皇居の落書き

ここに書いてあることを,検証することなく信じてはいけません。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

堕落の空間

2015-02-19 23:08:41 | 皇室の話(2)

○「ご忠言」の資格
「週刊文春」平成27年2月26日号に,「中西輝政,三浦朱門,御厨貴,宮城まり子・・・ご学友・評論家11人のご忠言 皇太子さまに55歳のご覚悟をお聞きしたい!」と題する記事がある。

「ご忠言」ということを打ち出して,非常に偉ぶった趣旨の記事であるわけだが,筆者としては,まず以下のことを指摘しておきたい。

それは,「週刊文春」が,これまでにいかに皇室を傷つけてきたかということである。

宮内庁ホームページの「皇室関連報道について」というページを見ると,「事実と異なる記事や誤った事実を前提にして書かれた記事」の直近の事例3つが上げられているのだが,いずれも「週刊文春」である。


これら「週刊文春」の記事への反論を見てみると,悪質な記事に対する切実な抗議の意思がひしひしと伝わってくる。
いくつか抜き出してみると,以下のような表現が用いられているのである。

・「週刊文春」(平成26年7月10日号)の記事について(抜粋,下線は筆者)
「愛子内親王殿下には,中等科にご入学になり,新しい環境にお慣れになりつつあるところであり,ご成長にとり重要な時期におありになります。そうした中で,同誌の記事は,あり得ない事実に基づき,読者に誤解を与えるものであるとともに,愛子内親王殿下のご成長にとり大切な静かな環境の確保を妨げるものです。」

記事に掲載されているようなご発言が事実無根であることは学習院初等科からも報告を受けており,このようなご発言はあるはずもなく,事実無根であることは関係者の共通した認識である旨回答するとともに,愛子内親王殿下のご成長を静かに見守っていただくよう,十分な配慮を改めて強く要望いたしました。」

・「週刊文春」(平成26年10月30日号)の記事について(抜粋,下線は筆者)
「同記事は,「千代田関係者」とされる人物の発言として,愛子内親王殿下が,学習院女子中等科において「お一人で授業を受けておられ」,「特定の科目において,愛子さまには別の先生が付くということがある」旨言及していますが,このような「特別授業」が行われている事実はありません。したがって,このようなことを愛子内親王殿下が皇后陛下にお話しになるはずもなく,「美智子さまは,愛子さまと直接お話された中で,“特別授業”の存在にお気づきになった」とする「千代田関係者」の発言は,全く事実無根のものであります。」

このように,事実無根の内容を宮内庁関係者があたかも発言したかのように記事を構成し,見出しに掲げることは極めて遺憾であり,「週刊文春」編集部には,抗議するとともに記事の訂正を求めました。「週刊文春」は,これまでも愛子内親王殿下のご成長にとり大切な静かな環境の確保を妨げる取材活動を行い,あり得ない事実に基づく記事を掲載して読者に誤解を与えるなど,その対応は極めて遺憾であり,同編集部にその旨を伝えてきましたが,改めて良識ある対応を強く求めました。このような心ない報道が続けられていることに皇太子同妃両殿下も心を痛めておられます。」

・「週刊文春」(平成26年11月13日号)の記事について(抜粋,下線は筆者)
「国賓を迎えるという晴れの席で,天皇陛下がそのようなことをなさるという事実に反することが手記として掲載されたことは,陛下に対する礼を失する誠に遺憾なことであり,本日付で週刊文春編集長及び友納尚子氏に速やかに訂正することを要求しました。」


以上を読むだけでも,「週刊文春」には到底,「ご忠言」の資格などはないし,同誌にコメントを行った11人が如何に軽率な人たちであるかは,明らかであろう。

○11人とは誰か
ただ,この11人については,記事のタイトルに個人名の出てくる者以外は,誰なのかがハッキリしない。
記事中で,コメントを引用されているのは,以下の13人である。
このうち,「千代田関係者」と「ベテラン宮内庁担当記者」は匿名なので,それを引くと11人ということであろうか。

・千代田関係者
・東京大学名誉教授の御厨貴氏
・ベテラン宮内庁担当記者
・京都大学名誉教授・中西輝政氏
・作家の三浦朱門氏
・皇室ジャーナリストの松崎敏弥氏
・天皇と学習院初等科の同学年で,最後まで疎開を共にした明石元紹氏
・全国豆記者交歓会代表の山本和昭氏
・元沖縄県知事の太田昌秀氏
・養護施設「ねむの木学園」園長の宮城まり子氏
・十四歳から多磨全生園に入所している平沢保治氏
・学習院の後輩・織田和雄氏
・皇室ジャーナリスト・山下晋司氏

しかし,上記のうち,「三浦朱門氏」は,天皇皇后両陛下のお姿について述べているだけで,皇太子殿下について何かを述べているわけではない。
「山本和昭氏」も,天皇陛下と豆記者との交流について述べているだけで,皇太子殿下について何かを述べているわけではない。
「太田昌秀氏」も,赤坂御所での天皇陛下とのやり取りを述べているだけで,皇太子殿下について何かを述べているわけではない。
「宮城まり子氏」も,天皇皇后両陛下の養護施設への訪問について述べているだけで,皇太子殿下について何かを述べているわけではない。
「織田和雄氏」も,天皇陛下の地震発生時の対応について述べているだけで,皇太子殿下について何かを述べているわけではない。
「山下晋司氏」も,天皇陛下が「少し軽い」と囁かれていたのがいつしか賞賛の声を大きくしたということを述べているだけで,皇太子殿下について何かを述べているわけではない。

11人の半数以上のコメントが,皇太子殿下への「ご忠言」という趣旨の内容のものではないので,11人が誰を指しているのかがはっきりしないのである。
*「宮城まり子氏」は,今回の記事のタイトルで個人名が上げられているが,本当に「週刊文春」というのはいいかげんなものである。

○御厨貴氏のコメントについて
ただ,「ご忠言」を述べているのがハッキリしている者もおり,その一人は御厨貴氏である。

----引用開始----
東京大学名誉教授の御厨貴氏はこう話す。
「 皇太子が会見などで発信するお言葉は,誰に向かって何を言ったらいいのか,はっきりしないという印象を受けます。というのも,皇太子のお言葉には,過去の出来事を反芻するという『歴史回顧』の要素がないからです。歴史との対話が欠如しているので,現代を生き,次代を担う皇太子としての生身の言葉として伝わってこない。例えば,先の大戦や国内外の情勢,さらには,ご本人が取り組みたいとおっしゃった『時代に即した新しい公務』などについて,具体的に何を思い描いていらっしゃるのかがわからず,誰もが思いつくような”公約数的”な発言しか出てこない。
 唯一,具体的なエピソードと実感を伴って語られるのは,雅子妃と愛子さまのことだけです。お言葉についての注目がそこにばかり集まってしまうのは無理からぬことでしょう」
----引用終了----

御厨氏というのは,基本的なことが理解できていないのではないか。

皇太子殿下のお言葉について,「公約数的」であるとして批判しているが,公約数的であることの何がいけないのだろうか。
日本国及び日本国民統合の象徴に最も近い皇太子というお立場において,公式に発するメッセージとして,何が最も求められるかとなれば,むしろ「公約数的」であるということなのではないだろうか。

「公約数的」であるべき話題に際して,個人的な主観に基づいた要素(御厨氏のいう歴史回顧など)を盛り込もうとするのは,凡庸な人であれば,かえってそういうことをしたくなる傾向があると思うのだが,そこを排して「公約数的」であることに徹するというのは,筆者からすれば,むしろ皇太子というお立場にふさわしいと思うのである。

他の「ご忠言」についても,皇太子殿下に対して,作家の文章のような,政治家の演説のようなものを求めているように思われるが,不見識というほかないであろう。

見たり読んだりした人が喜ぶような発言というのも,やろうとすればいくらでも可能だろうけれども,そういうのは,皇太子という公的なお立場に基づく発言としては二の次であるべきだし,そういうのに囚われると,たちまち堕落への道となるのではないか。
そういう堕落した言論人が多すぎると思うし,筆者からしてみれば,御厨氏などは,そのうちの一人というべきであろう。

もちろん,ご家庭,ご家族の話題であれば,「公約数的」である必要はないので,皇太子殿下も具体的なことをお話しになられているわけであるが,その使い分けは当然のことであって,文句を付けるというのはあべこべであろう。

それにしても,御厨氏は,「具体的なエピソードと実感を伴って語られるのは,雅子妃と愛子さまのことだけです。お言葉についての注目がそこにばかり集まってしまうのは無理からぬことでしょう」などと述べているが,この方の思考回路の仕組みというのは,不思議なほどにお粗末というほかない。

記者会見というのは,メディアの用意した質問にお答えになるというやり方になっていて,メディアが「雅子妃と愛子さまのこと」を質問するからそれにお答えになられるわけであり,また,メディアが「雅子妃と愛子さまのこと」についてのお答えばかり商売に用いるので,そこに注目が集まっているように見えるという話なのであって,それを皇太子殿下のせいにするというのは,これまたあべこべというほかない。

さて,「週刊文春」の記事の書き手は,御厨氏のコメントに続けて,皇太子殿下の昨年の記者会見の内容を引用し,「確かに極めて公約数的だ。」と述べている。

----引用開始----
 昨年の会見では,公務についてこう述べられている。
<過去の天皇が歩んでこられた道と,天皇は日本国,そして国民統合の象徴であるとの日本国憲法の規定に思いを致して,国民の幸せを願い,国民と苦楽を共にしながら,象徴とはどうあるべきか,その望ましい在り方を求め続けるということが大切であると思います。同時に,これまで行われてきている公務を踏まえつつ,将来にわたり生じる日本社会の変化に応じて,公務に対する社会の要請に応えていくことが,重要であると考えております>

 確かに極めて公約数的だ。
----引用終了----

この内容を念頭に置いた上で,松崎敏弥氏のコメントを読んでもらいたい。

○松崎敏弥氏のコメントについて
----引用開始----
 当時,取材に当たっていた皇室ジャーナリストの松崎敏弥氏が振り返る。
「憲法を尊重し,伝統に学び,現代にふさわしい皇室の在り方を求める,という三本柱を明確に据えておられました。中韓を含めた外国訪問や,昭和天皇が果たされなかった沖縄慰問にも強い意欲があるということをご自分の言葉で語られた。
 現在の皇太子にこれほど立派な”所信表明”ができるでしょうか。どこか平板に見える皇太子のお言葉には,内なる強い決意といったものが見えません。国民が感じるのは,療養の続く雅子さまに配慮しつつ,思春期特有の不安定さを抱える愛子さまを守るのに精一杯な,夫や父のイメージだけです。日本悠久の歴史の中でたった一人,第百二十六代の天皇になられるお方として,崇高な視座をお示し頂きたいのです」
----引用終了----

松崎氏というのは,皇太子殿下の御発言の批判をするに当たって,いったい,何を読んだのだろうか。
その目は節穴というほかない。

「憲法を尊重し,伝統に学び,現代にふさわしい皇室の在り方を求める,という三本柱を明確に据えておられました。中韓を含めた外国訪問や,昭和天皇が果たされなかった沖縄慰問にも強い意欲があるということをご自分の言葉で語られた。
 現在の皇太子にこれほど立派な”所信表明”ができるでしょうか。」

などと述べているが,三本柱の内容については,皮肉にも「週刊文春」の記事の書き手が引用しているように,直近の記者会見にて,明確に述べられているわけなのである。

それにしても,皇太子殿下の御発言が「平板に見える」かどうかは,各人の主観の問題ということになるだろうけれども,松崎氏が注文するところの「崇高な視座」というのは,どういうことなのか,抽象的で中身がないように思う。

松崎氏にしても,要するに,見たり読んだりした人が喜ぶような発言というものを求めているようなのだが,こういうスタンスというのは,消費者根性というべきであろう。

楽しませてくれ,感動させてくれ,喜ばせてくれというような,芸能サービスの享受者のようなスタンスでもって,皇太子殿下の御発言を捉え,批評をしている訳なのである。

そういうスタンスの人がいるのも仕方ないことかもしれないが,筆者からすれば,皇室という御存在に対する向き合い方としては,安易にしてあまりにレベルが低い。

また,松崎氏は,「国民が感じるのは,療養の続く雅子さまに配慮しつつ,思春期特有の不安定さを抱える愛子さまを守るのに精一杯な,夫や父のイメージだけです。」などと述べているが,こういうのを読むと,皇室評論家というものがつくづく嫌になる。

筆者としては,そもそもそういう「夫や父のイメージ」で何が問題なのかと思うし,また,皇太子殿下が妃殿下と愛子内親王殿下を守るのに「精一杯」であるとして,その原因の一つは,冒頭に掲げたような「週刊文春」の悪質さであることは明らかであり,その「週刊文春」にコメントを寄せて荷担をしておきながら,皇太子殿下をそういう苦しい立場に追い詰めておきながら,全ての責任を皇太子殿下に押しつけるというのは,あべこべだし非道すぎるのではないか。

○中西輝政氏のコメントについて
----引用開始----
「現在の東宮にも,そうした頼り甲斐のある藩屏たちがいるのならば,『国民は天皇陛下のお言葉とご姿勢に強く心惹かれているのです。ぜひ皇太子殿下にも,陛下の言行一致の精神を受け継いで頂きつつ,分かりやすく雄弁に発信をしていただきたい』と殿下にご忠言申し上げるべきではないでしょうか。藩屏たるもの,それくらいの矜持を持ち合わせていてほしいものです」(前出・中西氏)
----引用終了----

