自動運転開発をめぐる攻防、そして社会課題の解決にいかそうという動きを2回に分けてお伝えします。 (経済部 岩間宏毅記者)
世界で激化する自動運転開発
18世紀後半、蒸気を動力に誕生した自動車。それからおよそ250年。
今、人に代わってコンピューターが走行をつかさどる“自動運転車”が現実のものになりつつあります。自動運転車では、人の「目」にあたるカメラなど各種センサーが歩行者や対向車、信号など周囲の状況を捉えます。さらに高精度の地図情報も活用します。
こうした情報を「頭脳」にあたるソフトウエアが解析し、「手足」となるハンドル、ブレーキ、アクセルを制御するのが、自動運転の仕組みです。今、世界の名だたる企業が、人間のドライバーを超える能力を備えた自動運転車を実用化し、先んじようと日夜、しのぎを削っています。
その開発段階は4つのレベルに分けられます。
<レベル1>
ハンドル、ブレーキ、アクセルのいずれか1つを自動操作(例:自動ブレーキ)
<レベル2>
ハンドル、ブレーキ、アクセルの複数を自動操作(例:自動車線変更)
<レベル3>
原則、すべての操作を自動操作(緊急時等はドライバー対応)
<レベル4>
完全自動運転(無人運転も可能)
今、多くの自動車メーカーが開発に力を注いでいるのがレベル2~3です。
日本メーカーでは、トヨタ自動車やホンダ、富士重工業が東京オリンピック・パラリンピックが開かれる2020年に、追い越しや合流の機能を含め、高速道路で自動運転ができる車の市販化を目指しています。
より野心的な目標を掲げているのが日産自動車で、高速道路での自動運転をほかの日本メーカーに先駆けて2018年に実現し、2020年には、高速道路と比べ、はるかに難易度が高い市街地での自動運転を実用化する方針です。
自動運転 先行するドイツ勢
世界的に激化する自動運転の開発競争。その中で一歩リードしていると言われているのがメルセデス・ベンツやBMW、アウディといったドイツ勢です。
このうちメルセデス・ベンツが今春発売した新型車には、ウインカーを操作すれば、自動で車線変更を行う機能など本格的な自動運転につながる技術が搭載されています。今のところ、この機能を搭載した車を市販しているのは、メルセデス・ベンツとアメリカのテスラモーターズだけです。
それだけではありません。メルセデス・ベンツは、レベル4の完全な自動運転車が普及する近未来を見据えた研究開発も進めています。来たるべき自動運転時代、車はどのような機能が求められるのか?開発チームに社会学者も加えて、時代のニーズを先取りしようとしているのです。
ドライバーが運転から完全に解放されれば、車内はくつろげるリビングのような空間やテレビ会議ができる移動オフィスにもなります。
また無人走行が可能となれば、郊外から都市部へ通勤する際に駐車場を確保する必要がなくなり、街づくりを大きく変える可能性も秘めています。
メルセデス・ベンツはそうした社会を想定したコンセプトカーをすでに発表。
未来を見据えた自動運転の開発を着々と進めているのです。
自動運転 グーグルの脅威
自動運転の開発で各自動車メーカ-がレベル2から3、4へと段階的に開発を進めるなか、衝撃を与えたのがITの巨人、グーグルの参入です。
グーグルは、ビッグデータの活用など得意とするIT技術を駆使して、
一気にドライバーが不要な完全自動運転=レベル4を目指しています。
ある自動車メーカーの開発者は「グーグルがレベル4を打ち出したことで、自動車メーカーも本気で自動運転の開発に注力せざるを得なくなった」と話します。
世界が注目するグーグルの自動運転開発。技術開発はどこまで進んでいるのか取材を申し入れましたが、グーグルは最後まで応じませんでした。このため私たちは、シリコンバレーで市街地を走るグーグルのテストカーを追跡、観察することにしました。
グーグルの開発拠点を訪れると、ガレージには何台もの車が止められていて、そこから1台、2台と市街地に出ていく様子が確認できました。グーグルのテストカーは時速20~40キロほどで走行し、信号のない交差点にさしかかると一時停止線の上で、ぴったり停止しました。また、歩行者が道路を横切ろうとすると減速、自転車に近づくと、距離をとって抜き去っていきました。
