当日は土砂降りだったのだが、「けっこう読んだ気にはなりますねー」というタイミングで晴れ間が。
ちゃんと読んでみるでは、気になった部分だけでもちゃんと読んでみようと、「女大学」について書かれている部分を読んでみた。
概ね、『女大学』という本には、婦人はひたすら夫に従いなさいということが書いてあるけど、そんなことはないよ、という内容だった。 しかしとにかく言い回しや単語になじみがなく、流し読みに比べてかなり体力を使う感じがした。 この本全てを隅々まで理解するのにはかなり時間がかかるだろう。 ちゃんと読むのは大変。
というわけで、この日流し読みをした5人の中には、正しい解釈とは異なる『僕たちの学問のすすめ』が胸に刻まれることになった。
うっかり『学問のすすめ』を理解している気になって人にしゃべらないよう、注意しなければいけない。 流し読みで分かったことは『僕たちの学問のすすめ』の方の話なのである。 福沢諭吉が山賊と一緒に、ご飯(麦飯とみそ汁)を食べて、女高校生が来て、実は福沢諭吉はノストラダムスで、かと思ったら鬼が来て急に打ち切りになるのだ。 『僕たちの学問のすすめ』のメンバー
本の中で、「腕押し」「枕引き」「足相撲」という、福沢諭吉おすすめの遊びが紹介されていた。「枕引き」はこういうことではないらしいが、こっちの方が面白いと思う。
夢は広がる
プルーストの『失われた時を求めて』という長くて有名な小説があるが、あれも流し読みで読んだ気にはなれるのかもしれない。(今回の『学問のすすめ』は約9万字で、『失われた時を求めて』はなんと約300万字だそうである)
あれを読んだ気になれたらかなりかっこいいと思うのだ。 読書は疲れる
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