中西輝政氏のコメントについては,あまりお粗末さ丸出しという感じではないのだが,「陛下の言行一致の精神を受け継いで頂きつつ,分かりやすく雄弁に発信をしていただきたい」というのはどういうことなのだろう。
十分に受け継いで,明確に発信されておられるのではないだろうか。

結局,中西氏にしても,要は「雄弁に」というところに力点があるのであって,これまた,見たり読んだりした人が喜ぶような発言というものを求めているということなのだろうか。

保守派のつもりなのだろうけれども,消費者根性で皇室という御存在を捉えるという傾向は,何とかならないものなのか。

そもそも,中西氏は,「藩屏たるもの,それくらいの矜持を持ち合わせていてほしい」などと述べているが,そういうことを述べるのであれば,冒頭に掲げたように,既にその悪質さが明らかになっている「週刊文春」にコメントを寄せて,「週刊文春」の商売に協力してしまっている自分はどうなのかと問いたい。

○お粗末な言論人たち
皇室を尊ぶべきだとか,そういう主張をしている言論人も多いのだが,その割には,冒頭に掲げたような「週刊文春」その他のメディアによる非道な行いというものを問題として取り上げる者がほとんど見当たらないというのは,どうしたことなのだろうか。
結局,誰も彼もが,消費者根性ということなのか。
『コラム』 ジャンルのランキング
コメント (32)   トラックバック (1)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« ご紹介 | トップ | 脱・週刊誌脳 »

32 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (和久希世)
2015-02-20 14:27:49
先日週刊文春の広告を新聞で見て、「又か!」といやになっていたのですが、
詳しく書いてくださったのを見て、内容は見出しほどの酷さではなかったのだと幾分ほっとしました。
(酷い事は酷いのですけれど・・・・・)

>皇太子殿下が妃殿下と愛子内親王殿下を守るのに「精一杯」であるとして,その原因の一つは,冒頭に掲げたような「週刊文春」の悪質さであることは明らかであり,その「週刊文春」にコメントを寄せて荷担をしておきながら,皇太子殿下をそういう苦しい立場に追い詰めておきながら,全ての責任を皇太子殿下に押しつけるというのは,あべこべだし非道すぎるのではないか。

この部分は特に共感した所でした。
皇太子様を批判している人たちのたちの悪さには呆れるばかりです。
全く酷いものですね。
堕落してる(考え中) (考え中)
2015-02-20 22:44:35
記事の更新ありがとうございます。西田様が休筆中のときはバッシング記事を読む気力がわきませんでしたけど, 応援するためには知っておいた方が良いので, こちらで意見交換できると期待しつつバッシング記事にも向き合います。文春はまだ読んでませんが, 西田様の「消費者根性」というご指摘は的を射てると思いました。向こうの術中に嵌まらない正しい消費者になるためにも, これからもヨロシクお願いします。

モーリさん お久しぶりです。民法の成人年齢引き下げ情報ありがとうございます。いびつな人口分布になるので, 引き下げが急いで欲しいです。皇室を考えるヒント情報またヨロシクお願いします。
燈台守のもとで考える (コロンボ)
2015-02-21 11:04:02
西田様

再開してくださり有り難うございます。
「皇居の落書き」を長屋王木簡に見立て、市井の生の声を記す貴重な場としてコメントを送らせて頂いておりましたが、節目節目で冊にまとめて頂ければ有り難いと切に願っておりました故に、燈台守の新しい光に心より感謝申し上げます。

西田様が、皇太子殿下のお言葉を提示されながら忠言らしきものを論破されるまで、「文春にしては大人しいではないか」と表明上だけで胸を撫で下ろしてしまっていた自分が、何ともお恥ずかしい。 
長年禄でもない説の毒気に当てられ続けた故に、コロンボの尺度が狂ってしまっていると気づかされました。

口汚く禄でもない説が書かれておれば、読み手も眉に唾つけ読むものだが、東大名誉教授の肩書で一見もっともらしい御託を並べる御厨貴氏のような説が一番始末に悪いと思われる故に、御厨氏の経歴と発言とを突き合わせて考えてみる。

御厨氏は近代政治史が専門ゆえに、皇太子殿下から歴史観と政治的見解を引き出したいのかもしれぬが。
御厨氏が本気で、「先の大戦や国内外の情勢」につき「過去の出来事を反芻するという『歴史回顧』の要素」の見地から「生身の言葉として」語ることを、皇太子殿下に求めているのだとしたら、見当違いも甚だしいと言わざるを得ない。
戦後70年、日本の歴史認識については、それでなくとも喧しい状況で、コロンボなどは政治とは離れた御存在を戴いていることにこそ有り難さを感じているというに、そこに皇室を巻き込もうとするのか。

西田様 >皇太子殿下のお言葉について,「公約数的」であるとして批判しているが,公約数的であることの何がいけないのだろうか。
西田様 >日本国及び日本国民統合の象徴に最も近い皇太子というお立場において,公式に発するメッセージとして,何が最も求められるかとなれば,むしろ「公約数的」であるということなのではないだろうか。

西田様のお言葉、至言です。

御厨氏 >『時代に即した新しい公務』などについて,具体的に何を思い描いていらっしゃるのかがわからず,誰もが思いつくような”公約数的”な発言しか出てこない。
と御厨氏は言うが、政治のあちこちに一丁噛みしているにもかかわらず、具体的に何が実現されたのか判らず、誰もが思いつくような公約数的な提言しかしていないのは、むしろご自分の方ではないか。東日本大震災の復興推進委員会トップとしての活動は度々テレビでも映されていたが、芳しいニュースではなかった。

たしかにコロンボも、皇太子殿下に期待するあまり「時代に即した新しい公務」の青写真の早期の提示を願った時期もあったが、
(以前も書いたが)現在は今上陛下の御世であり、皇太子殿下独自の価値観を押し出されるのが正しいかは議論が分かれる処であろう。
 まして「『時代に即した公務』の発言は、両陛下の公務を否定するもので、両陛下は心を痛められた」などという謂われなきバッシングを受けられたことを、皇太子殿下が肝に銘じておられれば尚の事、陛下の御世を大事にされご自分を出されることは控えられるのではないか。

「時代に即した、あるべき姿と公務」を追及しつづけておられる、それこそが重要なのではないかと考えるが。


松崎敏弥氏は、宮内庁なり出版社なりが望むようなことを話すのを得意とする人だと認識している。
酷い見出しのときには、女性誌にまで手を広げて読んでしまうコロンボだが、松崎氏は朝令暮改と毀誉褒貶が激しく、掴みどころが無い故に、松崎氏の発言は、宮内庁なり出版界の(その時点での)トレンドだと判断している。
「両陛下からの信頼も国民からの人気も無い皇太子は、それらを取り戻す起死回生のチャンスとして訪韓すべし」という千代田関係者の言葉を載せたは文春であったと思うが、4月の皇太子殿下訪韓がなくなった今、それが面白くない人物がいるのだと、松崎氏の言葉を深読みしている。


名を出し意見を書いている人はともかく、毎度のことながら千代田関係者とベテラン宮内庁記者の悪質度が際立っているやに感じられ、いるかいないか判然とせぬ存在に怒っているのだが。
コロンボが書くと嫌味度が強く、冷静な西田様の記事を乱すものだと(これでも)自重しているのだが、不適切な内容などあれば御指導いただけるよう、心より願っております。
宜しくお願い申し上げます。
皇太子様 おめでとうございます (山歩き)
2015-02-23 20:33:21
皇太子様 お誕生日おめでとうございます

今年のお誕生日の会見を拝見して、偉大なる公約数的お言葉だと感じ入るとともに、以前に歌会始で詠まれた御歌を思い出しました。


頂きに たどる尾根道ふりかえり わがかさね来し 歩み思へり

山を歩いていると、歩いてきた距離と、これから歩かなければならない距離を推し測ったり、 人生の歩みを重ねて自分に問いかけたりする時が生じます。
私も山を歩くまでは、頂上に立ってゴールの印象を持っていましたが、実際には違いました。
急坂にあえぐ登りよりも、危険が多いのは下りであったり、強い向かい風より怖いのは、ふわりとしていても思いがけず来る横風だとか・・・
復路のエネルギーを十分に見積もって計画を立てなければならないとか・・・

登山と人生に通じるものがあるとすれば、登り一本やりの登山より、ピークと鞍部を繰り返す尾根道を歩く方が精神的にきつい、というのも同様だと思います。
皇太子様が歩まれる道は、まさにピークからピークを歩まれる美しくも厳しい、細く長い道です。

皇太子様は今年、陛下が即位された御年齢をお迎えになり、「身の引き締まる思い」と述べておられます。これなども御厨貴氏に言わせると、公約数的ということになるのでしょうが、私はこの一見すると平板な御言葉にこそ重みを感じます。

陛下が即位された時には、皇太子様は28歳でいらっしゃったのに対し、愛子様は13歳でいらっしゃり将来的なお立場も定かにはなっておられません。
皇太子様がお立場から感じておられる責任感と、それに伴う重圧は、想像を絶するものがあります。
しかし、それを握り拳を掲げて語られるのではなく、一言「身の引き締まる思い」と仰る御姿勢に、感服しています。

百里を行く者は、九十里をもって半ばとする、とも申します。

皇太子様は御自身とこの国を長い目で御覧になって、正しい行程と方向性を見極めながら、そこを歩んで行かれる力配分をお考えだと信じています。

皇太子様が御覧になる景色が美しいものでありますよう、その美しさに我々も浴することが出来ますよう祈っています。



西田さまへ

皇太子様のお誕生日を前に復帰して下さり、本当に有難うございました。

保守とは? という読者様のご質問に、即座に応えて下さる西田様の復活、本当に嬉しいです。

もう、ありとあらゆる人が最近では保守と自称しているので、私には保守が何なのか、さっぱり分かりませんが、仮にそれを、大切なものを守る強さだと規定すると、愛子様への御教育においては間違いなく保守的でいらっしゃるのだと思います。

国語の授業から外れる可能性がいわれる習字を、お小さい時からお稽古事にされ、百人一首も課題として付け焼刃に覚えるのではなく、ご家族で楽しまれる中でしっかりと身に着けるよう過ごされています。
両陛下の御不例の折には、愛子様はお手紙を認めお届けになられています。お身舞一番乗りも熱心で良いかもしれませんが、誰に知られることなくお手紙を認められる奥ゆかしい精神に導くことこそ、保守の要諦である「大切なもの」を見極めるのに重要な事ではないかと、感じています。

言葉の定義づけからして難しいですが、皇族方の御言葉が政治的に解釈されるややこしい時代となっているので、皆様と御一緒に学んでいかれたらと思います。

これからも宜しくお願い致します。
皇太子殿下の貫禄と小賢しいマスコミ (モーリ)
2015-02-28 00:24:22
皇太子殿下とウィリアム王子のスーツ、御揃いでしたね。
戦後、皇室はファッションを権威や富を示す豪華絢爛な物から自国や相手国の文化を示す物に変え、美智子様は国際親善の場で日本のぼかしや絞りを取り入れたドレス、相手国のカラーを取り入れたスーツなどを着られた。
そして、平成では雅子様を中心に更に進化させ、ファッションを皇室と王室の親愛や協調を示す物に変えている。
皇室はやはり凄い存在です。

今回、玄関でお迎えになったのは皇太子殿下だけでしたが、お揃いのスーツのお二人が並ばれている姿はとても印象的でした。
それにしても、民放はどうしたのでしょう。
ダイアナ妃の話ばかりで、ウィリアム王子を招いた両陛下の昼餐会すら殆ど触れません。
皇室と英王室との繋がりや次期国王のチャールズ皇太子のことは、話題にしたくないかのよう。
浜離宮でのお茶の接待も裏千家でしたから容子様がいらっしゃったと思いましたが、私が観た限りではどこも話題にしていませんでしたね。
モーリ様へ (ウィルヘルミナ)
2015-02-28 10:37:54
モーリ様が看過できない情報を投下なさったので書いておきますね


昨日でしたか、TBSの昼の情報番組「ひるおび」でウィリアム王子来日を扱っていました。ゲストは関東学院大教授・君塚直隆氏と英国王室に詳しい多賀幹子さんでした。

モーリ様は、「女王陛下のブルーリボン」「女王陛下の外交戦略」の著者・君塚直隆氏をご存知と思います。又「チャールズ皇太子の地球環境戦略」という君塚氏がチャールズ皇太子側にたって書いた本も既読だと思います。

昨日の番組では、君塚氏らしいと思われる行動がありましたね。

ゲスト出演の多賀さんを始めとしてダイアナ妃にばかり言及するので、発言を振られた君塚氏、英国王室全体の公務が3500に及ぶとかチャールズ皇太子も弱者への配慮もしてきて皇太子の公務が400以上になる、とか女王やチャールズ皇太子について発言されてましたね。
流石、君塚氏と思いましたよ。

私が見た限り、チャールズ皇太子への言及があったのは昨日の番組だけです。
「ダイアナ妃あっての王子」的な報道 (モーリ)
2015-03-06 00:22:21
改めまして、西田様お久しぶりです。
西田様の記事で溜飲が下がりました。
皇太子殿下は妻子のことばかり熱心で公務が少ないといった批判はネットでも散見されますが、雅子様や愛子様のことで公務を休まれたことはないし、家庭のことは夫婦で協力し父親も育児に責任を持つべきだと考える人が増え、自治体の首長が率先して妻の産後のフォローに休暇を取る時代です。
子どもが伸び伸びと遊べる場は無くなり、また学校も社会構造の複雑化や科学の進歩に合わせて授業がより高度になり、放っておいても子どもは育つ時代は終わりました。
そもそも、学校は同学年の子どもを一括りにし同じ事を教える形をとることで効率良く大勢に一定のレベルの教育を施すのであって、個々の能力や性格、将来への展望や経済的な事情に合わせた細かな教育、より実践的な教育は家庭でしか出来ません。
そして、家庭教育は家庭内の問題ではなく社会問題であること、例えば引き籠りと言われている人達の年齢が上がり40代の人も増え、社会と子どもを繋ぎ経済的に支えている親の高齢化や死後の問題が指摘されています。
次世代が立派に育たなければ社会は成り立たないのですから、子育てにおける父親の役割の大きさや社会全体が子どもの環境を守らなければいけないことを広く知ってもらう為にも皇太子殿下が子育てに積極的に参加されることは大切でしょう。