本当に自動運転なのか?車が停止したところでテストドライバーに直撃すると「完全な自動運転でわれわれの車は常に制限速度を守って走行するなど安全だ。むしろ、ほかの車が安全運転ではないことが問題だ」と自信にあふれた答えが返ってきました。
今回の取材でグーグルの技術開発の進ちょく状況を定かにつかむことはできませんでしたが、公表データからグーグルの自動運転でのテスト走行の距離は、300万キロ以上、地球70周分をはるかに超えていることが分かりました。
グーグルが自動運転開発に力を入れる狙いは何か?自動車業界に詳しいアメリカ在住の専門家は、グーグルの狙いは自動車の製造に参入することではなく、自動運転システムを開発し、自動車メーカーに供給することにあると指摘します。つまり、スマートフォンにおけるアンドロイドと同様に自動運転の鍵となるソフトウエアで一気に標準を握ろうとしているというのです。
自動運転 どうする日本企業
世界の強力なライバルに、日本の自動車メーカーはどう対峙していくのか。
日本メーカーの中で野心的な目標を掲げる日産は、
自社技術だけに頼るのではなく、世界で最先端の技術を持つ企業などと組むことで開発スピードを上げる戦略を取っています。
その一例が自動運転の「目」にあたるカメラによる画像認識技術で世界トップクラスのイスラエル企業「モービルアイ」との提携です。開発責任者の飯島徹也部長は「自動運転は、今までの技術開発とは比較にならないぐらい大きな跳躍が必要になる。モービルアイが持つ技術と、われわれの車両制御技術を組み合わせることで、さらに先を行く技術が早く実現できると思っている」とその意義を強調します。
また日産はシリコンバレーにある研究所を拠点として、2020年よりもさらに先を見据えて、より高度な自動運転が可能となる技術の研究も進めています。アメリカのNASA出身の人工知能の研究者を現地のトップに据え、実車を使ったシミュレーターも活用しながら、より判断が難しい状況でも的確に対応できるソフトウエアの研究開発に取り組んでいるのです。
シリコンバレーではトヨタもことし1月、自動運転の高度化に不可欠な人工知能の研究を行う新たな拠点を設立し、開発体制の強化に踏み切りました。人工知能やロボット開発で著名な研究者をトップに据え、グーグルでロボット開発をしていた元幹部を採用するなど外部人材の確保も進めています。
既存の自動車産業の枠組みをこえた技術や人材を投入し、群雄割拠の戦国時代をほうふつとさせる激しい競争をいかに勝ち抜いていくか。自動運転は、日本を代表する自動車メーカーに対し、命運を左右しかねない、かつてない厳しい競争を突きつけています。
自動運転 変革への適応を
世界的に大きな潮流となっている自動運転。
アメリカのコンサルティング会社は、無人運転も可能な完全な自動運転車と、自動で車線変更するなど部分的な自動運転機能を備えた車は2035年には新車の4台に1台、およそ3000万台に急増すると予測しています。自動運転という技術革新がもたらそうとしている車づくりの変化、産業や社会へ与える影響は計り知れないものがあります。
日本の自動車産業は出荷額で50兆円を超え、輸出額の20%余りを占める名実ともに日本経済を支える基幹産業であり、これは長年にわたりメーカーを中心に産業全体で品質の向上やコスト低減に磨きをかけ、競争力を高めてきた結果です。しかし、自動運転の開発は、業界をこえた提携も含めて新たな技術や人材をスピーディーに取り込んでいくことが求められています。
日産の開発責任者、飯島徹也部長の言葉が一連の取材を通じ、とても印象に残りました。
「新たな世の中のニーズや、新たに起こる技術、変革によって生み出される変化に対し、流れを先取りしていかなければいけない。その流れに後れをとってしまうと存在価値がなくなってしまう」
日本の自動車産業が引き続き世界をリードしていけるかどうかは、これまでの成功体験にとらわれず、時代の潮流をにらみながら、変革の動きに適応できるかどうかにかかっていると言えます。
- 経済部
- 岩間 宏毅 記者