大隅さん「この上ない幸せ」…液胞にこだわり
「この上ない幸せ」−−。細胞内のオートファジー(自食作用)の研究でノーベル医学生理学賞の受賞を決めた大隅良典・東京工業大栄誉教授(71)の口をついて出たのは、派手さはないが基礎的な研究に地道に取り組んできた成果が報われた喜びの言葉だった。「流行ではなく面白いと思うことをやる」をモットーに、誰も取り組んでいなかった研究テーマを突き進んだ真摯(しんし)な研究者は、支えてくれた恩師や友人たちの祝福に包まれた。【柳楽未来、伊澤拓也、山崎征克】
大隅さんは3日夜、横浜市緑区の研究室で報道陣らが見守る中、椅子に腰掛けて発表の瞬間を待った。スウェーデンからの受賞を告げる電話が鳴ると一斉にカメラのフラッシュがたかれ、大隅さんは光り輝いた。
海外メディアからの取材の電話が鳴りやまない中「本当に光栄としか言いようがない。とてもベーシックなバイオロジー(生物学)を続けてきたことを顕彰していただいて、大変うれしい」と笑顔。記者会見が開かれる東京都内の東工大の大岡山キャンパスに向かおうとすると、研究員や学生たちの拍手に迎えられ「おめでとうございます」と祝福をあびた。
記者会見では、報道陣約200人が詰めかけた会見場にダークグレーのスーツにえんじ色のネクタイ姿で現れ、やや緊張した面持ちで一礼。「(ノーベル賞は)少年時代からの夢だった。研究者としてこの上もなく名誉なこと」と喜び、「いろいろな賞を受けたが、格別な重さを感じている」と語った。
家族に話題が及ぶと「とりわけ妻に感謝したい。(自分が)良い家庭人だったとは思わないが、支えてくれた」としんみり。妻万里子さん(69)に受賞を報告すると「本当?」と聞き返されたエピソードを披露し、初めて笑顔を見せた。
終戦直前の1945年2月、4人兄弟の末っ子として福岡市に生まれた。小学生のころ、12歳年上の兄が東京から買ってきてくれた、電磁誘導の法則などで知られる英国の研究者、ファラデーの名著「ロウソクの科学」に夢中になった。ファラデーが1860年に行ったろうそくに関する6回の講演をまとめた本だ。
九州大工学部の教授だった父親と同じ道はたどりたくないと、東京大教養学部に進んだ。博士課程を終えても就職口がなく、勧められるまま米ロックフェラー大に留学。帰国した1977年、東大理学部で安楽泰宏教授(当時)の助手としてテーマに選んだのは、酵母の細胞内にあり、分解酵素を豊富に含む小器官「液胞」だった。
当時、液胞は「細胞内のゴミため」と考えられ、ほとんど注目されていなかった。しかし「とにかく顕微鏡をのぞいているのが好きだった」という大隅さんは、光学顕微鏡でも詳しく観察できる液胞が気になった。細胞分野の研究の主流は細胞内外の物質の輸送だったが、「人がやっているテーマで競争するより、人がやらないことを選んで自由に研究したい」と液胞にこだわった。
「あまり競争せずここまで来られたのは、本当に幸せだった」と以前から話していた大隅さん。記者会見でも「人がやらないことをやるのが楽しい。最初からがんや寿命につながると確信していたわけではない。基礎的な研究で受賞できたのはこの上もなく幸せなこと」と力を込めた。