ウィルヘルミナ様
実は私も「ひるおび」で君塚氏が発言しているところを見ました。
この日はワンセグで移動中もテレビやデータ放送のニュースを確認していたのですが、民放のニュースは御所での昼餐会や東宮御所での懇談を報じていなかったので気になっていました。
「ひるおび」はウィリアム王子の来日を訪問先など記載したボードを使って解説しており、どこよりも時間をかけていたようですが、あいにく前半は見ていません。
ただ、ボードには御所と東宮御所への訪問がありましたから、省かれてはいなかったようですね。
「王子が福祉に熱心なのはダイアナ妃譲り」という説明があり、君塚氏がチャールズ皇太子も福祉に関する公務を沢山やっていること、東日本大震災の時には世界の王室の中でエリザベス女王やチャールズ皇太子が一番早くお見舞いの電報を送ってくれたという話をしていたのは見ました。
最後に君塚氏がチャールズ皇太子の公務について説明していたのに多賀さんが
「でも、チャールズ皇太子は王子の気持ちも考えずに再婚して許せない」と発言、随分感情的だなぁと思いました。
また、彼女の話ではダイアナ妃が産後実家に帰りたがっていたが許されなかったことがキャサリン妃の里帰りに繋がっているということですが、本当に英王室に詳しいのでしょうか。
ダイアナ妃は子どもの頃に両親が離婚しそれぞれが再婚したことから家庭の愛情に恵まれず継母との折り合いは悪かったと言われていました。
女性が産後実家に帰りたがるのは母体が回復するまで母子を世話してくれる人が必要で、実の母親の世話になるのが気も休まるし身体も休まるからです。
実の母親の居ない、折り合いの悪い継母の居る実家にダイアナ妃が帰りたがったという話は解せません。
チャールズ皇太子と婚約寸前と報道されたダイアナ=スペンサーは友達三人とアパートメントに住み幼稚園で保母のアルバイトをしていました。
貴族の娘だが子供好きで庶民的で清楚なお嬢さん、実家を出ているのは継母との関係があまり良くないからという報道は王室がダイアナ妃の名門貴族の出自をあまり表に出したくなかったとも考えられますが、当時としてはダイアナ妃の振る舞いや子育てがかなり現代的で自由な印象でした。
悲劇的な最後は衝撃的で本当にお気の毒でしたが、離婚後のこと、それも恋人と一緒に事故に遭ったこと、チャールズ皇太子の再婚は二人の王子が成人してから。
ダイアナ妃絶賛、チャールズ皇太子完全無視のマスコミの扱いには、やはり英王室の代替わりを阻む意図があるように感じます。
変な輝きなら不要 (考え中)
2015-03-09 22:08:49
女性が輝く社会に共感してるので, 多少はインチキ臭い入学でも, やり過ぎに見える持ち上げ記事でも, 女性が溌剌としてる報道は悪くないとユルく見守ってきましたが, さすがに嘘とダブルスタンダードに辟易としてきました。

片方は独身時代に自分で買ったブランドアクセサリーでバッシングされ, 片方は専属デザイナー三人で一着五十万のスーツやシャネルが誉められ。片方は手を前で組まずに参拝したとバッシングされ(それが正しい),片方は神宮で榊を逆さに奉納しても誉められ。
馬鹿らしくて見てられません。
女性が活躍するのは良いけれど, 嘘とダブルスタンダードで塗り固められたのでは真の輝きとは思えません。
女性皇族の報道が皇室を安っぽく見せるのでは, 何のための女性が輝く社会の実現なのか判りません。今の報道を見て女性宮家に反対になりました。

こんな過激で嫌なことばかり書くので西田様に怒られても仕方ないですけど, 正直な気持ちです。
週刊誌は一般大衆を写す鏡 (モーリ)
2015-03-16 00:10:08
一昨年でしたか、遷宮が行われる伊勢神宮を特集したテレビ番組を見ました。
案内役は、竹田恒泰氏と男性アナウンサー。
アナウンサーはビジネススーツ姿でしたが。
竹田氏は紋付羽織袴姿で、「伊勢神宮ということで正装してきました」との言葉。
驚きました。
紋付羽織袴は一般には和装の正装となっていますが、元は幕府や藩の要職に就いていない下級武士や名字帯刀を許された大庄屋・大商家の礼服、武家社会の略礼装だったもので、天皇や皇族、公家(朝廷)の正装は平安装束の束帯、大名など武家でも高位の者は儀式で束帯を着用しました。
一般の男性ならともかく、旧皇族を名乗り、皇室の伝統文化を守ることが出来るのは旧皇族といった発言を繰り返してきた竹田氏が、古式を守る伊勢神宮(神社)に紋付羽織袴で参拝するのはおかしいでしょう。
陛下や男性皇族、公人が伊勢神宮を参拝する時の服装はモーニングです。
日本では長らく武家中心の社会が続いたことから、朝廷の文化と武家の文化が共存し、上流社会の様式を真似出来ない庶民には庶民の文化がありました。
ですから、朝廷の文化、武家の文化、庶民の文化すべてをひっくるめて日本の文化としてしまうと日本の文化なのに皇室の文化ではないという矛盾を抱えることになってしまいます。
その際たる物が服装ですが。
難しいことは置いといて、日本人なら日本の文化・・・神社・着物というのがこの番組のコンセプトだったのでしょう。
テレビや週刊誌なんてその程度のもの。
一般大衆向けの娯楽だと思えれば腹も立たないのでしょうが。
社会的な立場のある人達が知識人として発言、一般人に皇室制度や皇室のあり方について誤った情報を発信して誤った認識を植えつけている。
無知なのか、故意なのか。
非常に厄介です。
ほんとうに堕落 (大我楼清風)
2015-04-04 16:19:20
佳子さまご入学を機に、今まで以上に佳子さまさわぎが大きくなっています。

どんなことでも皇室に関心を持ってもらえるならいいじゃない?という声も聞きます。

でもそうでしょうか。

私は、今起きてることって、例えば、国宝の、すばらしい文化財が博物館で公開されたのに、だれも関心がない。そういう中、アイドルが来ると宣伝を打ったら人が殺到、というような状態だと考えます。

結局国宝なんて興味がない、理解できないんでしょう。

しかも、さらにやってはいけないことをやったと思うのです。今までなら、皇室に関心がなくても他のものには関心があるのだろう、国宝に興味がなくても他のものに興味があるのだろう。「多様化」だからね、と思ってきたけれども、今起きてることを見ると、結局国宝なんかには興味がない、興味を持てるレベルではすでにないことが明らかになってしまった。

ほんとうに堕落です。

私は天皇陛下の責任を再三問うている一方で、一度で二度効くみたいに、仕返しとばかりに両陛下を卑しめ、悪口三昧な人たちにも幻滅してきました。国を思い、東宮家を思う反面、秋篠宮さまを「操り易い」=〇〇と明言して恥じない人にも嫌悪感が有ります。

もう日本国民に皇室は持ちきれないでしょう。




マスコミの求める話題 (モーリ)
2015-04-05 23:54:26
「シャネル風スーツ」は、ブランド全盛期に就職した私の世代の女性達には「本物のシャネルスーツじゃないとね」と不評でした。
でも、皇室の方が公務で着られていることが判って、今後「シャネル風スーツ」を購入する人は増えるでしょうね。
働く女性が女性らしさを保ちつつ活動的な服を求めた結果生まれたシャネルスーツ。
そのシャネルスーツを模した「シャネル風スーツ」は、管理職の女性が増えれば間違いなく売れ筋商品になる。
ファッション業界(マスコミ)がシャネル風スーツを宣伝する為に佳子様を利用したというところでしょうか。
男性社員はビジネススーツ、女性社員は制服という会社は多いですが、女性も管理職になればやはりスーツということになるでしょう。
そして、管理職ともなれば式典やレセプションといった改まった席に出席する機会も増える。
シャネルスーツはファッション性が高く改まった席で着るのに適しています。
一時期、シャネルスーツやバーキンのバックを働く自分へのご褒美として買うのが流行りましたが、管理職の女性でも一着50万もする服なんて何着も買えない人の方が多いですよね。
また、佳子様のスーツが話題になったのは入学シーズン前です。
子どもの入学式に着ていく服を買おうという母達にとって「シャネル風」でもいけるは朗報だったと思いますが。


愛子様がお持ちだったことでグッチのバッグが評判となり大いに売り上げを伸ばした。
皇室人気にあやかって商売が繁盛するというのは昔も今も変わりません。
日本が経済大国となったのは輸出(外需)が多かったからと言われていますが、人口増加と生活の向上による消費(内需)の拡大も大きな要因でした。
そして、流行に敏感な人達が流行の物を買い、あるいは流行のお店に行き頻繁にお金を使うことは日本の小売店や服飾産業、外食産業などを支え経済成長を維持することに繋がる。
そこで、企業だけでなく広告業界(マスコミ)が流行り廃りを仕掛けて国民の消費意欲を刺激する訳ですが。
先日の某家具屋の親子対決も私の周りでは広告宣伝の新手法ではないかと話題になりました。
物や情報が溢れている時代、ちょっとした宣伝ぐらいでは多くの人の関心を引くことは出来ません。
某家具屋の親子対決が番組で取り上げられる度に会社のシステムの改革や販売する商品の価格帯が大きく変わったことが紹介されました。
多くの人が高級家具店から気軽に入れるカジュアルな店への転換を知ったのは間違いなく、新生活を機に家具を購入する予定だった人達が随分と興味を持ったようです。
現代人は忙しく、また日々多くの情報に接していることから自分に直接関係することや自分の大きな関心事以外はすぐに忘れてしまいます。
佳子様がアイドル並みに騒がれていると感じる人もいるようですが、紀子様の皇室入りの時のマスコミ報道はもっと下世話なものもありましたよ。
世界的に見れば、ご成婚前後のダイアナ妃やグレース・ケリーがマスコミの餌食になり、ダイアナ妃は薄い白いスカートから下着が透けて見えたのをバッチリ撮られ世界に配信される、グレース大公妃は妊娠しているかどうか付き纏われてお腹をバッグで隠した(後にそのバッグがケリーバッグと呼ばれ世界中で人気になる)ところを写真に撮られるという一件がありましたが。
お二人とも多くの人達から愛され慕われました。
大衆は移ろい易く無責任です。
だから、指針となる存在が必要なのでしょう。
日本の戦略 対王族要人効果と2018年問題 (モーリ)
2015-04-12 23:48:05
佳子様のICU入学は英語教育の重要性やリベラルアーツ(教養学部)を世間に広く知らしめる絶好のチャンスであり、政財官学界そしてマスコミにとって歓迎すべきニュースでしょう。

今の日本は国際社会で通用する高い英語力のある人材の育成と受験テクニックに長けた学生ではなく、幅広い知識と教養を身に付けた人材の育成が急務というのは、政財官学界の共通認識。そこで、英語教材の販売や英会話教室の分野に進出した企業、リベラルアーツ科(教養学部)を設置した大学が続々と増えてきました。
早稲田の国際教養も偏差値・倍率共に高いですが、玉川や東京女子といったトップレベルではない大学でもリベラルアーツ科はあるんですよ。英語の資格試験もより実用的な物に変わってきましたし、資格試験のソフトを導入した電子辞書もあります。世間の英語熱が高まれば教材や関連商品が売れ塾に通う人が増え資格試験を受験する人が増加する、リベラルアーツが世間に認知されればICU以外の大学のリベラルアーツ科(教養学部)も注目される。得をする企業や大学は多いのですよ。

先進国も新興国も国際競争力を高める為に大学のグローバル化を進め国際社会で通用する人材の育成や他国の優秀な人材、要人の子弟を留学生として取り込むことに力を入れてきましたが、日本の高校は受験の為の勉強に偏り大学もグローバル化は進んでいません。日本政府の近々の課題は国際社会での影響力を高めることであり、国連などの国際機関で働く日本人を増やす、将来要職に就く可能性の高い他国の要人の子弟や優秀な人材を留学生として受け入れ自国に影響力のある親日家を増やすこともその1つですが。現状大学全体でそれに対応できる条件をすべて満たしているのはICUだけです。そして、皇族の出身大学、皇族が在籍する大学というのは、世界の王族や要人の子弟の留学先の選定に絶大な効果があるでしょう。日本の治安は世界一と言われていますが、大学は学生の自治を尊重し警察の立ち入りを制限していることからセキュリティの問題があります。今現在天皇の孫が通っているならば、狙われ易い王族や要人の子弟の安全も保障される。王族が日本の大学に留学したことが知れ渡る、要人の子弟が日本への留学後自国で要職に付き日本への留学が公になればICUだけでなく日本の大学の好感度は上がり、次に繋がります。

