柳
連載がはじまって半年くらいたって、新聞に、お姉さんの毬子さんと町子さんを探している求人広告がのったんですね。東京の雑誌社が挿し絵や漫画をたのみたいと広告したのです。戦後の混乱ぶりもうかがわれますね。
高松
それで仕事がくるようになるとお母さまがこれからは東京だと、家を売って上京されるんです。思い切りの見事さは、男以上でした。それでフクニチの漫画は、サザエさんの結婚で目出たし目出たしで終わりでしたね。
柳
ところが、サザエさんの評判があまりによくて、読者から復活の要望がつよい。それでまたお願いして、サザエさんの再登場になるんです。
夕刊フクニチと北海道と名古屋の新聞で、3紙掲載でしたね。このときから御主人のマスオと長男のタラちゃんが登場しています。
そうこうしているうちに、昭和24年に朝日新聞が夕刊を出すことになってサザエさんに目をつけたのです。
どうも朝日に移るらしいということで、私は東京支社の編集部長をしていましたが、本社から町子さんを引きとめろという命令です。
西島
それは大役でしたね。
柳
当時はたいへんなインフレですから、町子さんが原稿料アップの話をされたがエライ人がつっけんどんに断ってたんですね。
町子さんは「九州男子かなにかしらないがあんな言い方ないわよ」と憤慨していました。もっとも、 エライ人も「なんとかせにゃいくめーや」と言っていました。
九州の新聞人は言葉がつっけんどんだから始末が悪い(笑)。
その頃の漫画の原画に、総選挙で落選した候補者が出てくる。その吹き出しが「いようMクン、また落ちたんだね」になっていた。Mクンはうんといわなかった Mさんです(笑)。Mさんが、「なんやこれ...」で笑いましたよ(笑)。
その頃銀座で、お母さんと一緒の町子さんにぱったり会ったのです。辞めないでくださいとたのんだのですが、お母さんが「もうきまった事だから、ハッキリお断りしたら...」でどうにもなりませんでしたね。 フクニチはその頃は発行が10万部をこえていて意気さかんでした。だから、ぜひ続けてほしかったんですよ。
町子さんの実力からすれば、全国区への登場は当然だったでしょうが、地方廻りの役者が一躍して歌舞伎座の桧舞台にたつようなものでしょう。
朝日も大英断だったでしょうが、 見事でしたね。昭和24年12月から掲載されて、評判がいいので、「ブロンディ」のあとをおって26年から朝刊にのるようになったんですね。
まあフクニチが日本全国へサザエさんを送り出す役目ははたしたので、もって瞑すべしですかな(笑)。
今田
「サザエさん」の魅力について...。20年の間にはサザエさんもずいぶん変わったでしょうね。
柳
フクニチの昭和20年代は、スタイルもひょろりとして、顔もすこしとがっていました。テーマもデモクラシーに関する話題が多かったですね。30年代になってから、戦後は終わった...で、表情も丸味をおびてきましたよ。
西島
ストーリーが身近でどの家にもありそうな話だったので親近感がありましたね。それにしても4コマの完結が、シャキッとしていた。毎日なのにマンネリがなかった、すごいなあ。
高松
「漫画は面白くなくては駄目なのよ」と、いつも言っておられましたからね。
だから毎日のアイデアを考えだすのがはいへんだったでしょうね。アイデアを考えて、胃がいたむと言っておられ、本当に胃潰瘍で手術もされました。
今田
それにしても、お母さん、お姉さん、妹さんと女性だけの家庭でしょう。それなのにお父さんの磯野ナミヘイ、御主人のマスオ、弟のカツオまで、よく男の世界を観察されている。不思議ですね。
高松
お姉さんは朝日の記者さんと結婚されましたが、新婚生活1週間で召集されてインパールで戦死されています。
妹さんは戦後読売の記者と結婚されたが、御病気でなくなられ、お子さんはお嬢さんお二人。本当に女家庭なんですね。
でもお友だちや担当記者の家庭など、よく見ておられたんだと思いますよ。
西島
高松さんのお宅も観察対象で。
高松
うちは男の子ですからね。まあ女世帯は、それだけ生活への観察がゆきとどいていたんですよ。オイルショックのとき、トイレットペーパーなんか、騒ぎになる前に登場していましたからね。
柳
昭和20年代から40年代まで、女性の目で見た世相が実に活き活きと描かれていますね。
西島
『サザエさん』だけかと思うと、『エプロンおばさん』から『いじわるばあさん』もあって。
柳
あれ、シニカルで面白かったな。サンデー毎日でしたね。昭和41年からでしたか。町子さんは『サザエさん』でたまったストレスを『いじわるばあさん』で解消されたんかな。愉快でしたね。
西島
それにしても『サザエさん』は何回掲載されたのですか。
司会
昭和21年4月22日に夕刊フクニチで誕生して、終了が49年2月21日です。途中休載もありましたから掲載が6477回だそうです。
サザエさんの本がまたすごくて68巻で約3,000万冊、ほかにも『いじわるばあさん』 やいろいろで単行本は108冊だそうです。
高松
お母さまの思いつきで、『姉妹社』をつくって第一巻を出されたときは大型本のせいか返本の山だったそうです。それで、いまの小型本にされたら、売れて売れて、大ベストセラーになったのですね。
孫の小学校の教科書に、サザエさん が出ているので驚きました。サザエさんから見たお父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、子や孫、姪などの関係が漫画でよくわかるんです。私たちの年齢から子供たちまで、サザエさんはとても身近な存在なんですね。 |