三島あずさ
2016年10月4日14時30分
太平洋戦争末期の地上戦で県民の4人に1人が亡くなったとされる沖縄。その壮絶な歴史を記録し、語り継いできた経験が、40年前の独裁政権下でおびただしい命が奪われたカンボジアに伝えられている。戦後71年がたつ沖縄でも、歴史の継承や発信のかたちを見つめ直す機会となっている。
■「怖い」で終わらせず
9月12日。沖縄県平和祈念資料館(糸満市)を、カンボジアからニー・ソムナンさん(35)とヘン・ソパラさん(29)が訪れた。沖縄戦の惨状を物語る写真、証言映像、住民が逃げ込んだガマ(自然壕〈ごう〉)のジオラマ……。学芸員の解説を聞きながら資料館を一巡。収蔵庫にも入り、資料の保管状況を見学した。
2人は首都プノンペンにある国立トゥールスレン虐殺博物館(TSGM)の職員。今後力を入れようとしている平和教育を担うため、沖縄の経験に学ぼうと国際協力機構(JICA)の草の根技術協力事業で来日した。
1975~79年のポル・ポト政権時代、住民の強制移住や知識層への拷問・虐殺が行われ、病気や餓死も含めて約170万人が犠牲になったとされるカンボジア。TSGMの建物はもともと学校だったが、収容所にされ、1万人以上の「政治犯」が拷問を受けて処刑されたといわれる。博物館になり、収容者の写真や自白書、独房などを展示してきたが、管理はずさんで、平和を訴える催しなども行われてこなかった。
このTSGMに対し、沖縄の平…
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