政府は大学の英語教育の充実と一般教養を身に付けた上で専攻を決めるリベラルアーツ(教養学部)の設置を推進し、センター試験や高校の授業内容を変える教育改革に手を付け始めました。
他国との交渉事が多い国家公務員には今後TOEICで一定数のレベルをクリアすることが義務付けられます。ところが、英語教育はともかくリベラルアーツの認知度は今ひとつ。日本で戦前からリベラルアーツ(教養学部)を導入した有名大学は東大ですが、東大の教育が良いと言っても一般人には他人事でしょう。
日本の高校は受験対策などから高二で理系文系に分かれる為、理系は日本史を学ばない学校があるなど修学科目に大きな偏りがあり以前から問題と言われてきました。日本人なのに日本の歴史に疎いと言うのはやはり問題です。また、偏差値の高い大学の学生は優秀というのが世間一般の評価ですが、私大は基本三教科の受験で受験科目のみ偏差値が高ければ合格することから偏差値の高い大学の学生が五教科全般学力が高いとは限りません。日本人同士の競争、国内での競争では本人の知識や教養だけでなく、出身大学の偏差値の高さや知名度、学閥が就職や商談で有利に働きますが。国際社会では日本の大学自体無名に近いのですから、それが通用しません。
雅子様はハーバード時代に夏休みを利用して欧州の大学の夏季セミナーに参加されました。欧米では長い夏休みに大学生が他大学・他国の学生も参加できる夏季セミナーに行き著名な教授の講義を受ける、他国の優秀な学生と交流し人脈を作るということが盛んに行われています。ところが、日本の大学は夏休みが短く欧米との距離が遠くて費用がかかる事から参加率は極めて低く、中韓にも遅れをとっている状況です。九月入学の欧米と違い四月入学で大学の入学時期が違うことも特に他国の学生を留学生として受け入れるのに不利と以前から指摘されていました。こうした事を踏まえ東大の学長が学期制や入学時期の見直しを公言していましたが、入学時期の見直しは断念。幼小中高の入学・卒業の時期、企業の入社時期を一斉に変える大きな変革をしない限り大学の入学時期を変えるのは不可能です。ICUは授業を英語で行い、二学年までは一般教養を学び、四月入学と九月入学を併用と主要な欧米の大学と同じ形をとっています。欧米を中心に留学先も多く、留学先での単位取得が卒業単位として認められる互換制度、短期長期の留学があるなど留学制度も充実しています。日本はICUをモデルに公立の国際教養大学を秋田に新設しましたが、就職率100%それもレベルがそう高くない割に就職先が大企業ばかりと報道され倍率がこの2・3年で急激に上昇しました。既存の大学ことに伝統のある大学ほど改革は難しい。

2018年に大学に進学する学生は激減すると予測されており、大学がバタバタと潰れる、国公立でも潰れる大学があるかもと懸念されています。これが2018年問題。これまでも子どもの数は減ってきましたが、進学率が上がっていたことで進学者数の極端な減りはなく何とか維持できたものの、進学率がこれ以上上がらないとの推測で2018年には大幅な減少が避けられないということ。定員割れにならなくても受験者数が大幅減となると受験料という大きな収入源が減る訳で死活問題でしょう。有名大学とて安穏としてはいられません。現代のニーズに合わない大学は淘汰される。学生を増やす為にアジアの留学生を受け入れるという手段もありますが、どちらにしてもグローバル化は必須で伝統重視派を押さえる為にもICUへの注目を利用して改革を進めたいという思惑もあるでしょう。

学習院は愛子様が在籍されていることから潰れる心配はない。
眞子様佳子様は皇族それも天皇の孫ですから学歴というステイタスを身に付ける必要はありません。ただ、佳子様は秋篠宮家の中では比較的軽いポジションですから世界の王族のように何れ国連の職員になることが考えられ、その場合は学習院大卒よりもICU卒の方が良いでしょう。
いよいよ。 (モーリ)
2015-05-11 00:13:07
皇太子ご一家、御料牧場では秋篠宮ご一家と一緒に自転車で畑に行き野菜を収穫されたそうですね。また、宿泊されている貴賓室へ招待し夕食を共にされたという話。
これまでも記念日にはご家族揃っての夕食会が開かれ、皇居の稲刈りに両家が参加されているお写真も公表されていましたが。
対立しているかのように報じられ比較されている東宮家と秋篠宮家の双家族のみで過ごされたご様子が報道されるのは非常に珍しい。
また、皇太子ご一家は両陛下と同じ貴賓室に滞在され、秋篠宮ご一家は外交団施設を利用されている。
その違いがはっきり判るような報道内容も、両陛下がいらっしゃらなくても親しく交流されていることが報道されたのも、良い兆候ですね。
Reいよいよ (考え中)
2015-05-12 22:18:54
いよいよどうなるんですか?

私が女性宮家に賛成するのは男女の区別ない皇位継承とセットです。今男性しか即位出来ないけど女性宮家は作ります, を認めると, 21世紀にもなって女性は男性の助っ人だと世界に宣言するようなもので, 何処か女性が輝く社会なのか判りません。伝統を守って男系男子でいくなら旧宮家に復帰してもらえばいいです。
とにかく女性天皇あっての女性宮家です。

でモーリさん, いよいよどうなるんですか?
今日テレビで元宮内庁職員が, 秋篠宮を皇太弟に, 美智子様をつぐのは眞子佳子様だと言いました。
どうりでマスコミは,愛子様の素晴らしい事実は隠し, 佳子様のツマのような扱いをするわけです。

いよいよどうなるんですか?
皇太子ご夫婦の優しさにつけこんで, いよいよ皇太弟は皇太子ご夫婦の希望とでも宣伝するんですか?
モーリさんは皇室は重要政策の旗降り役のような説をとかれますけど,それ自分的には皇室利用みたいで嫌ですけど,そういう面はあると思います。
で21世紀もだいぶ過ぎて, 女性は男性の助っ人だと皇室自身が世界に宣言することになっていいのですか?

いよいよって何ですか?
明治以来の慣例と公務の見直し (モーリ)
2015-05-17 23:39:02
皇室典範を改正して皇太弟という身位を作ることはできません。
なぜなら、
皇太弟・・・子よりも弟の継承を優先するという法律によって、弟の継承一位が確定していることを意味する身位。
皇太弟という身位を作るということは、皇室典範の直系優先の原則を覆し、直系優先によって決まっている現在の皇位継承の順位を無効にするということ。
人治主義、法律はあってないようなもので法則など関係無しに作る・・・という国に日本を作り変えるなら皇太弟も可能ですが。
誰がそんな国を望んでいるのでしょうか。
法律や皇室典範に関する知識の無い者の戯言、妄想。
まともに聞く話ではありません。


美智子様のご公務の一部を(あくまで一部です)今後の改革の中で眞子様や佳子様が引き継ぐ可能性はあると思います。
愛子様が天皇になられたら、養蚕はどなたが引き継がれるでしょう。
愛子様の夫になられる方ですか?
養蚕を明治以降の皇后が仕事としたのは、天皇が必ず男性で配偶者は必ず女性だったからです。
男女を問わない継承とするなら、皇后のいない御世もあることを考え、皇后の公務を見直す必要があるでしょう。
そして、皇后の公務の見直しは、男女を問わない継承が認められ愛子様が即位される時では遅い。

男女を問わない継承とするには、様々な見直しが必要で典範の改正が出来れば良いというものではない。
少なくとも皇太子ご夫妻の御世で変えなければいけないことを、皇太子ご夫妻が慣例としてそのまま両陛下から受け継ぐべきでしょうか。
美智子様から雅子様へ引き継がれないものがあっても、東宮家軽視、秋篠宮家への皇統移行の準備ということにはなりません。

例え祖母と孫の関係であっても、天皇になられる方が皇后の仕事を手伝えばその立場を損なうことになります。
また、天皇になられる方が、皇后の仕事を学ぶ必要の無いことは説明するまでもないでしょう。
皇后の仕事とされてきたものを天皇が受け継ぐことは考えられない。
ですから、眞子様佳子様が美智子様の養蚕を手伝い、愛子様が手伝わなくても全く問題はありませんし、これまで皇后の仕事とされていたものを女子継承者が引き継ぐとするなら、愛子様以外の内親王になるでしょう。


皇統はいずれ秋篠宮家に移ることになる為、眞子様佳子様が悠仁様を支えることになる・・・と言う人が居ますが。
男系継承は、
夫が主、妻が従の夫婦関係によって主となる夫側の血統で繋げていく
娘は他家に嫁ぎ、婚家の人間として夫を助け働く
という夫婦の主従関係を基礎としています。
そして、
男子のみが親の仕事、親の身分や社会的地位を引き継ぐ・・・ことを法的に認めているのが皇室の継承。
男女平等に慣れ親しんでいる考え中様には、娘が実家の仕事を引き継ぎ結婚後も続けることに違和感はないのでしょうが。
社会的な地位や立場を伴う皇室の公務を行う為に女子皇族が皇室に残る女子宮家創設案は、
一代限りであれ、女子が親の仕事、親の身分を引き継ぐことを認め、宮家当主とし、夫婦の主従関係を否定するものですから男系継承の理念に反します。
男系派もその点は良く理解しており、苦し紛れの代替案、女子皇族が降嫁後も尊称によって公務を続けられる案を提示しました。
この案では、女子皇族が降嫁して夫の名字を名乗っていても公務が出来る訳ですから、女子の宮家創設が男系派にとっていかに不都合なものかが判ります。
竹田氏を思い出した (大我楼清風)
2015-05-20 01:27:30
モーリ様の長文、一部だけを取ってあれこれ申上げるのも僭越ながら、「皇后の公務」、将来天皇になられる方が皇后の仕事を手伝ったら地位を損なう、というのはよくわからないお話であると思いました。

そして、竹田氏のことを思い出しました。

私が竹田氏を大嫌いになったのは、竹田氏がおためごかしかなにかはわからないが、女性天皇が実現したら皇后の公務はどなたが行うのか、と「いけしゃあしゃあ」と愚論を述べられていたときからでした。明治天皇の血を引く旧皇族の流れを汲む方だと、そのご意見に期待していただけに、おおいに幻滅したことを覚えています。

皇后の公務、なるものはもともと存在しないのだし、養蚕なども公務ではないので、どうなったっていいことです。

それは逆に言えば敬宮様が皇后さまのお仕事を手伝われたって、何の差しさわりもないし、また「特別な意味もない」。

たいした意味もないことを「針小棒大」にとりあげることはやめた方がよろしいと思います。

佳子さまのことについても、皇室の一子女が中退しようと入学しようと、それ以上の意味は全くないのであって、なんらかのいみがあるように論じるのは意味がないと思います。これはモーリ様のことだけじゃなく、日本のマスコミ、評論家、研究者にも申し上げたい事です。

波風を立てるために投稿したわけではありません。モーリ様、場所を提供してくださる西田様への失礼お詫び申し上げます。

劣化 (山歩き)
2015-05-22 13:46:17
世界動物園水族館協会は、イルカの追い込み漁を改めない限り日本動物園水族館協会を除名すると期限付きで通告していましたが、日本は残留することに決めたようです。
この件についてはリンクを張っておられる「皇室問題INDEX」でも記事にされていますし、そのコメントの中には私の意見と同様のものもあるので躊躇いましたが、「皇居の落書き」には平成という時代の皇室報道の情報が蓄積されている事と、皇族方の海外公務の在り方の議論が以前なされていた事から、駄文ながらコメントを送らせて頂くことにしました。

世界から除名勧告を受ける事態となり右往左往した日本動物園水族館協会ですが、この25年間総裁職(名誉総裁ではない)を務めておられる秋篠宮様は他の公務で地方お出ましがあるため、除名か脱退かを決める会議には出席されませんでした。
それが総裁として正しい姿勢なのかは、今後の皇族方の公務の在り方を考えるうえで検討課題の一つになると思います。
これは何も秋篠宮様を非難するがために問題提起しているわけではありません。

宮内庁ホームページの御日程というかなり恣意的な記録を見て頂ければ一目瞭然ですが、山科鳥類研究所と動物園水族館関係のご活動について、秋篠宮様はかなり熱心に関わっておられます。
イルカと捕鯨は政治問題化しているので、この問題の解決に皇族が乗りだされることが可能なのか適切なのかは分かりませんが、日頃のご熱心さからすれば、ここ一番の危機にもかかわらずノータッチというのは、公務に取り組む姿勢として如何なものなのか。

危機に際して皇族方がどのように対応されるべきかは、高円宮妃殿下久子様が内紛しているホッケー協会の人事について名誉総裁として対応に乗り出されたことと合せて考えることもできます。
久子様は高円宮殿下から引き継がれたホッケー協会が内紛している時、事態打開に向けご自身から動かれました。それに対して、宮内庁幹部だかが「これに失敗したら、総裁職を取り上げる」とバッシングに加担した記事を書かせていたことを思い出せば、宮内庁の方針としては「出席すれども仕事せず」が皇族として正しい姿なのでしょうが、世界の王族方の公務の姿勢と比較して、それが世界で通用する時代なのでしょうか?

こちらでは、海外の王族方が単なる形式的でない実務に通じた公務をなさっており、その延長線上の訪日が増えているため、国賓ではなく実務型訪問が増えていると話題になり、モーリ様には教えて頂くことも多くありました。
皇族方が海外を舞台にご活動され、しかもそれが政治と接点をもつものに、オリンピック招致のご活動がありましたが、皇太子様の水のご研究も話題となったことがあります。
朝日などは、ある時は「水問題になど誰も関心がないのに、皇太子様はつまらぬ活動をしている」とバッシングし、又ある時は「水問題は世界の関心事で政治問題化しているので、皇太子は関わるべきではない」と、為にするバッシングをしていますが、
実際には皇太子様は、明確に水のご研究を私的御活動の一環に位置付け、国連でのご講演でさえ私的御活動としてなさっています。つまりニューヨークへの旅費も含め費用の問題で一線を引くことで、政治的影響力とも一線を画しておられるのだと思います。
そうまでして、公私のけじめをつけておられる皇太子様の御姿勢と講演の素晴らしさが、日本国内で正確に伝えられることなく、講演に感動した海外の人をして「皇太子様の素晴らしさを知らないのは、日本人だけ」と言わしめる恥ずかしい事態である一方で、(申し訳ありません、私からすれば趣味の域をでない)ご活動が公務として認定され公費がつぎ込まれ、それにもかかわらず世界から除名される事態になっていることも異常なら、そのことを検証するマスコミが一つもない事も異常に思えます。

海外王族の方のように、実務型訪問であるのか(王族としての)友好親善訪問なのかを、訪問スタイル(つまり経費の点からも)明確にし、訪問スタイルに見合った教養でご活動になれば、「これは観光旅行ですか」などと質問される様なレベルの低い話にはならないはずですし、皇族殿下を戴いている組織が世界から突然除名を迫られる事態にもならないのではないでしょうか?

