作家と編集者、名作誕生の陰でその微妙な関係を描き出す『ベストセラー 編集者パーキンズに捧ぐ』

今はネットの小説投稿サイトや各種新人賞の公募などがありますが、昔はどんな文豪も、編集者に見出されなければ世に出ることがかなわなかった時代がありました。しかし、その小説家が名声を得たとしても、陰の存在である編集者の名前が知られたりすることはありません。この映画の主人公マックス・パーキンズも、アーネスト・ヘミングウェイやF・スコット・フィッツジェラルドを発掘した名編集者であるにもかかわらず、現在その名を知っている人はほとんどいないのではないでしょうか。この映画は、そんな実在のカリスマ編集者と若き天才作家の友情と葛藤を描いた作品なのです。

1929年、ニューヨーク。スクリブナーズ出版社に勤める編集者マックス・パーキンズ(コリン・ファース)のもとに、あちこちの出版社で断わられ、たらい回しにされた原稿が持ち込まれます。それはとんでもない分量の“超大作”でした。帰りの電車の中でその原稿を読み始めたマックスは、家に帰った後もクローゼットにこもって読みふけります。そんなマックスのオフィスをある若者が訪ねてきました。彼こそが、原稿の作者トマス・ウルフ(ジュード・ロウ)。有名な編集者に会ってみたかっただけと思いを伝えたトマスは、原稿を持って帰ろうとしますが、そこにマックスが声をかけます。「うちで出しましょう」。

しかし膨大な量の原稿を本にするには“削除”という作業が必要でした。マックスはトマスの原稿に徹底的に手を入れ、無駄な部分を削ぎ落していきます。そして完成した小説「天使よ故郷を見よ」は瞬く間にベストセラーになったのですが…。

無名時代のトマスには愛人でパトロンのアリーン・バーンスタイン(ニコール・キッドマン)がいて、夫も子供もいる衣装デザイナーの彼女はすべてを捨ててトマスに尽くしてきました。しかし、マックスにトマスとの時間も彼の心も奪われたと思い込んだ彼女はマックスに対し激しく嫉妬します。マックスの妻ルイーズ(ローラ・リニー)もまた、家族の時間がなくなってしまったことに不満を募らせていくのです。そしてトマスの新作は前作をはるかに超える分量でマックスのオフィスに届けられます。美しい詩のような文章をどうしても残したいトマスと、物語の筋を際立たせたいマックスは時に対立し、激論を交わしながら作業を進めていくのです。

編集者はどこまで作家の“作品”に、あるいは作家個人の人生に関わるべきなのか? この問題を問いかけてくる映画です。マックスとトマスは創作活動を通じて、父と息子のような深い絆で結ばれていきます。しかしマックスは誰よりもトマスの才能を信じているがゆえに、本来黒子であるべき編集者の自分が彼の作品に介入したことで「私が君の作品をゆがめたような気もする」と述懐することになるのです。トマスの方も、自分の成功がマックスのおかげであるという批判が聞こえてくると、彼の手を離れて自分の力を証明したくなっていきます。この二人の葛藤を、コリン・ファースとジュード・ロウという英国の名優二人ががっぷり四つに組んで演じているのです(なんとこの二人は、これが初共演)。特にジュードの若々しく見えることといったら! もちろん知性にあふれ、本の世界をこよなく愛するマックス役のコリンの佇まいもたまらなく魅力的です。そういえばこの作品、舞台こそニューヨークですが、主役の二人以外にも文豪ヘミングウェイを演じるドミニク・ウエスト、フィッツジェラルド役のガイ・ピアース、そしてトマスの愛人役のニコール・キッドマンと、イギリスやオーストラリアの俳優陣がずらりと並んでいます(監督もイギリス人のマイケル・グランデージが手掛けたイギリス映画なのです)。ジャズ・エイジのアメリカを描きながらも、どことなく格調高い雰囲気が感じられるのもそのせいなのかもしれません。

実話がベースで、実在の文豪がいかにもな雰囲気で登場するのでアメリカ文学史に興味のある人にはたまらない作品です。もちろん、史実通りトマス・ウルフは37歳の若さで病に倒れてしまうのですが、最後に彼からマックスに送られた一通の手紙。そこに記された彼の想いには胸が熱くなることでしょう。

(『ベストセラー 編集者パーキンズに捧ぐ』は10月7日から公開)

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