21世紀も四半世紀過ぎ、あらゆる価値観に変化が生じている現在、皇室の公務も定義づけからして見直す時期にきているのではないでしょうか?・・・と以前の私ならば訴えたと思いますが、ここ最近の報道全般を見ていて、色々なものを諦めました。

これまでは、皇太子御一家を心から応援しているのは勿論の事、皇室すべての弥栄も願っていましたから、そういった願いをこめて意見を書いてきましたが、西田様のお言葉をお借りすれば、マスコミが消費者根性に毒されているだけでなく、もう何から何まで、という感じがしてきました。

モーリ様のお話しには夢と希望がありますが、あらゆる分野が縮小していくこの国にあって旧態依然としたお上と歪んだ報道しかしないマスコミとでは、あまり未来がありません。

皇太子様の素晴らしい御人格と、雅子様の優れた頭脳を受け継いでおられる愛子様が、思う存分勉学にスポーツに芸術に励まれ、ご自身の素晴らしい能力が活かされる日が来ることを心から願っています。
何も足さない、何も引かない (大我楼清風)
2015-05-23 23:44:07
私は従来より、天皇、皇室の皆様というのは、「何かをしたから尊い」とか「何かをしないから尊くない」ということではなく、ありのままで十分であるということを申し上げてきました。

マスコミで知ったかぶりの上から目線で東宮ご一家にクレームをつける論者というのも、「何かをしないから」と言いいます。西田様はこれを「消費者根性」と言われていると私は認識します。天皇、皇室に「君臣意識」その他の思いを抱き、他人事と思えない人々は、「(識者は)どうしてそんなに偉そうなのか」と感じていることでしょう。

そういう近時のマスコミに有りがちなのが、もともとそんなにたいした意味もないことを「針小棒大」に大きな意義があるかのごとく報道することです。

佳子さまの進路変更、モーリ様の「皇后の公務」はその一つです。さらに話を進めると、山歩き様ご指摘の秋篠宮殿下の動物園水族館協会総裁として大事なときにノータッチは如何なものかという指摘だって、本来それは「ないものねだり」であって、そういう責任を負うための総裁職ではないのです。もっとも、今回の動物園水族館協会の件は「何かをしたから尊い」と宣伝したことの「ブーメラン」でもあるのですが…。

なんでこんなことになるのか。皇室を見るマスコミや国民の視点、ポイントが完全にズレているのです。「なにかをするから尊い」のだ、という間違い。天皇、皇室はそういうものではない。さらに、陛下をはじめ、皇室各位もそういう魔術に毒されて、「自己顕示欲」による行動に出られているようなところも問題です。

でも、これは陛下をはじめ皇族各位に責任負わせるのも酷かもしれません。世間がそういうことになっている。

皇室とはだいぶかけ離れた人の名前ですが、大阪都構想住民投票に敗れた橋下徹市長。彼を産んだ、また受け入れた風潮も同じものだと思います。本来彼に期待されたのはすわりのいい「置物」としての府知事であった。置物というと聞こえは悪いけれど、「上に座る者」の立派な仕事です。でも彼は彼のキャラクターもあって、「何かをしないといけない」と思いこみ、あれこれと派手に大阪の「改革」に大立ち回りを演じたわけです。ああいうものを見せられると、あれが上に立つ者の役割の様に誤解する。でも実はそうではない。

首相だって、本来「重し」で十分なのです。総理が「何もしない」のは平和な時代の象徴でした。もちろん、日本をとりまく環境も厳しくなる中、「旧態依然」では成り立たないのは確かでしょう。でも現首相が集団的自衛権問題など、手続きを軽んじ、軽佻浮薄、勝手放題なのは、亡国の実態以外の何物でもありません。

陛下には国民が安心する「重し」であっていただきたい。これこそが文字通り帝王学の第一だと、私は立場をわきまえず偉そうに僭越であることは理解しつつ痛感するところです。
陛下は確かに、「日本国憲法」に定められた天皇として、「憲法を守る」「平和と民主主義への思い」について発言されて注目されています。この上もなく尊いことだと思います。しかし、それは「日本国憲法」に定められた天皇としての役割を果たされている安定感からくる尊さでしょう。政治的に注目されたり称賛されるのは政治状況が異常だからであって、「なにかをされるから尊い」(「何かをされないから尊くない」)ということとごっちゃにされるのは避けるべきだと思います。

でも、ある意味しょうがないのかもしれません。なにもしなくても「尊い」などという価値観、もはや日本からは失われてしまったのかもしれません。天皇といえども自己主張、自己顕示欲にまみれなくては生き残れないとは。

私は以前こちらで「制度と生身」ということを述べましたが、今回のことはそれの焼き直しかもしれません。丸山眞男の「『である』ことと『する』こと」から、日本が「である」価値から「する」価値へと移行しているとも言ったこととも重なります。小林秀雄「無常ということ」から「常なること」としての天皇・皇室ということも言いました。西田様、コロンボ様の間で坂口安吾「堕落論」が論じられもしました。理解不足ながら申し上げれば、「堕落論」で指摘された歴代権力者が天皇の権威を利用したこと(いまやその意味も理解されなくなっているのではと思います)も示唆的でした。

いつも私の駄論を読んで下さる皆様、このような場を提供してくださった西田様に御礼申上げます。
実務ではない皇室の公務 (モーリ)
2015-06-03 00:20:24
首相や閣僚、公務員の公務、私たち一般人の仕事は、実務的なもので、目に見える成果を上げる事を目的としています。
対して、皇室の公務は実務的なものではなく、目に見える成果を上げる事を目的としていません。
これは、公人の実務イコール政治的な活動・・・となり、政治に関与することになる、国民主権に反するからでしょう。
大我楼清風様は施政者の成果によってもたらされる変化への恐れや皇室が成果主義に陥るのではないかという懸念を抱かれているようですが、ご指摘は当たりません。

>「なにかをするから尊い」のだ、という間違い。天皇、皇室はそういうものではない。さらに、陛下をはじめ、皇室各位もそういう魔術に毒されて、「自己顕示欲」による行動に出られているようなところも問題です。
>陛下には国民が安心する「重し」であっていただきたい。これこそが文字通り帝王学の第一だと、私は立場をわきまえず偉そうに僭越であることは理解しつつ痛感するところです。
>陛下は確かに、「日本国憲法」に定められた天皇として、「憲法を守る」「平和と民主主義への思い」について発言されて注目されています。この上もなく尊いことだと思います。しかし、それは「日本国憲法」に定められた天皇としての役割を果たされている安定感からくる尊さでしょう。政治的に注目されたり称賛されるのは政治状況が異常だからであって、「なにかをされるから尊い」(「何かをされないから尊くない」)ということとごっちゃにされるのは避けるべきだと思います。

親なら誰でも離れて暮らす子のことは、「元気だろうか」「不自由なことはないか」とその身を案じ、どんな暮らしぶりか気になるものです。
仕事を頑張っていると聞けば労いたいし、表彰されると聞けば、行事に行きたい、晴れの姿を直接見たい。
悲しい時、苦しい時はすぐにでも駆けつけたい。
こうした親の想いは子を想う気持ちから生じるもので、子の様子を見に行くのは自然な行為です。
子から称賛される為にするものではないですよね。
天皇皇后は国民にとって親のような存在家族のような存在であるなら、今回のようなパラオ訪問も国民を想う気持ちから生じたものでしょう。
一般的な仕事、実務というのは目に見える成果を上げる事を目的としていることから、成果を上げる為に「何かをしなければいけない」、「何かをする」ことが大事なのです。
そして、成果を上げた行為、期待ほどの成果が上がらなかったとしても困難な中で頑張って何かをすれば称賛される。
しかし、実務的ではない皇室の公務は、行事出席、視察、慰霊とどれをとっても大事なのは気持ちです。
高齢であるにも拘らずパラオまで行かれたことは大変でしたし、両陛下のご訪問で気持ちに区切りがついた人も多かったかもしれませんが。
両陛下は、パラオで亡くなられた人達やその遺族を想い、慰霊のお気持ちを持っていらした、戦争体験者として犠牲者や遺族の存在を常に心に留めていらっしゃった。
そして、全ての国民に想いを寄せてられている。
そういうことが国民の尊敬や敬愛に繋がるのではないですか?

皇室の公務は、招待(要請)によって発生するもので、自発的に行うものではない。
昭和天皇が沖縄に強い想いを抱きながらご訪問が叶わなかったように、制約の多い天皇の訪問は公務として行われ、想いが必ず具現化されるとは限りません。
パラオご訪問は戦後70年という長い年月を経て様々な要件が満たされたことによって実現できたことで、両陛下が希望されているというだけで両国の政府が動くことは出来ないでしょう。
「何かをする」ことでしか称賛を受けられないなら、招待(要請)を受けて動く皇室にとっては不利なだけで、大我楼清風様がそう思われたならマスコミの策に嵌まってしまっているのではないでしょうか。
海外訪問の準備に最低半年かけることを考えれば、「両陛下が慰霊のためのパラオ訪問を希望されている」と報道された時には既に両国間で準備が進められていたと思われます。
通常の海外訪問は友好親善が目的で真っ先に慰霊行事が行われるにせよ、メインは友好親善。
ところが、今回は慰霊を目的としており、慰霊を目的とするからには、パラオから招待があったので訪問するというのではおかしい。
両陛下が慰霊を希望されていることをわざわざ公表し両陛下のご希望によって訪問が実現したという形をとったのは、戦後70年の節目の行事として慰霊を訪問の目的としたからだと思います。

秋篠宮殿下は、昨年の記者会見で下記のように述べられました。
「天皇の公式訪問であると,国賓という形がとられることが多いと考えますけれども,皇族の場合には,国賓としての訪問というのはまずないわけです。そうすると国際親善・親善訪問という形になろうかと思います,枠組みとしてはですね。ただこれは,なかなか受け入れる側としても,皇族,しかも天皇でもない皇太子でもない皇族をどう捉えていいかというのは難しいときがあるのかなという気がします。・・・中略・・・
もし公式の訪問をするのであれば,例えば外交関係ができてから何十周年であるとか,日本と当該国との何か大きい文化行事があるとか,何か一つの核になるものがあるべきではないかと思います。そうではなくて単に親善ということを目的とした公式訪問というのは,目的が曖昧になりますし,そういうものは余りよろしくないな,というふうに考えております。」
答礼制度があった昭和時代、皇太子だった陛下が天皇の名代として専ら訪問されていましたが、全ての国を訪問されないまま代替わりで答礼制度が廃止。
平成の外国訪問は、相手国から招待があった事を理由に友好親善を目的とした訪問が度々行われていました。

そして、外国訪問に明確な基準がないことから皇室の外国訪問というのは時の政権がその時々の情勢を鑑みて決める皇室の政治的利用ではないか・・・という意見が少なからずあった訳です。
一方、守旧派には公務より祭祀という意見が根強くあり、皇室ことに陛下や皇太子殿下の海外訪問は縮小傾向にありました。
秋篠宮殿下は、ご自分の立場、天皇でもない皇太子でもない皇族の訪問として話されていますが。
政治的に利用されないこと、政治利用という懸念を持たれないこと、現代では殆どの国と既に友好関係が結ばれていることから、天皇の外国訪問も両国の記念行事出席など明確な目的を持ったものにするということを示唆した発言と感じます。
戦後70年の節目に慰霊を目的としてパラオを訪問されたのも、そういうことではないでしょうか。
いよいよでなく,色々 (考え中)
2015-06-04 03:56:01
モーリさんからご返事頂いてながらスミマセン。何を見ても枕詞か接頭語のように将来の天皇とか将来の天皇の姉は国宝のように気品があるとか書かれてるので,モーリさんのいよいよ説と現実の乖離っぷりに言葉もありませんでした。このところのマスコミのバカ騒ぎを見てると,消費者根性のマスコミが一番女は子供を産む機械一万でどやの元凶に思えてき,皇室ニュースからも遠ざかってました。人口減少社会では男女平等で頑張るしか国力維持は難しいと考え女性が輝く社会に賛成し,その象徴として女性天皇を前提に女性宮家にも賛成してきましたけど,まさかこんなになってしまうとは…想定外で嫌気がさして皇室ニュースを離れると,皇室のない風景は悪くなく,もしかして離れようとされてる西田様を引き摺りこんでるのかもしれない罪深さについて考えてしまいました。すみません。
でも,今日のような大きなニュースがあれば否応なしに耳に届き,相変わらずスマートに対応できない東宮医師にも東宮職にも腹立たしさを感じてしまいます。ネットでも祭祀について誤解が拡散されてるみたいですが何の対処もないですし。
色々不信感ばかり大きくなり,とてもじゃないですけどモーリさんのいよいよ説を信じることなど出来ませんが,お礼があまりに遅くなるので,お礼までに…
いよいよ。 (大我楼清風)
2015-06-05 23:20:24
モーリ様より返信をいただきましたが、一つの事実であっても、まあなんといろいろな見方があることかと感心してしまいました。

モーリ様が皇室は政治家と違うから成果主義には陥らない、と書かれていらっしゃいましたが、この「成果主義ですらない」ことが私には大きな問題に思えました。成果主義ですらないから、検証もされない。ある意味やりたい放題(マスコミは言いたい放題)なのであると。

そして両陛下のパラオご訪問のことを延々と挙げられていましたが、うーむ自分の意見を他の方に理解していただくというのは難しいなと思いました。私が「何かをしたから尊い」とか「何かをしないから尊くない」というのはやめましょう、と言ったことを全然わかっていただけなかったのだなと。

パラオなんか行かなくてもいい。もちろん行ってもいい。今回は辛うじて「ごく自然」な印象を逸脱することがなかったと私は思います。
(※陛下のご意思で行かれた旅は、果たしてモーリ様が言われる招聘を受けた受身の旅であったかどうかの疑問、昭和の時代にあったという答礼制度はほんとうに廃止されたのか、などの問題はこの際置いておきます)

でも、モーリ様が述べられた「お気持ちが大事」ということには大きな懸念を抱かざるを得ませんでした。
モーリ様は今回のパラオご訪問をはじめ、陛下のご公務は陛下のお気持ちが評価されるから、国民に支持されるのだとおっしゃいます。

でも、ちょっと待って。「陛下のお気持ち」って誰が読み取ったのでしょうか。マスコミには読心術の大家でもいるのでしょうか。それとも陛下ご自身が仰ったとか?それもまた、押しつけがましいというか、身も蓋もない話というべきでしょう。

私は最近の皇室報道の気持ち悪さの一端がここにあると考えます。
そしてこれはまた、多くの東宮バッシングがそうであったように、ご本人の意思にかかわらず「お気持ちがない」と解釈されてしまい得る危険性も含んでいるわけです。

実際、一度で二度効く皇室批判でよくあるように、東宮バッシングの裏返しで、陛下の公務、慰霊の旅その他にも、批判の声が上がっています。

だから、私は「何かをされるから尊い」とか「何かをされないから尊くない」というロジックこそマスコミの魔術であり、多くの人がその催眠術にかかってしまってるのだと主張するわけです。いいかげんこのロジックから覚めるべきでしょう。

モーリ様が挙げられた「親」だって、親だからそう思ってるだろうというふうには一概に言えなくなりましたよね。親自身が子供とのコミュニケーションに苦労している。天皇陛下も国民とのコミュニケーションに苦心されているのであろうことはよくわかります。しかし、ほんとうに子どもに信頼されるのは、おりおりのイベントで歓心を買うことではなく、いざというときドンと構えているその信頼感ではないでしょうか。
「気持ちはこうなんだから」とか言い訳してる親はバカにされますよ。

モーリ様は、東宮ご一家と秋篠宮家が那須の御用邸でご一緒に過ごされたことを書いておられました。その文章に「いよいよ。」よいうタイトルをつけられました。
私は、いよいよまっとうな皇室報道、皇族ご自身がまっとうに行動することが大切だという時代が来たのかなと思いました。考え中様のじれったいようなお気持ちもわかります。でも、少しずつ、次の皇室を担う方々が、マスコミの魔術を抜け出して、新しい時代を作られるときがきたのだと、せめてそう思いたいものだと思います。

天皇の臣下を以て任じる(勝手に)私は、われわれ国民が一人であっても、ありのままの皇室を静かに見守る気持ちを持つことが大切ではないかと思うのです。

国民、と言ってしまって私以外の一億何千万の方々のお気持ちを勝手に「読んで」しまいましたが、相手であるところの「君」天皇陛下の、人知れぬ「お気持ち」を勝手に解釈することよりも、「国民」の気持ちをその一人として述べることの方が穏便で理性的なのではないかと思います。




国民の総意と形式的ではない国事行為 (モーリ)
2015-06-08 00:18:21
大我楼清風さま
私は、憲法の
第一条 天皇は、日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
天皇は国事に関する行為を行う
ということを非常に重要であると考えています。
そして、
国民の総意・・・国民と密にコミュニケーションを取り、信頼関係を構築する。
国事行為を行う・・・内閣の助言と承認によって行われるにしても、その中味はシッカリと理解されている。
例えば、書類に署名する際、きちんと目を通されるのは勿論のこと、書類に記載されている決定事項の経緯、政府の政策や国会の議論の概要も把握されている。
叙勲受賞者のそれまでの活動や功績を称えるだけでなく、その予備知識としても常日頃から各界の活動状況に目を向ける。
といったことが大切であり、望ましい形だと思います。

>親自身が子供とのコミュニケーションに苦労している。天皇陛下も国民とのコミュニケーションに苦心されているのであろうことはよくわかります。しかし、ほんとうに子どもに信頼されるのは、おりおりのイベントで歓心を買うことではなく、いざというときドンと構えているその信頼感ではないでしょうか。

学校行事は成果発表の場で、子が日頃学んでいることを確認する場です。
また、親が現場の先生の子ども達への接し方、学校の対応、クラスの様子などを知る良い機会でもあります。
陛下の行う国事行為には、勲章の授与がありますが、社会の仕組み、様々な活動、国民の暮しといった実社会を実際に見聞きする機会がないと、叙勲受賞者の活動や功績は、真に理解出来ないでしょう。
皇室の方々は、不自由のない暮しをされるように宮内庁が配慮しています。
子ども時代は一般人と同じような学校生活を送られていますが、学校も狭い社会であり、ことに私立校は経済的に恵まれた家庭の子で教育方針や学力にあまり差がないことから、限定された世界で育つことになるでしょう。
買い物や習い事など活動範囲が広がりいろいろな人と接すれば世間を徐々に知っていき、社会に出て働けば世間の荒波にも揉まれますが。
外出先、接触する人間も限定され、仕事をする機会もなければ実社会とは隔絶した暮しです。
庶民の暮しを知らない知ろうともしない方を国民は信頼できるでしょうか。
国事行為は殆ど皇居内で行われ、国民が直接目にする機会はありません。
いざというときにドンと構えているかどうかさえ判らないのではないですか?


>「気持ちはこうなんだから」とか言い訳してる親はバカにされますよ。

本当の親子なら、親だと名乗りあなたを想っているとわざわざ口にしなくてもいいし、共に暮らせば親の性格や思考もある程度判るようになります。
生活を共にすれば、生活の大変さを分かち合い、ささやかな幸せを共有する機会もありますが。
生活環境も違う会う機会もない方を信頼するのは簡単なことではありません。
だからこそ、天皇になられる方は子ども時代からその姿や生活を国民が見聞きする機会が作られ、折々に肉声によるご発言が公にされ、実社会を見聞し国民と触れ合う機会が設けられ、長い年月をかけて信頼関係を構築するのではないですか。

>陛下には国民が安心する「重し」であっていただきたい。
とコメントされていましたが。
世間知らずで言われるがままに、その意味も判らず、ただ書類に署名し、勲章を与え、首相を任命する君主など恐れるに足らない存在です。
政治に直接関与しなくても、実社会のこと政治のことをよくご存知で、何もおっしゃらないが全てを見透かされているようだと政治家や官僚が感じる、国民から全幅の信頼を寄せられた君主こそが重しになるのだと思いますが。
国民目線 (大我楼清風)
2015-06-08 01:29:14
モーリ様

私はさしあたり、国民の側、マスコミの側から、「お気持ち」を汲み取り、勝手にあれこれありがたがったり、一方でバッシングしたりするのはおかしいんじゃないか、と申上げただけで、陛下の行動には注文をつけたつもりはありませんでした。

特に、モーリ様が今回書かれたようなことをやってはいけないなどとは一言も申し上げていないわけです。

ただただ「何かをされるから尊い」とか「何かをされないから尊くない」と勝手に解釈するのはやめましょうよ、特に知ったかぶりで伝統でもないものを絶対に犯してはならない伝統のように出して来たりするのは百害あって一利なしですよ、ということを言いたかったのです。

帝王学。

帝王学とは何か。私は帝王学とはそれほど難しいものではないと思っています。私が思う帝王学の第一は、自分の立場を自覚すること。第二は周囲の人、縁の下の力持ちを大切にすること。第三は責任の重さを理解すること(船長は船とともに運命をともにする。第四は率先垂範だと思います。

周囲の人、また国民を大切にし、ひろく知ろうとするのは大事なお勤めです。しかし、まず、ご自分の御立場を自覚することこそ最重要項目です。これがゆらぐと全体が不安定になる。心棒が傾けば家が壊れてしまいます。天皇陛下の行動に注文はつけてないつもりです。物知らずのマスコミや素人国民が(私もそうですが)、勝手放題を言ってその順位を崩してしまっているように思うのは私だけでしょうか。

国民目線とは勝手なもので、しょせんものを知らないから、あるいは子供みたいに、自分にいい顔をしてくれれば喜ぶ。加えてマスコミから偽の伝統だのしきたりの話をされればいっぱしになった気で大所高所から皇族方をバッシングする。

もちろん、国民全部がそうであるはずはない。だからあまりに低劣なマスコミが批判されるのであって・・・。むしろマスコミの向こうにいる国民こそは、(批判される方もいらっしゃるかもしれませんが)君臣の別をわきまえ、礼儀正しく、慎み深い。

要するに、もうマスコミのばらまく「国民目線」「偽情報」にはまどわされないようにしたいものですね、というのが私の唯一の願いなのです。

それに、こういったら何ですが、皇室の方が国民の間に入って実情を知る、というのもしょせんは世間知らずの若様御姫様、本当に隅々まで知ってることが大切であるとは思えません。では何を以て皇族方は尊敬されるか。お考えになった事が有りますか?

顛倒した本末をただし、劣化した思考回路を活性化することが、一見関係ない、下々の私たちにも求められているのではないかと思う次第です。



御成婚記念日 おめでとうございます (コロンボ)
2015-06-10 00:03:57
今日という日が皇太子ご夫妻のご成婚記念日だと知ってか知らずか、いや判ったうえで、この日に当てつけ嫌味のようにテレビから雑誌まで秋篠宮家賛美報道を繰り出しているのだろう。

女性宮家や皇太弟どころかストレートに、「秋篠宮を皇太子に」とテレビや雑誌でキャンペーンを張りはじめたのを見るにつけ、
モーリ様には申し訳ないが、民法改正18歳成人で愛子様の立太子の御年齢が早まる可能性やら何やら夢幻で煙に巻かれているうちに、取り返しのつかぬ処に来てしまったと今更ながらに悔んではいるが。コロンボのような人間を油断させるがモーリ様のお役目であられたのか?秋篠宮家への不信の言葉を摘むが大我楼清風殿のお役目であられたか?
いやいや、今となっては、もうよい。
考え中様ではないが、昨今の皇室報道は不愉快さも極まれり故に、コロンボも皇室情報から遠ざかることを心がけるべき時かと覚悟しているが。

どのような御立場になられようとも、ただひたすらに皇太子御一家のお幸せを陰ながらお祈り申し上げるのみ。

皇太子御一家
御成婚記念日 おめでとうございます

残念です (大我楼)
2015-06-10 01:39:16
皇室権威が失墜の一途をたどる中で(私にはそう見えました)、今から50年以上前の、古き良き時代を振り返りつつ、よいものをよいとみる、なにもいわなくてもそれがわかる、そういう安定感の中に無言の共感を共有しえた皇室と国民の関係を蘇らせるためにはどうしたらよいか。

わたしがここ数日模索したことはそれでした。

近年の天皇報道の、押しつけがましい価値推測こそが、「深遠なる」共感を亡ぼしていることも明らかになってきました。

だれが押しつけがましい陛下のお気持ちなど有難がるものでしょうか。遠からず全国民から唾棄される日が来るでしょう。

私はご縁あって、幼少時に礼宮さまを比較的お近くから見聞する機会を得ましたが、周囲の大人たちは、ともかく浩宮さまが素晴らしい御方である、上に立つ方の鏡であるということを言っておりました。それを叩きこまれた私としては、絶対に現皇太子が不適格で、弟宮が尊いなどとは、天地が裂けても信じることができません。

昨今のマスコミに見られる風潮は亡国の証、価値観が狂ったのだとしか思えませんでした。

>秋篠宮家への不信の言葉を摘むが大我楼清風殿のお役目であられたか?

噴飯。

残念ですね。

今回はあまりに憤慨したので、わたくしの名前の所は完全に記して居りません。皆様に対する失礼お許しください。


正統な日本国の日嗣の御子

皇太子ご一家のお幸せをお祈り申し上げます。
Unknown (コロンボ)
2015-06-11 12:41:15
モーリ様と、大我楼清風様には失礼な物言いをしているとは十分判っていながら一度お訊ねせずにはおれませんでした。

過去のコメントを読めば、モーリ様には多々疑問が投げかけられてきたようで、又その都度反論らしきことをなさりつつも、独自の見解を述べられるはアッパレだと感じておりました。そして、ほとんど現実味のないモーリ様の夢幻が時に正論であることもある故、ここまで酷い状況になるまでは共感処を探し、学ぶべき処は学せて頂だこうと思っておりました。

大我楼清風様におかれては、かような言い掛かりをつけられるは初めてで憤慨されるであろうとは予測しておりましたが、失礼を承知でお訊ねしました。

お二方だけでなく、皇室報道の歪みや誤報を正そうと書かれる(他の皇族方についての)疑問コメントを頭から否定される向きがあります。
西田様は節度ある議論を志向されているは理解しており、それ故にコロンボも「皇居の落書き」を信頼してコメントを寄せさせて頂いておりますが、節度と公平性が重要だとして、ともかく「皇太子御一家を応援する」という旗の下に集まるならば、皇太子御一家に向けられる悪意を払う努力をしたいというがコロンボの一番の願いでした。
確かに、それを過度にすれば「皇室の権威を損ねる」という側面はありましょう。「一度で二度効く」という側面もありましょう。
しかし、まず先制パンチでバッシングされ権威も名誉も根こそぎ剥がれておられる皇太子御一家は誰がお守りするのでしょう。
本来なら考え中様が指摘されるように、東宮職や医師団が「まとも」に機能しておれば良いのでしょうが、昨今の「先週の雑誌の不都合を、今週の雑誌で〇〇〇関係者が反論する」という下品極まりない様を見るにつけ、皇太子御一家が黙って耐えられることでどれほど皇室の権威が保たれてきたことかと改めて気付き、「まとも」に機能することの意味すら判らなくなりました。

しかし、黙っていても通じる処には通じるというような世の中ではないという危機感は、何も皇室問題に限らず、日に日に増しております。
やりたい放題を増長させるは、一つにネット情報による世論誘導があるのに加え、同じレベルまで下がりたくないという恥の文化で自重する良識ある者のダンマリにあると考えます。
皇室問題に限らず、今や大手出版社の刊行物ですらネット情報を切り貼りして成り立っている感があり、それを利用してまずネットで世論を醸成するというのは、広く行われており手法だろうと考えております。
その顕著な例の一つが皇太子御一家バッシングであろうと。
御病気の雅子妃殿下に向けられた罵詈雑言。
まだ5歳の敬宮愛子内親王に向けられた「笑わない愛子様」以来続く目を覆いたくなるなバッシングの数々。
最終的には「離婚(だの)廃太子(だの)退位なさいませ(だの)」と迫るために言い掛かりも甚だしい罵詈雑言を浴びておられる皇太子様。
これらは、ほとんどネットのニセの情報と、それに惑わされて拡散されたニセの世論であったはずだが、いつの間にか大手をふって雑誌の見出しになっているやに見受けられます。

今も皇室の権威が多少なりとも保たれているとするならば、それはひとえに皇太子御一家が一切の反論をなさらず、ただひたすらに黙って耐え忍んでおられるからに他ならなず、皇太子御一家が黙って耐えておられるのに外野がモノ申すべきでないと言う意見もありましょうが、
男子を産めず病気になられた雅子様と男子でないことで軽んじられる愛子様をマスコミの生贄に差し出し犠牲にしてまで守る権威に意味があるのか、
間違った報道を正さず放置するは回り回って我々にしっぺ返しとなって帰ってくるのでないかと考えると、
マスコミが垂れ流す嘘に疑問を呈する国民がいると、ネットの片隅で叫ぶことが、そんなに「皇室の権威を傷つけ二度目の効用」となるのか。

ここが理解できない故に、大我楼清風様が噴飯ものだとされるコロンボの疑問に行き着いてしまうのです。

モーリ様と同じく大我楼清風様も広義には性善説にたち、皇室を語るにふさわしい節度をもっておられるのは、よくよく理解しておりますし、「であることとすること」は大我楼清風様のコメントを契機に読んだ故に学びの機会を頂戴してきたことには感謝しております。しかし、皇太子御一家と (お子さん方の進路を正当化するため愛子様と絡め)学習院を辱める記事の出所のほとんどが千代田関係者と秋篠宮家関係者である事実を直視すれば、こと秋篠宮家に関しては庇われる姿勢が熱心に過ぎるのではないか? コロンボとしては違う意見を伺うは吝かでは無い故、庇われるは大いに結構ですが、庇う過程でいつぞやは「天皇ご謀反」というお考えを示されたやに記憶して おります。これはコロンボとの議論の中で出たお言葉では無い故、趣旨を取り違えておれば申し訳ないが、秋篠宮御夫妻の非を責める意見に対し、そのような状況を産んで いる天皇にこそ「天皇ご謀反」と言いたい、と書かれたやに記憶しております。
家長制度と気風が強く残るのは承知している故お気持ちは理解できますが、曲がりなりにも不惑を超えた大の大人の非が責められておるとき「その父を責めるのか、しかも天皇を公けに責めるのか」・・・以来、それほどに秋篠宮家に思い入れが強い方なのだと心に留め、そのお気持ちを無用に傷つけぬようにと、言いたいことの半分も押さえてコメントしてきた処、最近の報道で我慢の限度も超えてしまった故に、一昨日のコメントとなりました。

モーリ様の現実とは完全に乖離した夢幻で煙に巻かれ油断しているうちに、事態はモーリ様のコメントとは真反対の方向へ舵をきってしまったやに見受けられる状況。
秋篠宮家に縁があると謳っておられる方が、日頃から反論すべくもない一般論的正論で 「もうマスコミのばらまく「国民目線」「偽情報」にはまどわされないようにしたいものですね」 と書かれるが故に、マスコミがばら撒くニセ情報で賛美される秋篠宮家につき思う処が書けないできての、現在の狂いっぷりも極まれりの状況。
もちろん一介の、しょせんマスコミ報道に右往左往する程度の市民でしかないコロンボがいかに怒り焦り、事実誤認を言い立てたとして、何の力も影響もないことは重々承知していながらも、片方の甘言で油断してしまい、片方の正論らしきものの前に黙してしまい、行き着く処に行きついたのではないかと感ずることで寂しい覚悟を決めつつあるというのが現在です。

黙っていても通じる処には通じる良識が残されている、
人の苦しみ不幸の上に身をたてる非道が罷り通るはずがない、
世が狂おうとも、皇室と皇室関係者には良識の砦であって頂きたかったが、皇室を拝見していると、その信頼の根幹が崩れ去ってしまった。
しかし、これから益々見たくもないものを見せられるくらいなら、いっそ見るのを止めてしまおう、
間違った情報操作の恐ろしさが回り回って国民にも及んだとして、あの時自分は間違った情報を正すのを諦め見て見ぬふりをしたのだから止む得ない、と降りかかる災禍を自分の責任として受け止める為にも、もう皇室情報を見ないでおこうと覚悟を決めねばならぬかと感じております。

苦しみ悲しむ姿を厭い、人の苦しみと不幸の上に身を立てていくのが、これからの日本の流儀。
帝王学も修身も関係なく、ただ男児をあげればゴリッパなのが、日本の伝統。
・・・と思わせ皇室に失望する人間を増やすことを画策している破壊論者に弄ばれてしまうような情けない世論で成り立つ現在の日本。

厳しい世を生きていかねばならぬと見せつけられる皇室を拝見するのが辛くなりました故、
皇太子御一家のお幸せをいつもいかなる時も祈りつつも、皇室報道から離れるべきときかと悩みつつの覚悟を決めての質問でした。

西田様へ
お騒がせして申し訳ございませんでした。
西田様が「脱・週刊誌脳」と掲げておられる意味を噛みしめながらも、皇太子御一家をバッシングする記事と秋篠宮家を賛美する記事は発売から時を置かずしてネットに配信される故に目にしてしまいアホウなマスコミ報道に踊らされ、静かで冷静な議論をされている場を乱したこと心よりお詫び申し上げます。
マスコミがどれほどアホウな捏造記事をでっち上げたとして、それに対し為にする反論で応酬していては、それこそ皇室廃止論者の思う壺だと肝に銘じ、その点の節度が厳格に守られている西田様の「皇居の落書き」は最後の砦だと信頼しコメントを寄せさせてきたのに、かような結果とあいなり申し訳ありませんでした。
大我楼様 (和久希世)
2015-06-11 16:17:30
コロンボ様は大我楼さまがこの記事のコメント欄で、
下記の様な事を書かれた事をさして、
「秋篠宮家への不信の言葉を摘むが大我楼清風殿のお役目であられたか?」と言われたのではないでしょうか?

(記)
>国を思い、東宮家を思う反面、秋篠宮さまを「操り易い」=〇〇と明言して恥じない人にも嫌悪感が有ります。
Unknown (考え中)
2015-06-14 22:36:59
皇室ニュースを離れたら皇室のない風景も悪くなくなんて書いたのが揉める原因かなと反省していますけど,こうしてコメント書いてるように完全に離れるのは無理です。例えば最近,女性議員の比率に応じて政党助成金を配布する案というニュースがありました。管理職3割女性案もそうですけど本来能力主義であるべき分野で女性というだけでゲタをはかせるという愚の骨頂を思いつくのに,何故に存在されるだけで有り難い天皇陛下が女性であったらダメなのか?とすぐ皇室問題に繋げて考えてしまいます。そんな時に皇居の落書きがあることがどれだけ有り難いかは,一度皇室ニュースを離れようと思っただけによく判ります。
モーリさんや大我楼清風さんについてのコロンボさんの気持ちは判らないでもないですけど,そんなことを言えばコロンボさんはせっかく応援してる和をぶち壊す役目ですかと言われかねませんよ。自分はコロンボさんがそうでないようにモーリさんも大我楼清風さんもそうでなく,ただ応援する力点が少しずつ違うだけだと思ってます。
自分としては皇太子御一家の応援は続けたいですし,女性を男性の助っ人だと確定させない=女性天皇を認めないままの女性宮家設立もないと,10年の歴史がありアーカイブの役割にを果たしうる皇居の落書きで言い続けたいです。
今の軽薄消費者根性路線だと,皇太子御一家を応援する人だけでなく皇室を大事に思っている人にとっても無茶苦茶に感じられる皇室になりそうなので,見ないのも精神衛生を守るための一案ですけど,一緒に考えたり応援できたらと願ってます。
若者が改革の原動力になる (モーリ)
2015-06-19 00:04:14
皇太子ご夫妻はこどもの日の関連公務として子育て支援施設を訪問された。
来月早々にはトンガの戴冠式に出席される。
コロンボ様が言うような悪い状況になってはいないと思いますが。
確かにマスコミの偏向報道は酷くなっていますが、今に始まったことではありませんし、最後の足掻きという感じでしょうか。
山下という元宮内庁職員が「秋篠宮殿下を皇太弟や皇太子に」と発言しているそうですが。
それで、国民の多くが賛同しているのでしょうか。

マスコミの皇室報道についてはいろいろ思うところはありますが。
佳子様が公務を積極的にされ、それが大々的に報道されることは、東宮家にとって決して悪いことではありません。
不都合なのは、旧宮家の男子を継承者にしようとしている人達でしょう。
約70年も前に皇籍離脱した宮家の一般人として生まれ育った男子を、法制度を歪めてまで皇室に入れ継承者としなくても皇室は継続できることが明らかですから。

若者が同世代の佳子様に関心を持ち、公務に関するニュースを観たりすることは良い傾向です。
選挙権を18歳以上に改正する法案が参院でも可決されました。
人口の4分の一は高齢者。
有権者の中で高齢者の割合は高く、また20代の投票率が低いことから、これまでは高齢者の意向が政治に反映されやすい状況がありました。
これから社会の中心となり半世紀以上は生きるであろう若者の意見が全く反映されず、現役をリタイアした先の短い高齢者の意見ばかりが通るのは問題です。
古い価値観の中で長年過ごしてきた高齢者やその高齢者に育てられた私達親世代は古い価値観に囚われがちで、情報もテレビや新聞ばかりでは偏ってしまいます。
その点、今の若者は男女平等、子どもや障害者といった弱者への配慮が進んだ社会に育ち考え方も柔軟です。
ネットから多様な情報を取り、情報リテラシーも高齢者よりはむしろ浸透しているでしょう。
取っ掛かりはどうであれ、若者が皇室に関心を持ち、公務を知ることは、政府の施策や社会情勢を知る機会、乏しい知識や経験を補う機会となり意義は大きいと思います。

皇位継承問題はいずれ国会でしっかりと議論され改正されるべき案件ですが。
家父長制の名残がまだ色濃く残り、女性は家庭に収まっていれば良いという価値観の人が有権者の多数を占めていた時代では、例え改正は出来ても皇室の求心力は低下したでしょう。
今の若者には皇位継承や皇室の公務がイデオロギーや社会のあり方と直結していること、皇位継承の問題は皇室のプライベートな問題ではないことを理解し、典範改正の原動力になって欲しいと思います。

コロンボ様は秋篠宮家を庇いすぎと思われているようですが。
東宮家にとって秋篠宮家は非常に重要な存在です。
・血の繋がりによる皇位継承では、本人の資質ではなくその血統の高貴性や他の血統とは異なるその血統の特異性を皇位に就く根拠としており、その血を受け継いだ両親、両親を同じくする兄弟姉妹や姪甥といった近親者の評判も天皇に取り非常に大切である。
・天皇皇后となられる皇太子ご夫妻と愛子様については名誉を回復される機会、特別なお立場にありそのお立場は確固たるもので微塵も揺らぎはしない事を示す機会が今後設けられる。
・女性天皇女系天皇容認への改正には、眞子様佳子様を中心に女子皇族が様々な公務をされ、最後に愛子様が立派に成長されたお姿を公にし、それまでの女子皇族の公務を上回る重要な務めを果たされるという段階を踏むことが肝要である。

そして、
昭和時代は、皇太子ご夫妻、特に美智子様を先駆者とすることで皇室改革を進めましたが。
平成から次代では、眞子様佳子様が先駆者として、これまでの慣習を変えていく役割を担っていくのだろうと思います。
日本が民主主義を貫くなら、象徴を男子に限定し女子を廃除する法は変えなければいけません。
必ず愛子様は天皇になられる。
皇太子ご夫妻、愛子様と愛子様の夫となる方が出来るだけ改革の矢面に立たたれないようにすることが肝要なのです。

過去に女性天皇はいらっしゃいましたが、皇室制度が作られた近代以降は男性天皇のみ。
これまでの女性天皇は、天皇の寡婦か未婚。
愛子様が女性天皇になられるということは、民間人の男性と結婚する初の女性天皇になられるなど、前例にないことを様々行われるということ。
それを、新しい時代の到来と歓迎する人達もいるでしょうが。
典範改正後も皇室に反発し、何かにつけて批判する皇室改革反対勢力は居なくならないでしょう。
また、皇室弱体化を狙う皇室廃止派も依然存在するのだろうと思われます。
皇位継承を女性天皇女系天皇容認に改正すれば、全て解決めでたしめでたしとなる訳ではありません。
国民の中には、皇室の長い歴史と伝統を拠りどころとしている人も多いだけに、皇室の変革の全てが皇太子ご夫妻や愛子様主導で行われ、その反発を一手に引き受けるのは大きな負担です。
せめて女子皇族に共通する部分では、眞子様佳子様が先駆者、愛子様の露払いとなったほうが良い。
愛子様は、眞子様佳子様の後に続くという形をとられて東宮家の内親王がこれまで出来なかった新しい公務、新しいあり方を進めていかれるのだろうと思います。
以前、眞子様佳子様は露払いの役割を担っていると書きましたが。
秋篠宮ご夫妻が先に結婚されたこと自体、秋篠宮家には露払いの役回りが期待されていたと考えられます。

コロンボ様は両陛下や皇太子ご夫妻、皇室を少々甘く見ていらっしゃるのではないでしょうか。





マスコミ(週刊誌)が悪いか、宮様が悪いか (大我楼清風)
2015-07-09 02:21:36
コロンボ様より手酷く批判されてから、反省したり反発したり、悶々としておりましたが、漸く一言書いてみようという気になりました。

要するに、東宮バッシングや返す刀での両陛下や秋篠宮ご一家への批判は、どこから出てるのかを考えたいということです。

私は、両陛下や秋篠宮両殿下ご本人がいろいろと画策をして、東宮ご一家がバッシングされるように仕向けているというのは本当なのだろうかと思うのです。

結局根拠がないことを言っているだけではお互い同じ穴の狢にすぎないのではないかと考えるわけです。

(まあ、しょせんこういうブログは一般庶民の不満のはけ口だから、言いたい放題言って、すっきりすればそれでよい、煮え切らないこという奴は視界から消えてくれ、ということなのかもしれません。そうであれば、何を謂うのも意味がないことになりますが・・・)

モトイ、そういうわけで私としては結局マスコミの姿勢やら、それを安易に信じるわれわれ一般国民の軽佻浮薄を論じることに注力することになったのです。

皇室との正しい「付き合い方」。正しいというと押しつけがましいですが、古き良き時代の、平和な皇室を求めてきたわけです。

それはコロンボ様とてご理解いただけていたと思ったのに、秋家派?だからと、「秩序破壊」に与する者だと疑われたのは本当に残念でした。

でも、私だって秋篠宮家や両陛下の姿勢を丸々肯定してるつもりはまったくないのです。

秋篠宮さまを陛下の御心を継ぐお方だとして持ち上げ、挙句は廃太子にまで言及するような動きには我慢がならず、そういうことも書いて来たつもりですし、そういう発言がマスコミを騒がせながら、何一つ抗議も、意見表明もされず、問題がこじれるままにしている陛下の姿勢こそは第一に糾弾されるべきだと繰り返し申し上げています。

秋篠宮様が皇太子殿下の「人格否定発言」に冷淡な態度をとったり、ご夫妻で雅子妃殿下のご病気に無理解な発言をされたりしたことは、明らかに宮様が悪い。

また、古い考え方ですが、東宮家を差し置いて自家の優位を主張しようとするかの言動は(見解の相違の範囲内ともとれるのが悩ましいですが)、皇室の秩序を乱す大問題だと思います。

今回の御成婚25周年の仮想対談も、喪中結婚への批判(ネット上で取りざたされている問題です)を意識して今更のように弁解されるようなやり方、どうも本末転倒も極まれりと呆れた思いで拝見しました。

西田様のご指摘があたった、と以前書かせていただきましたが、皇族の受験という「噂」を流して佳子様ICU転学の瀬踏みをされたような出来事にも大いに憤慨致しました。

「大道滅びて仁義有り」から「おおやけ滅びて公務あり」と言ったこともあった公務数を競うような秋家の(これもマスコミの、ともとれますが)姿勢にも疑問を感じております。

佳子さまだって、悩んだ末に転学を決めた、学習院には迷惑をかけた、国民の皆様の理解を得られるように学業に取り組む、くらいのことを言えばよいのに、それすらいわない。マスコミが、転学したことを取り上げて新時代のヒロインのように扱うのは辟易ですし(佳子様のためにも残念です)、学習院に後足で砂をかけるようなやり方は、伝統、秩序、価値、文化といった本来皇室の権威を構成しているはずのベクトルとは真逆の、その意味で狂気の域に達しているとすら思います。

でも、これらのことはマスコミが、週刊誌がその浅薄、無知、無配慮から組み立てたからくりである面も大きく、ご本人たちにどれほどの悪意があるかはわからない。あったところで宮様方もわれわれと同じく軽佻浮薄だという以上のものがあるかどうかはわからないし、秋篠宮さまが「バカ」だと明言してみたところで意味は全くないのです。

一方、これは悲しいことですが、東宮ご一家に関する胸のすくようなニュースは多くはない。こちらのブログや、東宮ご一家を応援するサイトで、多くの素晴らしいニュースが伝えられて、私もうれしいですが、でもこれとて身びいきからくる美談化にすぎないかもしれないという恐れを拭いきれないこともあります。

そういうこともあり、私はどうしても古き良き時代の、あるべき秩序としての皇室、無常ではなく「常なるもの」としての皇室像を語り、その中心として東宮ご一家の尊さを求めてしまうのかもしれません。

東宮職や雅子さまの医療スタッフへの不信を書かれる方もいますが、そこまで疑い出したらきりがない。私は基本東宮職はふがいないながら、立派に勤めを果たしていると思います。

(このへんマスコミの作為を感じる所ですが、かつては女王様と化してわがままを繰り出す雅子さまへの不満を東宮職関係者がもらす、という週刊誌記事が多かったと記憶しているのですが、最近はそういうものは皆無であることを以てしても、東宮職は信じてよいと言えると思います。最近は宮内庁(千代田)関係者が苦言を呈する形をとっていますね)

私はモーリ様とのやりとりで、マスコミの押しつけがましい「解説報道」に辟易していると書き、その意味でモーリ様とは見解を異にすると思っていただけに、コロンボ様にモーリ様といっしょくたにされてしまったことも残念でならない思いがしました。

マスコミの押しつけがましい報道とは。これについては次回書きたいと思っています。


ご挨拶 (コロンボ)
2015-07-15 15:28:11
大我楼清風様に不快感を与えたうえに、お心のうちを記されたコメントを拝読し、すぐにもお詫びを書くべきかとも思いましたが、長年にわたる秋篠宮御夫妻への不信の念が取り払われるわけでなし、その点につき議論を蒸し返しても「皇居の落書き」を乱すばかりかと悩んでおりました。

先の大我楼清風様のコメントに記されているお気持ちの多くは理解でき、というよりは、もとより斯様なお考えであることは承知し共感する部分も多かったはずですが、長く醜い皇室報道を見続け裏の裏まで推理する癖が付いておりました故に、大変失礼な言い掛かりをつけることとなりましたこと、お詫びいたします。
何かもの申さねばと思いつつも、このところの経済や政治の動きはめまぐるしく、我々の未来・生活に直結する問題も多い故に、正直な処、これほど国家が難題に直面している折から、「見せブラ」「架空言い訳対談」でもないだろうと辟易とし、皇室(報道)から離れておりました。

しかし、夏には超党派の保守系議員が皇室典範につき提言すると言っていたやに記憶しており、法案改正となれば、予算や其処に込められる価値観は必ずや一般国民にも影響を及ぼすと思い雑誌なども読み始めた処、いきなり嫌な記事に出くわしたので「脱週刊誌脳」と銘打っておられる西田様には申し訳ないが、皇室典範(法改正)にかかわる事として、コメントすることをお許し頂きたいと願っております。

西田様は皇室自立(自律)主義とのお考えの中で、皇室の財政的自立をとかれ、其のうえで皇位継承については皇室のお考えを尊重するべし、と書いておられたやに記憶しております。
戦後莫大な財産を召し上げられた皇室にその幾許かをお返しし、それを皇室ご自身が私的に管理運用し財政的に自立され、また一定の発言権を有されるのは、とても重要なことだと考えてきました。
西田様のお考えを伺った当初は、皇族方のお立場の盤石化に寄与するという利点と、天下の回りモノである銭金に触れて頂くことで、国民の生活をより近く感じて頂くという利点に注目しておりました。
しかし改めて考えれば、其の為には皇族方にも相当の責任が伴い、それは国民による信頼という担保があってこそのものだと気づいた今は、西田様のお考えの深さに恐れ入っております。

週刊誌報道を真に受け生々しい例をあげるは憚られますが、夫婦二人と子供三人の品位を保持する金額として6710万を受け取りながらまだ足りないとマスコミに訴える様を見て、この金銭感覚では、遠からず破綻の危険性がある我が国の財政をご理解頂けるのかどうか、生活が苦しくなったと感じる国民が6割を超え、子供の貧困率が先進国の中でも最悪の日本の現状を理解して頂けるのかどうか、まったく心もとなくコロンボが信頼を置くことはできませんが、
仮にこの額が適切だとして、これは宮家当主が皇位継承権を有しておるからだと考えます。
斯様に申しますのは最近、「皇位継承と切り離した女性宮家を諦めてはおられず、そのために女性皇族の人気を高め、重い腰の安倍総理に対し世論で対抗するという策を実行している」とも受け取れる記事を読んだゆえに、果たして皇位継承を切り離した女性宮家にこのご時世7000万近くの予算を組む意義があるのかどうか気になりはじめたのです。

これについては、秋篠宮様ご自身が「皇族には国事行為の臨時代行以外に公務は存在しません。あくまで公的な行為もしくは活動であり,言葉としてきちんと区別するべきものと考えます。そのような公的な仕事は,公務と異なりある程度自分の裁量で取捨選択ができてしまう。」と極めて正確な御見解を示しておられます。
そうであれば、皇族の御意志で自由に取捨選択できる公的ご活動を分担するために、皇位継承権を有さない宮家を維持する必要があるのかどうか、これは国民としても真正面から考えるべき課題ではないだろうか、と。
こう述べると、国民主権をゴリ押しする姿勢を良しとされない西田様にまで不快感を与えてしまうのではないかと恐れますが、
皇室典範を改正し其処に予算をつけるという行為の向こうには、日本がどの方向・価値観(女性という性・命を男性と等しく認めるや否や)に向かうのかが明確に示され、それは国民の生き方にも影響を及ぼすと考える故に、議論の推移をも守り意見交換が出来る場を開けておいて頂けるようにお願い申し上げます。

もう一点、三笠宮彬子女王が将来的には三笠宮家の当主となられる(それを仁親王殿下は望んでおられた)という報道があります。
しかし、仁親王殿下は絶対的男系男子主義者であられ、それを脅かす方策にはことごとく反対され又彬子女王も同じご意見であられたやに記憶しおりますが、まさか将来的に女系へと道をひらく女性宮家に自らが先鞭をつけることを選ばれるのか。それともご自身は例外として認めるべきだとお考えなのか、ではどの範囲に例外が認められるのか。これは法律問題だけに易々と例外が認められて良いものとは考えにくい故に、推移を見守りたいと考えております。

週刊誌記事の個々の些末な表現や、皇族方への個人的心象などを書くこと厳に慎みたいと存じまするが、再度述べますが皇室典範といども国民の代表が制定する法案である限り、その根底にある思想は国民に影響を及ぼすと考えます故、こちらで勉強させて頂ければ幸甚でございます。
子供を産む機械の女に学問は不要 (考え中)
2015-08-29 01:09:52
西田様の記事とは違いますし,しつこいコメントだと判ってるので自分自身の堕落を反省しつつ。

白々しいことに女性の活躍推進法が通ったようですけど,鹿児島知事は女に三角関数必要ない。花の名前でも覚えておけと言ったそうです。
なんだかもうバカらしくなってきました。
本当に優秀な学生は東大でなく海外の大学を目指すとニュースになったのは少し前のことですけど,今や社会保障や環境問題などを考え目端の効く経済力がある親は中学とか早くから海外の寄宿舎に入れるという話を聞きました。
移民に頼らず日本人で頑張っていくためには男女の区別なく女性も輝く社会が必要だと思って,この政策を支持してきましたし,だから愛子天皇誕生がその象徴になると思ってきましたけど,ちょっと目端の効く人が脱出したくなる状況なのに,まだ女は子供を産む機械勉強不要という人が首長をしてるような社会では,苦手な水泳で三キロも泳ぐまでの努力をされる愛子様は勿体無い。

皇室がこの9年間,男の子がいる家庭だけが尊重されるべきだと示し続けてきたので,こんな時代錯誤な妙な保守ができたのかと考え中。

これに明確な反論が起こらないのだから,国民は何度でも騙されるし,自分の愚かさを棚に上げて騙されたと言い続けると考え中。

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。
皇太子ご夫妻 7月初旬トンガご訪問予定報道に思う (Dendrodium)
皇太子ご夫妻、7月にトンガご訪問 国王の戴冠式にご参列 雅子さまは2年ぶりの外国ご訪問  皇太子ご夫妻が7月2~6日の日程で、南太平洋のトンガ王国を公式訪問されることが12日、閣議で了解された。首都ヌクアロファで4日に行われる国王、ツポウ6世の戴冠(...